[ヒメゴト] 03
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 わたしと明信君は和頴住職に改めて新年の挨拶をしてから、寺を後にした。
 わたし達は足を『スーヴェニール』のほうへ向ける。木暮店長にもご挨拶をする為だ。

「しっかし、もう新年から色々とあるなぁ」
「本当だな。まさかあの慶太が僧になっていたとはな……」
「ん……」

 彼は心配そうに、わたしの顔を覗き込む。

「涼夏、大丈夫か」

 その優しい声は、いつもわたしの心の奥まで響く。

「ありがとう。だが寺で言ったように、もう二年も前の事だ。それに何があったのは解らないが、彼も救われていたようだしな」

 わたしは少し言い淀んだ。

「……本当は、どこかでずっと彼の事を気にしていたんだと思う。彼の顔を見て、初めてそれが解った」

 明信君は優しげに、そして少し悲しげに、わたしの顔を見つめた。

「大丈夫だ。気にしていたと言っても、恋愛感情じゃない。あの後、警察に連行されて、どうなったのかという事だ。だが、これでもう彼の事はさっぱり忘れられる」

 彼が屈託なく微笑む。

「そうか……うん、良かった。ありがとう」

 わたしも微笑んだ。

「うむ」

 わたし達はのんびりと店に向かって、道路を歩く。
 もうすぐ、いつもの交差点だ。

「そう言えば和頴さんの話じゃ、あのミコトさんって人は何か更生施設って言うか、そういう組織で働いてるって言ってたな」
「うむ。あんな人なら確かにきっちり鍛え直してくれそうだ」
「何か普通なら高飛車な人だと思うんだろうけど、あの人なら当たり前って思っちゃうよな。ホント、不思議な人だったな……」

 その言葉の中にほんの少し、彼女に対する恋慕のようなものを感じた。

「む。なら、わたしもミコトさんの真似をして、君のみぞおちに拳を叩き込もうか」
「え、いや、その、ごめん。俺は涼夏が一番、……だから」
「たまには正隆さんみたいにハッキリと、涼夏は俺にベタ惚れだ、などと言ってみて欲しいものだ」
「そ、それは……いつか、な」
「ふ。それが出来ないのも君らしくて好きなんだがな」

 そう言いながら、わたしは彼と腕を絡めた。ちゃんと普通のカップルのように。
 彼のぬくもりが、じんわりとわたしの体温と重なる。
 すると、すっかり忘れていた性的欲求が再燃してきた。

「明信君」
「ん?」
「店より先に、わたしの家に寄らないか」
「え? いや、おまえの家、電車乗らないと行けないじゃんか。どういうこと?」

 わたしは顔を上げて、その瞳を射るように見つめた。

「君と今すぐ、性交がしたい」

 彼は瞬間的に顔を背けて、吹き出した。同時に血流の色が顔面を覆った。
 こちらを振り返ると、叱るような口調で言った。

「だーかーらー! それはさー!」
「済まない。君がわたしの事や様々な事を考えた上での、月一回の約束をしてくれた訳だが、どうやらわたしのほうが我慢出来ないようだ。だから、約束は撤回する。重ね重ね済まない」

 そう早口に告げると、わたしは彼の腕を取り、駅に向かって走り出していた。

「て、撤回って、おい! おいぃぃぃッ!」
「姫初めという言葉があるだろう? 良い機会じゃないか。今しか出来ないんだぞ」
「ええええーっ?!」

 彼の何とも悲痛な声は電車に乗るまで続いた。

《end》

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