[桜舞う日々] 01
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 空気が温み、もう四月が目前の日。
 わたしの高校では卒業式があった。

 その前日。
 わたしを含めた料理部全員は、みんなでお金を出し合って花束を買っていた。
 安藤先輩に渡すためだ。

 式の後、わたしたちは校庭に出て、安藤先輩を探した。
 わたしたちのような後輩や父兄などがたくさんいて、混雑していた。

 ふいに阿部さんが大きな声を出す。
「あっ、いたいた! 安藤先ぱーい」
「あ、アベちゃん! それにみんなも」
 先輩はこちらに気づくと、振り返っていつものように笑った。
 ニコニコと、わたしたちのほうへ来てくれる。

「ひさしぶりー……て感じでもないか。『スーヴェニール』でもよく合うしね」
 明信君が微笑んだ。
「俺なんかいっつも顔見てるしな。てか、店長より怖ぇかも」
「あ、言ったな! 罰として今度、死ぬほど注文取ってあげる!」
「えええー!」
 わたしたちは、皆、笑った。
 穏やかだった。

 悠が花束を手に、一歩前に出た。
「安藤先輩。これはわたしたち料理部員全員からの花束です」
 先輩の前に、すっと差し出した。
「ご卒業おめでとうございます。今までご指導ご鞭撻のほど誠にありがとうございました」
 わたしたち全員が一斉に頭を下げた。

「ばっかねぇ……もう」
 安藤先輩の声は震えていた。

 彼女はわざとらしい咳払いをして
 鼻をすすると、声の調子をいつものものに戻した。
「それで、悠ちゃん」
「はい」
「ホワイトディだけど、上手くいったの?」
「あ、いえ。失敗しました」

 悠は、彼氏とホワイトディに性交渉を行おうとした。
 だが、わたしと同じで結局は邪魔が入ったのだ。

「まあね、あんたの彼って犯罪スレスレの年下だもんね。失敗してよかったかもね」
「は、はい……」
 少し落ち込む悠だった。

「イヌキン……いや一応、ちゃんと呼んであげようか。坂本君はどう?」
 安藤先輩は矛先を坂本君に向けた。

「えっ、オレっすか。いや、別になんにも……」
「ふゆなちゃんには、ちゃんとお返ししたんでしょ?」
「あ、ええ、まあ。でもそれだけっすよ」
「その後、デートとか約束しなかったの?」
「は? いいえ。なんでです?」

 明信君がその会話に割り込むと、先輩に食って掛かった。
「そうですよ、何でこいつがふゆなとデートなんか」
 先輩は苦笑した。
「アキ君、鈍いにもほどがあるよ?」
「は……?」

 悠が明信君の肩を軽くぽんぽんと叩いた。
「ようするに、ふゆなちゃんはこの坂本が好きなんだ。こいつの何が良いのか知らんが」
 わたしも悠に同意した。
「んむ。どうやらそうらしい」
 呆気に取られる明信君と坂本君。
 鳩が豆鉄砲を食らったような、とはまさにこの事だろう。

 ふたりは同時に我に返った。
「えええっ!?」
 真帆さんと佐藤さんも、やや驚いていた。
「へー、そーだったんだー」
「……なる、ほど……」

 明信君と坂本君は他の女子部員を見回す。
 事情を知っているのは、阿部さん、悠、先輩、そしてわたしだ。
 明信君は、順番にそれぞれの顔を見ていった。
 皆、一様に頷く。
 最後にわたしの目を見た。
「ま、マジで? 委員長」
 わたしも他の女子と同じように頷いた。
「んむ。たぶん、マジ、だ」

 ガックリと膝から崩れ落ちる明信君。
 まるで糸の切れたマリオネットだ。
「あ、大丈夫か、明信君」
 わたしは彼の手を取って支えた。

 一方、坂本君は真剣に困ったような顔をしていた。
「そうか……そうだったのか……。でも、ふゆなちゃんか……うーん」
 明信君が急に起き上がって、抗議した。
「んだ、てめ! ふゆなの何が気に入らねーんだ!」
 坂本君に詰め寄る。
「あいつはそりゃ口も悪いし、金に汚いし、素直じゃねーけどな!」
 坂本君の胸倉を掴む。
「根は純粋で、まっすぐで、いいヤツなんだよ!」
「解ってるよ!」
 坂本君が、明信君の手を乱暴に振り払う。
「……オレが気に入らねーのは、ザミ、おまえが兄貴だってことさ! このシスコン!」
「それはお前だろ!」
「んだとてめぇ!」
 二人は今にも殴り合いそうに見えた。
 わたしが二人を止めようと一歩前に出たとき、わたしを追い越す影があった。

