[犬飼レイの休日]


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「お、日曜に来るとは珍しいね、いらっしゃい」
 行きつけの定食屋『ダディ・デリ』。
 ここは味はもちろん、なにより安い。
 カレーひと皿、三百九十円。定食ですら四百五十円である。
 ふだんは頑固一徹と言う感じの店のオヤジだが、常連には愛想が良かった。
 俺は軽く答える。
「うん、まあ、ちょっと会社に寄ったからね」
 そう言えば、この店の常連になってから一年近くが経つが休日にこの店に来た事はなかったな。
 いつもこのあたりに来る時は友人となので、大抵はファーストフードになる。
 今日はたまたま仕事が残っていたから、会社に顔を出したついでに寄ったのだ。
 俺は店内を見回す。

 ここは洋風な名前だが内装はどう見ても、にぎり寿司屋のそれだった。
 なぜなのか。
 その答えは店のさびれ具合と、混沌の加減が物語っていた。
 壁に貼られたメニューのフダが『にぎり』『和食』『中華』『洋食』の順に古く焼けている。
 たぶん過去には、にぎり寿司一本の店だったのだろう。
 しかしいつからか、にぎりだけではやっていけなくなったに違いない。
 そうやって迷走を続けた結果、今やこの店はルール無用のなんでもあり、そんな食のバトルロイヤル状態になったのだろう。
 よく見ると、それらの下に真新しいフダが追加されていた。
『沖縄料理始めました』
 もはや、オヤジは楽しんでいるのかも知れない。

 ずらっと並ぶカウンター席とその奥に二人がけ用のテーブル席が三つ。
 ふだんは閑散としているが、さすがに休日ともなると混んでいた。
 客層のほとんどが俺より三十は歳上に見える、初老のおじさんだ。若いのは俺以外いない。
 ましてや女性に至っては、今まで姿さえ見たことがなかった。
 幸い、俺の指定席と決めている一番奥のテーブル席は空いていた。
 俺はそこに座り、常連客の裏メニューのひとつ“ドラゴンラーメン”を頼む。
 生真面目そうな店員が、にやりとして下がっていった。

 この店があるのはどういうワケだか、世界的にも有名なオタクの聖地である。
 去年、ウチの会社はこのあたりの再開発の波に乗って、引っ越してきた。
 一応、ウェブコンテンツ事業をやっているのでIT企業と言えるかも知れない。
 友人でもある同僚は当時、やたらと興奮していつも以上に色々買い込んでいたが、俺はそんなに濃いオタクではない。
 ゲームとアニメは一応たしなんではいるが、それらも全てその友人のお勧めを借りたものだ。
 最近、流行っていたメイド喫茶はもちろんネットカフェも勧められてはいるが行ったことはない。
 俺の趣味はどちらかというと、こういった隠れた名店を探すことだった。
 それはグルメに限らず、パソコンの部品や生CDなども守備範囲だ。
 だからこそ友人は俺と一緒に、ここを回りたがるのだ。

 俺は料理を待ちながら、携帯電話で昔流行ったと言う横スクロールのシューティングゲームをしていた。
 すると、ふいに甘い花のような香りがした。
 これは大学以来、間近で嗅いだことのない女性の香水だった。
 思わず見上げると、背が高い眼鏡の女の子がいた。
 きれいだ。店長には悪いがこんな場末感漂う店に一人で来るようにはまるで見えない。
 そう“掃き溜めに鶴”。まさしくその言葉がぴったりだ。

 後ろから店長が済まなそうに相席を勧めた。
 彼女は眼鏡の奥から冷たい目で俺を一瞥すると、大丈夫です、と言って向かい側に座った。
 なにが大丈夫なのか分からなかったが、黒く短いスカートのフリルのすそから伸びる長い脚が、その思考を止めさせた。

