[弐之巻]
手元に華とクーがそれぞれ持ってきた、俺用の弁当が2つ。
どちらも本家にあった重箱だ。
目線を上げると、離れたところで、対峙している彼女たち。
「おーい。あのさー、先、食べててもいいかな?」
ふたりは同時に俺のほうを向いて、感想が聞きたいから、まだ食べないでくれ、と言う。
俺、腹減ってるんだけどなぁ。
そんな俺を放っておいて、クーが華に向き直って、問う。
「華……お前が主(あるじ)に刃(やいば)を向けるなど普段ならばあり得ない。若の事……本当に演技なのか?」
ん?どういうことだ?
「あは。空ちゃんには、隠し事できないなぁ……」
少し、はにかんでから、クーの目をしっかり見て真顔で告げた。
「わたし、真剣に若サマ……いえ、信人君が好きなの」
ぶほッ!
ななななんだってー?!
「やはりな……わたしもだ」
ええええー?!
朝の告白は、マジだったのかよ!!
「うん、空ちゃんは、思ったことを素直に言う人だもんね」
「わたしは、華が羨ましかった。若のお側付きの護衛任務が。だから、前の仕事が終わり次第、わたしも若にお仕えできるよう、お館様に直訴していたのだ」
「信綱様にわざわざ……そう、だったんだ。じゃあ、もう、やるしかないね……」
「そうだな。今日は、昨日のように演技ではない……本気で参るぞ」
「もちろん、あたしもそのつもり」
スッと、腰を落とすふたり。
お互い、自分のスカートのすそのあたり、ふとももに手をやる。
彼女たちはいつも、そこに武器を隠し持っている。
棒手裏剣や、そう、クナイも持っている。
昨日、クーがスカートの下から出したのはこれだ。
ちなみにクナイとは、刃渡り十五センチほどで横幅の広い、後ろに輪の付いた両刃の刃物である。
忍者の基本装備だそうで、これにちなんで、苦無衆の名は付けられている。
そのままスコップのように使ったり、後ろの輪にひもを通して投げ、遠くの物を回収したりする。
またロッククライミングの足場のようにも使える。
って、解説してる場合じゃない。
これなに? 俺を賭けた決闘?!
「華! 行くぞッ!」
「空ちゃん、勝負!!」
そう言うと、2人は消えた。
次の瞬間、短く小さい金属音が断続的に聞こえた。
空中で火花が散る。
そのたびに屋上を覆うフェンスが破れ、コンクリートの床が削れ飛ぶ。
屋上にいるカップル達は、気付かない。
もともと他人のことなんか見ちゃいないが。
これが苦無衆の本気か……俺は戦慄を覚える。
しばらくすると、どういうわけかカップル達は、お互いが合図をしたようすもないのに、一組、また一組と屋上から出て行った。
そして、俺とたぶん、クーと華以外、誰もいなくなった。
どうなってるんだろ。まだ、昼休みの時間はかなり残ってるしなぁ。
いぶかしがっていると、ぶらっとリンダ姫が現れた。
手を白衣のポケットに突っ込んで。
「結界だ」
「は? なんのことです?」
「結界を張ったんだ。解るか?」
「解りません」
「そうか。まあ、いずれ解ることだ……しかし、若いというのは、良いのう」
ちらっと空中に目をやった。
「……どういうことですか?」
この人は、あのふたりが見えているのか?
リンダ姫は、それには答えずに、猫が目を細めるように笑ってポケットから手を出す。そこにはカードの束を持っていた。
それは妙な模様が描かれたトランプのようなものだった。
「さて、一仕事しようか」
そう言うと、そのカードの束を、バッと無造作に空中に放り投げる。
カードはパラパラと舞い落ち始めたが、すぐに異変が起きた。
カードは一枚ずつ、小鳥のような形に変わってそのあたりを旋回し始めた。
「なんですか、これ?!」
驚いてリンダ姫に問う。
「式(しき)。まあ、特にこれは苦無衆で開発した物だから、苦無式だな。ちょっとダジャレが効いて良いであろう?」
「ちょっと待ってください。今、苦無衆って言いました?」
「おお、そうであった。武田……いや、 若殿。改めて自己紹介しようぞ」
こほん、とわざとらしい咳をして、続けた。
「私は苦無衆では“踏鞴の姫(たたらのひめ)”と呼ばれていた。今は引退して、実行部開発課の外部支援者だ」
やられた。
リンダ姫までとは、思わなかった。
「はぁ……さいですか」
「うむ、よろしゅうな。さあ、私の可愛い小鳥たちよ。行って参れ」
号令と共に、ザーッと小鳥たちが散りながら、空中に解けるように消えていく。
それを見届けて、リンダ姫はポケットから今度は携帯を出し、なにやら操作する。
「……休み時間に職員室で、“若殿が屋上で、クラスの女子生徒と会う”という情報を流しておいたのだが……」
「はい?! なんでそんなこと……」
「お、ビンゴだ。やはり、網に掛かったか。行くぞ、四階の男子トイレだ」
「え、華とクーは? 俺のメシは? って、わぁぁぁッ!!」
リンダ姫は俺の腕を引っ張り、強引に屋上から連れ出す。
なんなんだよ、もう!!
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