俺は、どこかで聞いたそんな言葉をつぶやきながら。
もぐもぐと、 クッキーを口に運ぶ。味はあるんだろうけど、感じない。
げほッ……
咳と共に出る息が白い。
さっきから飲み物もなしでクッキーを食べているせいで、何度も喉が詰まる。
涙が出た。止まらない。でも、俺はそれを食べ続けた。
げほほッ……
イヴの夜。駅前の広場。この街で待ち合わせと言えば、ここが定番だ。
いつもはないクリスマスツリーが、きらめく色とりどりの電飾に覆われ、いやになるほど自己主張している。
目に映るビルもすべて、華やかに輝いている。
まさに世界はクリスマス一色。
駅からモデルのように歩み出た、見知らぬお姉さんたちは、気合いを入れて着飾っている。
やがて、その内の何人かは迎えの車が来て、嬉々として乗り込んで行った。
彼氏なのだろう。
こんな夜に何が悲しくて、俺は独りベンチに座り、こんなことしてるんだろう。
理由は簡単。好きな女の子に、さっきフラれたからだ。
20分前。
俺は大学に入って初めての彼女を待っていた。
待ち合わせの時間になった時、彼女が思いもよらないところから現れた。
見知らぬ車から、急いで降りて来る彼女。俺を見つけて、忙しい、と言う顔で走り寄ってくる。決して喜びの表情ではなかった。
「今まで言い出せなかったけど、付き合ってる人がいたの。ごめんね。これ、プレゼント。はい。じゃあ、彼、待たせてあるから」
彼女は、その辺で買ったようなクッキーの袋を俺に押しつけて、そのまま足早に、俺の知らない男の車に戻って消えた。
なんだこれ。
えーと。あれ? 俺と、あいつ、付き合ってたんじゃなかったっけ?
ん? 思考はまとまらない。彼氏……は俺、だよな。あれ?
現実を受け入れられなくて、そのまま俺はここで凍えながら、彼女のくれた最後のプレゼントを食べることになった。
「そして、世界のもう半分は絶望で出来ている」
俺はまたつぶやいて、クッキーを口に放り込んだ。
もぐもぐ……げほッ
自分の涙だけが熱かった。
「河村君」
ふいに後ろのベンチから、よく通る澄んだ女性の声がした。先輩の蒼(あおい)さんの声だ。
彼女は確かに美人だ。
最初は俺も、彼女のことをきれいだし、お近づきになれるといいかな、なんて思っていた時期もある。
だが、自分自身にあまりにも正直で、その真っ直ぐ過ぎる言動が、いつも常識と言う名の世界に混乱と破壊を招く。
俺も歯に衣着せぬ言葉の刃に、すっかりボロボロになっていた。
そんな俺に彼女は、またも良く研がれた刀で斬りつけた。
「フラれたな」
一刀両断。痛みを感じる暇もない。お花畑が見える。いかん! 俺はなんとか魂を肉体に呼び戻し、返答した。
「聞いてたんスかっ?」
「うん。それとコレも聞いた。”世界の半分は、あきらめで出来ている、そしてもう半分は、絶望で出来ている”」
俺は自身の顔が真っ赤になるのが解った。
「例え先輩でも、人としてそれはどうなんだよ!」
俺は立ち上がって、後ろのベンチに振り向いた。
ここのベンチは、背もたれが反対側へと、丸く山なりに繋がっている。
俺はその頂上に手を置いて、彼女を睨んだ。
俺に荒い語気で叱られた蒼さんは、ゆっくり振り返り。
丸い眼鏡の奥から、俺の目をじっと見て。
静かに言った。
「甘えても、いいよ」
え……っ
俺がその言葉の意味を把握しかねている間に彼女は、いつも使っているディバッグから、缶コーヒーを二本取り出し、片ほうを俺にくれた。
「クッキーで咳してたから、買っといた。飲むと落ち着くよ」
俺には、缶コーヒーと彼女の言葉、ふたつの暖かさが身に染みた。
「……ありがとうございます」
すっかり毒気を抜かれた俺に、彼女は微笑む。
「初めてのクリスマスプレゼントがそんなもので、ごめん」
「え、あ、はい……」
確かに彼女は、今までそんなものをくれた試しはなかった。というか、特に意識したこともない。
もはや、俺にとって蒼さんは単なる変わり者の先輩だった。
彼女は続ける。
「でも、もうひとつのプレゼントは絶対、気に入ってくれると思うなぁ」
俺はまたなにかしら、非常識なものを言い出すんじゃないかと、少し身構えた。
「なんですか?」
彼女はちょっと首をかしげて言い放った。
「わたし」
ぶふぉ!
コーヒー吹いた。周りにいるお姉さんや男たちが一瞬、注目する。
恥ずかしくてうつむいてしまう。考えがまとまらなくて、複雑な顔になる。
そんな俺の態度を見上げて、少しガッカリしたような顔の先輩。
「イヤならいいんだけど。さっきの彼女とはタイプも違うし」
イヤとか、そういうことじゃなくて。えーと、唐突過ぎるんだよ。 そう言うことはもっと考えてだな……
「河村君。わたしは君を初めて見たときから、気に入っていたんだ。 最初は単純にかわいいな、と思ってた。それから、だんだん気になって、気が付けばずっと見てた。だから、わたしは君がいかに優しく誠実な、いい男か知ってるよ」
彼女にとって、それは唐突ではなかったらしい。
「でも、君にはすでに彼女がいたから、言えなかった」
彼女は、ぐぐっと近寄る。いや、マジで近い、近いよ。
ほんの少し潤んだ瞳で覗き込み、つぶやく。
「でも、今は言える」
いったん、息を大きく吸い込んで、ハッキリ大きな声で言い放った。
「わたしを君の、彼女にして欲しい!」
周りの人々が、一瞬、沈黙してこちらを注目した。
やがて、パラパラと拍手が起こり、大きな喝采に変わった。
俺は真っ赤になった。
急いで彼女のいる側のベンチに行き、手を引いてその場を去った。
雪が降り始めていた。
それから。
俺は”彼女自身”と言うプレゼントは、もらわなかった。
いや、正確には、まだもらえなかった、と言うべきだろう。
俺はフラれたばかりで、そんな気になれるほど簡単な人間じゃない。
年末の押し迫った日に、電話でそのことを正直に伝えた。
彼女は、思ったより明るい声で答えた。
「うん、わかった。待ってるよ。やっぱり君は誠実だね」
彼女は少し間をおいて、言葉を続けた。
「それと……イヴの夜、君が言ってた言葉だけどね。 わたしは”世界の全ては、変化で出来ている”って思うよ」
そう言って、彼女は少し笑ったような気がした。
それがなぜか、俺にあたたかい春を予感させた。
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