[水中花の午後]

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 モテ期。
 ふだんと、なぁんにも変わってないのに、急にモテモテになる時期というモノが人生には三度あるらしい。
 そんなものがあるなら、一度くらい入ってみたいな……。

 放課後の教室から、梅雨の曇り空を仰ぐ俺。
 年齢=彼女いない歴の悲しい俺。
 うう。空からより先に、涙雨を降らせてやるぜ。
「彼女……か。」
 何気なく教室のほうを眺めてみる。
 それなりに話す子は何人かいる。バカ言ったりもする。
 でも、俺に話があるって時はたいてい、彼氏の相談なんだけど。

 あれ……そう言えば、委員長がいないな。
 この前、呼び出された事を思い出す。
 彼女のことだから、まさか彼氏がどうの、って話じゃないとは思ったけど。
 じゃあなんなのか、最初は解らなかった。

 彼女は、傷ついていた。
 彼女が、人を寄せ付けない性格になるには、たぶん、色々あったんだと思う。
 俺みたいな平凡に暮らしてる人間には、思いつかないようなつらいこと。

 あの時、俺は、彼女に対して思ってることを、俺の言葉で正直に言った。
 俺が今、力になってやれるのは、言葉だけだから。
 委員長……花鳥 涼夏(はなとり りょうか)は、たぐいまれなスタイルと美貌、そして優秀な成績と運動能力を持っていた。
 しかし、それらを全て、無価値だと思い込んでいる。

 入学早々、彼女が自己紹介で言い放った言葉。
“誰も近づくな”
 俺は、哀しい子だと思った。
 そんな彼女の気持ちも解らないバカはいるもんで。
 彼女をモノにしようと声を掛けた奴らは、彼女の一睨みで、ことごとく玉砕。
 まるでゴーゴンだ、なんて言うヤツもいる。

 でも……俺は、そう見えなかった。
 俺には、人を怖がってる動物のように見えた。
 人を信じて、裏切られた……猫のような。
 あの日、俺の言葉は、彼女に届いたのだろうか。

 家まで曇りのまま持つかな、と思っていたが校門まで来たところで、盛大に雨が降ってきた。
 急いでカバンを探る。
 しまった。傘、忘れてんじゃん、俺。
 ちぇっ、俺が何したって言うんだ。
 しかたねぇ、このまま濡れて帰るか。
 とっとと帰ってシャワーでも浴びないと……。

 そんな事を考えながら、雨の中、帰り道をダッシュしていると、交差点の歩道橋の下に委員長がいた。
 目を瞑り、ポータブルプレイヤーで何か音楽を聴いているようだ。

 湿った空気の中に、音楽のリズムでゆるやかに揺れる彼女。
 まるで水中に咲いた花のように、その陰影は淡く、仄かに青く輝いて見えた。
 その幻想的な光景に、雨のことも忘れ、見入ってしまう……。

 唐突に“とおりゃんせ”が鳴り響く。
 信号が青に変わった合図だ。
 その瞬間、目を開けた彼女。
 “とおりゃんせ”の聞こえる方向に振り向こうとする。
 俺を見て、動きが止まる。

 目が合った。
 軽く会釈して、俺はそのまま、横断歩道を渡る。
 やがて、彼女の横を通り過ぎた。
「風光(かざみつ)」
 俺の名字は変わっている。聞き間違いじゃない。
 委員長が俺を呼び止めた。
「これを貸そう」
 振り返った俺に、ずい、と突き出されるシンプルな携帯傘。
「どうした。……いらないなら持って帰るだけだが……」
 正直、びっくりした。委員長が自分から他人に寄りつこうとしている。
 こんな機会、滅多にないから喜んで好意に甘えることにした。
「ありがとう。借りるよ」
 俺が傘を受け取ると、彼女はひと言、じゃあ、と言って、すいっと、駅のほうへ自分の傘を差して歩き出した。
 相変わらずの無表情。なんなんだ……。

