[ココワ恋愛同盟]2

C. 園伽さんのいる三年の教室


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 俺は、三階の教室に行ってみた。
「園伽さんはいますか」
 俺に気が付いた女子の先輩が答えてくれる。
「ああ、園伽なら中庭じゃないかな」
 そう言いながら俺を上から下まで、まるで品定めでもするように見た。
「あの子の言ってたとおり、ほんッとーに、ふッつーな男の子ねぇ」
 ちょっとムッとした。
 俺が抗議しようとしたとき、わらわらと女生徒が寄ってきた。
「え、なになに、この子が園伽のカレシ?」
「うっわ、マジフツーっぽい!」
「名前、なんて言うの?」
「フツー君だよ! ね、フツー君?」
 みんな、言いたいことを言っている。俺はその中で言いようのない圧迫感と恥ずかしさに耐えながら、押し黙っていた。
「ねー、名前教えてよ! マジフツくーん!」
 俺は不機嫌ながらも、重い口を開いた。
「神田 祐介、です」
 一瞬、みんな静まり返った。
 やがて全員が声を揃えて、溜息のように言う。
「ふッつぅ――!」
 爆笑が起こる。俺は素早くその場を後にした。
 普通の、なにがそんなにおかしいんだ? いいじゃねーか! ほっとけよ!

 ムカムカしながら中庭に着いた。
 そこはちょっとした公園のような雰囲気だ。
 木々に囲まれた芝生には花壇と生け垣、それにいくつかのベンチがある。
 その中のひとつに園伽さんはいた。
 日だまりのベンチ。
 うつむき加減に目を閉じている。眠っているようだ。
 そのようすはフランス人形を思い起こさせる。
 俺は起こさないよう、そっと近づいた。

 頭に着けている黒い猫耳カチューシャと、そのふわふわとした亜麻色の髪が日の光を受けて柔らかな輝きを放っている。
 つるりとした、きれいなピンクのほほ。
 形の良い小さい唇が、半ば開いて静かな寝息を立てている。
 身体は高三とは思えないほど未発達。背も低いし、出るトコも出ていない。
 だけど。
「すっげー可愛いんだよな……」
 但し、こうやって黙って寝てれば、だけど。

 彼女は俺に気付いたのか、ゆっくり目を開けた。
「あ、ゆうちゃん」
 俺の顔を覗き込んだ。
「んん? 顔、赤いよ。お熱出た?」
 慌てて目を逸らす。
「い、いや別に」
 彼女はしばし小首をかしげて、いぶかしがった。
 だがすぐ、次の行動に移った。
 自分の右隣を空けるように座り直す。俺にニコニコと笑いかけながらそこをポンポンと叩いた。座れ、ということだろう。
 別に断る理由もないので素直に座る。
 彼女は快晴の青い空を指差す。
 ぽっかり浮かんだ白い雲。
「あの青と白って、とっても気持ちいいよね」
 彼女の穏やかな声。
 俺たちはゆっくりと雲が流れるのを見ていた。
 初秋の日射しがあたたかい。
 なんだろう。すごく落ち着く。
 この安らぎは……気持ち……いいな……。
 
 気が付くと、俺は園伽さんの膝枕で寝ていた。
「あっ! ご、すみません!」
 俺は急いで起き上がろうとしたが、園伽さんの手で止められた。
「いいよー、もうちょっと寝てて」
 ニッコリと笑いかける。
「いや、でも」
 俺がさらに起き上がろうとすると、彼女は素早くポケットから糸に吊した五円玉を出す。
 それを俺に向けて振り子のように振った。
「あなたはだんだんねむくなーる」
「無理矢理ですか!」
 ツッコミを入れたとたん、彼女はガクッと眠ってしまった。
「自分が掛かっちゃうのー!?」
 五円玉の糸を握ったまま、身体を二つ折りにして俺を挟むように倒れ込んでくる。
 なんとか彼女の膝の上から這い出し、園伽さんの肩をベンチに預けた。
 自然と顔が上を向く。首が座っていない赤ちゃん状態だ。
「どうしたもんかな……」
 途方に暮れてその顔を見ていると、なんだかヘンな気持ちになってきた。
 目を閉じ、あごを上げている姿勢。
 薄く開いた唇は、艶やかなピンク。
「なんか、キス……してっていうような姿勢にも見えるな……」
 いやいや。
 第一、俺と園伽さんはまだ付き合うって決めたワケでもないのにそんなことしちゃいけない。
 ふいに園伽さんが色っぽい声を上げた。
「ううん……ゆうちゃん……好きだよ……」
 俺は一気に血圧が上がった。たぶん、顔は真っ赤だろう。
 い、いいのかな、これ。
 いやいや! やっぱり、ダメだろう。人として。
 彼女は唇を舐めた。
「はぁ……ん……」
 ヤベぇ! ヤベぇよ! エロカワだよ!
 あああ、いやいいや、待て待て。これは孔明の罠だ。
 そうに違いない! 俺は試してみた。
「園伽さん、あんなところに、おいしそうなおにぎりが!」
 俺が適当に指差すと、彼女はニュータイプのように反応した。
「えっ、どこどこ?」
 あたりをキョロキョロ見回した。
「嘘ですよ! やっぱり起きてたんじゃないですか!」
 彼女は俺のほうを向くと、射るような眼差しで睨んだ。
「この世には、吐いて良い嘘と悪い嘘がある! ゆうちゃんは、今! 絶対、吐いちゃいけない嘘を吐いた! これは万死に値するッ!」
 えええ! 逆ギレかよ!
「それは園伽さんが」
 抗議しようとしたが、その怒りと悲しみの入り混じった震える泣き顔を見て俺は負けた。
「ごめんなさい。俺が悪かったです」
 てか、なんでそこまで米にこだわるんだろう、この人は。
「同情するなら、米をくれ!」
 どっかで聞いたようなセリフを言って手を差し出す。
 まだ半分泣いている。
「えーと、すみません。持ってないんだけど……」
 彼女はその手を更に延ばし、俺の腕を掴んだ。
「じゃあ、一緒に食べに行くよっ! 行くよね、いや、来い!」
 完全に命令だった。

