[参之巻]
しまった!
素人の俺に、それがよけられるはずがない。
俺は親父と同じ死にかたをするのか。
ああ、そうだ、こんなことがあるんじゃないか、そんな予感がしてたんだ。
だから、俺は逃げ出した……
そうだよ、怖かったんだよ、死ぬことが、死なせることが! 責任が!
俺には武田の家を継ぐ器などない。
苦無衆もじいさんも、いや、敵でさえ、傷つけたくないんだ。
でも、そんなことができるほど強くない。
あの時、親父さえ守れなかった。
例え小さかったとは言え……立ち向かう気力もなく、俺はただ、逃げて泣いていた。
そんな、何かあったら逃げちまうような弱いヤツなんだよ!
俺は守られる価値なんてない。
守られる価値なんてないんだ……っ!
大きく鋭い金属音がして、俺は我に返った。
見ると、アーミーナイフは廊下に突き刺さっていた。
クーと華のほうを見ると、刺客の男が倒れ込んでいた。
うめいているので、息はあるようだ。
呆然としている俺に三者三様で呼びかける。
「若!」
「若サマ!」
「若殿!」
「あ、ああ。大丈夫だ」
軽く手を挙げて答える。
走馬燈……あれがそうなんだろうか。
情けない。なんて情けないんだ。
クーが何かを察したのか、近づいてきて言う。
「……お館様は、若に言われたではないですか。生きろ、と。自ら考えて、答えを出せと……」
俺は膝を突いて訳も解らず、クーの胸で泣いた。
しばらくして、リンダ姫が優しく言う。
「若殿、落ち着いたか? ならば、ヤツの正体を確かめようぞ」
俺は立ち上がり、ぐったりしている刺客のところに歩いていく。クーが俺を軽く支えていた。
「ちぇー、空ちゃん、いいなぁ……じゃあ、目出し帽、取るよ」
華が刺客の帽子を、素早く、剥ぎ取る。
「こ、こいつは……」
その顔を見て俺は驚いた。だが、リンダ姫は納得したようにつぶやく。
「ふむ、やはりこやつであったか」
その男は……
あのキャラの立っていない数学教師だった。
何を思い立ったのか、華は男の服を切り裂き、色々と調べ始めた。
「んーと……あ、はっけーん。上須義(うえすぎ)の紋だよ」
見ると、脇の下に小さい家紋が彫られている。
リンダ姫は、それを聞いて顔を曇らせた。
「動き出した敵は上須義か……一番、因縁の深い相手だな。これは、一筋縄ではいかんのぅ」
上須義……それもまた、武田と同じく、日本の一角を担う巨大企業だ。
以前、俺の親父を殺害した一派も、実は裏で上須義が働きかけていたと言う噂もある。
だが、苦無衆の力をもってしても、それについては、確たる証拠は得られなかったのだが……。
クーは冷徹に言う。
「それで、若。これの処遇はいかが致しますか? わたしは、この場で処分するのが適当かと思いますが」
俺は、固唾を呑んだ。
「処分……て、殺すって事か?」
クーはこともなげに、返答する。
「有り体に言えばそう言う事ですね」
華も、当たり前た、とでも言うように、軽く賛同した。
「あたしもそれがいいと思うよ。かわいそうだけどねー」
……ダメだ。こいつらの感覚は人間じゃねぇ。
だが、リンダ姫は少し戸惑っていた。
「んー、私は一応、皆に賛成だが、元々、開発の人間だからな。しかも今は、外部にいる。残念だが、現場での敵に対する処遇についての、発言権はない」
……この人も、やっぱり、苦無衆か。
「まあ、この場では、若殿、そなたが最上位者なのだから、そなたの決定に委ねようぞ」
う……みんながその意見に頷いて、俺の目を見る。
困ったな……
ここで俺がひと言、処分しろと言えば、この数学教師は、その存在を丸ごと消されてしまうだろう。
敵……上須義にとって、それは犠牲であり、武田にとっては、上須義との因縁を、さらに深めるだけにしか過ぎないように思える。
それよりなにより、やはり……誰一人としてこれ以上、傷付けたくはないんだ。死んで欲しくない。
どうする。どうするんだ。
考えろ……
やがて、俺は心を決めた。
「本家に連れて行って、座敷牢に幽閉して置いてくれ」
苦渋の決断。命が無いよりはマシだろう。
クーは特に異を唱えることもなく、従う。
「御意」
昨日と同じく、指を鳴らした。同時にやはりこれも昨日と同じく、数人の黒い少女軍団が、一瞬で数学教師を連れ去った。
するとすぐ、普通の生徒達が現れ、廊下を往来し始めた。
リンダ姫がさっきのカードを見せながら言う。
「結界を解いた。ちょっと便利であろう?」
軽く笑って、ポケットに手を突っ込みじゃあ、と言って去った。
クーと華は、お互い軽く睨み合っている。
「今日は邪魔が入ったな。勝負は預けたぞ」
「そうね。また今度、やりましょ」
な、なんか冷戦状態ってヤツになってるみたいだけど、とりあえず、収まったようだ。と、気がゆるんだとたん……
ぐぅ!
「あ、武田君、今、お腹鳴ったー! ちょっと遅くなったけど一緒におべんと、食べよっか」
華は、にこにこしながら、俺の腕に手を回す。
それを見て、クーが異議を唱えつつ、引き離す。
「ちょっと待て。わたしは武田の返事を聞いていない。武田がお前の弁当を食べるかどうかは、それからだろう」
う、忘れてた。
「さぁ、どうなんだ、武田。わたしと付き合うのか?」
「そんなはずないよね。あたしの気持ち、知ってるよね?」
真剣なまなざしで迫る2人。冷や汗ダラダラの俺。
う、うう……
「うわーっ!」
俺は脱兎のごとく、逃げ出した。
どちらかを選ぶなんてできねぇー!
選ばれなかったほうは、ぜってー傷付くじゃんよ!
「む、逃げたか! 追うぞ、華!」
「うん、負けないよ! 空ちゃん!」
「マジかよーっ!!」
結局。
その日俺たちは、3人とも、昼飯を食べ損ねたのだった。
「まったくやってらんねぇぇぇーーーっ!!」
そんな心の叫びは、まるで俺の空腹を表現するかのような、
高く大きく広がっている晩秋の空に、吸い込まれて行った。
end
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