[桜舞う日々] 03
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 わたしと明信君、彼のお母さん、そしてふゆなちゃんはいつもの通学路を歩いていた。
 空は穏やかに気持ちよく晴れている。

 今日は入学式と、クラス割りの発表がある日だ。
 始業式は明日なので、新学期は明日からと言うことになる。 

「どう? 涼夏お姉ちゃん。似合うかな?」
 真新しい制服に身を包んだ、ふゆなちゃんがウキウキした調子でくるりと回って見せた。
 桜が舞う歩道で、両側に分けた長い髪をなびかせている。
「うむ。似合うぞ、可愛い。ですよね、義母(おかあ)さん」
 わたしは彼のお母さんに微笑みかけた。

 以前は『義母様(おかあさま)』と呼んでいたが、あまりにも硬過ぎる気がして少し変えた。
 それを伝えると、義母さんはすぐに理解を示してくれた。

「ええ、よく似合ってるわ。ふゆなも、ホントもう高校生なのねぇ……」
 わたしたちの言葉を聞いたふゆなちゃんは、はにかんで笑った。
 わたしの隣にいた明信君が、からかうように言う。
「馬子にも衣装、だな」
「まあ。あき君たら」
「こらこら。ひどいぞ、それは」
 ふゆなちゃんが首をかしげた。
「まご? あたし、別にお兄ちゃんの孫じゃないし。
わけわかんない」
「ばーか、もっと勉強しろよ」
「なにそれムカつく!」
 ふゆなちゃんは怒って、明信君に殴りかかった。
 だが明信君は素早く避けて、学校のほうへ逃げ出す。
 ふゆなちゃんはそれを追い掛け出した。
「待て! 待ちなさーい!」

 わたしは微笑ましく思いながらも、溜息をついた。
「やれやれ」
 これもまた兄妹のコミュニケーションの一環なのだろう。
 義母さんも少し呆れたように言う。
「もう。二人とも。大きくなったと思っても、まだまだ子供なんだから」
 義母さんはわたしに笑いかけた。
「涼夏ちゃん。あんな子達だけど、これからもよろしくね」
 わたしは笑みを返した。
「ええ。もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 校庭に着くと、巨大なクラス編成の表が張り出されていた。
 人だかりが出来ている。
 ふゆなちゃんと義母さんは、新一年のほうへ行くと言ってその場から離れた。

「ううー、涼夏さまぁ!」
 唐突に阿部さんがわたしに泣きついてきた。
「クラス別になっちゃいましたぁ!」
「いや、部活動も同じだし、いつでも会えるじゃないか」
「でもでもぉ!」
 わたしの胸に顔を埋めて、ぐりぐりと動かした。
「バカ、や、やめろ。もう」

 ふいに半ば呆れたような、低い女子の声がした。
「ああ、もう阿部さんは」
 その声の主を見ると悠だった。後ろに真帆さん、佐藤さんもいる。
「ほら、離れろ。涼夏も嫌がっているし、みんなも見ているじゃないか。恥ずかしくないのか」
 阿部さんは悠の手によって、わたしの胸を名残惜しそうにしながらも引き剥がされた。

「やあ、涼夏。先日は花見で世話になった」
 阿部さんの首の辺りを押さえながら、いつもの調子で挨拶をする彼女。
 悠とは、どこかしら馬が合う。
「いや。気にしないでくれ。楽しかったしな」
「ん。楽しかったな」

 わたしは阿部さんの顔を覗き込むと、きつめの注意をした。
「阿部さん、あんまり酷いと嫌いになるぞ」
 彼女はびっくりしたようすだった。
「あうう! ごめんなさい! 嫌わないでください、お願いします! 本当に、ごめんなさい」
 目に涙をためて何度も頭を下げ、平謝りに謝った。
 少し可哀想になる。
「いや……解れば良いんだ」
「は、はい……」
 しょんぼりとしながら、そこに佇んだ。