「ヤだ、バカ兄貴のくせに」
 突然、背後から聞き慣れた声がした。
 俺はすかさず、振り向いて
「んがぁーっ!」
 大声で脅かしてみる。
「ヤだ、ホントのバカ発見」
「かわいくねぇ……」
 こいつは俺の妹。名前はふゆな。ひとつ下だから中三だ。
 とにかく口が悪い。俺には、特にひどい。
 身体は全体的に小さく華奢、もちろん、胸だって小さい。
 いつも頭のちょっと上のほうに、ポニーテイルをしている。
 少しでも背を高く見せたいのだろう。

 俺は委員長に借りた傘を差して、駅とは反対にある、俺の家のほうに歩き出す。
 同時にふゆなも、歩き出す。
「ちょっと、横に並ばないでよ」
「おまえが一緒のタイミングで歩き出すからだろ」
「っさい。バカ兄貴と並んで歩くなんて、子供っぽいからヤなの」
「ふ〜ん」
 俺は、今、思いついた行動を脊髄反射的にとる。
 ふゆなの手を握り、引っ張って言う。
「さあさ、お子ちゃまは、早くおうちに帰りまちょうねぇ〜!」
 ふゆなは、片手で素早く傘を閉じ、槍のように持ち変え、鋭く俺の尻を突いた。
 鈍い音と共に、激痛が脊髄を駆け上った。
「っぴょぅおーーーっ!?」
 俺は図らずも、この世の終わりを声で表現してしまった。
 断末魔の叫び、とも言う。
「おうぅ……ぐがご……」
 委員長に借りた傘を投げ出し、尻に手を当て転がりもがく俺。
 もう、びしょびしょだ。

 ふゆなは、すでに普通に傘を差していた。
 にやにやしながら見下ろして、言う。
「新しい感覚に目覚めた?」
「アホか!!」
 俺は怒って、ふゆなに掴みかかろうと立ち上がった。
 ふゆなは、手を突き出して俺を制する。
「ところでさ、バカ。さっきの眼鏡の人、もしかして彼女?」
 もう、どこからツッコんで良いか解らない。
「せめて兄貴はつけろ、それとあの子は委員長だ、彼女じゃない」
 ふゆなは、ふ〜ん、と言って思案した。
「でも、バカのこと、それなりに好きなのは確かそうね」

 委員長が……俺のことを好き……?

「なんでそうなるんだよ」
「だって、あの人、けっこう長い時間、歩道橋の下にいたよ」
 ……まさか、俺を待ってたのか?
「てか、なんでそれ、おまえが知ってんだよ」
 ふゆなは、ちょっと驚いて、くるっと背を向ける。
「……バカのくせに頭回るんだね」
 そう言って家に向かって足を速めた。
 答えになってねぇと思いつつ、俺は委員長に借りた傘を拾った。

 委員長が、俺のことを好き……?

 いやいやいや、んなこたぁない。断じてない。
 あのクールな完璧超人様が、俺みたいな一般人、相手にするはずない。

 でも。
 今日の彼女は、そんな、いつものようすとは、少し違う感じがした。
 何と言うか、それまで張り詰めていたものが無くなったと言うか……
 憑き物が落ちたと言うか……そんな感じだった。
 原因は……この前の呼び出し……なのかな……
 だとしたら……俺、やっぱ好かれてるのかなぁ……

 拾った委員長の傘をそのまま、差さずに
 ぼーっと見ながら、しばらく考えてた。
「バーカ!風邪引いて死んじゃえー!」
 離れたところから、ふゆなが最悪なことを言う。
「んだとおー!」
 怒って、ふゆなに向かって行こうとしたとき、ふと、ふゆなのカバンから何かが見えた。
 あれは……俺の携帯傘。
「そう言うことか……素直じゃねーな」
 そうつぶやいて、俺は委員長の傘を差し、妹の横に並んで帰った。
 いつものようにさんざん、バカバカ言われながら。

END


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