[ココワ恋愛同盟]1

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 昼休みのチャイムが鳴る。
 お腹も鳴る。
 教室にいた生徒達は、みんな思い思いに昼食を楽しもうとしていた。
 学食の焼きそばパンを求めて走り出す者。
 何人か机を寄せ合って、弁当を囲む者。
 中には、カップルでどこかに消える者たちもいる。
 そのようすを、横目で見ながら、勉強道具を片付ける一人の男子がいた。
「ちぇ、いいなぁ。俺も彼女、欲しいよ」

 神田 祐介(かんだ ゆうすけ)。
 どこにでもいるような普通の高校生。
 中肉中背、髪も人並みにオシャレで、成績は中の中。スポーツも普通。
 部活はやってない。帰宅部である。
 人当たりも普通で、誰とでも普通に付き合う。
 逆に言えば、そこまで平均的で、平凡な人間は、その時点で非凡であると言えよう。
 つまり結果的には、なかなかいない人物となるワケだ。

 そんな彼が、学食の売れ残りパンを買いに行こうと立ち上がった、まさにその瞬間だった。
「二年B組、祐介様ぁぁぁッ! 好ぅきですぅぅッ!」
 突然、彼の名を叫びながら、教室に飛び込んできた女子。
 背丈は女子の平均並だが、スタイルはいいようだ。
 赤毛の短髪。太い眉と、キラキラ光る大きく丸い瞳は、意志の強さを物語っている。
 彼は、何が起きたのか理解できなかったようだ。
「え、な、なんだっ?」
 彼女は猛ダッシュで、走り寄ってくる。
「オラ、一年D組、昇龍寺 炎緒(しょうりゅうじ ほのお)ですッ! よろしくお願いしまぁぁっすッ!」
 自己紹介を叫びながら、勢いに任せて、ハイジャンプで彼に飛び込んで行く。
「ゆぅぅぅすけさぁぁまぁぁぁッ! その平凡さを分けてくださぁぁぁいッ!」
 その超人的な跳躍に怯んだ彼は、腕を上げて、防御体勢になった。
 次の瞬間、祐介をかばうように涼やかな風が吹いた。
 そこには長身の女子がいた。
「祐介。君は私が護る」
 冷峰 氷羽(れいほう ひょうは)。クラスの委員長だ。
 漆黒の長い髪と、軽やかなツーポイントフレームの眼鏡。
 その奥に光る、切れ長で美しい双眸。常に冷静な性格、高度な知性。
 クラスの憧れの的だ。
 彼は、更なるパニックに晒されながらも、彼女を見上げた。
「ええっ? それって、どういう……」
 氷羽は、振り返って彼を見つめた。やや目を細める。微笑んでいるようだ。
「祐介、君のその人類史上まれに見る平凡さは奇跡だ。私はそこにずっと、惹かれていたんだ。今まで自分自身の気持ちが解らなくて、言えなかったが……」
 炎緒が急降下してくる方向に、頭を戻した。
「今。私以外の女子が、君に告白するのを見て、解ったんだ」
 炎緒の咆吼が、天井から降り注ぐ。
 それを睨みながら、良く通る大きな声で告白した。
「私は、祐介が好きだ!」
 氷羽は続けて、叫んだ。
「キャストオフ!」
 彼女の制服が、一瞬、風をはらんだように膨れ、飛び散った。
 彼は驚きながらも、健全な男子として、そこから目を逸らすことは出来なかったようだ。
 彼女の、失われた制服の下から現れたもの。
 それは、体操着と、そして、今はもう希少価値であるブルマーだった。
 いつの間に着けたのか、頭には、ブルーの長い鉢巻きまで、カチューシャのように締めていた。
 教室に残っていた男子が、低い声で、おおおー、と歓声を上げた。

 炎緒の顔を、氷羽が着ていた制服の切れ端が襲った。
「うぉうッ?!」
 視界を遮られた炎緒は、目標を見失ったのだろう、机に突っ込んだ。
 派手な音を立てて、椅子やカバンと一緒に転がる。
 そのまま、掃除用具入れのロッカーに激突して、止まった。
 だが、その受け身は見事で、すぐさま立ち上がる。
「オラの愛をッ! 邪魔する気ですねッ!」
 オーバーアクションで、氷羽に人差し指を突きつけた。
「オメェさ、誰ですかッ?!」
 氷羽は腕を組んで、涼やかに見下ろす。
「私の名は、冷峰 氷羽。祐介は、お前ではなく、私の愛と共に生きるのがベストだ」
 その言葉に反応した炎緒は、両手を握りしめ、闘気とでも言うような熱いオーラを燃え上がらせた。
「オラ、ワクワクしてきたぞッ! 氷羽さンッ! しょぉぉぉぶッ!」
 叫びと同時に、まるで、どう猛なライオンのように疾走する。
 彼女は、走りながら更に吼えた。
「コスミック・セット・オォォォフッ!」
 掛け声は違ったが、氷羽のときと同じく、制服が膨れ上がり、弾け飛んだ。
 彼女の制服の下は、スクール水着だった。しかも、こちらも希少価値の高い、旧タイプである。
 どこから来たのか、さっきより増えた男子一同が、野太い声で、うほぉぉぉ! と、狂喜の声を上げた。

