「ねねね、カズミ、聞いた聞いた? サエコ、自殺したって!」
顔も髪も異様なくらい茶色い少女が、興奮して教室に飛び込んでくる。
カズミと呼ばれたソバカスの少女は、携帯電話から目を離すことなく答えた。
「えー、チャコ、それマジでー? ちょーヤバイじゃん」
まるで棒読み。その死んだという少女を弔う気持ちなど全く見られない。それを見ていた、チャコと呼ばれた少女は呆れた。
「まあ、これでアンタがタカシ君の彼女だってのに、文句言うヤツいなくなったけンどさぁ……」
カズミは、それになんの反応もせず、そのタカシにメールを送った。
「ラブラブカズミと。よし、送信」
チャコは、溜息を吐いて自分の席に行った。
ホームルーム。
担任教師はサエコが死んだことをネタに、みんなに教育論を語っていた。全校集会の時の校長と同じだ。
カズミはもちろん、そんなものを聞くはずもない。
手のひらにあごを乗せて、ぼんやりとタカシのほうを見ていた。
彼はやや暗い表情をしていた。カズミはつぶやく。
「サエコの事でヘコんでるんだろーなー。……でも、それもイイネ!」
にやにやと笑う。やがて穏やかな日射しと、先生の低い声が彼女の眠気を誘い始めた。
一瞬、本当に寝た。あごが落ちる。
「うおっ?」
声が出た。クラスにクスクスと笑いが広がる。タカシも寂しげながら、少し笑った。
カズミは顔を真っ赤にして、うつむく。
その時、机の端に異変を見てとった。写真シールが一枚、貼ってある。
「ん? いつの間に、こんなトコに……」
写っているのは、ソバカスのカズミと、長髪のタカシ。
「これ、サエコに嫌がらせであげたヤツじゃん! キモいなぁ」
素早くはがして、丸めてそのへんに捨てる。
こんなことするのは、チャコくらいしかいないと思い、彼女を軽くにらむ。チャコは、カズミの視線に気が付いて、きょとんとしている。
「あいつ、とぼけやがって。あとで覚えとけよー」
冗談半分に、そうつぶやく。
舌打ちをしながら、窓に目を向けた。すると、そのアルミサッシにも同じものが貼ってある。カズミは呆気にとられた。
「はぁ? なにこれイジメ?」
それもはがして丸めて捨てる。さっきより素早かった。
大きなため息を吐いて、広げたノートに目を落とす。
「あれ」
左のページだけ、不自然に分厚い。
よく見ると裏側から何か、厚い紙を貼ってあるようだ。
「え……」
人間には、好奇心がある。よく解らないものは、どうしても確認したくなる。
特に彼女は他人より好奇心が強いのだ。その好奇心が、彼女の腕を伸ばさせた。
指先が震える。そぅっと、端をつまむ。
そのページを持ち上げると、明らかに重そうだ。だがそれでも、そのまま彼女は好奇心に押され……めくった。
そこには、さっきと同じ写真シールが、ノート一面にびっしりと貼り込まれていた。
カズミは息を飲んだ。恐怖を感じた。だがすぐに、恐怖よりも怒りが勝った。
「チャコ、てめぇ! これ、なんだよ!」
カズミはホームルーム中にも関わらず、叫んだ。そのノートをひっ掴んで、ドカドカとチャコに詰め寄る。
「はぁ? んだよ、なにキレてんだよ、わっけわかんねぇよ!」
チャコもいきなりのことに興奮して、立ち上がる。
教室が騒然となった。
タカシが見かねて、ふたりの間に割って入る。
「やめろよ! なんなんだよ!」
「だってチャコが、こんなことすっからさー!」
「なんもしてねぇっつんだよ!」
「落ち着けよ、カズミ! チャコ!」
タカシに制されて、ふたりは離れた。どちらも肩で息をしている。
「タカシ君、見てよ!」
カズミが、自分のノートの例のページを広げた。
「ほら、これ!」
