[呪シール(じゅシール)]


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「なぜだ」
 肌の白い、切れ長の目をした少女がつぶやく。高校生くらいか。眼鏡を掛け、髪は濡れ鴉色。肩まであるおかっぱだ。
 自室の窓から夕日が射し込んでいる。
 顔の半分はその光で真っ赤に染まり、もう半分は黒い影に覆われていた。
 彼女は目の前の、あるものに集中している。
 ベッドの上で食い入るように“それ”を見つめていた。
 それ。
 それとは、小さな写真シールが、縦横に並んだシートのことだ。
 女子中高生の間ではもうすっかり定着した、ゲームセンターで撮ることができるもの。
 そこに写っているのは彼女ではない。顔にソバカスのある茶髪の女子高生と、髪の長いかっこいい男子だ。
「なぜなんだ」 
 手には、カッター。
「わたしは、タカシ君を、愛していた」
 硬く短い金属音が一回響いて、刃が繰り出される。
「わたしだけが、タカシ君だけを、愛していたんだ」
 もう一度、金属音。
「うん。そうだ。わたしは、あの子から、彼を、取り返さなくては、ならない。絶対に」
 それがごく当たり前の行為だ、とでも言うように、カッターを持った手が大きく動いた。
 シートの上に、赤い染みが急速に広がる。
 ちょうど、ソバカスの女子高生の首に掛かるように。

「ねねね、カズミ、聞いた聞いた? サエコ、自殺したって!」
 顔も髪も異様なくらい茶色い少女が、興奮して教室に飛び込んでくる。
 カズミと呼ばれたソバカスの少女は、携帯電話から目を離すことなく答えた。
「えー、チャコ、それマジでー? ちょーヤバイじゃん」
 まるで棒読み。その死んだという少女を弔う気持ちなど全く見られない。それを見ていた、チャコと呼ばれた少女は呆れた。
「まあ、これでアンタがタカシ君の彼女だってのに、文句言うヤツいなくなったけンどさぁ……」
 カズミは、それになんの反応もせず、そのタカシにメールを送った。
「ラブラブカズミと。よし、送信」
 チャコは、溜息を吐いて自分の席に行った。

