[エレベータ]

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 放課後。
 いつもの帰り道。
 俺と委員長の涼夏(りょうか)は、俺の家のほうに一緒に歩いていた。
 涼夏……俺の中ではいつの間にか、呼び捨てになっていた。
 彼女が口を開く。
「今日は君の家で勉強会だな」
 相変わらずの男口調と無表情。
 だが、彼女のほうからはワクワクという擬音が聞こえる気がする。
「何度も言うけど、俺んち、大したこと無いからな。普通のマンションだからな。委員長の家と比べんなよ」
「何を言う。それは君の愛らしさを増強する要素だぞ」
 来たこれ。
 多少慣れたとは言え、委員長の不意を突く攻撃は俺の動きを止めるのには充分だ。
 実戦なら幾度も命を落としただろう。
「しかし、残念だな。今日は君の両親も、ふゆなちゃんもいないのだろう? ご両親には正式なご挨拶がしたかったのだが……」
「ばっ……そんなのまだ早いって、何回言わせるんだよ!」
 俺はわざわざそんな今日を選んだってのに。
 今日こそは、決めるぞ。男になる。
 涼夏は確かにソレを凄く怖がっている。だけど、もうキスまで行っちゃってるんだ。
 なんとか説得する! そんでもって子供時代の長い道のり、童貞という名の道程からの卒業だぜ! ムフー!

「どうした? 鼻の穴が広がっているぞ」
「あ、いや、そのアレだ、口だけで呼吸してると良くないらしいぞ?」
 とかなんとか、そんな会話をしながら歩く。

 俺の家――マンション前まで来た。
「ここか……なかなか良いマンションじゃないか」
 心なしか彼女のほうから聞こえる擬音が、大きくなった気がした。
 名前ばかりの狭いエントランスを進み、エレベータを待つ。

 軽い到着の音を響かせ、エレベータが来た。乗り込んで、九階のボタンを押す。
 加速する音を立て、エレベータが登っていく。
 エレベータでは、なぜか誰もが黙って進む階の表示に注目する。
 俺たちも注目していた。
 突然、エレベータが激しい振動と共に止まった。
「うおぁ!?」
 モーターが止まる、哀しげな音がした。

 涼夏がつぶやく。
「これは……閉じこめられたようだな」
 彼女の口調にも表情にも動揺の色はないように見えるが、いつの間にかそばに来て俺の袖をつまんでいる。
 その姿を見て“ここで男をみせなくてどーするよ!”と、自分自身に言い聞かせた。
「え、えーと、こここういうときは、非常用ボタンがどこかに」
 と、探してみる。黄色いボタンが見つかった。すぐさま押す。
 ちょっと苛つくような、警告音が響く。
 しっかりした口調の男性が話しかけてきた。
「はい、管理センターです。どうしました?」
 このマンションには管理人はいない。遠くの管理センターが管理している。
「ああああの、エレベータが止まって閉じこめられてるんです」
 必死で説明する。管理センターは、すぐ向かいます! と言って通話を切った。
「ふぅ……これでなんとかなるはず」
 と、一息ついて委員長を見ると、俺を潤んだ瞳で見つめていた。
「君はなんてかっこいいんだ……惚れ直した」
 そう言うと俺のほほを両手で包み、キスをした。
 また来たよ、これ!
 鼓動が速くなる。顔も赤いはずだ。
 俺は操り人形のように、両腕をゆっくり上げた。
 彼女を抱きしめようとした……が、我に返った。
 はっ! だめだ!
 モニターされてるんだから、やばいって!
 今そんなことをしたらもう、後戻り出来ない……ここでヤっちゃう気がする!
 ヤっちゃったら、マンション中に知れ渡って、住めなくなるに違いない。
 俺のせいで、家族を路頭に迷わすわけにはいかない!

 そんなふうに思いながら、彼女を見ると……その美しく潤んだ瞳が、うっすらと上気したほほが、疑問と期待を投げかけているように感じた。

“どうして、してくれないんだ?”

 いやいやいや、そんなワケない! しっかりしろ、俺!
 俺は委員長が好きなんだろ! 愛してるんだろ!
 愛ってのは勢いで奪ったり、他人に迷惑掛けたりするもんじゃないだろ!
 そうだよ、そう。
 俺、なにテンパってたんだ。
 今日は涼夏がウチに来るってだけで、ずっとヤリたいだけの俺になってた。
 違う。そうじゃないんだ。そうじゃない。

 もう一度、彼女をよく見ると、そこにあるのは怯えだった。
 怖いんだ。もうほとんど泣いてるじゃないか。
 なんてバカなんだ、俺は。
 物凄く反省した。
 そして、そっと彼女の後ろに手を回し、肩を抱いた。
 彼女は一瞬、びくっとした。だが、すぐに俺の肩に頭を乗せてくれた。 

 突然、さっき聞いた警告音が響く。
 先ほどの男性の声がする。
「すみません、係の者に連絡したのですが、渋滞であと三十分掛かると連絡がありました。本当に申し訳ありません。このお詫びは……」
 どうやら、向こうからも繋ぐことが出来るようだ。
 俺は自分でも驚くほど、落ち着いて答えた。
 さっきまで彼女のことで慌ててたのが、嘘のようだ。
「いや、大丈夫です。待っています。心配ありません」
 そう言うと向こうは本当に恐縮しつつ、通信が切れた。

 うん。そうだよ……今、ここには委員長がいるんだから。
 彼女がいれば……愛してる彼女がそばにさえいれば、どんな時もきっと大丈夫だ。そう思った。
 委員長が俺に抱きつきながら言う。
「君がいれば、どんな時も大丈夫なのだろうな」
「ぷっ……」
 俺は思わず吹いた。
「なにが可笑しい?」
「いや。以心伝心ってあるんだな、と思っただけ」
「……そうか。嬉しいぞ」
 委員長は俺を抱きしめた。

 END


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