 彼女は“ファイナルきつねうどん”を頼んだ。
 どうやら彼女も常連らしい。
 今まで目にしなかったと言うことは休日だけか、もしくは俺とは違う時間に来るの子なのかも知れない。
 同じ常連、と言う妙な仲間意識のせいか、俺は彼女に興味が湧いた。
 携帯電話のゲームは既にゲームオーバーになっていたが、それでもそれを続けるフリをして、彼女を観察した。

 年齢はたぶん二十歳前後。
 髪はまさに黒髪でポニーテール。
 眼鏡のフレームも黒く細い。レンズは楕円形だ。
 目は切れ長で整った顔立ちだが、やや人形のように冷たい。
 紺とベージュのボーダーシャツに、明るいブラウンの丈が短い上着を羽織っている。
 淡いピンクのトートバッグを小脇に抱えていた。
 ……なんだろう、このファッションはどこかで見たことがあるような気がする。
 俺は彼女いない歴と年齢が一緒のうえ、女友達もいないから身近で見た事はないはずなんだけど。

 彼女はやはりどこかで見たような白い携帯電話をテーブルに置き、溜息をひとつ吐いた。
 そのすぐ後にトートバッグから、小さな電子手帳のようなものを取り出し開いた。
 ペンのようなものをそれから抜き取り、何やら書き込み始める。
 やがて、そのペンのお尻をかじりながら、つぶやく。
「どうしてもこの値では、原価割れするな……」
 その独特の口調。
 静かだがハリのある、ハンドベルのような透き通る声。
 なんだ、なんなんだ、このデジャビューは!
 俺が独り悩んでいると、彼女の携帯電話が鳴った。
 その着信の曲も以前、聞いた。間違いない。どこだ? どこで……。

 彼女は電話に出た。
「はい、レイです。あ、うん、そのことなんだがCD百枚のスピンドルで三千七百円のものしか……うん、原価割れする」
 スピンドルとは生CDを積み重ねてドラムのようにパックしたものである。
 個別包装を無くすことによってCDを劇的に低価格で販売している。
 って、レイ? レイ……
「そうか! あんた“犬飼レイ”か!」
 俺は立ち上がって驚嘆の声を上げた。
 そうだよ、俺が初めてやった恋愛シミュレーションゲーム『南の島のクールな彼女ッ!』に出てくるキャラのひとりだよ!
 あり得ない派手な服と髪の色、それに髪型の奇抜さを競うような、あの手のゲームの中でたぶん一番地味な見た目のキャラ。
 でも、それだからこそ妙にリアルで俺のツボにハマッた、あの“犬飼レイ”。
 だから、見覚えがあったんだ。
 そのファッションも、さっきの曲も、みんなゲームに出てきてたじゃないか。声まで似てるなんて信じられない。
 俺は店の中だという事も忘れ、興奮していた。
 彼女は少し目と口を開いて俺を見上げた。