勝ち誇ったように、タカシに突き出す。だが、彼は憮然として答えた。
「あぁ? なんでもねぇみてぇだけど!」
カズミは急いでもう一度、そのページを見返した。だが、そこは普通のページだった。
「えっ……さっき確かに、すっごいたくさんシールが……あれぇ?」
他のページもパラパラとめくるが、何の異常もない。
タカシが、疲れた口調で言い聞かせる。
「カズミ……いいかげんにしろよ。俺もサエコのことで、ショックあるんだしさ」
彼女は、一気におろおろし始める。
「え、だって、チャコが」
「だーから、アタシがなにしたってのよ?」
間髪入れず、チャコがカズミに食ってかかる。それを見ていたタカシは目を伏せて、ため息を吐いた。
「……もういいよ。俺ら、しばらく距離、置いたほうがいいみたいだな」
そう言って教室を出て行った。
「えっ、タカシ君? タカシ君!」
カズミは、追いかけようとしたが足がもつれた。机に引っかかり、床に思い切り倒れ込む。チャコが素早く、手を差し伸べた。
「カズミ! 大丈夫?」
抱き起こされたカズミは、嗚咽した。
「う、うう、タカシ、くん……」
涙で、視界がかすむ。もう、追いかける気力がなかった。教室は、そのようすを受けて静まり返っている。
先生はチャコに、保健室へカズミを連れて行ってやれ、と言った。
「ん……ああ、保健室か……」
カズミは、夕日に照らされる白い部屋で目が覚めた。
どうやら、泣き疲れて寝てしまっていたようだ。
「タカシ君……」
彼の態度を思い出して、また涙ぐむ。
ふいに右の手首がかゆい。
軽く掻く。その感触が……変だ。
慌てて起きあがり、そで口を見てみる。
「ううっ」
シール。あの、シールが貼ってある。
吐き気がした。
それと同時に、腕全体に異様な感触があることに気付く。
「まさかまさかまさか」
そでのボタンを引きちぎって、めくり上げる。
腕全体にびっしり、シール、シール、シール。
「きゃぁあぁーっ!」
バリバリとシールを剥がす。
「ああっ、左! 左腕も!」
バリバリ! 剥がす、剥がす。
「足! 胸! 首! ああっ、あああーっ!」
「カズミ……?」
タカシが保健室に入ってきた。チャコに諭されてやってきたのだ。
夕日に照らされて、赤い室内。静かだ。
「カズミ……寝てるのか?」
彼はカーテンで仕切られた、ベッドのほうへ歩いていく。
「俺、ちょっと参ってたみたいだ。ヒドイこと言って、ごめん」
カーテンの向こうに、うっすらと人影が見える。ベッドの上にいるようだ。
「カズミ、だろ? 開けていいか?」
「タ……カ……シ……くん……」
声を聞いて、本人だと確認したタカシは、カーテンに手をかけた。
勢いよく開ける。
その瞬間。
タカシの目に、全身血まみれになった、ひざ立ちのカズミが飛び込んできた。
まるで、獣の爪にやられたような深い引っ掻き傷から、血がダラダラと流れている。服はズタズタ、顔も傷と血でボロボロだ。
大きく見開かれて、ギラギラと夕日を照り返す瞳で、タカシを見る。だが、焦点は合っていない。
カズミはぼんやりした口調で言った。
「サエコ……にあげた……シールが、はがれないのぉ……」
タカシは、そこにへたり込んだ。ガクガクと震えて、声も出ない。ただ、彼女から目を離せなかった。
彼女が、ゆっくり腕を上げる。ひじから光る鮮血が滴る。
人差し指を、首筋に当て何かを探る。
「あ……まだ、ある」
その指に力がこもる。血が噴き出す。爪が深く食い込んだ。頸動脈を傷付けたようだ。
そのまま、指を横に動かす。ブチブチと筋肉が引きちぎれる音がする。
「う゛ぇぐひょ」
