[クリスマスと世界と彼女と俺]

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「クリスマスも仕事かよ! しかも残業かよ!」
 俺は誰もいなくなった会社のデスクで、どこかの芸人のように叫んだ。
 なんで今年はクリスマスが平日なんだよー。
 明日までに会議の書類作れとか、かんべんしてくれよー!
 大事な約束があるのにさー……。

 去年のクリスマスに、俺と蒼(あおい)さんは大人の関係になった。
 蒼さんは俺の大学の先輩だった。
 彼女は今、その筋では名の通った研究施設に就職して遠くにいる。

 美人で才女。でも、あまりにも思ったことをストレートに口にする人だ。
 だから、当時はみんなに変わり者と言われていた。俺もそう思っていた。
 だけど、それが今は彼女の純粋さの現れだと知っている。

 彼女と正式に付き合う事になってから、単純な俺は急にやる気が出た。
 おかげで、大学をかなりの成績で卒業した。
 だから、そこそこの会社に就職することが出来た。

 でも、やっぱり最初は現場で営業。
 一日中お得意さんや飛び込み営業であちこちを回る。
 会社に帰っては、その顧客管理や書類の整理、作成に追われていた。

 彼女は元々忙しかったから、俺が学生から新人社員になったせいでますます連絡が取りにくくなった。
 彼女への直接の連絡は研究所の機密保持のせいか、昼は無理だ。
 携帯電話どころかメールもダメ。

 結局、帰宅してからのパソコンを使ったチャットくらいしかない。
 俺が学生の頃はそれでも週四日は話し込んでいたけれど、最近は週末の土曜だけだ。

 最初のウチは学生時代と同じようにしていたが、いつも途中で俺が眠ってしまった。
 それで無理だという結論になった。
 彼女は俺を責めなかった。それどころか、慰めの言葉と応援までしてくれた。
 そんなとき、彼女は大人、なんだよな、と思う。
 でも、思い込みかも知れないけれど、きっと寂しいに違いないんだ。
 ハッキリ言って俺は寂しい。いつだって逢いたい。
 でも、それは出来ない話だ。

 そんな日常だから、俺は今日の約束だけは守ると心に誓っていた。
 俺たちは去年のクリスマスに約束したんだ。
 その前の年と同じように。

『クリスマスは、またこの駅前広場から始める事にしよう』

 俺に蒼さんが告白してくれたあの場所。
 大事な、思い出のある駅前広場。
 そして俺たちの関係が始まったホワイトクリスマス。
 それが二年前の今日。十二月二十五日。
 約束は八時時だ。
 時計を見ると、もう七時。
 駅前まで行くには、どう考えても三十分は掛かる。
 とにかく急いでこの仕事を片付けないと!

 三十分が経った。
 だが、仕事はまだ半分も終わってない。
 ああもう! 何やってんだ、俺!
 しかたない、とりあえず携帯電話で連絡してみよう。

『……電源を切っておられるか、電波の届かない地域に……』

 うおおー! やっぱ繋がらねー!
 今年はそんなに天気も荒れてないから、時間は掛かるが電車でも来られる。
 蒼さんは律儀だから電車に乗るときは携帯電話の電源を切ってるだろう。
 もしかすると例の四駆かも知れない。彼女の趣味じゃないとはいえ、ある物は使う人だ。
 でもやっぱり運転中は電源を切ってるだろう。
 ぐぐぐ。
 頭を抱える俺。
 と、その時さらに最悪なことを思い出した。
「プレゼントないじゃん!」
 うわああ! 忙しくってすっかり買うの忘れてる!
 ダメダメだぁ! もう俺、涙目。

 と、とにかく、し、仕事……ううう。
 しばらくして、俺のキーボードを打つ指が止まった。
 気が付くと俺は目をモニターから落とし、つぶやいていた。
「蒼さん……この世界が変化と可能性で出来てるのは解ったよ……でも、それって悪いことばっかだ……」

“世界は変化と可能性で出来ている”