 俺たちは学校の近所にあるコンビニで、おにぎりを買い占めた。当然ほとんどが園伽さんの分で、しかも俺のおごりだ。おかげで今月の小遣いが一気に消えた。
 とりあえず近くの公園で食べることにする。
 俺たちはブランコに腰掛けた。
 それぞれ、包装のビニールを取ってコンビニ袋に突っ込む。
「じゃ、いっただきまーすっ!」
 園伽さんはニコニコと梅しそのおにぎりを頬張った。
 俺は鮭おにぎりを食べながら、聞いた。
「てか、それ全部、食べる気ですか」
 もぐもぐと食べながら答える。
「もちろん今じゃないけどね。持って帰っておうちでも食べるよー。これで十年は戦えるね!」
 いや、無理だから。

 徐々に夕闇が迫ってくる時間になった。
「あー、ごちそうさまでした!」
 彼女は手を合わせて、礼をした。
「じゃあ、帰ろっか」
 彼女はくるりと駅に向かって歩き出した。
 まだおにぎりがたくさん入っているコンビニ袋を、俺は持ち上げる。
「はい。でもこれ、けっこう重いですよ? 大丈夫ですか」
 間髪入れず、答えが返ってきた。
「もちろん、おうちまで持ってきてくれるんでしょ? いや、来い」
 またも命令だ。
「え、いや、俺も帰んないといけないし、その……」
 彼女は振り返り、俺の目を見つめた。
「こうなったらしかたない!」
 突然、自分の通学用に使っているディバッグに手を突っ込み、なにやら黒い物体を取り出した。
「ロデモン召喚!」
 それは手作り感いっぱいの、手に被せる人形だった。
 黒猫のようだが、明らかに目の位置がおかしいし、顔の真ん中には大きな縫い跡がある。
「行け! ヤツにあたしの命令を聞かせるのだ!」
「了解! 園伽様!」
 どう聞いても園伽さんの声ではない少年っぽい声で、ロデモンは返答した。
 そいつは俺に向き直ると、真っ直ぐ襲いかかってくる。正確には彼女の手、なんだけど。
「おまえは両手におにぎりを持っている! 従って手は出せまい! くらえ! みすてりぃーふぁーんぐ!」
 とりあえず、避けようと思えば避けられたが、どこまでいくのか見てみたくなった。
 されるがままにしてみる。
 ロデモンは俺の首に噛み付いた。もちろん、牙も布だ。痛くも何ともない。
「どおだー! 園伽様の言うことを聞くかぁ!」
 俺はノってみた。
「い、いやだ! 俺には待っている家族がいる! ここで負けるわけにはいかないんだぁ!」
 超棒読みで、それっぽいセリフを言う。
 すると、急に園伽さんが涙ぐんだ。
「えっ」
 しゃがみ込んで号泣する。ロデモンがその顔を覆った。
「ちょ、どうしたんですか、俺、なんかヒドイこと言いました?」
 しゃくり上げながら叫んだ。
「あ、あたしには待ってる家族、なんて、い、いないの……あたしには……いないのぉぉぉ!」
 俺は混乱した。どういうことだ。もう、亡くなったってことか? そんな……。
 どう声を掛けて良いのか、わからない。
「あ、あの、すみません……知らなかったとはいえ、その……謝って済む問題じゃないけど、でも」
 俺は土下座をした。
「すみませんでした!」
 彼女は、ゆっくり立ち上がって俺に声を掛けた。
「ゆうちゃん、いいよ、顔上げて。ごめんね。ありがとう」
 俺は顔を上げる。無理に笑っている園伽さんがいた。
「あのね、あたし、おばあちゃんっ子でね。小さい頃に両親が離婚して。田舎のおばあちゃんに引き取られたんだ」
 彼女はとつとつと語った。
「おじいちゃんが死んでからは、あたしも大きくなってたから、ずっとおばあちゃんの田んぼを手伝ってた。でも、気の若いおばあちゃんだったから、再婚したんだよ。ずいぶん年下の人とね」
 夕日が少し笑う彼女の輪郭を、金色に浮かび上がらせる。
「それを機会に、あたしはこっちに出てきたんだぁ。なんて言うのかな、都会に憧れた、みたいな。子供っぽいよね。こっちじゃ、みんなとリズムも違うし、ちょっと浮いてたけど、でも、楽しかった。友達もできたし」
 彼女は俺に、ロデモンじゃないほうの手を差し伸べた。
 俺はその手を取って立ち上がった。
「お米はね、あたしにとっておばあちゃんなの。ずっとあたしを支えてくれた。卒業したら田舎に戻って、向こうの農大に通おうかなって思ってる。せめてもの恩返し」
 彼女の笑顔は大人っぽく輝いて見えた。
「園伽様は今まで誰にもこんなこと、話してないんだぜ」
 ロデモンが、ふいにそんなことを言う。
 園伽はちょっと赤面して、ロデモンをディバッグに突っ込んだ。
「ひと言多いよ。ささ、もうカバンの世界にお帰り」
 バッグから腕を抜いて、ジッパーを上げた。
 俺のほうを見ないでつぶやく。
「ゆうちゃんが普通だから、あたしも普通になんでも話せるんだよ。もちろん、いつものバカもできるしね。貴重な存在なんだ」
 彼女は振り返って、俺の目の奥を覗き込んだ。
「でも、人は変わるもの。いいえ、変わらなきゃいけない。だから……」
 瞳に真剣な色が浮かんだ。
「それまで……いえ、あたしが卒業するまででいいから……そばにいて欲しい」
 そう言って目を閉じた。
 あごを軽く上げる。
 俺は迷った。
 どうする? どうすればいい?