 さすがの氷羽も、少し驚いたようすで腕を上げて、顔にまとわり付こうとする布きれを防ぐ。
「く……っ!」
 炎緒はその隙を逃さない。
 跳び上がりざまの回し蹴りを、ちょうど頭の位置に入れる。
 氷羽はしかし、ひざを落とし、しゃがむ事によって、その蹴りを回避した。
 炎緒の蹴り脚が、虚しく宙を旋回する。
 氷羽はしゃがんだまま、炎緒の軸脚が、着地する瞬間を狙った。
「しまったぁぁぁッ!」
 炎緒は、それに気付いて、失態を嘆いたが、遅かった。
 氷羽の長い脚が弧を描き、炎緒のかかとを見事に払った。
 またも激しい机の音を立てて、炎緒が教室の後ろ奥まで転がって行った。
「痛ってぇぇぇッ!」
 水着なので、むき出しのひじと腕をさすりながら、また、すぐさま立ち上がる。
「まだまだぁぁぁッ!」
 炎緒が氷羽に駆け寄りながら、奥歯を噛みしめ、叫んだ。
「加速装ぉぉぉ置ぃぃぃッ!」
 風を切る音がしたかと思うと、氷羽の前に、突然、彼女の姿が現れた。
「む……!」
 やや目を見開いた氷羽に、炎緒がニヤリと嗤う。
 すかさず、炎緒は目に映らないほどのハイスピードで、パンチを何発も繰り出す。
 氷羽は、射程距離ギリギリで冷静に避けているように見えた。
「く……っ」
 だが、やはり少し無理があったのか、ほほに細い傷ができてきた。
 氷羽は、大きく後ろにバック宙をした。
 着地した瞬間、特に何もない腰のあたりを叩いた。
「クロックアップ」
 彼女はその場から、消えたように見えた。
 すると突然、教室の後ろ奥の壁から、大きな鈍い音がした。
 そこには、氷羽と炎緒がいた。
 炎緒は、その腹に食い込む氷羽のかかとによって、壁に磔(はりつけ)にされている。
「ぐふ……ッ」
 彼女が脚を緩めると、炎緒は崩れ落ちた。
 それを、氷のようなまなざしで見下ろす。
「ふ……抵抗は無意味だ」
 そう言って、祐介のほうに向き直ると、彼女は固まった。
 彼に、弁当を食べさせようとしている女子がいたのだ。
 背は低く、幼児体型。髪は亜麻色でふわふわとウェーブが掛かっている。
 頭の上には、なぜか猫耳。
 彼女は、祐介の口に無理矢理、ご飯を押し込もうとしていた。
「ゆうちゃん、米……おいしいよ? あなた、普通過ぎるんだから、変わらないと駄目ぷーだよ」
 その弁当は、白米のみだった。梅干すら、ない。
「ちょぉぉぉっと待ぁぁぁったぁぁッ!」
 炎緒がいきなり復活して、その女子に食ってかかった。
「オメェさ、誰ですかッ!? 彼はオラの旦那ですよッ!」
 祐介は、ご飯を吹き出しそうになった。
 氷羽が、後ろ回し蹴りで炎緒を倒し、冷徹な口調で告げた。
「そんな事実はない。彼は、私の夫だ」
 もちろん、そんな事実もないのだが、彼は、今度は、真っ赤になった。
 白米弁当の女子は、祐介と氷羽、ふたりを交互に見て、しばらく考えた。
「んー……」
 ぽんと、手を叩いて頷く。
「じゃあ、アタシはこの人の空気になるよ」
 彼女は机に白米弁当を置いて、祐介の腕に片腕を絡めた。
 にこにこと屈託無く笑う彼女の瞳を、氷羽は覗き込んだ。
「ふむ……敵ながら、なかなか、良いことを言う。あなたの名前は?」
 彼女は、満面の笑みで答えた。
「三年A組、宙中 園伽(そらなか そのか)だよ」
 氷羽は手を差し出した。
「あなたとは、気が合いそうだ。ライバルとしてよろしく頼む」
 園伽は、立ち上がった。
 氷羽の手を両手で、ぎゅッ、と、握り込む。
「うん、強敵と書いて、友と読むのね!」
「えええーいッ! 待て待て待てぇぇぇッ!」
 三度、炎緒が息を吹き返した。
「オラは、ライバルですらないってことですかッ!」
 無駄に激しいアクションで、一歩踏み出した。
 その瞬間、炎緒は腰を、机に大きくぶつけてしまった。
 園伽と、氷羽が同時に叫んだ。
「あっ!」
 机の上にあった、白米弁当がひっくり返って、床に落ちたのだ。
 炎緒がまた、無駄に大きなリアクションを取った。
「あっちゃぁぁぁッ! すンません、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!」
 園伽から、蒼い閃光が散ったように見えた。
 氷羽は、そのただならぬ雰囲気に一歩、引いた。
 笑顔の消えた園伽は、うつむいた。
「米を大事にしない人は、絶対に許さない……」
 なぜか、指を折って数え出す。
「スリー、ツー、ワン……」
 炎緒が、初めて恐怖の表情を見せた。
「な、なんだぁぁぁっ! このオーラちからはぁぁぁッ?!」
 園伽は、炎緒に向かって、跳んだ。
「お百姓さんに謝れぇー!」
 それはまさに宙を舞う、と言うにふさわしい動きだった。まるで、彼女の周りだけ、重力が無くなったかのようだ。
 炎緒を射程に捉えると、叫んだ。
「ライスだーキック!」
 くるっと、空中で一回転し、真っ直ぐ右脚を伸ばすと、炎緒の胸を蹴った。
 炎緒は、その蹴りを、受け切れなかった。
 轟音と共に、炎緒が爆発炎上……するワケはない。
 数メートル飛んで、床に倒れ込んだ。
「ぐっはぁぁぁッ!」
 だが、やはり、今度も彼女は起き上がった。
 だらりと両腕を下げ、ゆぅらりと。ノーガード戦法である。
「へ、へへ……園伽さンよぉ、もう、終わりかぃ……」
 園伽は、あごを上げて、感嘆の声を上げた。
「へぇ……アタシの亜空間ライスだーキック殺法を受けて、立ち上がってきた人間なんて、初めて見たよ」
 祐介は、そのようすを見て独りつぶやいた。
「なんだ、このびっくり人間大博覧会は……」
 いくらモテても、こんな奴ら相手じゃ身が持たないよ、とかなんとかつぶやきながら、こっそり教室から脱出を計った。
 だが、三人が同時に、気付いた。
「待て! どこへ行く? まだ、私の告白に対する回答が、得られていないぞ」
「オラの告白ッ! 返事は当ぉぉぉ然ッ! オッケーだよねッ!」
「とりあえず、米を食べれば恋愛運、うさぎ跳びだよ?」
 祐介は、三人を振り返り、ひとりひとりの顔を見た。

