[オレンジ色の悲痛:3]

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 交差点の角にあたる場所に何か、オレンジ色の丸いかたまりが落ちている。
「さぁ……なんだろう」
 この時、俺は本当にマヌケだった。

 俺たちは、一歩一歩近づく。
 どうも、なんだかふさふさしている。
 ある一定まで近づいた時、不意にそれが何か、解った。
「う……っ!」
 それは。
 猫の、死体、だった。

 涼夏を見ると、そのことに気が付いたようすだった。
 わずかに見開かれる瞳。
 ふいに彼女の目からキラキラと輝く雫がポロポロとこぼれ落ちた。

 通りすがりの学生たちがその猫の死体と俺たちを見つけて、立ち止まる。
 最悪〜とか、うぇっとか言いながら遠巻きに見ている。
 彼女はそんなギャラリーにいっこうに構わず、そばに膝を突く。
 カバンから体操服を取り出し、その死体をそっと包んだ。
 俺はその行動に少し驚いた。
 それと同時に彼女の心の中が、またひとつ見えた気がした。
 そう、涼夏はそういう子だ。

 学生たちが奇声を上げ、いっせいに携帯で写真を撮る。
「ブログのネタキター!」
「きもーい」
「うーわ、あの女、バカじゃね?」
 その最後の言葉を聞いた瞬間、俺はキレた。
「てめぇ! 今なんつった! あぁっ?!」
 そう吼えて、ギャラリーに飛びかかろうとする。
 恐怖にどよめくギャラリー。

 だが、俺の肩をしっかりと掴む手があった。
 振り返ると、涼夏が首を横に振っていた。
「君の気持ちはとても嬉しい。だが、私のせいで君を退学にするわけにはいかない」
 片腕で猫の入った体操服を抱きかかえている。
 その姿は、まるで聖母を思わせて。
 俺はなんとか気持ちを抑えて、涼夏に従った。

 交差点から、駅に向かって歩く。涼夏は電車通学だ。 俺は彼女と下校する時、いつも駅まで送っていた。
 俺たちは押し黙っていた。
 横を歩く涼夏の顔を見る。
 うつむき加減で、暗い瞳をしていた。

 俺はなんとか出来ないか、ずっと考えていた。
 そして、やっと自分の考えを口にした。
「え、えーと、あのさ、今日の約束、変更してもいいか?」
「……やはり、こんな女、気持ち悪くなったか?」
「な、なに言い出すんだ、そんなんじゃねぇよ! 信用ねぇなぁ、もう」
「すまない。……で、どうしたいんだ?」
 俺は、息を吸い込んで、ゆっくり喋る。
「……その猫さ、ちゃんと供養してやったほうが良いと思うんだ。だから……今日はその猫の供養に付き合ってもらえないか?」
 涼夏は俺の顔を見て、少し目を見開いた。
「ウチの親父が、近所の寺の住職と知り合いでさ、小さい頃から、よく遊びに行ってたんだよね。あそこなら、そういう動物もきっと供養してく」
 言い終わらないうちに、涼夏がいきなり、俺に口付けた。
「君は……想定外の言動をする……」
 また彼女は泣いた。今度は嬉し泣きだろう。
 俺も委員長にそう思ってるよ、と笑いかけた。

 俺たちは、進む道を俺の家のほうに変える。
 空を見上げると傾いた日射しが、悲痛なオレンジ色ではなく、暖かいオレンジ色に世界を染めていた。

 END


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