[冱ゆる学園の美女 1]

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「姉ちゃん! 俺に女を教えてくれ!」
 輝夫(てるお)は、姉、京子(きょうこ)の部屋に飛び込むと開口一番、口走った。
 次の瞬間、京子の容赦ない前蹴りが輝夫の腹部に炸裂する。
「おごぁっ!」
 その場に膝をつき、前に倒れこむ。
「高校生のクセにあんなエッチなゲームばっかやってっから、んなこと言い出す!」
 ポニーテイルをブンブン振り回しながら、彼の頭部をガスガスと蹴り付ける。
「 この、この! 男なんて、男なんてーッ!」
 彼女はジーンズの足を大きく振り上げた。踵(かかと)落としの体勢だ。
 虫の息の輝夫だったが、攻撃と攻撃の間が少し空いたのを敏感に察知した。なんとか転がることで、次の大きな技を回避する。
 京子の踵が床に穴が空くほどの音を立て落ちた。
「うぎゃー!」
 さすがの京子でも、その衝撃は足に響いたらしい。踵を押さえて、ぴょんぴょん跳ねた。
「なんで避けるー!」
 仰向きの輝夫は、片頬だけ上げて笑った。
「弟殺しの罪人(つみびと)になって欲しくなかったからさ……」
 はっとする京子。
「あんたが、そんなに姉思いだったなんて……」
 彼女は輝夫のそばに座り込んで、手を取った。
「輝夫!」
「姉ちゃん……!」
 ふたりは潤んだ瞳でいつまでも、見つめ合うのだった。
 完。

「……で? なんなのよ」
 京子は乱暴に輝夫の手を捨て、髪を直しながら立ち上がる。
 輝夫も体を起こし、後頭部をさすった。
「いや、姉ちゃんも一応、女だからさ、女のこと解ると思って……てか、うまくいってないの? 彼氏と」
 その刹那。
 京子は輝夫の頭を腕で、がっちりとホールドした。
「いますぐ、ラクにしてやろうか?」
 地獄の底からの囁き。
 輝夫は声にならない音を発しながら、彼女の腕をタップ。
 京子は舌打ちして、彼の頭を離した。
「げほっ……すみません、口が滑りました。ホント死ぬからやめてください、お願いします」
 土下座。その卑屈なまでの低姿勢の彼に、勝ち誇ったような高笑いを浴びせ掛ける京子。
「ほーっほっほっ! わーかればいいのよ、わかれば! この世で一番強いのは誰?」
「お姉さまでございます」
「じゃあ、世界で一番、美しいのは誰?」
 まるで『白雪姫』に出てくる、悪いお后様みたいだ。
 輝夫は顔を上げずに答える。
「そ、それは……」
 彼女はあごを上げ、睨みつけた。
「だ、れ?」
 輝夫は真っ赤になりながら、うつむいた。
「それは……白雪姫……いや、白川 由姫(しらかわ ゆき)さんです」
 京子は大げさに腕を組んで、頷いた。
「ふぅん。あの子、あんたのクラスだったんだ」
「はい。さようでございます」
「二年でも有名だよ。確かにキレイで頭もいいけど、すっごく冷たいって」
 輝夫は、あいまいに笑う。
 京子は自分の机に戻り、椅子にまたがった。
「相手は『スリーピングビューティー』じゃなくて、『クーリングビューティー』ってとこか……」
 童話が好きなようだ。
「あのバスケ部の王子様、岩本君がコクってもダメだったらしいしなぁ……。あたしに、だったらもう……」
 顔が、にへら、と音を立てて崩れた。
「いやいやいや!」
 妄想を払うかのように頭を振る。
 目を落として眉間にしわを寄せた。真面目に考えようとしているようだ。
「うーん……」