 店内でおじさん達が俺をいぶかしげに見ているのに気付き、我に返った。
 咳払いをひとつして、何事もなかったかのように座る。
「あ、うん、その、俺ってヤバいヤツだよね、ごめん」
 彼女は冷静な顔に戻り、小首をかしげて聞いてきた。
「いや、良いです。でも、よく“犬飼レイ”を知っていましたね? メジャーなキャラでもないのに」
 俺はどぎまぎして答えに詰まった。すると、彼女が続けた。
「あなたは“犬飼レイ”が好きですか?」
 その真っ直ぐな瞳と言葉。まさに“犬飼レイ”だ。
「え、あ、その、うん、好き……だな」
 それを聞いた彼女は微笑んだように見えた。
「そうですか」
 それだけ、言って口をつぐんだ。
 だが、彼女の目は俺の顔をみつめている。
 俺はなんだか、気恥ずかしくなってどうすればいいのか解らなくなっていた。
 そこへ店員が料理を持ってきた。
「へい、お待ち! お兄さんがドラゴンラーメン、おねえさんはファイナルきつね、と。はい、ごゆっくりどうぞ!」
 店員はそれぞれの前に料理と共に伝票を置いて戻っていた。
 彼女が俺のメニューを見て、やや目を見開く。
「あなたも常連だったんですね。でも、見かけたことはなかった」
 考えることは同じ、なのだろうか。
「ああ。俺は平日しか来ないし、時間ももっと早いから」
 彼女は納得したように頷いた。
 俺はやや緊張が解けた。
 そのせいか、今までやったことのない行動をしてみた。
 箸をひとつ、彼女のために取って渡したのだ。
 彼女はありがとうございます、と言って受け取った。
 俺は自分のドキドキを極力、顔に出さないようにニッコリ微笑んだ。
「それじゃあ、食べよう。いただきます」
「はい、いただきます」
 ちなみに、この裏メニューとは味には特に変わったところはなく、むしろその見た目のインパクトを重視している。
 俺の頼んだドラゴンラーメンはナルトが一本、丸ごと入っている。
 ファイナルきつねうどんは、きつねの揚げにうどんをしこたま詰め込んであるのだ。
 
 常連として認められて初めて教えられた時には、あの頑固そうなオヤジの遊び心を知って、さらにここが好きになったものだ。
 彼女が器用に箸でうどんの詰まった揚げを半分にしているのを見ながら、俺は話しかけた。
「最初、見たときはびっくりしたよね」
 彼女は俺をちらっと見て、作業に戻った。
「そうですね。でも、ここの店長の遊び心が解って、さらにここが好きになりましたよ」
 俺は思わず笑った。
「うん、俺もだ」
 偶然とは言え、考えが似ているのが素直に嬉しかった。
 彼女は揚げの中からつまみ上げたうどんを、ふーふーと何回も吹いてから食べている。
 猫舌なのか。カワイイしぐさだった。
 俺はさっき彼女が話していたことを聞いてみたくなった。
「あのさ、さっきCDのスピンドルがどうのって話してたよね」
 彼女は箸を止め、軽く睨んだ。
「盗み聞きは良くないですよ」
 しまった。
「あ、その、向かいで、この距離だし、聞こえちゃったーというか、えーと」
 彼女は頷いた。
「まあ、聞いたのならしかたないですね。今度、友達と同人でコスプレ写真集を出そうって話になってるんです」
 “買う!”俺は心の中で叫んだ。
「ですが予算と経費を考えると、三千七百円では……。せめて、三千五百円、それでも厳しいかな」
 彼女はうどんに目を落とし、微妙に顔を曇らせた。
 俺は彼女の力になれる! こんな嬉しいことはない!
 心を落ち着かせて、口を開いた。
「俺、三千円の店、知ってるよ。品質もバッチリだし。よかったら……」
 心臓が血液の激流を身体に巡らせる。
「一緒に行かないか」
 彼女は一瞬、ぱっと花が咲いたように、明るい表情を見せた気がした。
 だが、すぐ懐疑的なまなざしに変わる。
「それはとても助かりますが、あなたを信用して良いんですか」
 そりゃそうだ、助けるからと言って、初対面の男にほいほい付いていく女の子はそうはいない。
 俺はカバンから名刺入れを取り出し、中の名刺を彼女に渡す。
 彼女は箸を置き、ちゃんと両手で受け取った。すごい。礼儀正しい。
「相沢 功(あいざわ こう)……ウェブコンテンツ制作をされているんですか」
 名刺を見ながらちょっと考えている。
 彼女は顔を上げ、俺の目の中を探るように覗き込む。
 俺はまるで面接を受けているような気持ちになっていた。
 そもそもこんな美人に見つめられると言う経験が少ないので、目を逸らしそうになるが、耐える。
 負けちゃダメだ、負けちゃダメだ。
 やがて彼女が口を開く。
「ふむ、解りました。信用しましょう」
 ほっとした。これで、ラーメンがノドを通る。
 彼女はトートバッグから何かカードのようなものを取り出す。
「わたしはそこで働いています。正社員です」
 差し出されたそのカードを両手で受け取り、見てみる。
 そこには、“Su-Cool・Cafe スペクタクルズ”と、あった。
 彼女は少し頭を下げた。
「名前の入ったちゃんとした名刺を切らしていて、それしかないんです。ごめんなさい」
 スクールカフェ……よく解らないが、まあ、メイド喫茶みたいなものだろう。
 俺は頷いて彼女に言った。
「ふむ、解りました。信用しましょう」
 俺はさっきの彼女を真似た。
 その時、彼女はそれと解るくらい口元を緩めた。

