[護ろうとする者]

その二


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 夜の公園には春とは言え、まだ冷たい風が吹いている。
 空には満月が輝く。その冷たい光が、さらに寒さを強調しているかのようだ。

 髪の長い少女が、その公園の広場にあるベンチにうつむいて座っている。
 高校生くらいの年齢に見える。
 シンプルなベージュのコートに、紺色で長いプリーツのスカート。
 その飾り気の無さが、彼女の性格を物語っているようだ。

 やがて、そこへ少年が来た。彼女と同じ、高校生くらいだ。
 柔らかそうな髪の、中性的な顔立ち。
 グリーンのVネックセーターに、ブルーのワイシャツ。
 肩には黒いディバッグを掛けている。下はストレートのジーンズ。
 彼もまた今時の高校生にしては、ずいぶんとおとなしい服装だった。
「高宮さん、待った?」
 高宮、と呼ばれた少女の顔は月明かりに照らされて輝いた。
 白く、美しい。
「いや、わたしもさっき来たばかりだ。綾瀬君」
 優しい声だが、口調は男性的だ。
 綾瀬、と呼ばれた少年は彼女のそばに座る。しかし微妙に距離があった。

 しばらく、沈黙が続いた。
 彼女は小首をかしげるように、彼を見つめている。
 綾瀬はその真っ直ぐな瞳に少し戸惑いながらも、口を開いた。
「高宮さん……えーと……その……これ……」
 彼はバッグから、かわいくラッピングされた箱を取り出した。
 彼女は微笑んで、それを受け取る。
「ありがとう。開けてもいいかな?」
「うん」
 綾瀬の返答にすぐさまラッピングをていねいに取り去り、箱を開けた。
「きれいだな……」
 それはブルーの石がキラキラ光る、髪留めだった。
 彼女はしなやかに長い指で、それを髪に差し入れた。
「どうだろう?」
 少し上目遣いで、問いかける。
「うん。やっぱり似合うよ」
 その綾瀬の言葉に、高宮は少しほほが紅潮した。
 しかし、すぐ暗い表情になる。
「あれから、一ヶ月だな……」
 綾瀬は何かを察して、彼女との距離を縮めた。
 ゆっくり、彼女の肩に腕を回す。
 それに従うように彼の胸に頭を預ける高宮。
「わたしの、せいなのか……な」
 彼はその言葉に強い反応を示した。
「なんでだよ、そんなことないよ!」
 彼女を強く抱き寄せる。
「あいつは、加藤は……!」
 綾瀬の目頭に、光る物が見えた。
 高宮も表情こそ変わらないが、それでも何かを抑え込むような声だった。
「わたしが、彼を、切り捨てたから、だから……」
「違う! あれは、あいつの居たチームにやられたんだから! 高宮さんは関係ない!」
 ふいに綾瀬は、彼女を抱き寄せていた力を抜いた。
「……それを言うなら、ボクのせいだよ。あいつから、高宮さんを奪ったのはボクなんだから……」
 高宮がはっとして、彼を見上げた。
「でも! ボクは! どうしても高宮さんが好きで! あきらめられなかったんだ! だから! だから……ッ!」
 彼女が彼の涙を拭った。
「ごめんなさい……ありがとう……」
 彼女が姿勢を変えて、彼にキスをした。

