[暗闇の自由]

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 俺はもう結構な歳なのに、いまだに平社員だった。
 入社当初から毎日毎日、上司に叱られるためだけに会社に出勤していた。
 そうやって何年かすると、俺はこう思い込むようになった。

 全て俺が悪いのだ。

 俺が至らないのだ。

 俺は他人に劣るのだ。

 俺は何も出来ない男なのだ。

 同僚は言う。

“がんばれ!”

 妻は言う。

“愛している”

 しかし、そんな言葉は俺の中では、もはや毒でしかなかった。
 それらの言葉を聞くと吐き気とめまいがした。

 思うようにならない自分自身。

 いつもギリギリの崖っぷちで立っているような感覚。

 焦りと不安が俺の心を支配し、蝕んでいた。

 その日もなんとか耐えて家に帰ると、妻が仕事を持ち帰ってやっていた。

 彼女は有能な編集者だ。
 いつもクールに仕事をこなしている。
 収入は俺より高い。

 パソコンに向かい、ヘッドホンをして集中している。
 いつの頃からか俺は彼女に挨拶をしなくなっていた。

 コンビニ弁当の残骸が、彼女専用のゴミ箱に無造作に突っ込まれている。

 彼女も働いている。
 それもよく解っている。
 俺はいつものように彼女の視界を避け、自分の部屋に入る。
 まずいコンビニ弁当を食べた。

次の日、俺は上司に辞表を出した。
仕事から逃げ出したのだ。
それを妻に告げると
「そうか」
とだけ、言った。
それがどういう意味で、彼女の口から出たのか理解できなかった。

やがて俺は離婚届を妻に突き付けた。
「あなたが望むなら」

彼女は泣いていたかも知れない。
 だが俺は離婚した。

 俺はしばらくは何もかも自由になった気がした。
 だが、この社会に生きる以上、本当の自由などないのだ。
 生きること、全てに金がいるのだ。

 全ての財産を使い果たした時、俺はどうすればいいか考えた。
 今の俺には何もないから借金は出来ない。
 公園などでは暮らしたくなかった。
 くだらないプライドだけは高かった。

「もう、いいか」

 俺は自ら命を絶った。
 今度は生きる事から逃げ出したのだ。

 しかし。
 俺は永久に苦しみ続けている。
 なぜなら、逃げ出した先は俺の望む世界ではなかったから。

 本当の自由は、確かにあった。

 そして

 それ以外

 一切

 何もなかった。

 闇と氷に閉ざされた時の無い世界。
 もはや、ここから逃げるすべはない。
 俺は自分の生きていた頃の幻想に、涙し続けるしかないのだった。

 永久に。

END


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