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 朝。
 いつもの通学路。
「おはよう」
 涼夏(りょうか)が、俺に軽く手を振って颯爽とやってくる。
 颯爽。まさにその言葉が似合う子だ。
 涼夏は背が高く、スタイルがいい。表情は薄いが、どう控え目に見ても美人だ。
「ういー」
 俺は恥ずかしくて。一瞬、彼女の姿を見ただけで、すぐ背を向けて適当に返事をした。
 彼女はそんなことは気にせず、俺の横にぴったり寄り添った。
 眼鏡を直しながら背中をかがめて、俺を覗き込む。
「今日からの期末テストは完璧なはずだな? あれだけ、わたしがきっちり教えたんだから」
「あー……まあ。そこそこな……」
 曖昧な返事。だが、俺には自信はあった。と言うより、自信がついた。
 あんなに真面目に勉強をしたのは、生まれて始めてかも知れない。
 もちろん、涼夏という素晴らしい家庭教師と共に頑張ったってのもあるけど、もうひとつ、重大な理由があるんだ。

「ふむ……まあ、良い。もし、昨日設定した合格ラインを君がクリアできなかったら、単に“あの約束”がなくなるだけだからな」
 そう、“あの約束”をしたおかげだ。
 俺が合格ラインを突破したら、涼夏は一日だけ、なんでも言うことを聞いてくれるんだ。
 ふ、ふふふ……あんな事やこんな事……約束は守ってもらうぜぇ、涼夏ちゃんよぅ。ぐへっぐへっ。
「その顔は……まだ合格ラインをクリアしてもいないのに、すでにHな妄想をしている顔だな」
 相変わらずの超クールなお言葉。見透かされて気まずい俺。だが、彼女をよく見ると呆れている割には、その顔にやや赤みが差している。
「おやぁ?なんだ、委員長もその気に……」
 と言いかけて、そのクールな視線に射抜かれた。ごごごごめんなさい!
 反射的に言いそうになる。だが、彼女はすぐ俺の手を引いて颯爽と歩き出す。
「莫迦(ばか)を言ってないで、学校に行くぞ!」
 肩まで伸びた美しい黒髪が風そのものように翻る。
 俺の手を引いている、この美少女が俺の彼女だなんて生きてて良かった。

 そんな彼女もこの前までは人を遠ざけ、まるで独りだけで生きているような印象だった。
 成績は常に上位で、もちろん運動でもなんでもできた。
 だが俺には、なんだか生き急いでいるように見えた。
 しかも涼夏は本当に無表情で男口調だから、たくさんの誤解を受けていたと思う。
 俺にはそれがあまりにつらそうで、声を掛けずにいられなかった。彼女から呼び出されなくても、いずれそうしていただろう。

 それからちょっとしたことがあって、付き合うことになった。
「しかし、あの時は、ホント驚いたよ」
「ん? なんだ、いつのことだ?」
 俺の手を引きながら涼夏が言う。俺は手を引かれるのが恥ずかしくなって、涼夏と並ぶように大股で歩く。だがお互い、その手は離さない。
「いきなり、俺の前に来て“好きになった。付き合ってくれ”なんて言うんだもんよ」
 それを聞いた涼夏の足が不意にもつれて、転びそうになる。
 俺はとっさに涼夏の手を引いて俺の手を彼女の腰に回し、身体を支えた。
 社交ダンスの華麗な決めポーズが今まさに完成した。
 登校中の生徒たちから、おおー! と言う、どよめきが上がる。

「……」
 しばし、見つめ合う俺たち。
 涼夏が口を開いた。
「わたしが今、つまづいたのは君の発言のせいだ。動揺したじゃないか」
 いっこうに動揺しているようには見えないが涼夏がつまづくくらいだから、きっと相当動揺したのだろう。
 でも、あの時は涼夏自身が勝手に教室の中心で愛を叫んだくせに、その言い方はどうだろう。
 そう思って抗議しようとしたが、開き掛けた俺の口を素早く涼夏の唇が塞いだ。
「んん!?」
 また、登校中の生徒たちから、おおー! と、言うどよめきが上がる。
 今度はやや嫉妬成分が入っているようだ。
 俺は驚きと恥ずかしさで、朝なのに夕日のように真っ赤になった。
「これは君からの詫びとして、いただいておく」
 唇を離した涼夏はそう言って、俺の腕から立ち上がる。
 俺は社交ダンスの決めポーズのまま、石になっている。
「さあ、ぐずぐずしていると遅刻するぞ?」
 手を差し伸べる涼夏。その顔は朝日を受けて輝いていた。
「あーもー、わかったよ」
 彼女を美しいと思った事を悟られないようにわざと、どうでも良いような言い方をする。
 俺は涼夏の手を取って立ち上がり、学校のほうに一緒に歩き始めた。


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