[護ろうとする者]

その一


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「はぁ? 加藤君、何言ってんの」
 深夜。
 山の中腹にある廃墟。
 朽ち果てた煉瓦の壁と柱。
 過去、そこに洋館があった痕跡。
 その手前の広場のようなところに、10数人ほどの男達と違法改造されているようすの原付バイクが並んでいた。
 満月の明かりがそれらを照らし出していた。

 加藤、と呼ばれた男は高校生くらいか。
 背が高く、非常にガッシリりした筋肉質の体型。
 太めのズボン、白いTシャツ、大きな錦鯉を背中にあしらった上着。
 短い金髪。耳にピアスの跡がある。
 目つきは鋭く、表情は硬い。

 彼に問いを発した男は、長髪でかなり太っており、へらへらしている。
 そのふたりを中心に、血に飢えたような男達がにやにやしている。中には、鉄パイプのようなものや、木刀を持った者もいる。
 加藤は口を開いた。
「聞こえなかったか? 毒島(ぶすじま)。俺はチームを抜ける、と言ったんだ」
「へぇへぇへぇー」
 毒島と呼ばれた男は加藤を完全にバカにした態度で、受け答える。
 周りの男達も失笑した。毒島がねっとりした口調で告げる。
「どういう事か、分ぁかって言ってんだよなぁ」
 一斉に周りの男達がそれぞれの武器を構える。
「ああ。好きなようにしろ」
 加藤は棒立ちのまま、一切の構えを見せなかった。
 毒島は叫びながら加藤に突進する。
「加藤祭りだ、ひゃぁあははははーっ!」
 他の男達も群れで襲いかかった。

 数分後。
 男達が去った後の雑草の上に、ボロクズのようになった加藤が倒れていた。
「やっぱ、あいつみたいに立ったままってワケにはいかなかったか……」

 あいつ。綾瀬(あやせ)。
 加藤の一方的な愛情を拒否した少女、高宮 駒宇(たかみや くう)の、新しい彼氏。
 綾瀬は決して筋肉隆々というわけではなく、どう見ても女性的な小さい男だ。
 だが、綾瀬は高宮の愛を確実に守る者だった。

 バレンタイン・デーの日の朝。
 高宮の宣言は、加藤の心を打ち砕いた。
 彼女を奪われるのが怖くて、力任せに綾瀬を殴った。
 だが、幾ら殴っても立ち続けた綾瀬。
 ついに加藤は綾瀬を彼女に“釣り合う”男だと理解して、教室を去った。

「強さって……なんだろうな」
 息をすると肺に激痛が走った。
「は、は、痛ぇ……こりゃ肋骨がイっちまってるな」
 力なく、息が抜けるように笑う。
「あー、お月さんがきれいだな……」

「死ぬぞ」
 ふいに月の明かりを遮る影が現れた。
 声からして女のようだ。
 全身をマントのようなもので、すっぽり被っている。
「ああ? 誰……だ」
 加藤の意識は、やや混濁を始めていた。
「覚えていないか? 一度、屋上で会ったことがあるぞ。あの時、お前は泣いていたな」
 その女の口調は独特だった。響きこそ優しいが、まるで軍人のようだ。
「あ、ああ……あんた、あの時の、先輩か……」

 加藤が教室を去った後。
 誰にも見られないようにと、屋上で泣いていた。
 その時、ふいに声を掛けられた。
「──釣りあわなければ、釣りあうようになったらどうだね?」
 ジャージの上にウインドブレイカーを羽織った格好。
 髪は短く、ストレート。
 涼しげなまなざしと、白い肌。
 その女は、どこか加藤が振られた彼女に似ていた。

「あん時の、サンドウィッチ、旨かった……ぜ」
 その加藤の言葉に、彼女は反応した。
「思い出したか。良かった」
 月の影になって表情は見えなかったが、たぶん、微笑んだのだろう。
「さて、そろそろイかせてやろう」
 加藤は、もはや言葉の意味を把握できなかった。
「イカセ……?」
 それを彼女は無視した。
 一気に音を立て、マントを脱ぐ。
 宙に浮かんだマントは地面の草むらに、黒く柔らかい影を落とす。
 その中心にいる彼女。
 白磁のように輝くその身体には、なにも着けていなかった。
 月の冷たい光に照らされる、全裸の女が廃墟に佇む。
 加藤は無意識に言葉を紡いだ。
「キレイ……だ」
 彼女がその光のヴェールをまといながら、加藤に近づく。
 転がったままでいる彼のそばにひざをつき、優しく見下ろした。
「始めるぞ……」
 彼女は加藤に覆い被さるように口づけをした。

