年が明けて2日。
わたしは明信(あきのぶ)君のご両親に挨拶を済ませて、彼と一緒に初詣へと向かっていた。
行き先は明信君の父の友人である、和頴(わえい)住職の寺だ。
去年は彼もわたしも、その存在をすっかり忘れて別のところへお参りしてしまったので、今年は最初に行こうと決めていた。
ふゆなちゃんも、坂本君と初詣に行っている。
料理部のメンバーもそれぞれが彼氏と行っているらしい。
あの阿部さんも真帆さんも、ついに男性の魅力に目覚めたからな。
特に阿部さんには、まさかと思ったものだ。少し寂しく感じたのだが、よく聞くと『それはそれ、これはこれ』という、別腹理論を展開されて苦笑した。
明信君が隣を歩くわたしをちょっと見て、すぐ目を逸らした。
「りょ、涼夏。えと、その着物、ホントすげえ似合ってるよな」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。明信君もそのダウンコート、似合ってるぞ」
「そ、そうか。ありがと」
彼は顔を赤らめながら微笑んだ。
その優しそうな笑顔は初めて見た時から少しも変わっていない。
そう、去年の夏休み前、彼と図書室で初めての性交をしてからも……。
わたしは付き合い出してからずっと、彼とはいずれ性交を行うのだろうな、と予感していた。
しかし、それはわたしにとって非常な恐怖だった。
そのくせ、彼に抱かれたいと言う本能の囁きも確実にあった。
彼と付き合って、彼の良いところや素晴らしいところを見つけるたび、わたしは彼の事がどんどん好きになった。
それと同時にわたしの心の奥で、彼との性交に対する憧憬が渦巻いて行った。
ついには独りで自分を慰めるような、そんな事にまでなっていたのだ。
あの大きく長い抱き枕も、その為に買った。
いや、最初は単に寂しいから買ったのだけれど、いつの間にか、あれは彼の代替品になっていた。
彼と性交をするチャンスは幾度となくあったし、事実、彼も我慢出来ずに性交寸前まで行った事もあった。
だが、わたしの中の性交に対する強い恐怖がその一線を超えさせなかった。
他にもタイミングと言うか、間が悪くて何かと邪魔が入ったりした。
それに彼もわたしの恐怖を説明すると、よく理解して、驚くべき忍耐力で我慢してくれていた。
彼も自分を慰めているのだろうか……そう想像してはまた、わたしも自分を慰めていた。
だが、夏がわたしの背中を押した。経験豊富な佐藤さんも、勇気をくれた。
それに……わたし自身、彼が本当に欲しいと思ったのだ。
愛し、愛されている。
その事実を身体に刻み込みたいと思った。
その思いは恐怖を超えさせた。
彼に抱かれるのなら、この身体がバラバラになっても良いとさえ、思ったのだ。
端的に言うと、わたしの方が先に我慢が出来なくなった、という事だな。
あの時は……本当に痛かった。
だが、それよりも彼と肌を合わせるという幸福と、愛されているという感覚が直に脳に響くようで、すぐに快感が訪れた。初めてだったというのに……。
わたしは、はしたなく乱れ、彼と同時に果てた。
これこそが彼との愛。
そう感じた。
「りょ、涼夏……? 顔、赤いぞ」
「……君のせいだ」
「え、そ、そうか……はは……」
明信君はまた顔を赤らめて、照れ笑いをする。
あの愛の交歓は何ものにも代え難い絆を具現化したものだ。
だが……それと同時に新しい恐怖が生まれた。
もちろん、妊娠するという事も怖い。
しかしそれは彼の度量からすれば、大した問題ではない。
すでに証明されている。わたしの下手な冗談によって。
もっとも、基本的には避妊すれば良いだけの事だ。
恐怖とはそれではなく……あの快楽に溺れそうになる事が怖いのだ。
もういっその事、性欲に溺れ爛れて、堕ちるところまで堕ちても良い、彼さえいてくれるなら……と、思わないことも無い。
だが、きっとそれは彼が許さないし、彼自身、許せないだろう。
なぜなら彼もまた、わたしと同じ恐怖を共有し、凄まじい精神力をもって、それに抗っているからだ。
それでも……それでも、わたしは気持ちが抑えられなくて、つい、聞いてしまう。
「明信君」
「ん?」
「君は、わたしと性交したいか?」
明信君は真っ赤になって倒れそうになる。
「い、いきなり何を言い出すんだ!」
「わたしは、したい」
彼は困ったように呻く。
「う、うう……。そ、そりゃあ俺だって……。でも、その、約束しただろ」
「んむ。月に一度だけ、それも本当にお互いの合意の上で、と言う事だったな」
「解ってんなら何で聞くんだよ、もう」
「それは……わたしの我侭だな。わたしが君を求めていて、君がわたしを求めているという事を、言葉でだけでも確認したいんだ」
「……そうか……解った。だからそんな顔すんなよ」
わたしはどんな顔をしていたのか、それを考えるより先に彼が動いた。
ちょんと、ついばむようなキスをわたしの頬にくれた。
「……今はこれで我慢してくれ。俺も我慢してるんだから」
彼はぶっきらぼうにそれだけ言うと視線を前へ向け、足早に歩き出す。
わたしは頬を押さえて、明信君を見つめてしまう。
心臓が高鳴ったまま、静まらない。
ふいに彼が振り返った。
「は、早く来いよ」
「……ん、あ。そうか、済まない……」
わたしは彼のそばに歩き出そうとした。
だが、今のキスで足腰から力が抜けてしまっていた。
足がもつれて倒れ込んだ。
「ひゃっ?!」
「あ、おい!」
彼の胸に飛び込むような形になる。
「大丈夫か。涼夏」
「ああ、平気だ……。ん、君の匂いがする……温かい……。明信君……」
「え、えと、だから、往来じゃあやめろって……」
「何を言う。今回、先にしたのは君じゃないか」
「う……」
わたしは抑えようの無い気持ちが溢れてしまう。
「明信君。好きだ、大好きだ……愛している」
わたしが囁くと、彼の急激に強くなった鼓動が耳に届く。
「あ、あうう」
「ふふ……もう付き合って三年目になろうというのに、まだ慣れないんだな。まあ、そこも君の好きなところだがな」
そう言って、彼を強く抱きしめる。
同時に彼の顔が真っ赤になる。
「ちょ、む、胸……」
「ん、ああ。もちろん当てている」
「もちろんじゃねー!」
ばっと音を立てて、わたしを両手で剥がすように押し退けた。
「む、わたしは哀しいぞ」
わたしは口を尖らせると、拗ねたように言ってみる。
すると彼は困ったように答えた。
「う、うー……。その、じゃあせめて、腕にしてくれ。でも、普通にだぞ、普通に」
わたしは不満げに思いながらも、出来るだけ一般的に、彼と腕を組んで、歩き出した。
むう……駄目だ。今のやりとりですっかり火がついてしまった。
自慰ではもう我慢が出来そうにない……。
去年のクリスマスにしたばかりだというのに……。
ひょっとするともう、わたしは性欲に溺れているのかも知れないな……。
だとしたら最早、恐れはない。後は彼の忍耐力に甘えよう。
彼ならきっと断る時は断ってくれる。
だが、とりあえず今日は後で何か理由を考えて、彼を説得しなくては。
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