俺たちは、一歩一歩近づく。
どうも、なんだかふさふさしている。
ある一定まで近づいた時、不意にそれが何か、解った。
「う……っ!」
それは。
猫の、死体、だった。
涼夏を見ると、そのことに気が付いたようすだった。
わずかに見開かれる瞳。
ふいに彼女の目からキラキラと輝く雫がポロポロとこぼれ落ちた。
通りすがりの学生たちがその猫の死体と俺たちを見つけて、立ち止まる。
最悪〜とか、うぇっとか言いながら遠巻きに見ている。
彼女はそんなギャラリーにいっこうに構わず、そばに膝を突く。
カバンから体操服を取り出し、その死体をそっと包んだ。
俺はその行動に少し驚いた。
それと同時に彼女の心の中が、またひとつ見えた気がした。
そう、涼夏はそういう子だ。
学生たちが奇声を上げ、いっせいに携帯で写真を撮る。
「ブログのネタキター!」
「きもーい」
「うーわ、あの女、バカじゃね?」
その最後の言葉を聞いた瞬間、俺はキレた。
「てめぇ! 今なんつった! あぁっ?!」
そう吼えて、ギャラリーに飛びかかろうとする。
恐怖にどよめくギャラリー。
だが、俺の肩をしっかりと掴む手があった。
振り返ると、涼夏が首を横に振っていた。
「君の気持ちはとても嬉しい。だが、私のせいで君を退学にするわけにはいかない」
片腕で猫の入った体操服を抱きかかえている。
その姿は、まるで聖母を思わせて。
俺はなんとか気持ちを抑えて、涼夏に従った。
交差点から、駅に向かって歩く。涼夏は電車通学だ。 俺は彼女と下校する時、いつも駅まで送っていた。
俺たちは押し黙っていた。
横を歩く涼夏の顔を見る。
うつむき加減で、暗い瞳をしていた。
俺はなんとか出来ないか、ずっと考えていた。
そして、やっと自分の考えを口にした。
「え、えーと、あのさ、今日の約束、変更してもいいか?」
「……やはり、こんな女、気持ち悪くなったか?」
「な、なに言い出すんだ、そんなんじゃねぇよ! 信用ねぇなぁ、もう」
「すまない。……で、どうしたいんだ?」
俺は、息を吸い込んで、ゆっくり喋る。
「……その猫さ、ちゃんと供養してやったほうが良いと思うんだ。だから……今日はその猫の供養に付き合ってもらえないか?」
涼夏は俺の顔を見て、少し目を見開いた。
「ウチの親父が、近所の寺の住職と知り合いでさ、小さい頃から、よく遊びに行ってたんだよね。あそこなら、そういう動物もきっと供養してく」
言い終わらないうちに、涼夏がいきなり、俺に口付けた。
「君は……想定外の言動をする……」
また彼女は泣いた。今度は嬉し泣きだろう。
俺も委員長にそう思ってるよ、と笑いかけた。
俺たちは、進む道を俺の家のほうに変える。
空を見上げると傾いた日射しが、悲痛なオレンジ色ではなく、暖かいオレンジ色に世界を染めていた。
END
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