しばらくして、わたしの家も引っ越した。
父の事業が成功し、都会の近郊都市に一戸建てを建てる事ができたのだ。
全てが新しくなった中学生活。
わたしはその頃、平均より遅い生理が始まり、また、胸が大きくなり出した。
第二次性徴。
わたしは自分自身が“女である”と身を持って知った。
急に背も高くなった。
特にやりたいこともなかったが長身を買われて、バレー部に所属した。
試合では、同級生や下級生の女子に黄色い声で声援を受けた。ラブレターを貰ったこともあった。閉口した。
男子はわたしを同性のように扱った。
それはわたしの口調のせいもあるだろうが、わたしは気が楽だった。
だがある日、同じ部活の男子に告白された。
わたしは彼のことが好きでも嫌いでもなかった。
だから、誤解を招かないよう、ちゃんと断った。
彼は夕日に向かって、泣きながら走っていった。
そのこと自体には少し申し訳なく思ったが、わたしは自分の気持ちに素直に従っただけだった。
次の日、わたしの机に一輪挿しが飾ってあった。
今度はご丁寧に、黒い額縁に入ったわたしの写真まで飾ってある。
またか。どこに行ってもこうなるのか。
今度は、わたしが振った男子を好きだった女子が、首謀者になってわたしをいじめ始めたのだ。
それまで仲が良かった子も、一緒にいじめられるのを怖がって離れていった。
わたしは部活もやめ、友達も作らず、極力、自分を殺して生活した。
それでも、いじめはやまなかった。そして、またわたしは勉強に没頭していった。
ある日、彼女はわたしの頭から牛乳を掛けた。
「お前の態度、ムカつくんだよッ!」
わたしは無言で濡れた眼鏡を拭き、ノートをしまい、出て行こうとする。
そこで、彼女の取り巻きの1人が足を出した。
眼鏡が牛乳の油分で曇っていたせいで、つい、引っかかってしまう。
倒れるわたし。眼鏡にヒビが入る。
教室中が爆笑した。
だが、わたしは無言で立ち上がると、もう一度、そのまま教室を出ようとした。
次の瞬間、わたしのスカートが後ろからめくられ、パンツが降ろされた。
教室中が湧く。足下まで引きずり降ろされたわたしのパンツ。
わたしは無言で、ゆっくり引き上げた。
そして、彼女とその取り巻き連中を見た。
彼女は薄笑いを浮かべて言った。
「うっわ、キモ!」
また教室がドッと湧く。
わたしは、この空気はなんなのか、不思議に思っていた。
ただ漠然と、人間は信用できない生き物なんだな、そう思った。
学年が変わり、彼女とは離れたが、やはり同じような人間はいる。
また、新しい人間関係を始めないといけないと思うと、もう嫌になった。
嘘をついてまで、好きでもない人間と仲良くしたりすることに意味はあるのか?
後で、お互いがよけいに傷つくだけではないのか?
わたしは自分に素直に、正直に生きたい。
好きになった人と、なんでも言い合えて、お互いに信頼し合って……
愛し合える。
非現実的。
理想主義。
我が侭。
そんな事は解っている。だが……そんなわたしを理解して、赦してくれる人は必ずいる。わたしはそう信じ込んだ。
そう、あの日の慶太君みたいに……そんな風に思っていた、その時はまだ……。
あれは……まだ肌寒い、春休みの午後だった。
特に目的もなく、近所の商店街をブラブラしていた。
アーケードの出口に彼……慶太君がいた。
髪を短くしていたが、見間違えるはずはない。
わたしは思わず、走り寄って声を掛けようと思った。
言いたいことがたくさん溢れてくる。
彼がわたしに気付いた。
あの頃より男らしくなった彼の笑顔は、昔と変わっていなかった。
「涼夏……ちゃん? すげぇ背が伸びたな……だれかと思った」
その時、わたしは笑顔を取り戻していた。
体中が暖かくなった。
「慶太君! ひさしぶりだね! どうしてたの?」
男口調ではなく、あの頃の口調が自然に出てきた。
「そだな……んまあ、色々あったよ」
わたしは正直だった。そう、頭にバカの付く正直だった。
その時、どうしても聞きたいと思っていたことを、聞いてしまった。
彼の気持ちも考えずに。
「それでさ、慶太君のお父さんのことだけど」
「……誰に聞いた?」
「え……っ?」
わたしはひどく驚いた。彼の表情が一変したからだ。
「ああッ?! おめぇ、誰に聞いたっつってんだよッ!!」
彼はわたしの肩を強く掴んで、大声で怒鳴った。
「やめて! ごめんなさい、ごめんなさあい!」
はっと我に返ったような彼。
「はぁはぁ……ごめん……ごめんな……」
ひざに手を掛け、肩で息をする……やがて、泣き出す彼。
「慶太君……」
わたしは彼を傷つけてしまった。
素直で正直に生きるという事は、こういう事なのだ。
わたしも泣き出しそうだった。
その時、ふいに後ろから声がした。
「あらあら……痴話喧嘩ってヤツぅ?」
年上の派手な女性が、にやにやしながら立っていた。
短いヒョウ柄のスカートに、胸元の大きく空いた服。濃い口紅。髪は、ほとんど金髪だった。
「ふふぅん、慶太君もヤルわねぇ……」
そう言って、彼の肩に手を回し、その豊満な胸に彼の顔を押しつける。
「よしよし、良い子ねぇ」
こちらを向き、わたしをちょっと睨め付けるように見る。
薄く笑いながら告げた。
「この子は、わたしの、モノ、よ」
その言葉の裏に何が隠されているのか、なんの経験もないわたしには読み取ることはできなかった。
だが、それでも、もう彼は……慶太君は、わたしの知っている慶太君ではないことだけは、解った。
「じゃあね、大きなカモシカちゃん」
その人はそう言うと、彼を連れて街並みに消えていった。
最後に見た彼の目の光は、まるで怯えたウサギだった。
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