[救うもの]
寄稿/著作・ゲーパロ専用氏
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 とめどなく、涙が流れる。
「なんだって言うんだよ、バッカヤロ……」
 振られた、という事実は意外に冷静に受け止められた。
 自分の中で折り合いをつけるためには半日近くかかったが。
 朝一のやりとりで教室を飛び出し、今日の授業は全部サボった。
 サボりは毎度のことだ。教師もクラスメイトも気にもとめないだろう。
(──彼女ト、俺ハ、釣リアワナイ)
 なんとなく、というよりも、はっきりとそれは自分の中に感じていた。
 腕力と喧嘩っ早さ、そして強引さでまわりに一目置かせるようなやり方は、いつか限界が来ることは分かっていた。
 小学生ならそれでいい。中学生でもまあ、通じるだろう。
 だが、そろそろ体力はまじめに部活をやり続けた人間に追い抜かれる頃だし、勉強はそれより前にずっと差を付けられている。
 まわりの評価や明日を省みない手段でうわべだけを取繕いつづけても、チンピラにすらなりきれない自分を知っていた。
 いつか彼女に捨てられると覚悟していたそれが、今日だったとは。
 別れる、と宣言した彼女に激昂した俺の前に立ちふさがった男。
 彼女の、新しい──あるいははじめての──彼氏。
 殴っても、殴っても、ふらつきはすれどびくともしない、自分よりもずっと小さなそいつに気おされたのは──あいつが、彼女に釣り合う男だったからだ。

 告白は、自分からだった。
 彼女が、どういう心境か、それを受け入れてくれたときは天にも昇る心持ちだった。
 同時に、疑心暗鬼の塊になった。
(彼女ト、俺ハ、釣リアワナイ)
 手に入れたものを試すように、俺はどんどん粗暴に振舞い、そしてそう振舞った後で彼女の顔をうかがうようになった。
 無表情な瞳が、日に日に嫌悪の色を溜めてくるのを、もしかしたら俺は本人より先に気が付いていたかもしれない。
 クリスマス・イブの拒絶は全ての審判の終わり。
 その後の二ヶ月ほどは処刑執行を待つだけの日々だった。
 チョコレートをくれるか、くれないか。
 それが、次の──最後の賭けだった。
 正直に言うと、あいつが俺の前に立ちふさがり、そして彼女が俺ではなくあいつのほうを選んだとき、俺はほっとしてさえもいた。
 なのに──。
 なのに、なんで涙が止まらないんだろう。
 捨て台詞を吐いて恋愛──あるいは恋愛もどきを終わらせた後、教室から歩いて出て行くのには気力の全てを使う必要があった。
 走って逃げ出したくなる気持ちは、非常階段の手前までしか保たなかった。
 屋上のドアが開いていたのは、何かの優しい偶然だったかもしれない。
 気が付けば、俺はボロボロと涙を流していた。

「──釣りあわなければ、釣りあうようになったらどうだね?」
 声は、頭のうえから振ってきた。
「……」
「さきほどから、どうにも君は湿っぽいな。おかげで私の間食まで水っぽく感じる──ような気がする」
 給水タンクを支える鉄骨の上で、食べかけのサンドイッチをひらひら振ってみせる人影を、俺は呆然と眺めた。
「お、お前、俺の心が読めるのか?」
 まぬけな質問は、夕日を背負った姿が見とれるくらいに美しかったからかもしれない。
「上級生にお前、はないだろう。たかだが一、二年の差とはいえ、長幼の序列くらい守っても罰は当らないぞ」
 手に持ったサンドイッチを口に押し込んだ人影は、足をぶらぶらさせはじめた。
 二回目、三回目と、どんどん足の振り幅が大きくなっていく。
 四回目に口の中のものを飲み込み、五回目に反動をつけて飛び降りた。
 すたっという小気味いい音を立てて、その娘は、俺の前に降り立った。
「……ああ、それから──心が読めるも何も、私が来たときから、さっきのことは、君が自分の口から念仏のように唱えっぱなしだったぞ」
「い、いつからそこにいたんだっ?!」
「五分ほど前からかな。おっと、先住権を主張するなよ。入学して以来、私はここで部活前に間食をとることにしている。──育ち盛りでな」
 ジャージの上にウインドブレイカーを羽織った格好は、これから部活だからか。
 短か目の髪が、夕方の風にわずかにそよいだ。

「ほれ」
 娘の手が伸びて、ビニールラップに包まれた何かが、俺の前に突き出される。
「え?」
「玉子サンド」
「ええ?」
「部活前の腹ごしらえに、ひとパック丸々は多すぎる。半分やろう。君のせいで多少湿っぽくはなっている──気がするが」
 馬鹿のようにおとなしくそれを受け取った俺に、その娘は、はじめてくすりと笑った。
「じゃあ、な。その子に釣りあうくらいの男になりたまえ。──たとえ、その子がもう振り向いてくれなくても、それはきっと、君のためにいいことだと思う」
 階段を下りていく姿を、俺は呆然と見送った。

「なんだって言うんだよ……」
 つぶやいて、玉子サンドをほおばる。
 あの娘が主張したようほど湿っぽくはなかったが、妙にそいつは塩辛かった。
「……」
 見下ろす向こうに、見慣れた人影があった。
 昨日まで、俺の隣にあった影。
 抜群のスタイルのそれは、小さな、でも俺よりもずっと強い男に寄り添って校門から出て行くところだった。
 もう涙は出なかった。
 俺は校門から視線を外した。
 こういうとき、馬鹿は立ち直りが早いんだ。
「……彼女に釣りあうくらい、か」
 ──それくらいにいい男になったら、さっきの娘にも釣りあうだろうか。
 そんなことを考えながら、俺は夕暮れの屋上を後にした。


[護ろうとする者] へつづく
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