 俺たちは電気街を抜け、駅へ向かう陸橋に差し掛かっていた。
 初夏の夕日がまぶしい。
「あんなところの二階にお店があったとは」
 彼女の表情からは解りにくいが、声の調子でほくほくしているのが解った。
 俺は彼女がいくつか買った生CDのスピンドルを、自主的に持っていた。
「あそこはけっこう穴場でさ」
 顔を上げると、階段を先に登っている彼女の脚が気になったが、目を逸らす。
「そうなのか。教えてくれてありがとう」
 心地良い、素直な言葉。
 一緒に買い物をしている内に彼女は心を開いてくれたのか、友達との電話の時と同じ、男口調になっていた。
 俺たちは階段を登り切って、陸橋の上を歩く。
「あ、あのさ……」
 俺は橋の真ん中当たりで、足を止めた。
 彼女は振り返って、小首をかしげる。
 俺は続けた。
「名前、まだ、聞いてなかったよな」
 不思議そうに俺をみつめる彼女。
「ずっと“レイ”って呼んでいたじゃないか」
「それはそのコスプレしてるから、そう呼んでただけでさ」
 彼女は逆に首をかしげ直して、答える。
「なら“犬飼”さんでも、いいぞ?」
 俺はバカにされているのかと、腹が立った。
「だから、そうじゃなくて! 君の本名を知りたいんだよ!」
 彼女は少しきょとんとした。やがて、ポンと手を打った。
「ああ。いや“犬飼 レイ”が本名だ」
 今度は俺がきょとんとする番だった。
 彼女は続ける。
「ゲームのキャラで見つけたときは、なぜ、わたしのことがゲームになってるんだと焦ったくらいなんだ」
 俺は口を魚のようにパクパクさせた。
「名前はそのままだったし、設定もあまりにも似ていたから。どういうことなのか、メーカーに問い合わせたが本当に偶然だったようだ」
 そんなことがあるなんて。俺は首を横に振った。
 彼女は話を続けながら、俺の目を真っ直ぐみつめた。
 まだ、その視線には慣れない。
「向こうも驚いていたし、平謝りだった。キャラを変更するとまで言ってくれたが……それは断った。こんな事は滅多にあるものではないから、逆に面白く思ったんだ」
 その揺らぎのない瞳に恥ずかしくなり、いったん目を逸らす。
 そしてもう一度彼女を見た時には、びっくりするくらい目の前に来ていた。
 彼女は、問う。
「もう一度、聞いても良いかな?」
 彼女の香水が鼻腔をくすぐった。
「あなたは“犬飼 レイ”が好きですか?」
 陸橋の下を流れる車の喧噪が、止まった気がした。
 俺はめまいに似た感覚に陥りそうになりながらも、なんとか絶える。
 気合を入れて、ハッキリ答えた。
「好きだ」
 次の瞬間、彼女の唇が俺のほほに触れた。
 俺は、まるで花園にいるような気持ちになった。
 彼女は離れるとちょっと息を吸って、それを言葉に紡いだ。
「わたしも、相沢 功が、好きだ」
 上目遣いで微笑む彼女は、暮れなずむ夕日なんかより、遙かにまぶしかった。

《end》


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