「……ここは……?」
 加藤が目覚めたとき、そこは大きなベッドの上だった。
 窓から下弦の月が覗いている。あれから何日か経ったようだ。
 頭を回すと横に小さい机があり、見たことの無い黒い服がたたんで置いてある。
 ブーツまであった。
 他に家具は据付型のクローゼット以外、何も無かった。
 壁にはインターホンのようなものがある。
 部屋の隅の床には緑色で、なにか渦を巻くような文様が描かれていた。
「……どこなんだ」
 身体をベッドからゆっくり起こす。
「身体は……痛くない……いや、調子いいくらいだ」
 シーツがめくれ、上半身が露わになった。
「裸かよ……ん、こりゃ何の冗談だ?」
 加藤は自分の左手を見た。
 薬指に、蒼い宝石のような指輪がある。
 付いている石の形は、いわゆる勾玉だった。
「結婚した覚えなんかねぇっての」
 彼は、強引に外そうとする。
「痛ッ! ってぇ……なんだこれ、骨に食い込んでるのか?」
 ふいに、女の声が響く。
「それは取れない。契約したのだからな」
 いつの間にか、あの女が立っていた。
 床と同じような文様の入った、身体にぴっちりとフィットした服を着ている。
 ブーツも履いていた。
「あ、あんた……これはどういう……」
 彼女は微笑むと、恐ろしいことを告げた。
「君は死んだ」
 加藤は、その言葉の意味が掴めなかった。彼女は続けた。
「加藤 正隆、十七歳。暴走族の暴行を受け、頭部、胸部などの複雑骨折および多数の内臓破裂により死亡……すでに葬儀も終わっている。それが君の現状だ」
 彼はその言葉を真面目な表情で聞いた。
 彼女の声のトーンや雰囲気から、それが冗談ではないと感じているようだ。
 聞き終わると、ふいに軽く言い放った。
「はっ……んじゃ、今の俺は誰なんだ」
 彼女はベッドのそばに来て、顔を近づけた。
「君は、わたしの伴侶だ」
 そう言って彼女は加藤に左手を見せる。その薬指には彼と同じ指輪が光っていた。
 加藤がぽかんとしていると、インターホンから警報が鳴り響いた。
「む、さっそく出動だ。準備するぞ」
 彼女が加藤の手を握って引っ張り、ベッドから立たせる。
 するとシーツがはだけ、彼の全てが彼女の目の前に晒された。
「ふむ、明るいところで見ても立派なものだ」
 加藤は瞬間的に真っ赤になって、股間を隠した。
「ちょ、あんた! えと……! 名前!」
 ベッドの横の机を指差した。
「わたしの名は、ミコト。さ、それを着ろ。ブーツも忘れずにな」
 加藤は少しムッとしながらも、素直に従った。
 彼女に背を向けて服を着る。
 やはり、かなり身体にピッタリとしている。
 しかも彼女と同じく、謎の文様がデザインされてある。
 身体を軽く動かして見ると、加藤は驚いた。
「へぇ、ダセぇけど、すげぇ動きやすい……」
 ミコトが彼の腕を取り、急かす。
「服を着たなら、さっさと行くぞ」
「うおっと! わぁかった、わかったけどよ、説明くらいしてくれよ!」
 加藤はバランスを失いそうになりながら、彼女に引っ張られて、部屋の隅にある文様の上に乗った。
「追々、説明してやる」
 彼女は薬指のリングに何事かつぶやいた。
 すると文様が光り出し、ふたりは足元から蒼い光の粒に変わっていく。
「おわっ! なんだこれ、どうなって」
 言い終わらないうちに、ふたりの姿はその部屋から消え去った。


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