「いいかげんにしろ!」
 その怒号に男二人が一瞬ですくみ上がった。
 周りにいる人たちも驚いて、わたしたちのほうを見た。
「す、すみませんッ! ……って……?」
「はいっ! ごめんなさい! ……あれ?」
 二人は安藤先輩だと思ったのだろう。
 わたしも一瞬、勘違いしかけた。
 しかし、それは安藤先輩ではなかった。
 海原 悠、その人だったのだ。

 安藤先輩が周りに、なんでもないんです、と気を使う。
 そのあと、軽い口笛を吹いた。
「悠ちゃん、やるじゃん!」
 悠は少し顔を赤らめた。
「と、とにかくだ、風光君」
 腰に手を当てて、明信君に顔を向けた。
「これは坂本とふゆなちゃんの問題だ。例え、君が兄だとは言え、風光君が口を出すのは間違っていると思うぞ」
「で、でもさぁ……」
 明信君が坂本君の顔をちらりと睨むように見た。
 悠は大きく頷いた。
「言いたい事は非常に良く解るぞ、うんうん」

 わたしもちょっと手を上げて発言する。
「確かに坂本君は問題児だが」
 坂本君がムッとしたが、話を続ける。
「それでももしかすると、ふゆなちゃんのおかげで変わるかもしれないじゃないか」
 明信君は反発した。
「俺はこいつのせいで、ふゆなが変わるほうが心配だよ」
「君はふゆなちゃんを信じられないのか」
「……そ、それは……」
 わたしは微笑んだ。
「ふゆなちゃんは大丈夫だ」

 明信君は少し納得できないような顔をして、坂本君を睨む。
「トキン……」
「んだよ」
 明信君は抑えた声で言い含める。
「おまえ、ふゆなを泣かせたら、全力でぶん殴るからな!」
 それは、わたしのお母さんが明信君に言ったのと、同じような言葉だった。

 坂本君は真顔で答える。
「そんなの、わかんねぇよ」
 反射的にいきりたつ明信君。
「んだと、てめぇ!」
「うっせぇよ! まだオレの気持ちもわかんねぇのに、泣かせるとか付き合うとか、わかんねつってんだよ!」

 その場にいる全員が、ハッとした。
 坂本君以外のみんなは当然のように、二人は男女交際をするものだと思い込んでいた。
 だが、坂本君はまだ、そんな気持ちには到達していなかったのだ。

 明信君は、軽く溜息をついた。
「……だったら、早く決めろ」
「むちゃ言うな。それにだいたいな、ふゆなちゃんからも何も聞いてねぇんだぞ」
 阿部さんが唐突に非難した。
「そんなの普通、女の子から言えるわけないでしょ!」
 坂本君はちょっと驚いた。
「そ、そういうもんなのか? いや、ここのメンバーや姉貴しか知らねーからさ……」
「え、そう言えば……」

 女子部員はお互いに顔を見合わせた。
 料理部のみんなは、確かにそういう意味では普通ではない。
 よく解らない真帆さんを除いて、あとは皆、自分から告白した人間ばかりだ。
 きっと、坂本君のお姉さんもそういう人なのだろう。

 安藤部長が明るく笑った。
「まあ、坂本君はもっと色々考えな。ふゆなちゃんも四月からはこの高校に来るんだし、時間はあるある」
 坂本君は頷いた。
「……そうっすね。考えます」

 先輩は明信君のほうを向く。
「それで、アキ君もさ。兄貴なんだからもっと冷静にね。そうじゃないと、下手したらアキ君がふゆなちゃんを泣かすことになるかもよ」
「……はい」
「よしよし」

 先輩は軽く息を吐くと、そこにいるみんなを眺めた。
「さて。みんな、これであたしはもうここには来なくなるけど」
 先輩以外の全員が少し寂しそうにうつむく。
「ま、『スーヴェニール』にゃいるからさ、なんかあったらいつでも言ってよ。でも」
 チラリと佐藤さんを見る。
「男女のことなら、サト姉ぇに聞いたほうが早いけどね」
「……そ、そんな……」
 佐藤さんは、真っ赤になってしまった。
 先輩は青い空を仰ぐように笑う。
「ははは」

 先輩は頭を戻すと、わたしたちをまぶしそうに眺めた。
 そして素敵な笑顔をくれた。

「んじゃ、またね!」
「はい!」
 全員が快い返事をして、頭を下げた。

 颯爽と、そう、いつものように笑いながら、颯爽と。
 先輩は桜舞う校庭を後にしていった。


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