 しばし、沈黙。
 やがて彼の目を見て真顔でひとこと、告げた。
「ムリじゃね?」
 輝夫は素早く頭を上げて、神に祈るように懇願した。
「そこをなんとか、お姉さまのお力添えにて、お引き立て頂きたく……ッ!」
「そーは言ってもなぁー。……とりあえず、毒リンゴでも食べさせてみる?」
 輝夫が怒りの籠もった、しかし、泣きそうな視線で京子を睨みつけた。
「冗談よ、冗談。……あ、アイディア出すのはいいけどさ、あたしの見返りはあるんでしょうね」
 輝夫はポケットから、二枚のチケットを取り出した。
 京子は風のように奪い取る。
「あ、この映画、見たかったんだー! あいつも好きだし! さすが我が弟!」
「お褒め頂き、恐悦至極。して、姉上様の策はいかに……」
「……そうね。じゃあ、こういうのはどう?」

 翌日の教室。
 輝夫は、由姫のようすをチラチラと見ていた。
 姉の考案した第一号作戦《キレイな彼女を誉め殺し!》
 “褒め殺し”の頭文字を取った通称、《HG》作戦を実行するためだ。決してハードゲイではない。

 休み時間になった。
 由姫が席を立つ。彼は少し遅れて、後を追う。
 彼女は廊下に出て、スタスタと早足で歩いていく。
 肩より少し長い黒髪が、そのリズムに合わせて水面のように艶やかに輝き、揺れる。

『誉められて、いやな気分になる女の子はいないわ! きっと彼女も悪い気はしないはず!』

 輝夫は、その姉の言葉を信じて勇気をふりしぼり、由姫に話しかけた。
「や、やぁ、きょ今日も、キレイダネ」
 言い馴れない言葉と緊張のせいで、声が裏返った。
 由姫はその切れ長の美しい瞳で、彼をチラリと一瞥した。
「なんだ、突然。気持ち悪いぞ」
 落ち着いた声で、ヒドイ事を言い放つ。
 顔を戻すと、どんどん歩いていく。彼は慌てて追いかけた。
「あ、あう、いや、その、う、ウツクシイ髪ダネ」
 彼女は歩くのをやめ、訝しげに問う。
「だから、なんなんだ。用がないなら戻ってくれないか」
 彼は引き下がらなかった。
「え、あ、でも、その……」
 由姫は呆れたように上を指差す。そこには『女子トイレ』とあった。
「あぅわぉ! ご、ごめんなさい!」
 輝夫は走り去った。
 《HG》作戦は、あえなく失敗に終わったのである。

 次の授業は自習だった。
「先生から、今から配るこのプリントをやっておくように、という指示が出ています」
 委員長でもある由姫は、みんながブーブー言っているのを無視して、一番前の席にプリントの束を置いていく。
 輝夫はつぶやいた。
「これは大事な大事な第二作戦のアタックチャーンス!」

『女は優しくされるのに弱いの! ちょっとした事でいいから、何か手伝ってあげれば好感度アップ間違いなし!』

 第二号作戦《初めてのお手伝いでトキメキゲット!》
 通称《優しさは罪》作戦である。なんだかよくわからない通称だが、とにかく京子によって、そう命名された。

 授業時間が終わり、プリントが後ろの席から一番前の席まで集められる。
 それを由姫がさらに、ひとまとめにしようと前に出てきた。
「て、手伝ウヨ!」
 すぐに輝夫も前に出て、プリントの束を回収し始めた。
 ちょっと引きつった笑顔を彼女に向ける。
 由姫はそれを見て軽い溜息を吐いた。
「ありがとう。でもこのくらい、手伝ってもらう程のことじゃない」
 つれない態度。めげない輝夫。
「あ、でも大変かなぁと思ってさ……」
 集まったプリントの束を差し出すと、彼女はもう一度、軽い溜息を吐いて、それを受け取りトントンと揃えた。
「くどいな、君は……えーと、柏木(かしわぎ)君だったか」
 名前もろくに覚えてもらっていないようだ。
 その事実に肩を落としそうになりながらも、輝夫は答えた。
「うんうん、そうそう。俺、柏木! 柏木 輝夫。また、なんか手伝うことがあったら言ってよ」
 彼女は彼の目を見た。探るような眼差し。
 輝夫はちょっとオドオドしつつも、がんばってその真っ直ぐな目を見返した。
「……ふむ。そうか。では、機会があれば手伝ってもらうとしよう」
 そう言い残し、クルリと踵を返して教室を出て行った。
 輝夫は黒板に向かって、静かにガッツポーズを決めた。
 第二号作戦は微妙に成功したようだ。