 悠が溜息を吐いた。
「やれやれ。二年になっても変わらんな」
 わたしは微笑みながら返答した。
「全くだな……ん、いや、変わったところがひとつあるぞ」
 わたしは子犬のように駆け寄ってくる、ふゆなちゃんを見てそう言った。
 悠もわたしの視線に気づいたらしく、そちらを見て笑う。
「ああ。なるほど」

 ふゆなちゃんは、わたしのところに飛び込むようにやってきた。
「おねえちゃーん! あたし、A組になったよー!」
 彼女はわたしの手を握って、パッと見上げた。
「ねえ、涼夏お姉ちゃんは、お兄ちゃんとは同じクラスになれた?」

 わたしは、ハッとした。
 うかつだった。
 さっきの阿部さんのおかげでまだ確認していなかったのだ。

 すると明信君が答えた。
「ああ。今見てきたけど、バッチリ一緒だぜ」
「本当か、明信君」
「うん。委員長と俺の神頼みが効いたんだ」
 彼はにっこりと笑って、親指を突き立てた。

 そこへ義母さんがやってきた。
「あら、何か良いことでもあったの」

 わたしは、みんなに彼女を紹介した。
「みんな、こちらは明信君とふゆなちゃんのお母さんで富喜子(ふきこ)さんだ」
 義母さんが柔らかい物腰で会釈した。
「初めまして。皆さん。今年からは、ふゆなもよろしくね」
 ふゆなちゃんがはにかみながら、にっこりと笑顔を見せた。
「改めて、よろしくです」

 悠がにやりとしてわたしの耳元に囁いた。
「なるほど。つまり君の将来の、義理の母というわけだ」
「既にそのつもりで呼ばせて貰ってはいるが、改めて他人の口から言われると気恥ずかしいぞ」
「解って言っているのだが?」
「悠……君はいわゆるS、という性癖なのか」
「何を今更」
「むう」
 確かに坂本君に対する態度を見てもそんな気はしていたが。

 義母さんはふゆなちゃんに話しかけた。
「それで、どうしたの?」
「うん。涼夏お姉ちゃんとお兄ちゃん、一緒のクラスなんだって!」
「あら、そうなの。それは良いわね。涼夏ちゃん」
「良かったね、お姉ちゃん」

 海原姉妹や佐藤さんまで笑いかけてくれる。
「良かったな。涼夏」
「良いなー、好きな人と一緒って」
「良かった……ね……」

 みんなの賛辞が素直に嬉しい。
 わたしは笑おうとした。
 だがその時、ふいに、わたしの目から涙が溢れた。
「あ……っ?」

 わたしは、さっき阿部さんに言ったように、別に彼とクラスが離れても大して影響がないと思っていた。
 部活動や登下校も一緒だし、なによりわたしたちの間には絆がある。
 だが。
 そう思っていても、わたしはどこかで恐れていたのだ。

 同じクラスに彼がいて。
 彼の顔をいつでも見られる。
 彼の声が聞こえる。

 彼が――そばにいる。

 そんな環境が失われると言うことを。

 わたしは涙を手の甲で拭うと、阿部さんのほうに向かって頭を下げた。
「さっきは、本当に済まない」
「涼夏様……」
 わたしは頭を上げると、彼女の肩に手を乗せた。
「君もわたしと離れるのはつらいんだな。それなのにきついことを言ってしまって……」
「……ずるい」
 阿部さんは拗ねるように口を尖らせた。
「もう。涼夏様がそんな人だから、あきらめ切れないんですよ」
「そ、そうか……それは困ったな」

 阿部さんはわたしの手を握ると、どこか母親のように笑った。
「ふふふっ、バカですね。もう」
 わたしもつい、釣られて微笑んだ。
「ああ。そうかも知れないな」
「でも、そこが大好きなんです」
 彼女が一瞬、わたしを抱きしめて、離れた。
「これから挨拶は、このハグでいきますんでよろしく!」
 阿部さんは茶目っ気たっぷりに笑った。
 悠が微笑む。
「さっき泣いたカラスがなんとやら、だな」