「ひょっはぁーッ! 旨そうなニオイがするぜぇぇ! こりゃあ、青い愛のニオイだぜぇぇ」
 突然ふたりの前に、長髪でかなり太ったへらへらしている男が現れた。
 手には鉄パイプを持っている。
「ん? 加藤のニオイもするな。おめえら、加藤の知り合いか?」
 綾瀬は彼女をかばうように、その男の前に立ちふさがった。
「なんだ、アンタは!」
 男は綾瀬の言葉を無視した。
「ま、いいや。とりあえずこの力がどんなのか、試してみるかぁ」
 よく解らない事をつぶやいて、鉄パイプを綾瀬に振り下ろした。
 綾瀬は太った男に本能的に真っ直ぐ突進した。
 その判断は的確だった。
 男の攻撃を綾瀬は回避した。鉄パイプで地面を叩いた金属音が響き渡る。
 綾瀬の体当たりでバランスを崩した男はよろめき、鉄パイプを取り落とす。
 地面に転がったパイプを見て、綾瀬は驚いた。
 まるで柔らかいもののように、ぐにゃりと折れ曲がっている。
 地面のコンクリートタイルも割れていた。
「え……」
 それがどういうことなのか、綾瀬が理解しようとしている間。
 太った男はまるで身軽な動物のようにくるりと転がると、両手両足を地面につけ、起き上がった。
「ひょぅ。おめぇ、やるなぁ……」
 あざけり笑う。
 綾瀬はその異様な動きを見て、叫んだ。
「高宮さん、逃げて! 早く!」
 高宮は一瞬、躊躇したがすぐ綾瀬の腕を掴んだ。
「逃げるなら一緒に!」
 綾瀬はうなずくと踵を返し、ふたりで走り出す。
 だが、次の瞬間。
 目の前に、さっきの男がいた。
「まあ、逃げるのは、ムリじゃね? 大人しく、喰われてくんね?」
 半疑問形で話ながら、ゆっくり、近づく。
 一歩ごとに、その男の体型が人間の形から離れていく。
 服が破れ、体中からトゲのような物が次々生えてきた。
 顔はサメのように尖る。
 何かうめきながら、口が裂けていく。
 その中には尖った恐竜のような歯が、幾重にも重なっている。
 蛋白質が腐ったような息と、よだれがあたりに散乱した。
 手足はカエルのようなものに変化した。
 まさに怪物だった。
「く……」
 綾瀬は高宮をかばうように抱きしめて、その怪物を睨み付けた。
「ソノ勇気も、恐怖モ……旨そうダ」
 その怪物が、太く地の底から響くような声でつぶやいた。
 次の瞬間。
 大きく開いた怪物の口が一気に近づく。
「うっ!!」
 綾瀬は目をつぶり、覚悟した。

 だが、何も起こらない。
 恐る恐る目を開けると、全身タイツを着込んだような立派な体格の男がいた。
 黒い地に緑色で、渦巻くような不思議な模様がデザインされていた。
 彼はその怪物の大きな口を、両手で閉じないようにしていた。
「綾瀬。おまえのその気持ちには、ほんと、勝てねぇよ」
 この声と軽い口調。
「ま、まさか、加藤……?!」
 その名前に、高宮も顔を上げた。
「加藤君……どうして……」
 加藤はちょっと振り向いた。
 片方の眉だけ、ひょいと上げて会釈する。
「ま、とりあえず驚くのは後にして、逃げてくれねーかな。結構キツイんだわ、これ」
 綾瀬は、高宮と共にその場を離れた。
 それを確認した加藤は、怪物に向き直る。
「んじゃ、いっちょやるかぁ」
 まるで職人のようなセリフを吐いて、加藤は力を腕に込めた。
「カトゥぅぅ!」
 怪物が吼えるように呼びかける。
 だが、加藤は無視して、その怪物の頭を瞬間的に回す。
 骨が弾けるような音がした。
「ぐふォぅッ!」
 怪物は血を吐きながら、横に倒れ込む。
 びくびくと、けいれんしていた。
 それを加藤が見下ろし、勢いよく踏みつける。
「今、解ったぜ。おめえ、毒島だろ。その陰険そうな目にも見覚えあるし。先月は世話になったなぁ? ああ?」
 グリグリとブーツのかかとを回す。
「ちょうど、おめえがグィルーになってて良かったぜ。思う存分、礼ができるからな」
 加藤は毒島だった怪物の腹に思い切り、蹴りを入れた。
 怪物が数十センチ、飛んだ。
「ぐふぃァっ!」
 情けない悲鳴を上げる。
「おらおら! 仲間がいねぇと、なんもできねぇか? ん?」
 加藤はさらに蹴り上げる。
 巨大な肉塊が、地面に落ちる低い音。
 毒島は息も絶え絶えになりながら、悲鳴以外の言葉を発した。
「そ、そうだヨ、カトゥぅぅ、仲間だ、仲間がいねぇとナァ」
 毒島が独特の抑揚を付けて、吼えた。
 すると、闇の中から男達が現れた。
「おおっと……こりゃあ、チームのみんなじゃねぇか。なるほどな、あの時と同じってワケか」
 男達は加藤を中心にして、取り囲んだ。
 やがて、ひとり、またひとりと異形の化け物に変わっていく。
 加藤は、また片方の眉を跳ね上げ、ニヤついた。
「同じってワケでもねぇか。でもよ、もう一度殺されるほど俺ぁ、人は良くねぇぜ?」
 毒島がゆっくり起き上がり、わめいた。
「加藤祭り第二回ダぜェェえェッ!」
 怪物化した男達はその咆吼に反応した。
 一斉に加藤に飛びかかる。
 加藤は左手薬指にある指輪に、口付けをした。
「ミコト、頼むわ」

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