 ホームルーム。
 担任教師はサエコが死んだことをネタに、みんなに教育論を語っていた。全校集会の時の校長と同じだ。
 カズミはもちろん、そんなものを聞くはずもない。
 手のひらにあごを乗せて、ぼんやりとタカシのほうを見ていた。
 彼はやや暗い表情をしていた。カズミはつぶやく。
「サエコの事でヘコんでるんだろーなー。……でも、それもイイネ!」
 にやにやと笑う。やがて穏やかな日射しと、先生の低い声が彼女の眠気を誘い始めた。
 一瞬、本当に寝た。あごが落ちる。
「うおっ?」
 声が出た。クラスにクスクスと笑いが広がる。タカシも寂しげながら、少し笑った。
 カズミは顔を真っ赤にして、うつむく。
 その時、机の端に異変を見てとった。写真シールが一枚、貼ってある。
「ん? いつの間に、こんなトコに……」
 写っているのは、ソバカスのカズミと、長髪のタカシ。
「これ、サエコに嫌がらせであげたヤツじゃん! キモいなぁ」
 素早くはがして、丸めてそのへんに捨てる。
 こんなことするのは、チャコくらいしかいないと思い、彼女を軽くにらむ。チャコは、カズミの視線に気が付いて、きょとんとしている。
「あいつ、とぼけやがって。あとで覚えとけよー」
 冗談半分に、そうつぶやく。
 舌打ちをしながら、窓に目を向けた。すると、そのアルミサッシにも同じものが貼ってある。カズミは呆気にとられた。
「はぁ? なにこれイジメ?」
 それもはがして丸めて捨てる。さっきより素早かった。
 大きなため息を吐いて、広げたノートに目を落とす。
「あれ」
 左のページだけ、不自然に分厚い。
 よく見ると裏側から何か、厚い紙を貼ってあるようだ。
「え……」
 人間には、好奇心がある。よく解らないものは、どうしても確認したくなる。
 特に彼女は他人より好奇心が強いのだ。その好奇心が、彼女の腕を伸ばさせた。
 指先が震える。そぅっと、端をつまむ。
 そのページを持ち上げると、明らかに重そうだ。だがそれでも、そのまま彼女は好奇心に押され……めくった。
 そこには、さっきと同じ写真シールが、ノート一面にびっしりと貼り込まれていた。
 カズミは息を飲んだ。恐怖を感じた。だがすぐに、恐怖よりも怒りが勝った。
「チャコ、てめぇ! これ、なんだよ!」
 カズミはホームルーム中にも関わらず、叫んだ。そのノートをひっ掴んで、ドカドカとチャコに詰め寄る。
「はぁ? んだよ、なにキレてんだよ、わっけわかんねぇよ!」
 チャコもいきなりのことに興奮して、立ち上がる。
 教室が騒然となった。
 タカシが見かねて、ふたりの間に割って入る。
「やめろよ! なんなんだよ!」
「だってチャコが、こんなことすっからさー!」
「なんもしてねぇっつんだよ!」
「落ち着けよ、カズミ! チャコ!」
 タカシに制されて、ふたりは離れた。どちらも肩で息をしている。
「タカシ君、見てよ!」
 カズミが、自分のノートの例のページを広げた。
「ほら、これ!」
 勝ち誇ったように、タカシに突き出す。だが、彼は憮然として答えた。
「あぁ? なんでもねぇみてぇだけど!」
 カズミは急いでもう一度、そのページを見返した。だが、そこは普通のページだった。
「えっ……さっき確かに、すっごいたくさんシールが……あれぇ?」
 他のページもパラパラとめくるが、何の異常もない。
 タカシが、疲れた口調で言い聞かせる。
「カズミ……いいかげんにしろよ。俺もサエコのことで、ショックあるんだしさ」
 彼女は、一気におろおろし始める。
「え、だって、チャコが」
「だーから、アタシがなにしたってのよ?」
 間髪入れず、チャコがカズミに食ってかかる。それを見ていたタカシは目を伏せて、ため息を吐いた。
「……もういいよ。俺ら、しばらく距離、置いたほうがいいみたいだな」
 そう言って教室を出て行った。
「えっ、タカシ君? タカシ君!」
 カズミは、追いかけようとしたが足がもつれた。机に引っかかり、床に思い切り倒れ込む。チャコが素早く、手を差し伸べた。
「カズミ! 大丈夫?」
 抱き起こされたカズミは、嗚咽した。
「う、うう、タカシ、くん……」
 涙で、視界がかすむ。もう、追いかける気力がなかった。教室は、そのようすを受けて静まり返っている。
 先生はチャコに、保健室へカズミを連れて行ってやれ、と言った。

「ん……ああ、保健室か……」
 カズミは、夕日に照らされる白い部屋で目が覚めた。
 どうやら、泣き疲れて寝てしまっていたようだ。
「タカシ君……」
 彼の態度を思い出して、また涙ぐむ。
 ふいに右の手首がかゆい。
 軽く掻く。その感触が……変だ。
 慌てて起きあがり、そで口を見てみる。
「ううっ」
 シール。あの、シールが貼ってある。
 吐き気がした。
 それと同時に、腕全体に異様な感触があることに気付く。
「まさかまさかまさか」
 そでのボタンを引きちぎって、めくり上げる。
 腕全体にびっしり、シール、シール、シール。
「きゃぁあぁーっ!」
 バリバリとシールを剥がす。
「ああっ、左! 左腕も!」
 バリバリ! 剥がす、剥がす。
「足! 胸! 首! ああっ、あああーっ!」

