[シズカな彼女 2]
ポワソン・ダブリル
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 そのとき、僕は学校の廊下を彼女のいる教室まで歩いていた。
「国友(くにとも)君!」
 声と同時に僕の背中がポンと、叩かれた。
 振り返ると、ショートのレイヤーボブで茶色い髪の、女子がいた。
 相川マミ(あいかわ まみ)。僕の彼女のクラスメイト。
 その後ろで顔を真っ赤にして、ぎくしゃくとお辞儀する女の子。
 周防シズカ(すおう しずか)。僕の彼女。
 長い黒髪で、重そうな黒縁眼鏡。
 無表情で無口な、でもきれいな子だ。
 ふたりは大親友で、いつも一緒。

 彼女は本当に無口で、彼氏の僕でさえまだ、ほとんど言葉を聞いたことがない。
 付き合い初めて、まだ間がないってのもあるけど。
 シズカと長い付き合いのマミによると、一瞬で色々考えて言葉にしようとするため、パニックになるという。
 そうすると、あまりにもしゃべれなくなるので、僕に告白するのをきっかけに絵や文で表現するようになった。
 そのため、いつもスケッチブックと12色の水性ペンを持っている。 

「おう、シズカ、マミ」
 シズカが、うつむきながら僕の横に来て、さらに背中側に回った。
「ん? なに」
 本当に小さい声で、えい、と言ってポンと背中を叩く。
「なんだ、ふたりして」
 シズカがまた、スススッと僕の後ろから横、そして前に移動した。
 マミと並んで、顔を見合わせた。
「ねー」
 シズカが、スケッチブックに素早く何事か書いた。
 それを僕に、見せた。

“poisson d'avril”

 僕は、戸惑った。
「え、えと、ぽいっそん?」
 するとシズカはそれを引っ込め、書き足した。

“ポワソン・ダブリル”
“フランス語で、4月の魚って意味”

 僕は、よけい困惑する。
「なんのこと?」
 そう問う僕に、にやにやするマミ。
「知らないかー、知らないよねー」
 シズカが顔を真っ赤にして、スケッチブックに、さらに書き足された。

“ごめん”

「いや、謝られても、さっぱり解らないんだけど」
 ふいに、後ろから先生の呼ぶ声がした。
「お、国友。おまえ、背中に魚の絵ふたつも付けて、なにやってんだ?」
 先生が、それを取って僕に見せた。
 明らかにその魚の絵は、シズカのタッチだった。
「これは……。おまえら、もしかして、さっき……」
 前を睨むと、すでにシズカとマミは駆け出していた。
 マミが、走りながら笑う。
「4月の魚ってのは、フランスのエイプリルフールのことよねぇ、シズカ」
 シズカが頷き、走りながら器用に何か書く。

“好きな人に、魚の絵を描いて、貼るイタズラをする”

 それを見せて、微笑んだ。
「おまえらー!」
 僕も追いかけようと、走り出す。
 先生は背後から魚の絵を持ったまま、叫んだ。
「国友ー! がんばれよー」
 その声には生徒の恋を応援する嬉しさと……ほんの少しの哀愁が漂っていた気がした。


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