 放課後。
 由姫は委員会があっていつも遅い。
 いっぽう、輝夫は最終作戦の実行に移ろうと近所の花屋に走っていた。

『女の子はプレゼントに弱い! 花なんか最強よ! 放課後の夕暮れ、河原の帰り道、そんな時に照れながら花を差し出して、告白なんかされた日にゃもう、それまでなんとも思ってなかった男子でも、きゅんて! きゅんて! 来ちゃうものなのよぅ!』

 かなり京子の妄想が含まれているようだが、輝夫は『さすが姉さん!』と素直に感動した。
 そんな第三作戦は通称《花乙女》である。京子のセンスは計り知れない。

 輝夫が小さめのブーケをカバンに入れて、学校に戻ったちょうどその時、由姫が校舎から出てきていた。
 輝夫は、さも校門前で待っていたかのように彼女に声を掛けた。
「や、やあ、待ってたんだ」
 眼鏡を直し、彼をよく見た。
「君は……確か……かりあげ君?」
 凄まじいボケである。
「柏木です!」
「そうか。すまない」
 ツッコミにも動じない。
「で、なぜ、わたしを待つ? 今は何も手伝ってもらう必要はない。何か急用なら先生に言うほうが合理的だぞ。じゃあな」
 立ち止まりもせず、スッと通り過ぎて行こうとした。
「あ、いや、遅いから女の子一人じゃ危ないかな、と思ってさ……」
 輝夫は彼女に駆け寄る。
「問題ない。わたしは武術をそれなりに、たしなんでいる」
 彼女は振り返り、何らかの武術の構えを取った。まるでオーラが立ち昇るようだ。
「うお……た、確かに強そうだね……」
 構えをやめて、また前を向いて歩き出す彼女。
「そういうわけだ。じゃあな」
 輝夫はそれでも食い下がった。
「で、でも、家の方向が同じだし、せっかくだからそこまで行こうよ」
 彼女はかなり大きくため息を吐いた。
「勝手にするがいい」

 ふたりは夕暮れの光で金色に染まる、河沿いの道を歩いていた。
 彼女が名前の通り姫だとするなら、まるで爺やのように後ろからついていく輝夫。
 しかし、その目は獲物を狙うようにギラギラと輝いていた。そう、作戦の実行を虎視眈々と狙っているのだ。

