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蒼山 久宇(あおやま くう)。
俺の嫁さん。

彼女は俺と同じ高校のクラスメイトだった。
当時から、その歯に衣着せぬ、男口調で真っ直ぐな発言。
高い教養から来る、理知的で冷静な態度。
そのようすから”素直クールなクー”と呼ばれていた。
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、格闘技の心得まである。
完璧超人だった。
だが、それゆえに、周りからは距離を置かれ、孤立していた。
俺は別にそんなことは気にせず、普通に接していたし、尊敬もしていた。
やがて、ほとんど一方的に求婚され、まんざらでもなかった俺は卒業後、すぐ学生結婚した。

いまだに俺のどこがそんなに良いのか、皆目見当が付かない。
そういうところが良い、と彼女は言うのだが。
俺が大学を卒業して、就職が決まるとほぼ同時に俺たちには子供ができた。
娘だ。名前を鈴(りん)と言う。
名前は俺が決めた。クーは反対しなかった。
と言うより、納得して喜んでいた。

「鈴……蒼山 鈴か。なるほど、美しい名だな」

……あれからもう、23年になる。
久宇は相変わらず、綺麗で素直でクールだ。
俺は、久宇を今でも”クー”と呼んでいる。

もちろん鈴も美しく、立派に成長した。
教養もある。クーの教育のたまものだ。
親の欲目ではなく、本当に目を惹く美女だし、性格も良い。
そんなワケで、言い寄ってくる男は多い。
鈴は大学に入ってから、けっこう長い間、多数の男どもに、結婚を申し込まれていた。
ついに業を煮やした鈴は、いっそ、全員で両親に挨拶に来たらどうか? と言う、大胆な提案を出した。

そして、卒業を間近に控えた、今。
それを受け入れた男たちが、3人来ている。

ひとりは、見るからに”オレってカッコイイでしょ?”って匂いをプンプンさせている、有名企業の重役の息子。勝(まさる)君。
高そうなイタリア物のスーツを着こなし、腕には高級ブランドの時計を、これ見よがしにしている。
もうひとりは、バーの店長候補、収入もそこそこ。誠一(せいいち)君。
短く揃えられたアゴひげと、品の良いジャケットに、ビンテージもののジーンズがオシャレな男。
最後は、小さな会社のデザイナー。純(じゅん)君。
微妙に地味で、スーツも安そうだ。どことなく頼りなさげだが……。

クーは、まるで鬼教官のように、3人を睨め付けている。
チッ、チッ、チッ、……時計の音だけがリビングに響く。
長い沈黙だった。ついに誠一君が、意を決したように一歩、前に出た。
「娘さんを僕に下さい!」
クーは彼をキツく睨む。誠一君は、びくっとして、目をそらした。
うんざりしたように口を開く、クー。
「今、君は”僕に下さい”と言ったな?」
「え、は、はい……」

「わたしの娘は物ではない。もう少し日本語を勉強するんだな。話は終わりだ」
誠一君は、慌てて食い下がった。
「お母さん、話をお聞き下さい!」
「わたしは、君の母になった覚えは、な・い・が・?」
威圧。強烈な威圧。クーが真剣にプレッシャーをかけると、例え相手が熊でも逃げ出す。
彼は半泣きになり、家を飛び出した。
「怖ぇえよーっ!!」
オシャレな男が台無しだ。
鈴はひと言、毒を吐く。
「やっぱり、あの程度ね……」

次に勝君が、ふふん、と笑って前に出た。
「まあ、鈴ちゃんのお母さん、リラックスして話を聞いて下さいよ」
へへへ、と笑いながら、金ぴかの時計を腕から外し、
「どうぞ、お父さん」
と、俺に差し出しながら笑う。
「いやいや。そんな高価なもの、もらえないよ」
俺はそう言いながら、あー、ダメだな、彼は。と思う。
クーは呆れて、ひと言だけ
「帰れ」
と命令した。さすが、素直に思ったことを口にする女だ。
語気は荒くないが、完全に頭ごなし。それに勝君は、逆上した。

「ああ?!んだと、コラぁ!鈴の親だからって優しくしてやりゃあ!
オレ様が誰だか」
クーの目が冷たく光る。次の瞬間、クーは拳を真っ直ぐ下に突いた。
轟音が部屋中に響いた。
リビングテーブルが真っ二つになる。