 氷羽は、体操着姿で、真っ直ぐ見つめ返した。祐介の顔が紅潮する。確かに美人だ。
 炎緒は、スクール水着で、へへへ、と照れ笑いをした。ちょっと可愛い感じだ。
 園伽は、どこから出したのか、せんべいを振って、祐介を呼んでいる。餌付けしようとしているようだ。

 祐介は、さっと頭を下げた。
「みんな、ごめん!」
 そのまま、素早くきびすを返して、脱兎のごとく逃げ出した。
 はずだった。
「やっぱ、無理だったか……」
 祐介は、自分の席に座らされ、三人に昼食を強制的に食べさせられていた。
「ほら、野菜ジュースだ。身体に良いぞ」
「このソーセージ、旨いぜ! 男はやっぱり、肉だぁぁぁッ!」
「米はおいしいよー」
 それぞれが、彼のために持ち寄った食材は、結果的にものすごくバランスが良い食事になった。
 それを見て、祐介は閃いた。
「なあ、みんな。とりあえず、もっとお互いの事を知ろうよ」
 三人はお互いを見合って、頷く。
「なんだ、祐介。それならば早く言ってくれれば良かったのに」
「ホントだぜッ! 祐介様、奥手だなぁッ!」
「ゆうちゃんのお注射、お注射」
 三人とも、スルスルと着ている物を脱ぎだした。
 祐介はまるで今にも鼻血を吹きそうなほど、紅潮した。
 大慌てで、三人を止める。
「いや! そーゆー事じゃなくって! てか、ここ教室だし!」
 三人は、しぶしぶ、といった感じで服を元に戻す。
「俺の言いたいのは、三人がお互いをよく知ってから、その上で、よく話し合って、決めても良いんじゃないかなって、事だよ」
 三人は、また、お互いを見た。
 氷羽が、頷いた。
「ふむ。一理ある。ならばひとつ、ここは恋愛同盟、というわけだな。賛成しておこう」
 炎緒も、頷く。
「ま、確かに作戦行動の基本だなッ! 敵を知るってのはッ! オラも同盟、賛成ッ!」
 園伽は、また何か考え込んだ。
「んー。ひょうちゃん、『ココワ恋愛同盟』って、そのネーミングはどうかと思うよぉ?」
 他の三人が、ずっこけた。
 祐介は笑いながら立ち直る。
「いや、それ、アリだよ。おもしろいよ、園伽さん。『ココワ恋愛同盟』、それがいいよ」
 こうして、おかしな三人の、祐介を巡る奇妙な恋愛同盟が、成立したのだった。

 END


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