 それは蒼さんが俺にくれた言葉だ。
 俺はその時、素晴らしい意味でその言葉を捉えることができた。
 だけど、今は……。

 そのとき、ふいに携帯電話が鳴った。
 名前を確かめると、蒼さんだった。
 急いで電話に出る。
「ひあ! へ、はい! かかか河村です! 今どっどこッスか?」
 彼女は穏やかな口調で答えてくれる。
「落ち着いて。今、私は君の会社の前にいる」
 俺は急いでこの三階の窓から下を見た。
 入り口の斜め前に見たことのある、ごつい四駆があった。
 彼女は運転席から腕を伸ばし、軽く手を振った。
 そこには去年、俺がプレゼントした腕輪がキラキラと光っている。
「そちらから見えるかな?」
「は、はい! 見えます!」
 俺は大きく手を振り回した。
 彼女は少し笑う。
「ふふ。もしかするとまだ、駅前広場にいないかも、と思ってね。カーナビを駆使して先に寄ってみたんだ」
「そ、そうですか……すみません」
「それで? あとどのくらい掛かりそう?」
「えっと……一時間……もっとかも」
 消え入りそうに、でも正直に俺は言った。彼女は嘘が大嫌いだからだ。
 彼女はそれに対して、あまりにも簡単に答えた。
「ふむ。解った。じゃあ」
 突然、俺の携帯電話が警告音を出した。
 そしてブツッと電話は切れてしまった。
 電池が切れたんだ。
 慌てて車のほうを見ると彼女は窓から出した腕を振っていた。
 そして手が引っ込むと、車は走り出してしまった。
 俺は呆然とそれを見送った。

 なんてあっけない。
 俺は彼女にとってそんなものだったのか。

 俺はよろよろと自分の席に戻り、ぐったりと机に突っ伏した。
 こんな変化と可能性は考えたくなかった。
 否定したかった。
 でも、もう彼女はいない。
 体中が重い。
 なにもかもどうでもよくなった。
 涙だけがとめどなく溢れた。

 どのくらいそうしていただろうか。
 ふいに会社の電話が鳴った。
 俺は大きな溜息をついて、電話に出ると社名を言った。
「わたくし、蒼と申しますが、河村さんはおられますか」
「え、あ、蒼さん?」
「ああ、良かった。君の携帯電話が通じなくてちょっと焦ったぞ」
 全然、そんな感じじゃないけど、それはいつものことだ。
「それで今、下に来られるか?」
「え、あ、はい」
 よく解らないが、どうやら怒って俺のそばから去ったワケではないようだ。
 それには本気でホッとした。
 じゃあ、なんだったんだ。あの行動は。
 俺は急に軽くなった身体で、下に降りた。

 会社の入り口まで出ると、彼女がサンタのコスプレで立っていた。
 赤く短いスカートから、黒い厚手のストッキングに包まれた脚がスラリと伸びている。
「そ、その格好は」
「うん。さっき、思いついて買ってきた。安いものだけど。似合うかな?」
 それで車を走らせたのか。
「う、はい。似合います。とっても」
 俺は目のやり場に困りながら答えた。
 久々に顔を見るとなぜか敬語が復活する俺だった。

 彼女は満足げに頷いた。
「良かった。嬉しいよ」
 俺は、電話のことでちょっと抗議した。
「そ、それにしても急に電話切って、逃げるみたいに行かなくてもよかったじゃないですか」
 彼女はきょとん、とした。
「いや、ちゃんと“じゃあ、ちょっといいものを買ってくる”と言ったはずだけど……」
「え?」
「もしかして君の携帯電話の電池が切れたのか? そう言えば、なにか君のほうで警告音が鳴っていたような気もするな」
 来たよ、この天然系。こういう部分もあるから可愛いんだけど。
 泣いた俺がバカみたいじゃん。もう。
「そ、そうですか。いや、すみません」
 彼女は微笑んで軽く頷いた。
 そのきれいな笑みを見ると、ま、いいか、と思えた。

