[護ろうとする者]

その三


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「了解した」
 どこからともなく、返答があった。
 すると加藤の中から、女性の形をした白く輝く光の塊が現れた。
 それが大きく翼を広げると、襲いかかる男達が一瞬にして弾かれ、飛んだ。
「な、なンだァ?」
 毒島が驚嘆の声を上げた。
 その天使のような翼を広げる光は、加藤に話しかける。
「さあ、かけ声を」
 どうやら、それがミコトのようだ。
 加藤は、少し紅潮していた。
「なあ、これって毎回、言わないとダメなのか? ワケわかんねぇし、恥ずかしいんだけど」
「ダメだ」
「とりつく島もねぇ……しゃあねぇな……」
 溜息一つを吐いてる間に、男達が起き上がってきた。
 毒島も見る見る回復しているようだ。首が縮み、今度はより人の形に近づいた。
 加藤は息を吸い込んで、一気にまくし立てた。
「クシイナダヒメノミコトニヨリ、サンゴウヲトトノへ、コノスダマヲフクス! シンゴウ、クゴウ、イゴウ、チョウブク!」
 いったん、息を止めて。
 また大きく息を吸い、言い放った。
「ゴウブクシン! ホムラ!」
 ミコトが頷いて、彼を光の翼で包み込んだ。
「うむ、ちゃんと言えたな」
 加藤の全身を覆う輝きが、手足の先から炎に変わる。
 それが輪になり、燃えながら身体に沿って上昇すると、その通り過ぎた部分が鎧のようなものに変化していた。
 それは筋肉をそのまま覆うような形で、滑らかな表面だ。
 そこへ異形の男達が襲いかかった。
「おいおい、お約束ての、知らねぇのかよ!」
 加藤は鎧をまとった腕を軽く振って握りしめ、前から突進してきた深海魚のような男の腹を殴った。
 その瞬間、男の中から金色の光の粒が飛び散る。
 倒れた男は、元の人間の姿に戻った。
「知らねぇだろうけど、これがゴウブクの力ってヤツだ」
 そんな事を言っている間にも、どんどん加藤の身体は、黒と赤の甲冑に覆われていく。
 後ろから猿のような男が、大きな爪で襲いかかる。
 加藤は片腕の鎧で軽く受け流すと、今度はひじをその腹に当てた。
 その男もまた、倒れて金色の光を放ち、人間の姿に戻った。
 ミコトの声がする。
「ホムラ、化身完了するぞ」
 加藤の顔の周りを赤い光が覆い、フルフェイスのヘルメットのようなものになった。
 その瞬間、加藤は音を立てて手を合わせる。祈るようなしぐさだ。
 次に、右手を開いて地面に突き出し、左ひじを外に向けて、ゆっくり顔まで上げた。
 それはまるで金剛力士像のポーズだ。
 ホムラへと化身した加藤は、照れがあるのか、ぶっきらぼうに言った。
「化身完了!」
 
 ホムラは、全身が有機的な形の鎧で覆われている。
 黒い地に、唐草のような赤いラインが印象的だ。
 顔には、獣が口を開いたかのような牙をあしらってある。ちょうど狛犬の口の中に仮面があるようだ。
 額は憤怒の表情を示すかのように、盛り上がっている。
 目の部分は、サングラスのようだ。奥に恐ろしげな赤い光が宿っている。
 
「んじゃあ、とっととやるかぁ」
 やはりまた職人のように言うと、何の躊躇もなくスタスタと毒島の前まで歩く。
 その間にも数人の男達が襲いかかるが、全て受け流し、拳はもちろん、蹴りや、ひじ、ひざで人間に戻していった。
 毒島が一歩ずつ下がりながら、吼える。
「カトゥぉぉぉ!! てめぇ、なンナんだヨぉぉぉ!」
 ホムラは肩が凝ったかのように、ぐるぐると腕を回しながら答える。
「ゴウブクシン・ホムラ、だそうだぜ? まだ、よく解んねぇけどよ」
 ミコトの言葉が聞こえる。
「早くしろ。化身している時間は短いんだからな」
「ああ、解ってるって」
 ホムラは立ち止まり、ボクシングのようなポーズで構えた。
「じゃあ、な!」
 その刹那。
 毒島の目の前にいたはずのホムラが、その背面にいた。
 ホムラの足元には、先ほどまで無かったものが現れていた。
 二本の平行した炎のライン。
 それはホムラがさっきまで居たところから、毒島の足下を通り、今のホムラのいる位置まで伸びている。
 ホムラは振り返らない。
 ただ、ボクシングのようなポーズを解き、つぶやいた。
「炎迅撃(えんじんげき)」
 ほぼ同時に、まるで炎上するかのような激しい金色の光が毒島の身体から噴出した。
「カぁトゥぉぉぉっ……!」
 ホムラは振り返り、そのようすを見つめた。
「安心しろ。死ぬわけじゃあ、ねぇ」
 毒島も、その光の噴出が終わると普通の人間の姿に戻った。