 ずっと独りで、強くあろうとしてきた彼女。
 その方法はあんまり普通じゃないけれど、でも、一生懸命だったに違いない。
 その彼女が俺に、今、頼ろうとしている。
 俺は……。

 心臓の鼓動が激しくなってくる。
 息が荒い。
 喉が渇く。

「祐介さンまぁぁぁぁッ!」
 突然、犬が空中から飛び付いてきた。いや、違う。犬は俺の名を呼んだりしない。炎緒だ。
 俺は反射的に避けた。
「うぁぁぁぁッ?!」
 土煙を上げて、砂場のほうへ滑り込んでいく。
 なにかの武術の道着を着込んでいる。
 その下は脇にオレンジとピンクの派手な塗り分けを施した、フィットネスウェアだ。
 トレーニングの途中なのか。
「んー! とぅッ!」
 炎緒は腕立ての体勢になって、そこから腕の力だけで後ろに半ひねり宙返りをした。
 なんだそれ。まあ、こいつがあり得ない事をするのは、今に始まったことじゃないけど、やっぱり驚いてしまう。
 スタッ! と、まるで特撮ヒーローのように着地した。
「あっ、宙中先輩もいたんですかッ! オラ、お呼びでない? あちゃぁ……いやあね、この先の峠道で毎日、走ってるんですよ。だからここ、行き帰りによく通るんです。で、今、見たら祐介様がいるじゃないですか! それでつい……」
 大きな声でよくしゃべる。
 園伽さんを見ると、うつむいて震えていた。
 怒ってる。間違いなく、怒ってる。
 素早くディバッグを開けて叫ぶ。
「いでよ! 我がしもべ、ロデモン!」
 黒い猫の人形が勝手にバッグから飛び出した。
 しかも一体だけではない。次々に射出され、炎緒に襲いかかっていく。
「うわああッ! なんですかこれッ? やめろぉぉぉッ! ショッカーァァァッ!」
 なんだ、ショッカーって。いや、ツッコむところはそこじゃないな。ロデモンだ。どうなってんだ。明らかに自分の意志を持って炎緒に噛み付いているように見える。
 俺は園伽さんを振り返った。
 彼女はカバンを小脇に抱え、勝ち誇ったような顔をしていた。
「ひょっひょっひょっ。か弱い女の子が独りで都会に暮らすためには色々と知っておく必要があるんだよ」
 黒い笑み。あんまり深く追求しないほうが身のためのようだ。

 結局、俺と園伽さんの関係はあいまいなまま、その日は終わっていったのだった。
 ちなみにおにぎりの山は、炎緒に持って行かせた。ひとり暮らしの女の子の部屋にノコノコとまだカレシでもない男が行くわけにはいかない。

 すっかり日が暮れた。
 俺は街灯の照らす夜道を足早に帰った。
 家族が待つ、俺の家。
 俺は家族を大事にしようと思った。
 そして、彼女は……園伽さんは、今日も独りで夜を過ごすのかと思うと心が痛んだ。
 彼女の号泣が今も耳に残っている気がした。
 そうだ。今度、携帯のメアド、聞いておこう。それで少しでも彼女の気が収まるなら……。
 今、俺が出来ることはそれくらしかない。
 今は、まだ。
 

 END


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