[素クールカフェ]


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「おい、ホントに、キモいオタクがモエモエ言ってるぜ」
「うははあ、モエモエー」
 そいつらが店内に入ってきたとき。ぼくたち、すでに居たお客は凍り付いた。
 見るからに、ひやかしだった。
 どちらもヒップホップ系とか、そんなファッションだ。
 ひとりはオレンジ色の帽子を斜めにかぶった、姿勢の悪い男。
 もうひとりは粘るような音でガムを噛んでいる、太った男。あごにちょっとだけヒゲを生やしている。
 ぼくたちは嫌な顔をしながらも、無視するしかできなかった。

「おら、おめえの大好きなモエモエ店員はどこだぁ?」
 オレンジ男が下品な大声で、お客の居るテーブルを叩いた。
 そこにいたお客はすっかり萎縮ながらも、気丈に無視し続けている。
 そこに、ツカツカと一人の店員が歩み寄った。胸の名札には“レイ”と書いてある。
 オレンジ男は片頬を歪めて、嫌らしい声を上げる。
「お、おめぇがモエモエ店員かぁ、なかなかキレイじゃん。気持ちいいコトしねぇ?」
 レイは眼鏡越しに睨み付けた。
「申し訳ないがあなたがたは、私たちのご主人様ではないようだ。引き取ってくれないか」
 それを聞くとオレンジ男は吹き出した。
「ひゃは! なんだ、そのしゃべりかた! モエモエちゃんてみんなこうなのか? なぁ、おい?」
 オレンジ男はそばのお客の肩に手を回した。
 お客は震えながらもそれを無視し、眼鏡を拭く。
 レイは低い声でオレンジ男に命令した。
「わたしたちのご主人様に、触るな」
 またオレンジ男は吹き出す。
 そのツバをわざと肩を抱いている客にかける。
「ひゃぁははは! おめぇバカじゃね? ひぃーっひっひっひっ」
 ヒゲ男がそのようすを見て、にやにやしている。
 ガムを噛む汚い音を余計に大きく店内に響かせた。
 やがてそれを出し、そのへんの壁になすりつける。
「オシャレだろぉ?」
 客は誰も何も言わない。
 だがいきなりレイが殴りかかった。
 すると、ひときわ背の高い店員がそれを制した。

「レイ君。キミはもっと冷静にならないといけないな」
 レイがその人の名を呼ぶ。
「リョウコメイド長!」
 メイド長はヒゲ男の目を睨んで、告げた。
「即刻、退去したまえ」
 静かで無表情なのに、恐ろしいほどの怒気が籠もっていた。
 その声の迫力にヒゲ男は一瞬、怯む。だが、すぐ気を取り直してわめく。
「あんだと、ごるぁ?!」
 ヒゲ男の拳がメイド長に襲いかかる。
 だが次の瞬間、ヒゲ男は宙を舞っていた。
 メイド長の見事な一本背負い。
 そしてチラリと見えた、黒タイツの見事な太もも。
 ヒゲ男はきれいに背中から床に激突した。
 肉の塊が大きな音を立て、床に沈んだ。

 そのようすを見ていたオレンジ男は叫んだ。
 だが、声がうわずっている。
「な、なんだ、てめぇはぁ!」
 お客の首を絞めるように立ち上がる。そのオレンジ男の手にナイフが光った。
 それを見たレイがメイド長の後ろに行き、姿勢を正す。
 それが合図だった。
 レイの左右に他の店員が集まってきてメイド長を囲むように、ずらりと並んだ。
 全員の眼鏡が光る。その奥からの鋭い眼差しと身長の高さで、ものすごい迫力だ。
 メイド長が促した。
「もう一度言う。即刻、退去し給え」
 他の店員は一斉にその声に反応した。
 まるで寺院を舞台にしたカンフー映画のように音を立てて同じ構えをとる。一糸乱れぬ、とはこの事だ。
 オレンジ男は少し怯んだ。
「んだ、おらぁ! こいつがどうなってもいいのかよ!」
 ナイフをお客の首元に突きつけようとしたとき、メイド長が動いた。
 その手首に、かかと落としを食らわせる。
 ナイフが床に転がった。
 オレンジ男がお客を放し、それをレイが素早く受け止める。
「ううう!」
 オレンジ男は手首を押さえて痛がり、やや姿勢を低くした。
 メイド長が返す刀という言葉にふさわしい動きで、そいつのオレンジ色の帽子を蹴り上げた。
 突然、メイド長の横から回復したヒゲ男が襲いかかった。
「っだらぁっ!」
 メイド長はほんの一歩、身体を後ろに移動させた。
 すると、宙を舞っていたオレンジ色の帽子が落ちてきて、ヒゲ男の目をちょうど、塞ぐ。
 そいつは何が起きたのか理解できず一瞬、硬直する。
 その隙を突いて、メイド長は素早く腰を落とす。
 ふわりと広がったメイド服のすそから、黒タイツの美しい脚を突き出し旋回させた。
 それは躊躇なくヒゲ男の足を前から払った。
 やつは手を突く暇もなく、今度は顔面から床に突っ込んでしまう。
 顔が床に当たった瞬間、なにかヘンな声を上げてそのまま、動かなくなった。
 メイド長は美しい姿勢で立ち上がり、髪を払う。
 後ろの店員たちが揃って一歩、前へ出た。
 オレンジ男がそれを見て悲鳴を上げる。
「ひ、ひぃーっ!」
 オレンジ男は手首を押さえながらヒゲ男の腕を肩に担ぎ、引きずるように逃げ出した。

 メイド長は振り向くと店内のお客に告げた。
「私たちのご主人様! 迷惑をかけてすまなかった」
 店員達はみな頭を下げた。
 やがてメイド長だけ頭を上げ、強い意志のこもった瞳をお客に向けた。
「だが、心配はない。私たちのご主人様はわたしたちが必ず、守る。どうか安心してくれ」
 店内から小さな拍手が起こった。やがて、それは渦になり店内を巻き込んでいった。

END


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