 ふと明信君を見ると、何か辺りを見回している。
「そういや、トキン、いねーな」
「ふむ。確かに」

 料理部のメンバーは全員ここにいるが、それは坂本君以外だった。
 悠が悪態を吐いた。
「こんな日にまで遅刻か。全くろくでもないヤツだ……っと」
 ふゆなちゃんがムッとしたのを見て、悠は口をつぐんだ。
 
 何か急に、辺りの男子が校門のほうを見て色めきだった。
 一人の女性と坂本君らしい人物が一緒に校門から入って来ている。
 男子たちが注目していたのは、坂本君ではなくてその女性のほうだ。

 彼女は紺のスーツをキッチリと着ていた。
 髪はダークブラウンでスッキリとまとめられている。
 アクセサリーも化粧も全ておとなしい。
 ハッキリ言って地味だ。

 だが、その胸の部分だけが今にも溢れ出しそうだった。
 そのおかげで地味なはずの服装全てが、妙に艶っぽいものに変化していた。
 間違いない。あれは坂本君のお姉さんだ。

「欣司。今日から高二でしょ。もっと男らしくしな!」
 お姉さんはグッタリした坂本君の背中をバシッと平手で叩いて、気合いを入れた。
 その大きなバストが音を立てるように揺れた。

「ってーな! だから、なんでねーちゃんまで来んだよぉ」
「いーじゃん。可愛い弟のために来てやってんだから感謝しろよ」
「嘘吐け! 暇な女子大生なだけだろーが」
「なんだとー!」

 明信君が彼を呼んだ。
「よー、トキーン!」
「ウース、ザミ。お、みんなもウース!」
 みんなはそれぞれに挨拶をした。
 坂本君たちがわたしたちの近くにやってきて、彼の姉を紹介する。
「あ、えーとこっちはオレの姉貴で、多花恵(たかえ)」
 多花恵さんは大きく頭を下げ、すぐに頭を上げる。
 みんなに困ったような笑顔を向けた。
「いや、いつも弟がほんとお世話になっちゃって。なんてーか、ごめんねー」

 多花恵さんは身体の動きが大きい。おかげで、その胸の揺れが強調される。
 その場にいた坂本君以外の誰もが、たぶん多花恵さんのバストを意識していた。

 ふゆなちゃんと佐藤さんは、羨望の眼差しを送っている。
 阿部さんと海原姉妹、それに義母さんも、ただただ驚いている。
 明信君は恥ずかしそうに顔を背けていた。
 だが、チラチラと視線を送っているのをわたしは見逃さなかった。

 やはり、大きいほうが良いのか?
 わたしだってこのメンバーの中ではギリギリで一番なんだぞ。

 ちなみに順位を言うと、わたしの次が阿部さんだが、ほぼ同サイズで競っている。
 次が悠で、その一センチ下が真帆さん。双子の姉妹でも微妙に違うのだ。
 この前までは次が安藤先輩だった。そして最後尾は、佐藤さんとふゆなちゃんがほぼ同格。

 わたしはチラ見をしている明信君に冷たく言った。
「明信君。義母さんは?」
 明信君はハッとして、慌てて義母さんを紹介した。
「あっ! え、えーと、こっちは俺の母さんなんだ」
 義母さんはまた、柔らかな笑みを浮かべて坂本君の姉弟に会釈した。
「こんにちは。今年からふゆなをよろしくね」

「あっ、は、はい。てか、その、考えます」
 坂本君はしどろもどろになって、顔を真っ赤にした。
 多花恵さんが溜息を吐いた。
「なんなんだ、その挨拶は。しっかりしろ!」
 バシッ! と、また背中を平手打ちされる坂本君だった。

