美術部の後輩。
最初に惹かれたのは、持っている柔らかい雰囲気だった。
次に長く整った指と、穏やかで優しい瞳。
背丈は、わたしより少し小さい……いや、男子の平均的な身長だろう。
わたしが、女子にしては高すぎるのだ。
だが、彼はそんな事は気にもせず、いつもまっすぐわたしの目を見上げて話を聞いてくれた。
その瞳は、いつも小動物を連想させる。
そうしているうちに、いつの間にか、わたしは彼がそばにいないと不安になることが解った。
少しでもそばにいないと、気持ちが沈む。
恋。
初めて、恋というものを認識した。
そこで、戸惑いはあったが先月のバレンタインデーに、告白した。
情けないことだが、わたしには初めての感情を抑えることができなかったのだ。
「わたしには昴君、キミが必要なんだ。でもキミが嫌なら、いい。忘れて」
これで彼を失う事になれば、しかたない、そう心に堅く誓って告白した。
だが、実際は不安で死にそうだった。
やがて、彼は耳まで赤くなって、
「そんなこと、ない……です。ぼく、で、良ければ、付き合ってください」
と告げた。
わたしの目から溢れた涙は、彼を動揺させた。
その慌てぶりが微笑ましく、愛おしくて。
思わず抱きしめた。
あの時、フラれていれば、たぶん自暴自棄になっていただろう。
学校も辞めたかも知れない。それほどまでに、想いは激しかった。
彼は、わたしと言う人間を受け入れてくれた。
本当に嬉しかった。
昼食を食べ終えて、ちょっと飲み物を買いに自販機まで歩く。
「そう言えば昴君は最近、バイトが多いみたいだね」
彼は、少し後ろから付いてくる感じで歩いている。
「ええ、まあ」
煮え切らない返事。少し不安になる。
「やっぱり、わたしと付き合うのは、めんどうくさいか」
彼は、ちょっと怒った声で抗議した。
「ちょ、なに言ってるんですか! そんなわけないですよ! もう」
気持ちが穏やかになる。ふふ……可愛い。悪い先輩だな、わたしは。
「ありがとう」
中庭を通る。木漏れ日がキラキラと光る。
この時期は三寒四温と言うが、今日はそのうちの“温”の日だ。
日差しが暖かく気持ちいい。わたしは思わず、あくびをしてしまった。
「ふぁ……」
昴君が、わたしを見て少し驚く。
「怜(れい)先輩が、あくびなんて珍しいですね。夜遅くまで勉強ですか?」
確かに。今まで人前で、あくびなどしたことはない。
わたしは自分の行動と、まじまじと見つめられたせいで、なんだか恥ずかしくなった。
「え、まあ、そうだな……でも、そのせいか最近、目が悪くなったかも知れない」
そのひと言が、彼の中の何か……得体の知れない何かに触れたらしい。
すぐ横を歩いていた彼の雰囲気が変わった。
「そう、ですか。目が、悪く……そうですか」
立ち止まって、つぶやく。その感じが何かちょっと気になって、聞いてみる。
「なに? どうしたの」
すると、妙な答えが返ってきた。
「明日はホワイトデーですよね。お返しのプレゼントを買わせてください」
ぱっと太陽のように明るい顔を見せ、にこにこと歩き出す。
「え、うん。それは嬉しいけど……でもそれは、わたしの目が悪くなった事と、何か関係があるの」
彼は振り返って
「明日になれば、解ります」
とだけ、言った。
次の日。ホワイトデー。
昨日と違い、今日は、“寒”の日。
よく解らなかったが、せっかくプレゼントを買ってくれるというのだからと、それなりにオシャレした。
ベージュのキャスケットに、長めの白いマフラー。
胸のところに大きな花の柄が入った、短いデニムジャケット。
黒で、ゆったりしたニットと、短いゴシックなフレアスカート。
太ももの上まである、濃いブラウンのタイツ。そして、暗いワインレッドのローファー。
柄にもなく気分を高揚させて、待ち合わせ場所に向かう。
確かにそこは駅前だが、普通はあまり待ち合わせ場所にはしないような店だ。
駅を出ると、すでに彼はその場所に来ていた。
スタンドカラーの白いシャツ、薄いピンクに細いグレーストライプの入った、ジャケット。
ストレートの白いデニム。靴は、やはり薄いピンクのスニーカーだった。
彼は白やピンクが似合う。
彼はわたしを見付けると、子犬のように走って来た。
「怜さん!」
近づくと肩で息をしながら、きれいに笑った。
「黒が似合いますね」
ちょっとドキリとする。
「そうか? ありがとう。それで、どこで買うの」
わたしは、聞いてみた。彼はまた、にっこり笑う。
「待ち合わせ場所で、ですよ」
その店のほうに、手を向けた。
「……って。そこは、眼鏡屋だよ?」
そう、そこはよくTVでもCMを見るような、かなり大手の眼鏡屋だった。
「はい」
にこにこ。
「もしかして、昴君は……眼鏡っ子好き、なのか」
「はい」
即答して、にっこり。
わたしは、その言葉にやり切れない気持ちがした。
「……それなら、誰でも良かったんじゃないのか」
低く、押し殺すような声が出た。
「わたしじゃなくても、眼鏡を掛けさせることができる女の子なら!」
言葉が詰まる。
「誰でも彼女にしたんじゃないのか?!」
彼は一瞬、びっくりしたようだが、すぐ真顔になって言った。
「そんな怜さん、初めて見ました」
わたしは、何か悔しさに似た感情が渦巻き、どうしようもなく涙が出た。
彼は続ける。
「答えはノーです。ぼくは怜さんに、眼鏡を掛けて欲しいんです」
わたしの涙を、柔らかいハンカチで拭ってくれる。
「あなたがぼくにとって、もっと綺麗になって欲しいから、眼鏡を掛けて欲しいんです」
その言葉に、彼の意志を感じた。
「ぼくの選んだ、あなたに最高に似合う眼鏡をプレゼントします。だから」
少し、間があった。
「一生、ぼくのためにその眼鏡を掛けていてください」
胸に響いた。
そうか。それは、彼にとってそんな重大な意味があったのか。
眼鏡は、そんなに安い物ではない。確かに安いものもあるが、良くないと聞く。
それで、バイトしてたんだな。
眼鏡の形を取っているが、本当は……。
「……解った。その代わり、一生、絶対、外さないから。良いよね?」
別の涙が出そうなわたしの手をとって、彼はキスした。
「はい」
その時、ふと白いものがふわふわと舞い降りてきた。
「雪、だ」
ふたりで空を見上げる。
「ホントにホワイトデー、ですね」
「ああ、そうだね」
わたしたちは手を取り合って、眼鏡屋に入った。
END
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