[ここから。] 01
02.へ行く
topに戻る
=涼夏の物語= topに戻る

 春。新学期が始まった最初の日。
 始業式の後、わたしの教室では自己紹介が進んでいた。

 担任の女性教諭が、友達の名前を呼ぶ。
「じゃあ、次は……海原 真帆(うなばら まほ)さん、悠(ゆう)さん。自己紹介よろしく」
「はーい」
「はい」

 二人が立ち上がると、クラスがややどよめいた。
「うわー、双子だ」
「すげー似てるー」
 全くその通りだ。
 軽くふんわりとウェーブの掛かった肩までの髪は、少し色素が薄い。
 二人とも中肉中背だ。
 顔つきはよく見ると悠のほうがややきつい。
 だが、それでも二人が黙っていれば、ほとんど区別できないだろう。

 真帆さんと悠が前に出て、並ぶ。
 先に真帆さんが口を開いた。
 やや高い明るい声だ。
「えーと、海原妹、まっほでーす。気軽に“墜落博覧会”って呼んでね」
「なんだそれは!」
 すかさず、悠がツッコミを入れた。
 教室が笑いで一杯になった。

 ある程度落ち着くと、悠が話し出す。
 静かで落ち着いた声だ。
「あー、わたしがこの妹の姉、海原 悠です。料理部の部長をしています」
 真帆さんが口を挟む。
「ちなみにお姉ちゃんのことは“穿光哀歌(せんこうあいか)”って呼んでね」
「だからそれはなんなんだ!」
「二つ名だよー。あたしは英語で――フォール=ザ=ミュージアム!」
 ビシッ! と何かヒーローっぽいポーズを決める。
「お姉ちゃんは――ペネトレイト=レクイエム!」
 また違うポーズをする。
「かっこ良くない?」
 教室の空気が何か妙なものになった。
 相変わらず、真帆さんはよく解らない人だ。

 悠は頭を振って、真帆さんの肩に軽く手を乗せる。
「みんな。こんな我が妹だが、わたし共々、よろしく頼みます」
 礼をした。真帆さんも慌ててそれに追従する。
 教室から、わっと拍手が起きた。

 二人が席に戻る間、クラスのみんなはざわざわと話をしていた。
「真帆さんて、不思議ちゃん?」
「悠さんはすごくしっかりしてそう」
「なんか二人、仲良さそうよね」
「双子萌えー!」

 何人か自己紹介が進んで、明信君の番が回ってきた。
 先生が彼の名前を呼ぶ。
「じゃあ、次は……風光 明信(かざみつ あきのぶ)君」
「はい」

 彼は立ち上がり、軽く頭を下げた。
 と、一部の女子数名から、熱い視線が送られた。
 だが本人は気づいていないようだ。良かった。

 彼を見上げると、その横顔に当たる日の光が綺麗に反射している。
 額から鼻、そして唇、顎までの稜線は本当にわたしの好みとぴったり合致する。
 いや、逆か。
 彼だから好みなのだろう。

 彼もまた男子の中では中肉中背だ。
 髪も服装も、いつも清潔にしているが、必要以上に自分を飾らない。
 誰にでも優しく、だが怒るときはちゃんと怒る。
 そんな彼をこの一年、見てきた。
 そして愛した。
 好きになって良かったと思う。

 彼の優しげで甘い、それでいて明瞭な声が教室に広がる。
「えっと、風光 明信です。んー。取り柄は料理かな。それ以外はまあ、普通です」
 わたしにとっては普通ではないがな。
「あと何、言えばいいかな……えと、嫌いなのは数学です。それで、好きなのは……」
 彼がほんの一瞬、わたしを見た。
 胸が高鳴る。
 いや、彼の性格から言ってまさか、そんな大胆な発言はしないだろう。
 そうは思っていても、やはり期待はしてしまう。
 わたしは耳をそばだてるように彼の声を聞いた。

「好きなのは、家族です」
 ……がっかりだ。
 彼が、わたしだと言わない事は解っていた。
 解っていたのに、そんな感想を持ってしまった。
 やはり、少し寂しいと思う。

 いや、待てよ。
 いずれ、わたしも彼の家族になると考えての発言なのだろうか。
 だとしたら、それは何という深慮だろう。
 母が慧眼を持つ男の子だと評した彼だ。
 あり得るかも知れない。
 わたしは疑問を残しながらも、少し気分が高揚した。

 彼は話を続けた。
「あ、妹が今年、一年に入りました」
 そう。彼女もまた、彼と同じく素敵な子だ。
「ふゆなって言うんで、どっかで聞いたら声でも掛けてやってください。じゃあ、そんな感じでよろしく」
 彼はまた軽く頭を下げて、席に着いた。
 パラパラと拍手が起きた。