 彼はよろけて、ちょうどふゆなちゃんの前に出てしまう。
 ふゆなちゃんは、ちょっと驚いた様子だったがすぐに笑いかけた。

「あ、あは。よろしく。坂本さん」
「んお? おお。うん。ああ……」

 坂本君は意味のある言葉を話すことが出来ず、真っ赤になって顔を背けた。
 ふゆなちゃんがちょっと寂しそうな顔をした。
 
 ここでわたしが坂本君にそんな態度を取るな、と叱るのは簡単だ。
 明信君も何か言いたそうに、二人を眺めている。
 だが、これは本人たちの問題だ。
 わたしや明信君が口を出していい話ではない。
 それは先輩の卒業式の時に話し合った結論だった。

「お、オレのクラスはどっこかにゃー?」
 坂本君は掲示されているクラス割りに目を移す。
「げ……誰も知り合いいねーじゃん!」
 悠が腕を組んで、冷たく言い放った。
「残念だったな。さ、みんなクラスも確認したし、帰るぞ」
 悠はみんなを誘導しながら、ちょっとふゆなちゃんを見た。
「ふゆなちゃんは入学式、しっかりな」
「あ、はぁい」
 やや拗ねた口調だった。

 悠は、義母さんと多花恵さんに頭を下げた。
「それでは、失礼します」
 二人は軽く会釈した。

「わたしと明信君は、ふゆなちゃんの付き添いという面もあるから残るぞ」 
「ん。了解した。じゃあまた明日からよろしくな」
「ああ」
 
 海原姉妹と佐藤さん、阿部さんは校庭を後にした。
 阿部さんは何度か、わたしを振り返っていた。

「さて、ふゆなちゃん。そろそろ講堂に行かないと……」
 そう言って彼女を見ると、ガックリと項垂れる坂本君のそばに近寄って彼を慰めていた。
「ま、まあしかたないよ」
 彼女はポケットに忍ばせていたキャンディを差し出した。
「こ、このアメあげるから、元気出して」 
「……これ、オレの好きなキャンディじゃん。中に柚果汁が入ってるヤツ……」
 ふゆなちゃんは真っ赤になって、聞いてもいないことを口走った。
「べ、別に坂本さんが好きだから買って持ってきてたわけじゃないんだからね!」
 坂本君はそのキャンディとふゆなちゃんの顔を、何度か見比べていた。
 ふゆなちゃんは、彼の手の中にそれを押し付けて立ち上がった。
「も、もう行かないとダメだから。じ、じゃあこれからも改めてよろしく!」

 たたたっと軽い足音を立てて走り出すと、わたしや明信君を追い越した。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、お母さんも早く!」
 わたしたち三人はちょっと顔を見合わせて、微笑んだ。
「ああ。解った解った」
「ん、今行く」
 校舎の前で、その場で足踏みをしているふゆなちゃんが叫ぶ。
「もう遅いよー! 始まっちゃうよ!」

「はいはい。でも、もうちょっと時間あるでしょう」
 義母さんが微笑みながら答えて、それと同時にわたしたちは歩き出した。
 その後ろで、多花恵さんの声がした。
「ふーん。可愛い子じゃない? 付き合っちゃえば?」
「バッカじゃねーの! ねーちゃんみたいにホイホイ付き合えねっつの!」
「だーれがホイホイ付き合うって?!」
「ねーちゃんだろ!」
「なんだとー!」

 賑やかな姉弟だ。
 微笑ましい。

 明日から、新学期か。
 この一年はどんな一年になるのか。
 それを考えると期待と、少しの不安が同時に込み上げてくる。
 
 これまで幾度か学校での春を迎えたが、今日までそんな気持ちになった事はなかった。
 ただ、進級するだけ、学年が進むだけで何も変わりはしない。
 いや、変化など要らないとさえ思っていた。

 だが、今は違う。
 彼がいて、友達がいて……
 また新しい世界が始まるのだ。

《end》


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