その言葉は彼女がくれたものだ。
一年前の年末だった。
あの頃、俺は“世界の半分は諦めで、もう半分は絶望で出来ている”と思っていた。
あれから俺は、彼女……蒼(あおい)さんと付き合う事にした。
彼女は大学の先輩だった。
最初に出会った時の第一印象はとても良かった。
切れ長で涼しげな瞳に、丸いツーポイントの眼鏡。
細面で整った顔立ち。
風に揺れると音を奏でるような長い黒髪。
静かで澄んだ声。
スタイルも見事だ。だが、性格がかなり変わっていた。
あまりにも真っ直ぐで曇りのない、鋭利な刃物のような彼女の言動。
俺も最初は、そばでなにかしら研究を手伝ったりしていたが、やがて疲れて、だんだん他のみんなと同じように遠巻きに見るようになっていた。
だが、去年のクリスマス。
それまで付き合っていた女の子にフラレた俺をみつけ、彼女は告白してきたんだ。
「クリスマスプレゼントに、わたしはどうだ?」
いや、全然そんな言い回しじゃなかった気がするけど、でも俺はそんな風に感じた。
その時、俺はそんな気持ちには全くなれず結局、断った。
彼女は、待つ、と言った。そして……その言葉をくれたんだ。
俺はさんざん思い悩んで。
やがて、その言葉を信じてみようと思った。
だから、彼女と付き合うことにした。
だけど俺は、未だ彼女にキス以上の事をしていないのだった。
俺は去年と同じ場所で彼女を待った。
クリスマスムード満点の駅前広場。
そこのベンチ。
去年と同じく、たくさんの着飾った女の子たちが彼氏を待っている。
「ふぅ……遅いなぁ」
見上げた空から、ちらほらと雪が降ってきた。溜息が白い。
彼女はその世界では有名な研究施設に就職して、遠くにいる。
そこはメールも携帯電話もダメ。連絡といえば、いつもお互いの自宅からチャットをする毎日だった。
今日はクリスマスというだけでなく、あの告白から一年ということもあって、かなり以前から逢う約束をしていた。
俺もなけなしのバイト代で、彼女にプレゼントを買った。
シルバーのバングル。腕輪だ。シンプルだが、光に当たるときらめきがきれいだ。きっと似合うと思う。
でも。
一時間も遅れている。
彼女に限って、大学にいたときから今まで一度もそんな事はなかった。
性格的にも、ほとんど有り得ない。
嫌な予感がした。
「もしかして」
思い立って携帯電話でネットから交通情報を確認した。
彼女の地方の電車は……。
“雪の為、運転を見合わせています。復旧の見込みは立っていません”
「やっぱりかよ!」
俺はもしかすると繋がるかも知れないと思い、とりあえず携帯電話を掛けてみた。
呼び出し音が二十回を超えた時点で、電話を切った。
「蒼さん……やっぱ世界はあきらめと絶望で出来てるんだよ……」
俺がまた白い溜息を吐いたとき、ごつい四駆が広場のロータリーに飛び込んできた。
人々が驚いてちょっと悲鳴を上げる。
ギリギリの運転で、なんとか事故を回避ながら、ちょうど俺の前で止まる。
「な、なんだぁ」
そのドアが開かれて、ドライバーが顔を出した。
「待たせたね。河村君」
それは蒼さんだった。
「これ、あお、いつ、えと」
彼女は免許なんて持ってなかったはずだし、この車は彼女の好みにしてはごつ過ぎる。
彼女は天女のようにふわりと降りてきて、俺にキスした。
たっぷり一分間、口づけて離れた。
「落ち着いた? 今日の天気予報をリアルタイムで見ていて、電車は雪で動かなくなると踏んだんだ。だから、こんなこともあろうかと趣味ではないが、いちおう買っておいた四輪駆動車で来た。当然、携帯電話にも出られなかった」
俺はまだ、呆然としていた。
彼女は薄く笑う。
「驚いたみたいだね」
俺はただ、コクコクと首を縦に振るばかり。
「免許を取ったことは、君をクリスマスに驚かせるために黙ってたんだよ」
彼女は俺の手を引いて、車に乗せた。
俺は、なすがままだった。
「今日こそは去年、渡し損ねたプレゼントをもらってくれるんだろう?」
「って、えええ?」
「行くぞ。休暇も取ったしね」
そう言って彼女は、エンジンを吹かした。
「クリスマスの夜は長いぞ?」
いたずらッ子のような含み笑いをして、四駆を発進させた。
窓の外を流れる軽い雪がふわふわと、風に舞って複雑な動きをする。
「世界は変化で出来ている、って言ったよね」
彼女は前を向いたまま、言った。
「もう半分を言ってなかった」
あ、そう言えばそうだな……。
俺は、半分はあきらめ、もう半分は絶望、そう言っていた。
彼女はちょっと顔をほころばせた。
「もう半分は可能性で出来ているんだ」
その横顔は、可愛く美しく凛々しく。
輝いているように見えた。
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