 さっき、彼に熱い眼差しを送っていた女子の一群がこそこそと話した。
「あれが風光君かぁ。確かに受けっぽいね」
「いやもう、絶対受け! ヘタレ受けよ」
「でも、坂本君が別のクラスになったのは痛いよね」

 坂本君……?
 どうやら、わたしの思っていたのとは違う視点で話題になっているようだ。
 よく解らないが、安藤先輩の時のような危険はないと思えた。

 さらに自己紹介は進む。
 次は佐藤さんの番になった。
 彼女は名前を呼ばれると、ゆっくりと立ち上がった。
 女子の中でも小さな彼女は、真っ赤な顔でうつむき加減につぶやいた。
「さ、佐藤 美馬(さとう みゅうま)です……」

 男子たちが惚けたようにつぶやいた。
「か、可憐だ……」
「こんな子がまだ、この世界にいたんだ……」
「生きてて良かったぜ!」
 佐藤さんは恥ずかしそうに口元に手を当てて、しばらく沈黙していた。

 やがて彼女は蒼く短い髪を揺らして、口元の手を緩やかに前に伸ばした。
 その先にはひとりの男子がいた。
 みな、いっせいに注目する。
 彼はまだ、自己紹介をしていないので名前は解らない。
 だが、スポーツマンのようにしっかりした体の男子だった。
「えっ、なに?」
 彼はびっくりした様子だ。
 そんな彼を見つめる佐藤さんの、小さな口から思いも寄らない言葉が出た。
「そこの、沙原君と、付き合ってます」

 教室が揺れた。まさに驚天動地。
 わたしもいささか驚いた。
 そもそも佐藤さんの彼氏が同じ教室に居た事さえ、今、初めて知った。

 男子の嗚咽や呪詛の言葉が飛び交った。
「うおーっ! 天は俺を見放したぁっ!」
「沙原っていうのか! この犯罪者!」
「佐藤さん、騙されちゃあダメだ!」

 沙原君はそんな怒号の中、軽く溜息を吐いて立ち上がった。
「改めて自己紹介しますね。ぼくは沙原 直之(さはら なおゆき)です」
 明瞭で落ち着いた声だ。
「彼女の言うとおり、ぼくたちは付き合っています。愛し合っていると言っても良いでしょう」

 その言葉を聞くと、先生も含めてほぼ全員が顔を赤くして呆気にとられた。
 だが、わたしはその時、とても羨ましいと思った。
 明信君は絶対にそんな事は言わないだろう。
 明信君が奥ゆかしいと言えばそうなのだが……不満と言えば不満だ。

 沙原君は続ける。
「そういうわけだから、みんな。ミュウマ共々これからよろしく頼みます」
 彼が頭を下げると、佐藤さんも同時に一礼した。
 教室から多くの拍手が起きた。

 先生は我に返った様子だった。
「ま、まぁ、エロスはほどほどにしてよ? いいわね?
 じゃあ次の人……沙原君は終わったから、えーと……」

 それからしばらく静かに自己紹介は続いた。
 やがて、わたしの名が呼ばれた。
 わたしは立ち上がると、伸びてきた髪を軽く払った。
「花鳥 涼夏(とりはな りょうか)です。一年の時はクラス委員長をしていました」
 ほう、とも、へぇ、ともつかない声がクラスから上がる。
「嫌いなものは曲がった事。好きなものは」
 ちらりと、わたしの恋人である明信君を見ると、顔を真っ赤にして、腕をクロスしている。
 大きなバツ印を示しているようだ。

 全く。わたしだって沙原君のように、声を大にして交際宣言がしたいというのに。
 しかし、彼の嫌がる事はしたくないのも事実だ。

「……好きなものは、友達です。これから一年、よろしく頼みます」
 一礼をして着席した。
 明信君を見ると、ホッとした様子で胸をなで下ろしていた。

 クラスがなぜか、わたしのことでざわめく。
「あれが花鳥さんかぁ。きれいよね」
「うんうん。背も高いしねー。確か頭も良いんだよね」
「怖いって聞いたけど、それほどでもねーよな」
「うん。どっちかってーと、かっこいいって感じだよ」
「もうクラス委員長は決まったね」
「クール眼鏡っ子萌えー!」

 なにやら、過大な評価がなされているようだ。
 やや気恥ずかしい。
 同じクラスになった料理部のメンバーを見ると、みんな、にやにやと笑っている。
 ますます照れてしまう。
「うーむ……」
 わたしは熱い頬に手のひらを当てて、その気持ちを紛らわせたのだった。


02.へ行く
topに戻る
=涼夏の物語= topに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送