[その彼女、凶暴につき 2]

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「おまえン家ってこんなんだっけ……」
 僕は彼女の家にある広い庭で、驚きの声を上げた。
「前からずっとこうだよ? 勇一、近所なのに忘れたなんて酷いよ」

 彼女は上条 真尋(かみじょう まひろ)。僕の幼なじみで、あだ名はマヒロン。
 先日アメリカから帰ってきたばかりの帰国子女だ。
 今朝、僕のいる学校をわざわざ探して転入してきたと言って……唐突な告白をされた。
 僕はその時は返事を保留したけど、結局、後から僕も好きだと告白した。
 だからカップル成立でめでたしめでたし、のはずなんだけど……。
 彼女は何だかオカシイ。
 というのも、僕をいじめていたヤツらを、ほんの一瞬で倒してしまったからだ。
 その躊躇のない冷酷無比な攻撃は正直怖かった。しかも、そんな事をしても全く平然と授業を受け、僕には盲目的に懐いている。
『天使というものは、神に対しては常に絶対服従し、悪魔に対しては滅ぼすまでその攻撃の手を緩めない』
 そんな話を思い出した。
 悪魔にしてみれば、天使こそ悪魔だ。
 彼女は天使かも知れないけど、僕は神様なんて器じゃない。
 なんだか溜息が出そうだ。

 僕は放課後、彼女の家まで一緒に帰ってきていた。気分は半分、強制連行だったけど。
 幼なじみなので家は近所だ。でも僕は、真尋が彼女のお父さんの都合で家族みんなで海外に行ってから、そこを避けて通っていた。
 あの時の……別れの苦い思い出に触れないように。

 それで久しぶりに来てみたらこれだ。なんだ、この変わり様は。これはどう見ても普通の家じゃない。
 周囲を高い壁に覆われた庭園。そこにある白い四階建ての建物。形は飾り気のない、ただの長方形だ。壁面には整然と小さな窓が並んでいるだけで、家らしいベランダもない。唯一、玄関と思われる扉だけが木目で出来ており民家っぽい。だが、返ってそれが怪しさを醸し出している。まるで謎の施設だ。

「いや。絶対、昔は普通の家だった。こんなに土地も広くなかったはずだし」
 彼女は僕を、何を考えているのか解らない無表情な目で見つめた。
「そうなの?」
 僕は何もないのにコケそうになった。
「いやいや、待て待て。おまえン家の事だろ。てか、さっき自信満々にずっとこうだって言ったじゃないか」
 彼女は人差し指を顎に刺すようにして考えた。昔からのクセだ。
「確かにそうね。ごめん、ちょっと記憶が曖昧なんだよね」
 なんなんだ。
「まあ、いいや。せっかくここまで来たんだし、久しぶりにおじさんかおばさんに挨拶しとくよ」
 彼女は、頭を上げて頷いた。
「了解。こっちよ」
 僕の手をとって、くるりと踵を返す。
 そのまま玄関前まで連れて行く。
「ん? なんだ、中からなんか聞こえる」
 そう思った瞬間、玄関扉が勢いよく開いた。
 中からは見知らぬおばさんとマッキーが転げるように出てきた。
 続いて、髪の逆立った鬼のような恐ろしい顔つきをした、背の高い白衣の男が出てくる。
「これを拾ってとっとと帰れ! クズどもが!」
 男は金属製のケースを投げ捨てた。地面に落ちたそれは大きな音を立て、開いた。
 中身は一万円の札束だった。
 風が吹いて、まるで花びらのようにたくさんの紙幣が宙に舞った。
 おばさんはそれを必死でかき集めた。
 マッキーはそのようすを悲しげに見つめて。
 男を睨んだ。
 男が口を開く。
「なんだその目は。もっと欲しいのか。ん?」
 その口元がいやらしく歪む。
 彼女が殴りかかりそうになったので、僕は慌ててその肩を持って止めた。
「あ、キモや……木尾山」
 彼女は僕の名前を初めて普通に呼んだ。どうも僕の後にいる真尋の冷たい視線に感づいたようだ。
 僕はとりあえず、話掛けてみる。
「え、えーと。どうしてここにいるのかなぁ」
 マッキーは僕の手を払うと、視線をおばさんに向けた。
「上条にやられたって言ったら、おかあちゃんがここに怒鳴り込んでやるって言って……。恥ずかしいからやめろって言ったんだけど」
 彼女は、地面に這いつくばってお金を拾う母をたしなめた。
「もういいだろ! 金なんて欲しくねーよ!」
 母親がお金をケースに詰め込みながら、彼女を睨んだ。
「何言ってんだ! 金がありゃ何だって出来ンだよ!」
 母親はお金の詰まったケースを抱えて立ち上がった。
 マッキーの横を通り過ぎる。
「あんたが殴られただけでこんなに金になるんなら、もっと殴られりゃいいんだよ!」
 母親はそれだけ言って、さっさと帰って行った。
 マッキーは下唇を噛んでいる。
 なんて酷い事を……!

