時が止まる。
有名なマンガでそんな力を持った悪役がいたな。
その間に攻撃されるんだ。
やがて時は動き出す。
「ぐはぅ!」
案の定、物凄い量のヒットポイントを奪われた。
周りの生徒達は一気にヒートアップしている。
僕たちをはやし立てたり、呪いの言葉を吐いたり。
ああ、顔が熱い。息が切れる。鼓動が激しい。世界がぐるぐる回る。
「勇一。これ、使って」
真尋がふいにハンカチを差し出した。
「え……」
僕は顔に手をやると、指が真っ赤に染まった。
「な、なんじゃこりゃぁぁ?!」
鼻血だった。
学校に着いた。
真尋は今日が初登校だったらしい。担任に挨拶してくるという。
手を振って職員室に行った。そのへんはクールだ。逆に僕のほうがちょっと寂しいとさえ思った。
僕が自分の教室に戻ると嫌なヤツが声を掛けてきた。
「ゆうちゃぁん?」
本田(ほんだ)だ。
髪はオレンジで無造作にしている。耳にいくつものピアス。だらしない私服を着込んで、短く揃えた眉の下の目は無闇にニヤニヤしている。
ヤツの周りの取り巻き連中もニヤニヤしている。
僕は、いわゆるイジメに遭っている。
親や先生に相談しても無意味な上に、よけい酷い目に遭うのは解っているので逆らわないようにしていた。
ヤツらは僕の周りを取り囲む。
本田が僕の肩をなれなれしく抱いて告げる。
「今日の集金だよ」
差し出す手に財布を預ける。
「ちっ少ねぇな。まあ友達だから許してやるけどよ」
財布をそのへんに投げ捨て、ヤツらは出て行く。
友達だって……? 畜生が!
僕は財布を拾いながら、心の中で毒づいた。
学級は普通に崩壊している。五、六人は毎日欠席なのが当たり前。
先生の話を聞かないのも当たり前。
途中で出て行くヤツ、一日中ケータイをいじくるヤツ、化粧するヤツ。そんなヤツはいくらでもいる。
いっぽう、いじめられる生徒には階層ができている。僕はもちろん最下層だ。
金を出せと言われれば出す。ないなら殴る蹴るされても耐える。ネットで悪口を書かれても泣くだけ。
でも、それでいいんだ。僕がさらに僕より弱いヤツを見つけて、憂さを晴らしたらヤツらと同じになる。
僕より弱いヤツを守ろうなんて事じゃなく、ただ、僕は僕より弱いヤツを傷付けたくないだけだ。
だから我慢する。
でも。
死にたくなるのも本当だ。
中年のおっさん先生が来て、ホームルームが始まった。
そんな教師だから当然、誰も話を聞いていない。
「……ということで、転校生です。上条 真尋さん」
一緒のクラス!?
全く先生の話に興味の無かったクラスのみんなが、静かに入ってきた彼女の容姿を見て息を飲んだ。
そう、確かにキレイなんだ、マヒロン。
昔から可愛かったけど……今は……美しいと言う言葉のほうがぴったりだ。
「上条 真尋です。よろしくお願いします」
彼女は一礼し、頭を上げた。僕と目が合う。少し小首をかしげ、微笑んだ。
僕を手で指し示しながら、先生に告げる。
「わたしは彼の隣を希望します。空いてますよね?」
いつの間に調べたのか、よく知っている。
有無を言わさない態度で迫られた先生は、気圧されて頷いた。
「じゃあらためて、よろしく。大好きな勇一」
彼女は僕の隣に来ると、冷静だが喜びに満ちた声で握手を求めた。
僕がおろおろしていると、斜め後ろにいた髪を金色に染めた女子がマヒロンを指さして嗤う。
彼女の名は巻井。通称、マッキーだ。
「うっわ、バッカじゃね? キモヤマの女かよ」
キモヤマ、とは僕のあだ名だ。僕の名字、木尾山(きおやま)から作られた。クラスのほとんどがそう呼んでいる。
マヒロンがそちらを睨むように見た。
「そうだけど。なにか問題でも?」
その声は殺気を含んで低く冷たい。僕に対する態度とまるで違う。
マッキーは唖然とした。
「マジかよ……またキモいのが増えたな……」
真尋はツカツカと彼女のそばに行く。
マッキーが怪訝な顔をして、食ってかかる。