「おい」
 ふいに、輝夫は後ろから肩を掴まれた。
 振り返ると同時に殴られる。
「おごぁッ!」
 河原の道から土手へ、草の上にカバンと共に転げた。
「由姫にまとわりついてるってのは、てめぇか!」
 何事かと振り返った由姫と、鼻血を出しながら見上げた輝夫は同じタイミングで、その名を呼んだ。
「岩本さん……」
 由姫は大股で岩本に詰め寄った。
「確かに彼は今日、何だかんだと、わたしにまとわりついていましたが何も殴ることはないでしょう」
 岩本は輝夫を見下して、鼻で笑った。
「こんなクズ、かばうことねぇよ。由姫」
 マイ・バスケットボールを取り出すと、指先でくるくると勢いよく回す。
「ううう……」
 輝夫がなんとか、起き上がろうとしたその時。
 岩本がその顔面に向かって、まるでパスを打ち出すようにボールを投げつけた。
 輝夫から鈍い音がしてボールは跳ね返り、見事に岩本の手元に戻る。素晴らしいコントロールだ。
 草の中につっぷした輝夫。
 岩本は唇を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。彼は次にその頭部に向かってボールを構えた。
 だが、その腕は由姫によって掴まれる。
「やめてください、岩本さん」
 低く冷静な声。岩本は、彼女に声を荒げた。
「ああっ? なんでだよ、おまえだってキモイって思ってたんだろ!」
 彼女は哀しそうな視線を岩本に向けた。
「そんな人だから、わたしはあなたとは付き合えないと言ったんです」
 次の瞬間。
 岩本が夕日に飛んだ。
 由姫の技が炸裂したのだ。
 輝夫のさらに下に落ち、転がっていった。
「おごぅぁぁぁ……!」
 少し痛そうな音がして、彼は動きを止めた。
 だが、すぐ起き上がって、輝夫と由姫を見上げる。
「ちっくしょぉぉぉ!」
 輝夫に向かって駆け上がってくる岩本。
 八つ当たりの標的にされたようだ。
「うわ、うわ!」
 立ち上がることもままならない輝夫。
 ちらり、と由姫を見る。
 しかし、彼女は腕を組んで動かない。動かざる事、山の如し。
 殴りかかる岩本。
 輝夫は夢中でカバンを手に取った。
 まだ岩本の拳は彼に届いていない。
「あれ、遅い……姉ちゃんの技だったら、もう決まってるのに」
 彼は拳をカバンで受け止め、さらに前蹴りを放った。
「おわぁぁぁぁッ!」
 またも、ゴロゴロと転がり落ちていく岩本。
 河原まで出て行くと、そこにいた散歩中の犬が驚いて吠えかかる。
「うぁ!」
 必死でそれを避ける。主人が謝りながら犬を連れて行った。
「う、うう……」
 泣いているようだ。

 輝夫は立ち上がって由姫のそばに行った。
「なかなかやるな、かちわり君?」
「か、し、わ、ぎ、です!」
「ああ、そうだった、そうだった」
 真顔で頷く。輝夫はがっくりしながら聞いた。
「……それであの、岩本さんは……」
 彼女は眼鏡のレンズを上下からつまむように直し、くるりと踵を返しす。
「放っておくのが良いだろう」
 その黒髪がオレンジと紫に塗り分けられて風にそよいだ。

 空は深い藍色。
 ふたりは無言でなだらかな坂を登っていく。
 星空に似た街の灯りがまばらに点り始めた。
 ふいに、由姫が立ち止まる。
「それで?」
 輝夫はきょとん、とした。
 彼女が街灯を背に振り返った。
「何か、わたしに言いたいことがあるんじゃないのか」
「え、あ、うん、その……」
 彼は思い出したように慌ててカバンの中を探った。
「わ、やっぱりなぁ……」
 ブーケは岩本の拳を受けたせいで、すっかり潰れてしまっていた。
「ん、どうした」
 カバンの中を見つめて途方に暮れている彼のそばに、由姫が近寄って来る。
 輝夫は慌てた。
「こ、これっ!」
 素早くカバンから潰れたブーケを取り出す。
「こ、これを、その由姫さんに……」
 突き出した花束からハラリ、と花びらが落ちた。
 彼女はそれをつまみ上げ、顔のそばに持っていく。
「がんばった証、だな。ありがとう」
 本当に少しだけ笑みを浮かべた。それは花びらより、柔らかだった。
 輝夫はその笑顔にかなり舞い上がった。
 息が荒い。
 ブーケを持つ手が震えている。
「そ、それで、その! 俺、いや、ぼくは、あなあなたがす、好きで、ずっと好きなんです、つっ、つきあってくだはい!」
 素早く頭を下げる。
 彼女は微笑みながら頷いた。
「やっと自分の言葉で、言えたな」
 潰れたブーケを、そっと受け取る。
「でも、突っつき合うのは、まだ先だぞ?」
 囁きと優しいフローラルの香りが、ふいに輝夫の耳と鼻をくすぐった。
「えっ……」
 由姫は、戸惑う彼の頬にキスをしていた。
 街灯がふたりのひとつになった長い影を、坂道に落とす。
 その先にある星と街灯りは、ふたりを祝福するかのように瞬いていた。

 


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