「もう一度だけ言う。帰れ」
「……はい」
勝君はすっかり小さくなって、やっぱり半泣きで、スゴスゴと帰っていく。
大人になれよー。俺はその背中を見ながら思った。

クーは、そのうすい表情と口調から、誰の目にも冷静に映るが、付き合って解ったことがある。
実はそうとう熱い女なのだ。
たぶん、怒らせたら火傷では済まない。

クーに向き直って、言った。
「頭に来たからって、家具を壊すのはやめろ」
「……すまない」
「でも、お前がやらなきゃ、俺が殴ってたけどな」
クーの目を見ずに言う。
はっ!しまった。クーのほうから、ラブラブビームが出ているのがわかる。こりゃあ、また夜がツライぞ……。

最後に残った純君が一瞬、鈴を見た。
おずおずと、だが、クーの目を真っ直ぐ見つめ、しっかりした口調で、言葉を紡ぐ。
「鈴さんのお母さん、お父さん。鈴さんとお付き合いさせて頂いている
河村 純と申します。このたびは鈴さんとの結婚を、お許しいただきたく
ご挨拶に来ました。よろしくお願いします」
と、頭を下げる。ほう、と感心するクー。
純君は、グッと拳を握りしめ、顔を上げて叫んだ。
「僕は、鈴さんが真剣に好きなんです!!ホントに、ホントに真剣なんス!!」
俺がクーの目を見ると、俺にしか解らない輝きがあった。
こりゃ、何か企んでるな。クーが口を開いた。
「では、証明してみせるんだな」
「な、何をすればいいんです?」
「今、ここで、わたしたちが見ている目の前で……鈴とキスして見せるんだ」
あー、彼、顔が真っ赤になったよ。普通はそうだよな。
最初は俺もそうだった。今はもう慣れちゃったけど。
「え、こっここここで、ですか?」
「君はニワトリか。本当に好きなら、人目など気にならないものだろう?
それとも、君の気持ちはそんなものなのか?」
クーの理論はあまり、日本では一般的ではない気もするが。
「あたしは、いいよ」
こういうとき娘は、さすがにクーの血を引いているな、と思う。
顔色一つ変えず、歯切れ良く承知した。
でも、男親としては、複雑な気持ちだけども。

クーは急かす。
「なにをしている?早くしないか。それとも、やりかたが解らないか?」
彼が石になったように固まっていると、クーは焦れて言った。
「こうするんだ」
俺の腕を急に引っ張り、ディープでハードなキスをする。
俺は、もう慣れたもので、いつも通り、しっかり受け止める。
彼は、あまりのことに呆然としていた。
娘は、興味深そうに見つめていた。

たっぷり10秒間、愛あるキスをし、クーは俺から口を離す。
相変わらずのテクニックだぜ。俺も負けてないつもりだけど。
クーは、手の甲で口をぬぐいながら言う。
「ふぅ……どうだ?解ったか」
答えたのは鈴だった。
「はい、お母さん。見事な技、盗ませて頂きました」
って、えええーっ?!
鈴の目は輝いている。

……ああ、そっか。結局、鈴の心はとっくに、決まっていたんだ。
「それでは早速……」
固まっている純君の唇を、奪いにかかる。
「ん?!んんー!!」
純君は我に返って、じたばたするも、もはや手遅れ。
やがておとなしくなる。
「ふむ……鈴がそこまで愛を注ぐなら、認めてやっても良いぞ」
いや、主体が変わってるし。とは言え、俺も純君かな、と思ってはいた。
挨拶ももちろんだけど、何より鈴に対して、熱く強い気持ちを持ってる。
彼なら鈴の良いパートナーになるだろう。結果オーライだ。
鈴は、真っ赤なまま、グッタリした純君の腕を肩にかけて、
「ありがとう、お母さん!」
そう言って親指を立てる。クーも同じ動作。
「ああ、しっかりな!」
鈴は純君を、自室に連れて行った。
「さて……さっきのキスでわたしも火がついた。あなたも、だろう? お互い、消さないか……いや、もっと燃え上がらそう」
と、寝室に連れて行かれる俺。
俺は心の中で、言った。

純君。ようこそ、ここへ。
クーのいる世界へ。

END


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