「ああ? んだよ、うっぜんだよ、もういいよどっか行けよ」
次の瞬間。
何かが破裂するような音が響いた。
真尋が彼女の顔をフルスィングで平手打ちしたのだ。
マッキーが机から転がる。
教室が騒然となる。
マッキーの友達数人が彼女を取り巻き、助け起こした。その中の一人の女子が真尋に抗議する。
「んだてめぇ、殺すぞ!」
真尋は無言で、その女子を蹴倒した。
机や椅子が散乱し、悲鳴が上がる。
僕は先生に目をやった。が、もういなかった。
しかたない! 僕はなけなしの勇気を振り絞って叫んだ。
「真尋! やめろ!」
彼女は一瞬、ぴくりと反応した。ゆっくり僕を振り返る。
「勇一がそう言うならやめるよ」
スタスタと何事もなかったかのように僕の隣に来て、座った。
「教科書、まだないから見せてね」
柔らかく微笑む。
それが可愛くキレイな分、よけいに恐ろしく感じた。
なんだ、こいつ……。明らかにオカシイぞ。
マッキーとその取り巻きは、静かに教室を後にした。
彼女たちは泣いていたかもしれない。
授業中、真尋は普通だった。僕に無闇にすり寄ってくるのを除けば。
休み時間になった。
ふいに彼女が横を向いた。
短いスカートから脚線美を惜しげもなく晒して、僕に勧める。
「勇一。膝枕してあげよっか?」
ぼくの顔が紅潮するのが解った。
「え、えと……」
ふと、ここで断るとマッキーみたいな目に遭うかもしれない。そう思った。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
僕はおずおずと、立ち上がる。
彼女がその太ももをぽんぽんと叩く。
恥ずかしいのと、僕は何をやってるんだって気持ちが混じり合う。
膝をかがめ、そっと頭を乗せた。
真尋が色っぽい声で喘いだ。
「ん……あぁん」
僕は真っ赤になって離れる。
彼女は僕の目を潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめた。
「もっとして」
はぅうっ! てか、してもらってるのは僕のほうなんだけどもぉっ!
そんなやりとりをしているところへ、本田達が戻ってきた。
「おんやぁ? ゆうちゃん、その子だぁれ?」
相変わらず、ねちっこい人を小バカにした物言いだ。
真尋が立ち上がって会釈した。
「上条 真尋です。勇一の彼女です。よろし」
僕は彼女の口を押えた。
「ちょ、真尋……!」
本田はちょっと驚く。
「へぇ、そうなんだ」
そう言いながら、彼女の身体を舐めるように見回す。
「じゃちょっと借せよ」
なにか消しゴムでも借りるような雰囲気だ。
真尋が僕を見て、静かに告げる。
「あたしは勇一のモノだから、勇一が良いなら良いよ」
当然でしょ、とでも言うような声の調子だった。
それを聞いた途端、ふいに僕の中で何かが弾けた。
馬鹿な!
馬鹿な! 馬鹿な! バ・カ・な!
「良いワケないだろ。僕も……おまえが好き、なんだから」
彼女の元々大きな目がさらに見開いて、輝きを増した。
「了解」
彼女は本田に向き直ると返答した。
「勇一が拒否したから、あたしも拒否するよ。ごめんなさい」
呆気にとられる本田。
「ああ? ワケわかんねぇ。いいから来いよ!」
本田は彼女の手を引っ張る。
真尋はその勢いに体重を乗せて、頭突きを喰らわせた。
鈍く嫌な音と声が聞こえた。
本田は鼻から血を流し、泣きながら床に転げ回っている。
取り巻きのヤツらは全員、青くなっている。
彼女が手を上げると、彼らはびくっとした。
だが、単にそれは髪を直しただけだった。
真尋はちょっと息を吸うと、冷静にしかし大きな声で言い放った。
「言っとくけど、勇一をバカにしたら許さないから。そのつもりでいてね」
そう。
彼女は。
天使で悪魔だった。
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