のどから、人の声ではないものが聞こえた。鼓動に合わせて、どんどん出血している。
「ひゅひゅびゅ」
カズミの口が動いたが、それはもはや、ただの音で言葉ではなかった。
にこりと笑って、そのままタカシのほうに倒れ込んでくる。そのままではベッドから落ちる。
「ひっ!」
タカシは女性のような悲鳴を上げた。彼女を受け止めることはせず、力一杯、後ろに逃げる。
彼女は頭から床に落ちた。
首から、肉の中の空気が押し出されるような嫌な音を上げ、転がった。
血の池が広がる。夕日を浴びて、鈍く光を放っていた。
「ああ、あああ」
タカシは必死で、その場から離れようとあがいた。だが、足腰に力が入らなかった。
それでもなおもがいて、その凄惨なベッドから逃れようと後ずさった。
背中が何か硬いものに当たる。びくっとして、ゆっくり振り返る。
そこには、写真シールを撮るゲーム機があった。
異常な光景。
学校の保健室の中に、派手なピンクと白で塗り分けられた、二メートルもの機械があるのだ。
タカシは夕日を浴びてそそり立つそれに、混乱した。
突然、陽気な音楽が奏でられる。それに乗って、よく通る高い声が聞こえ始める。
『お金を入れてね!』
タカシは、ゲームセンターでよく聞いた声だ、と思った。
彼は何もしていないのに、勝手にコインが投入される電子音が鳴る。
『お金を入れたら、フレームを選んでね!』
写真シールの枠を選択する時の電子音が響く。
『フレームを選んだら決定してね!』
決定ボタンを押す音。
「それから……」
声が変わった。ゲーム機の前に、きっちり三つに折った靴下と質素な革靴が現れた。
タカシが見上げると、眼鏡におかっぱの少女が立っていた。
「サエコ……?」
「タカシ君、それから顔の位置を決めるんだ」
ものすごい力でタカシを引き上げ、自分の横に立たせる。
「もう少し、頭下げて」
そう言って、彼の腕に絡みつく。
「ほら、撮るぞ、笑って」
「え、あ、うん」
タカシの意識は、もう混濁していた。
「そう、わたしのそばで、笑っていてくれ」
サエコは、シャッターボタンを押した。
「永遠に」
「あれっ、開いてる」
保健室にチャコが入ってきた。もうすっかり、外は暗い。
「なぁんだ、めちゃくちゃ遅いし、メールの返事もないから、ここでエッチしてんのかと思ったのにー」
電灯のスイッチを入れた。
「誰もいないのかなー……ん?」
写真シートが一枚、ぽつんと落ちていた。
「誰んだろ」
拾い上げて、見てみる。
「う……!」
彼女は思わず、周りを見回す。そこには、この保健室を背景にしたサエコとタカシが写っていたからだ。
「これってどうみても、ここだよな……」
周りを見ながら、ぶつぶつ言う。
ふと、目の端に赤いものを見た気がして、顔を戻す。カーテンの向こうだ。
「なに……」
床に広がる赤黒く丸い何か。その上に、折れ曲がった汚い棒のようなものがある。
「腕……?」
固唾を飲んだ。なんなんだ、何が起きた、どういうことだろう、ぐるぐると思考が巡る、巡る。
だんだん、息が荒くなる。
「と、とにかく、確かめねぇと……」
彼女は、深呼吸をした。
ゆっくりカーテンに近づく。
ゆっくり。
ゆっくり……。
突然、携帯電話の着信メロディが、カーテンの向こうから鳴り響く。
彼女は飛び上がった。
その曲は、カズミの携帯電話にセットされたものと同じだった。
「まさかっ?」
チャコは気を取り直し、焦ってカーテンを開けた。
「カズミッ!」
次の瞬間。
夜の校舎に、少女の悲鳴が響き渡った。
end
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