 だが、鬼のような男は嗤う。
「くっ……くくく、素晴らしい。人間らしいじゃないか。その感情! 今にも泣きそうなその顔! いいねぇ!」
 僕はそいつに思わず叫んでしまった。
「あんた、なんなんだ! さっきから人の心を弄んで!」
 マッキーが僕に声を掛けた。
「木尾山……あんた……」
 男は顎を持って首を捻る。ゴキ、と鳴った。
「俺か? 俺は上条 丈一郎(かみじょう じょういちろう)。そこの真尋の父親だ」
 えええーっ?!
 僕の驚きは声にならなかった。
「違う、絶対違うって……真尋のお父さんはこんな人じゃなかったって!」
 僕はよろよろと後ずさった。
 すると背中に柔らかいものが当たる感触がある。
「本当だよ。あれはあたしのパパ」
 真尋が僕を後から支えるように抱きしめた。
 そんなハズは……確かに背の高い人だったけど……こんな凶悪な顔じゃなかったし、もっと繊細で優しい人だったと記憶してる。
 真尋の父と名乗る男は、僕の顔をマジマジと見つめる。
「ふむ……そうか、あの勇一君か。大きくなったな」
 僕を覚えている。やっぱりホントに真尋のオヤジさんなのか?
 彼は一歩、一歩近づく。
「真尋はどんな感じだ? ん? 綺麗だろう? 柔らかいだろう?」
 僕は背中の感触を意識して真っ赤になる。
 彼が歯をむき出して声を上げた。
「はっひぁぁぁ!」
 その嗤いは獣のようだ。
「そうだろう、そうだろう! 真尋はなぁ、俺の全てを注いで創り出した最高傑作だからなぁぁぁ!」
 その目には明らかにまともじゃない光が宿っている。
 ふいに後で真尋が口を開く。
「パパの言うとおり。あたしはパパに創ってもらったの」
 意味が解らない。
「どういう事だ、真尋」
 だが、その問いかけに答えたのはそのパパだった。
「こういうことだぁよぉぉぉっ!」
 彼は両腕を前でいったんクロスした。
 それを大きく開くと腕の骨に沿って、薄く白い不思議な材質の刃がいくつも飛び出した。
「はっひぁぁぁ! 勇一君はどぉんな表情をみせてくれるのかなぁぁぁ!」
 オヤジさんは突進してくる。あまりにも速い。避けられない。
 しかし、真尋はなぜか動こうとしない。
 もうダメだ!
 だが、次の瞬間。
「うぉっ?!」
 オヤジさんはバランスを失って、よろけていた。
 マッキーが斜め後ろから体当たりを喰らわせていたのだ。
「木尾山……今までごめん。さっきはありがと」
 ニッコリと花のように笑う。
 オヤジさんはすぐに立ち直ってマッキーにその刃を向けた。
「先におまえの表情を見せろぉぉぉ!」
 その腕が横一線に振り抜かれようとした。
 その刹那。
 硬い物同士がぶつかる音が響いた。
 真尋だった。
 真尋がパパの刃を、腕で受け止めていたのだ。
 その傷から覗く物は骨ではなく、刃と同じ材質だった。
「真尋……おまえ……」
 お互いの腕が軋み、嫌な音を立てる。
「勇一を守る人はあたしの仲間。勇一を傷つける人はあたしの敵。例え、それがパパでも」
 それを聞いたオヤジさんは、この世の終わりが来たような絶望の表情を見せて。
 その場にガックリと膝を突いた。

「それで。どういうことか、説明してくれ」
 僕ら四人は、玄関からすぐ横の応接室に入っていた。
 ティーポットからていねいにお茶を入れてくれた真尋が、僕の真横に座る。
「どういう事もなにも。見てのとおり。あたしは元のあたしとパパの技術から創られた有機結合アンドロイドなんだ。簡単に言うとロボットみたいなものね」
 真尋のさらに隣にいるマッキーがいただきますと言って、お茶をすすった。
「はっ! なんだかわかんねーけど強そーだ」
 僕も、いただきますと言ってからお茶を手に取る。すると、横から真尋がふーふーしてくれた。
「勇一は猫舌だもんね」
「あ、うん……ありがと」
 僕の事をよく覚えている。
 その顔は確かに表情は乏しいが、どう見ても人間だ。こんな真尋がロボットだなんて……。
 すっかりしょんぼりしているオヤジさんはティーカップを見つめるだけだった。
 真尋が溜息を吐いて、話し出す。
「パパはダメっぽいからあたしの知ってる事を話すね」