 彼女は車の中から、小さなプレゼント包装の箱を取り出した。
「じゃ、メリークリスマス。開けてみて」
「はい」
 俺はそれを受け取って、開けてみた。
「これは……」
 中には小さなウォータードームが入っていた。
 スノーボールとも呼ばれるもので、透明なカプセルに水と簡単な模型が入っており、振ると中で雪が舞う。
 中の模型は、洋風の駅舎と駅前広場だった。

 うっとりするような口調で、彼女は言った。
「これがあれば、いつでもどこでも、そこが私たちの駅前広場だぞ」
 俺の目を見て、彼女が笑う。
 こんなに鮮やかに、零れるように笑っている彼女の顔を見たのは初めてだ。
 俺はまた、泣いてしまった。彼女の優しさと自分の不甲斐無さに。
 彼女は俺の両肩に手を回して、柔らかく抱きしめた。母のようだった。
「んん? どうした、そんなに感動した?」
 俺は涙声だった。
「うん、すげえ、う、嬉しいよ。で、でも俺、なんにも用意、で、できてなくて、ごめん。ごめんなさい……」
「ふふ。しかたがないな。そんなこともあろうかと、用意してるものがある」
 彼女はちょっと離れると、サンタ衣装の胸ポケットから、クリスマス仕様のリボンを取り出した。
「えっ」
 俺が戸惑うのを無視して、それを俺にぐるぐるとまるでエロい本に出てくるような縛り方で巻き付けた。
 だが、ちゃんと手足は動かせるようにしてあった。
 最後に俺の頭の上でチョウチョ結び。
 彼女は、ふむ、と頷いた。
「今年の君からのプレゼントは君自身、と言うことで」
「え、てか俺まだ仕事が」
「ん。解っている。当然、そのままの格好でするんだ。さっきの電話の様子だと、誰もいないんだろう」
「ちょ、そ、そりゃそうだけど」
 彼女はあごを斜めに上げて、腕を組んだ。軽く見下すようなポーズだ。
「約束を守れなかったのと、プレゼントを用意してなかったんだから、このくらいの罰ゲームはしてもらわないとな」
 有無を言わせない態度だった。
「う……っ」
 俺が怯んでいる隙に彼女は踵を返し、車に乗り込んだ。
 ドアを閉めて、窓からどこかで見たような鍵を見せた。
「じゃあ、君の部屋で待ってるから。やっとこれを使える日が来たな」
 そうだ。思い出した。去年、俺は彼女に俺の部屋の合い鍵を渡してたんだっけ。
「仕事が終わり次第、そのままの格好で帰ってきて。絶対だぞ」
 小首をかしげて、微笑んだ。
 く! その笑顔は反則だ。
 ふだんがクールビューティなだけに、そういうしぐさをされると、やたらに可愛らしさが増幅される。
「もう一つ」
 俺はさらになにか罰ゲームがあるのかと、高い車の窓にいる彼女を見上げた。
「世界の変化と可能性には、以前君の言っていた諦めと絶望も含まれるんだ」
「え……」
 彼女はちょっと責めるような口調で続けた。
「だから私は、それを回避するためにできるだけ準備は怠らないようにしてる。君もそうしてくれ」
「う、はい」
「ん。それじゃあ、部屋を暖めて待ってる」
 それだけ言い残して、彼女と彼女の車が去っていった。
 それを見送る俺の心には、もう悲しみや不安はない。
 それどころか、なんだかふわふわした気持ちになっていた。

 俺の手にはスノーボールが握られていた。
 それをもう一度、しげしげと見て、ひとりニヤニヤ笑ってしまう。

 スーツ姿の男がその上からリボンを亀甲縛りにされ、あまつさえ頭にチョウチョ結びで、スノーボールを眺めながらニヤニヤしている図。
 他人から見ると、それは相当に気持ち悪いものだっただろう。
 だが俺は、そんなことには全く気を留めず、ただ、がんばるよ、と言って社内に戻ったのだった。

 END
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