「カズミ……?」
 タカシが保健室に入ってきた。チャコに諭されてやってきたのだ。
 夕日に照らされて、赤い室内。静かだ。
「カズミ……寝てるのか?」
 彼はカーテンで仕切られた、ベッドのほうへ歩いていく。
「俺、ちょっと参ってたみたいだ。ヒドイこと言って、ごめん」
 カーテンの向こうに、うっすらと人影が見える。ベッドの上にいるようだ。
「カズミ、だろ? 開けていいか?」
「タ……カ……シ……くん……」
 声を聞いて、本人だと確認したタカシは、カーテンに手をかけた。
 勢いよく開ける。
 その瞬間。
 タカシの目に、全身血まみれになった、ひざ立ちのカズミが飛び込んできた。
 まるで、獣の爪にやられたような深い引っ掻き傷から、血がダラダラと流れている。服はズタズタ、顔も傷と血でボロボロだ。
 大きく見開かれて、ギラギラと夕日を照り返す瞳で、タカシを見る。だが、焦点は合っていない。
 カズミはぼんやりした口調で言った。
「サエコ……にあげた……シールが、はがれないのぉ……」
 タカシは、そこにへたり込んだ。ガクガクと震えて、声も出ない。ただ、彼女から目を離せなかった。
 彼女が、ゆっくり腕を上げる。ひじから光る鮮血が滴る。
 人差し指を、首筋に当て何かを探る。
「あ……まだ、ある」
 その指に力がこもる。血が噴き出す。爪が深く食い込んだ。頸動脈を傷付けたようだ。
 そのまま、指を横に動かす。ブチブチと筋肉が引きちぎれる音がする。
「う゛ぇぐひょ」
 のどから、人の声ではないものが聞こえた。鼓動に合わせて、どんどん出血している。
「ひゅひゅびゅ」
 カズミの口が動いたが、それはもはや、ただの音で言葉ではなかった。
 にこりと笑って、そのままタカシのほうに倒れ込んでくる。そのままではベッドから落ちる。
「ひっ!」
 タカシは女性のような悲鳴を上げた。彼女を受け止めることはせず、力一杯、後ろに逃げる。
 彼女は頭から床に落ちた。
 首から、肉の中の空気が押し出されるような嫌な音を上げ、転がった。
 血の池が広がる。夕日を浴びて、鈍く光を放っていた。
「ああ、あああ」
 タカシは必死で、その場から離れようとあがいた。だが、足腰に力が入らなかった。
 それでもなおもがいて、その凄惨なベッドから逃れようと後ずさった。
 背中が何か硬いものに当たる。びくっとして、ゆっくり振り返る。
 そこには、写真シールを撮るゲーム機があった。
 異常な光景。
 学校の保健室の中に、派手なピンクと白で塗り分けられた、二メートルもの機械があるのだ。
 タカシは夕日を浴びてそそり立つそれに、混乱した。
 突然、陽気な音楽が奏でられる。それに乗って、よく通る高い声が聞こえ始める。
『お金を入れてね!』
 タカシは、ゲームセンターでよく聞いた声だ、と思った。
 彼は何もしていないのに、勝手にコインが投入される電子音が鳴る。
『お金を入れたら、フレームを選んでね!』
 写真シールの枠を選択する時の電子音が響く。
『フレームを選んだら決定してね!』
 決定ボタンを押す音。
「それから……」
 声が変わった。ゲーム機の前に、きっちり三つに折った靴下と質素な革靴が現れた。
 タカシが見上げると、眼鏡におかっぱの少女が立っていた。
「サエコ……?」
「タカシ君、それから顔の位置を決めるんだ」
 ものすごい力でタカシを引き上げ、自分の横に立たせる。
「もう少し、頭下げて」
 そう言って、彼の腕に絡みつく。
「ほら、撮るぞ、笑って」
「え、あ、うん」
 タカシの意識は、もう混濁していた。
「そう、わたしのそばで、笑っていてくれ」
 サエコは、シャッターボタンを押した。
「永遠に」

「あれっ、開いてる」
 保健室にチャコが入ってきた。もうすっかり、外は暗い。
「なぁんだ、めちゃくちゃ遅いし、メールの返事もないから、ここでエッチしてんのかと思ったのにー」
 電灯のスイッチを入れた。
「誰もいないのかなー……ん?」
 写真シートが一枚、ぽつんと落ちていた。
「誰んだろ」
 拾い上げて、見てみる。
「う……!」
 彼女は思わず、周りを見回す。そこには、この保健室を背景にしたサエコとタカシが写っていたからだ。
「これってどうみても、ここだよな……」
 周りを見ながら、ぶつぶつ言う。
 ふと、目の端に赤いものを見た気がして、顔を戻す。カーテンの向こうだ。
「なに……」
 床に広がる赤黒く丸い何か。その上に、折れ曲がった汚い棒のようなものがある。
「腕……?」
 固唾を飲んだ。なんなんだ、何が起きた、どういうことだろう、ぐるぐると思考が巡る、巡る。
 だんだん、息が荒くなる。
「と、とにかく、確かめねぇと……」
 彼女は、深呼吸をした。
 ゆっくりカーテンに近づく。
 ゆっくり。
 ゆっくり……。
 突然、携帯電話の着信メロディが、カーテンの向こうから鳴り響く。
 彼女は飛び上がった。
 その曲は、カズミの携帯電話にセットされたものと同じだった。
「まさかっ?」
 チャコは気を取り直し、焦ってカーテンを開けた。
「カズミッ!」
 次の瞬間。
 夜の校舎に、少女の悲鳴が響き渡った。

end


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