 真尋は向こうに行ってすぐ、母親と共に交通事故に遭った。
 母親は即死だったが、真尋は脳だけは大丈夫だった。
 それを知った生物有機工学の権威だったオヤジさんは、すぐさま新しいプロジェクトを立ち上げた。
 有機物と有機的人工物の結合の研究だ。
 だが、研究員達はその真の目的を知らなかった。
 それはつまり……真尋の蘇生だった。
 こっそり保存していた真尋のサンプルを使って研究が進められた。

 研究過程で出た成果を元にさまざまな特許を取って、それを換金してさらに研究を進めて……。
 
 オヤジさんは自分しか入れない研究室で真尋のボディを培養し創っていた。
 今度は娘を簡単に死なせないように強くしようと、工夫をした。
 実験には自分の身体も使った。それがあの刃だ。すでにその時点で精神的に崩壊し掛かっていたのかも知れない。
 だが、娘にそれを付けるのは流石にためらわれたらしい。結局、付けなかった。

 そして、十年。秘密裏に真尋の有機結合ボディが完成した。
 脳も有機コンピュータ脳に記憶を移し替えていた。

「それが今のあたし。あたしが目覚めたのは今から二年前。最初は立つ事もできなかった。あたしはパパの研究室の中で身体の機能訓練と様々な勉強で過ごした。パパには、なんであたしを蘇生させたのかと、辛く当たった事もあったよ」
 淡々と語る真尋。
「なぜ、耐えられたと思う?」
 僕には解らなかった。
 彼女は制服の胸ポケットから、写真を取り出す。
 無言でそれを僕に差し出した。
「これは……」
 そこに写っていたのは、子供の頃の僕と真尋だった。
「ああ。思い出した。真尋のオヤジさんが撮ってくれたんだったな……懐かしいな」
 デジカメのデータを、わざわざプリントして俺にもくれたんだったっけ。どこにしまったんだろう。
「ってこれがどうしたん……あ、そか……」
 真尋は大きく頷いた。
「そう。勇一がいるから。勇一が、ここに、いるから頑張ったんだよ」
 彼女の瞳から大粒の涙が溢れた。それがまるで魔法を解いたように、彼女の表情を蘇らせた。
 眉をしかめ、口を曲げて、頬を紅潮させて激しく泣いた。
 僕は彼女の頭を抱いた。
 マッキーが急に空になったカップを置いて立ち上がった。
 彼女の顔も赤い。
「はいはい、ごちそうさん! 帰るわ。お幸せに!」
 皮肉たっぷりの口調で出て行った。

 オヤジさんがぽつりとつぶやいた。
「この俺に出来なかった事が一つだけあった。それを、勇一君。きみはあっさりやってのけたな……」
「え?」
 答えは真尋から返ってきた。
「あたしの表情を取り戻すことよ」
 そう言って、初めてちゃんと笑った。
「だから、パパは人を怒らせたり、悲しませたりしてその表情を観察して再現しようとしてたの。明らかにやり方は間違っていたけど……わたしのためと思うと何も言えなかった……ごめんなさい」
 なんて無茶で、不器用な人なんだ。
「話を戻すね。それで、あたしはなんとか普通に近い暮らしが出来るようになって……でも怒ったら、まだ手加減できないけど……とにかくその時点でパパはプロジェクトを解散して、日本に帰れる時が来たの」
 オヤジさんも口を開く。
「俺は売りに出していたこの家を二年前、周りの空き地と一緒に買い戻して、真尋が訓練をしている間に建て直したんだ。金はあったからな」
 僕は軽く頷いた。
「そうですか……」
 オヤジさんが頭を上げ、真剣な目をして僕を見つめた。
「勇一君。ウチの娘を君に貰って欲しい」
「そうですね……って、ええええ?!」
 真尋が悲しそうな瞳で僕を見た。
「やっぱり、ロボじゃ嫌かな?」
「え、いや、そんな事はないよ、でも」
 真尋はせっつく。
「でも、なに?」
 オヤジさんが口を挟んだ。
「子供なら俺の技術でなんとでもしてやるぞ」
 ってそれヤバイって。
「いや、まだその心の準備がですね……」
 真尋が急に僕の唇に、自分の唇を重ねてきた。
「んん?!」
 オヤジさんも調子に乗る。彼は立ち上がって白衣を脱ぐと、神父の格好だった。どこからか十字架を出す。
「実は俺、神父の免許も持ってるんだぜ。君たちは今、神父の前で誓いのキスを交わしたんだ。今日から君たちを夫婦と認めるぞ! さあ、どこの部屋でも使って既成事実を作ってこい!」
 真尋は口を離すと、微笑んだ。
「ありがとう、パパ」
 僕は小悪魔な彼女に腕を引っ張られ、神父のオヤジさんに見送られ。
 天国でも地獄でもない、いや両方あるとも言える、そんな新しい世界に旅立つのだった。

《end》


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