「加藤!」
「加藤君!」
 綾瀬と高宮が、駆け寄った。
「なんだおめえら、逃げてなかったのかよ」
 ふいに、ホムラの全身から鎧が光の粒になって剥がれ、加藤の顔が現れた。
 光の粒は、塊になり、やがて人の形を成してくる。
 綾瀬と高宮は、そのようすを圧倒されるように見ている。
 その光は女性になった。
 ミコトだ。
 彼女は目を開け、綾瀬と高宮を睨め付けるように見る。
「ふむ……この加藤と少なからず因縁があるようだな」
 綾瀬は加藤と同じ、身体のラインがハッキリ出ているミコトの服から目を逸らし、聞いた。
「……加藤、あんた、どうなったんだ」
 高宮も聞く。
「そうだ。加藤君が、死んだって聞いたから、わたしは……」
 加藤は片方の眉を上げ、頭を掻いた。
「あー。なんて言えばいいんだ」
 ちらりとミコトを見る。
 ミコトは、地面に素っ裸で寝ている毒島たちをあごで指す。
「説明してもあの男達同様、このふたりの記憶は消してしまうのだから意味はないぞ」
 冷静に反論された加藤は、しかし、食い下がった。
「てか、そう言やぁ、俺も肝心な話なのにほとんど何にも聞いてねぇじゃんよ?」
 ミコトは、三人を見渡して、ふむ、と頷いた。
「ならば、加藤。君が知っていることを話すんだな。わたしは浮世の人間とはあまり話す気は無い」
 加藤は呆れた。
「あんだよ、その話だけは口が堅ぇのな。アレんときはあんなことやこんなことまで言ったり、したりす」
 全て言い終わらないうちに、ミコトの拳が加藤のみぞおちに食い込んだ。
 顔はやや赤いようだ。
「このうつけ者が。恥を知れ」
 加藤は前傾姿勢でふらつきながらも、なんとか立っていた。
「てめぇ……いくら死なねぇっつっても、痛ぇのは痛ぇんだぞ!」
 ミコトはあごを上げて、見下ろした。
「知っている。それでも、罰は与えないとな」
 加藤は、その瞳を見上げて睨んだ。
「ちっ、俺が必要なくせに……」
「なにか言ったか?」
「いや! 何にも言ってねぇ!」
 加藤は、ちょっとキレかけの口調で否定した。
 その漫才に、高宮が割って入る。
「そう言えば、ふたりは左手の薬指に同じ指輪をしてるな」
 綾瀬もそれに気付いた。
「結婚……したってこと?」
 加藤は、頭を掻いた。
「契約したんだそうだ。このミコトは、なんたら言う女神サマの分身なんだってよ」
 ミコトは、冷たい目で加藤を見る。
「クシイナダヒメだ。君が本当に、いつものかけ声の意味を理解していないとはな……」
 加藤は無視して続ける。
「んで、死にかけた俺に、その魂を分けてくれた」
 加藤はそこで言葉を切って、少し寂しそうに笑う。
「そのかわり、おまえらとは違う世界の住人になっちまったけどな……」
 綾瀬と高宮は、何も言えなかった。
 加藤は少し照れるように、無理に明るく言う。
「ああ、悪ぃ、悪ぃ。なんちゅーか、俺はこっちでおまえらを護るからさ、おまえらはそっちで普通の生活ってヤツを送ってくれ」
 軽く言うと、ふいに綾瀬へ真面目な表情を向けた。
「俺の分まで普通っていう幸せを……高宮を守ってくれ」
 綾瀬が呆気にとられていると、次に高宮のほうに話しかけた。
「高宮、俺、今なら素直に謝ることができる。色々迷惑かけて、ごめん!」
 さっと頭を下げた。
 高宮がそのようすを見て、泣きそうになる。
「加藤君は……変わったんだな……」
 加藤は、頭を上げると照れくさそうに笑う。
「いや、どうだろ。解んねぇ」
 ミコトが口を開く。
「……もう良いか? 帰るぞ」
 それだけ言って、踵を返した。
 加藤はミコトに付いて行きながら、ふたりに向かって最後の言葉を投げた。
「あー、とにかく! おまえら、がんばれよ! 俺もがんばるからな!」
 加藤がにこやかに手を振る。
 綾瀬と高宮も、加藤に手を振った。
「ああ! 高宮さんは絶対、ボクが守るから! がんばれ!」
 綾瀬はぎゅっと、高宮の手を握った。
 高宮は、強く握り返した。
「ありがとう! 加藤君! がんばって!」
 その言葉が終わらないうちに、加藤とミコトは、光の粒になって消え去った。

 綾瀬と高宮は気が付くと、ぼんやり、公園の広場に佇んでいた。
 綾瀬が不思議そうな面持ちでつぶやく。
「……なんでボクたちは、こんなトコに立ってるんだろ」
 高宮が思い出そうとする。
「確か……綾瀬君にホワイトデーのプレゼントを貰って……それから」
 言葉の途中で急に悲鳴を上げた。
「ひゃっ?! なんだ、あれは!」
 綾瀬は、高宮の見ているほうを見た。
 すると、あちらこちらで裸の男達が、もそもそと起き上がってきていた。
 口々に一体俺は、とか、なにしてたんだろう、とかつぶやいている。
 くしゃみの声も聞こえる。
 綾瀬は高宮に向かって言った。
「なんだか知らないけど」
 高宮は頷く。
「逃げるときは一緒だ!」
 ふたりは手を繋いで、公園から走り去っていった。

 END


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