[えびすさん]
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(大阪なんか、大嫌いだ……)
 彼は心の中で悪態を吐いていた。
(絶対、東京の人間は大阪でヒドイ目にあうって友達が言ってたもんな。これからもう最悪だ……)
 先生はそんな彼の心のつぶやきなど解るはずもない。
 彼をほがらかに紹介する。
「東京の学校から転校してきた、秋庭比呂幸(あきばひろゆき)君や。ほれ、挨拶しぃ」
 
 ここは大阪にある公立高校。
 比呂幸は父親の仕事の都合という、よくある理由で転校してきた。
 
「秋庭です、よろしくお願いします」
 ぶっきらぼうにそれだけ言って軽く会釈した。

 ……静まり返っている。
 比呂幸がいったいどうしたのかと思った瞬間、一気に騒がしくなった。
「うーわ、マジで東京弁や!」
「ホンマやー! 生東京弁、初めて聞いたわ!」
「もっと東京弁で、なんか言うてー!」
 口々にみんなが関西弁を話す。
 当たり前なのだが、その方言の勢いに彼は戸惑った。
 すると、その喧噪を鎮めるほどの、良く通る声が響いた。
「ヒロくん!」
 生徒達がいっせいに、その言葉を発した人間を見る。
 そこには背は高いが、少しあどけない感じのある女子が立っていた。
 ニコニコしている。その笑顔はまぶしい。
 比呂幸は見とれそうになる。だが、見覚えはなかった。
「……えーと、だれだっけ?」
 彼女は比呂幸を見つめて答えた。
「初めまして!あたしは九条 戎(くじょう えびす)や。よろしゅうな!」
 答えになっているが、答えになっていない。
 比呂幸は息の詰まった魚のように、口をパクパクさせた。
 彼女は、かまわず続ける。
「ほんでな、あたし、あんたのこと好きんなったんよ。一目惚れやわ!」
 オオー!
 みんなが感嘆の声をあげた。
 そしてすぐさま、比呂幸に振り返った。返答をわくわくして待っているようだ。

 彼はこのおかしな空気の中で、パニックに陥りそうになりながらもなんとか声を出す。
「は……はぁー? どういうコト?」
 全員のため息。がっかりした生徒達は、さんざんに愚痴る。
「はぁ、て。なんやそら」
「しょーもなー」
「ノリ、ワルぅ」
「まあ、東京モンやしな、ツッコめ言うのが無理やわなぁ」
 比呂幸はだんだん腹が立ってきた。
(んだよ、好き勝手言いやがって!) 
 そう思ってこの雰囲気を作った張本人、戎のほうを怒りの目で見た。
 すると、戎は比呂幸の前に真っ直ぐ向かって来ていた。
「え? なんだ、おい」
 どんどん、近づいてくる。
 笑顔から真顔に変わった。
 少しひるむ比呂幸。
「待て、俺の言ったことが気に障ったんなら謝る!」
 だが、どうやら戎は全く聞いていないようすだ。
 最接近。ひたいが当たるくらいの距離に来た。目の高さが同じくらいだ。
 彼女のクールな瞳に、恐怖と美しさを感じ、息を飲む。
 比呂幸は、もうどうにでもしろ、と覚悟をした。

 だが。彼女は静かに優しく、ささやいた。
「あのな、そゆときは『なんでやねーん』とかツッコむのが、ここの礼儀なんや」
 戎の吐息が彼のほほをくすぐる。ミントの香りだった。

 彼女はちょっと離れて笑顔に戻った。
 比呂幸に軽く頷いたかと思うと、くるっと、教室のみんなのほうを向く。
 大きく息を吸い込んで、大声で言い放つ。
「ほな、ヒロくんは、あたしのモンっちゅーことで、ええかなぁーッ?!」
 オオーッ!
 教室中が歓声に湧く。

 比呂幸は戎の叫びを、数秒遅れで理解した。
 顔が、急速に赤くなっていく。
 戸惑い。
 羞恥。
 そして、少しの怒り。
 それらの入り交じった感情が、魂の叫びを吐き出させようとする。
 彼は必死で抑え込もうとした。
 だが、その感情は熱いマグマのように心の底から湧き上がってくる。
 ダメだ、もう我慢できない。限界だ。
 そう思ったとき、ついに彼は言ってしまった。
「なんでやねーん!!」
 
 教室がまた、水を打ったように静まり返る。

 そして。

 どっと、教室中が爆笑した。先生も笑っている。
 比呂幸はみんなが笑った瞬間、バカにされているのかと思った。
 だがそれはすぐ、間違いだと解った。笑いが、拍手に変わったからだ。
(ああ、そうか。受け入れてくれたんだ)
 戎は彼にそれでええんよ、と軽くウィンクした。

 その一件以来、比呂幸は少し大阪が好きになった。
 もちろん、戎のことも。


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