[V.A.(バレンタイン・アンビバレント)]

02.ディサイド


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 日は変わってバレンタインデー当日になった。
 結局、昨日は俺とトキンのホモ疑惑で盛り上がって、部活は終わってしまった。
 それでも、おかげで涼夏と安藤先輩の激しくも冷たいバレンタインイヴの惨劇は避けられた。
 たぶん、これは先輩の計算なんだろうと思う。
 そういう部分はさすがに先輩は大人だ。

 チョコ自体はみんな、調理実習室に冷やしたまま帰った。
 今日、それぞれトッピングをしたりして、仕上げるんだろう。

 俺は涼夏と教室に向かう。
 いつものように表情は薄いが、それでも楽しげにしている感じだ。
 教室に入ると、微妙な緊張感に包まれていた。
 男子はなんだか、いつもより小ざっぱりしている。
 みな、本当はドキドキしているのに平静を装っているように見えた。
 女子はそんな男どもに冷ややかな笑いを浮かべたり、はたまた熱い視線を送っては逸らしたりしている。

「明信君、改めて今日のアルバイトを遅めにしてくれてありがとう」
 そうなんだ。実は先週のうちに店長に頼んで、今日はやや遅くしてもらっている。
 やっぱり、そりゃあ妹と母さん以外の《彼女》から初めてもらう大本命チョコなんだし。
 こっちもちゃんと、受け入れる心の準備ってもんをしておかないと失礼だもんな。

「ぜひ、放課後を楽しみにしていてくれ」
 涼夏は、ほんの少し笑って自分の席についた。
 そこへマリリンが飛んできた。
「涼夏様ぁ! おはようです! それで今日の放課後ですけど、よろしくお願いします!」
「ふむ。解っている。阿部さんの腕は最近、上がってきているしな。楽しみにしておこう」
「はいっ!」
 ニコニコ顔で巨乳をゆさゆさ揺らしながら、自分の席に戻った。
 うーん。男に興味が無いのがマジでもったいない。

 ん? それにしてもなんか今日は静かだな。
「あれ……今日、坂本君は?」
「もしかして、別れたとか!」
「それはそれでおいしいなー」
 唐突に昨日の勘違いした三人娘が話し掛けてきた。
「だから、そんなんじゃねーって!」
 そか、トキンのヤツ、昨日のショックで今日はいねぇのか。
 それで静かな気がしたんだ。
 それにしても、部のみんなと言い、こいつらと言い、なんで女子はそんな話が好きなんだろ。

 そんなこんなで、昼休みになった。
 教室は一気に人間が減った。
 いつも教室でゆっくりメシを食ってる男どもも、今日は早々と切り上げてどこかに出て行った。
 そんな連中は、だいたい二種類に分けられるだろう。
 すでにチョコをもらう約束のあるヤツ。
 それか自分の好きな女子の目に映るよう、さりげなくアピールしに行くヤツ。
 中には数を競うようなバカもいるが、基本的にはみな、好きな女の子からもらいたいってことなんだろうな。
 義理でも嬉しいっちゃ嬉しいけど、やっぱ、本命が一番だよ。

 俺と涼夏はいつもの中庭に向かおうとしていた。
 俺達は、お互いが相手のために作って来て、交換して食べることにしていた。
 これは夏休みの後、二学期の始めに涼夏が提案した。
 彼女らしい合理的な案だと思って、俺も承知した。

 二人で教室を出ようとしたとき、ふいに呼び止められた。
「風光くん、これ、受け取って!」
 そっちを見ると、赤い顔をして息を切らしながらチョコを突き出す男……トキンがいた。
 しかもそのチョコはどう見ても、徳用って書いてあるような大袋にいっぱい入っているヤツの一粒だった。
 俺が抗議しようとしたとき、涼夏が一歩前に出た。
「昨日は冗談で済ましたが、それ以上やるというのなら」
 眼鏡がキラリと光ると同時に、凍てつくオーラが一気に解放された。
「全力をもって排除するぞ」
 一気に周囲の気温が下がる気がした。
「ふ、ふひっ! だ、だってオレ、モテねーんだもん! この際、もう男でもいいやって思ったんだよぉ!」
 思うなよ。

 涼夏は眼鏡を直す。
「ふむ。それならそれで良い。だが彼には手を出すな」
「オ、オレ、男でも他に友達いねーんだもん!」
 ビビりながらも、めずらしく逃げ出さずに食い下がるトキン。
 こいつも、確かに成長はしてるようだ。
 しかし、言ってることはあまりに哀し過ぎる。

 涼夏は軽く溜息を吐いた。
「仕方ない。ひとつ、情報をやろう。放課後まで待っていれば、きっと良い事があるぞ」
 ヤツの頭から犬の耳が飛び出して、ピンと立つような幻覚が見えた。
「えっ、なになにその情報! どういうこと? ねね、おしえて、いいんちょぉ!」
「これ以上は言えない。さぁ行こう、明信君。お弁当を食べる時間がなくなる」
 トキンを放置し、踵を返す涼夏だった。

 そして放課後。
 ほとんどの男どもには結果が出ていた。
 お互いを慰め合いながら教室を後にするヤツらの哀愁。
 有頂天で教室を出て行くカップルたちのラブラブムード。
 そんなのどうでもいいや、っていう虚無感というか、あきらめ。
 それらが教室の中を渦巻いていた。

「明信君。今日は委員の仕事もないから、さっそく調理実習室に行こう」
 涼夏が俺の席に来た。すると、マリリンも涼夏のそばに来る。
「あ、涼夏様。あたしも行きますぅ」
 さらにトキンも来た。
「あー、オラ、ワクワクしてきたゾ!」

 俺たち四人は調理実習室に向かった。
 途中の廊下で佐藤さん、悠さんの二人が来た。
 二人は珍しくテンションが高いのか、何か楽しそうに話していた。
 もっとも、佐藤さんはやっぱりあんまりしゃべらず、ただ恥ずかしそうに笑ってるだけって感じだ。

 マリリンが声を掛けた。
「あ、サトちゃん、悠ちゃん。チョコ、今から渡しに行くの?」
 佐藤さんはコクコクと頭を縦に振った。
 悠さんはトキンの顔を見るなり、不機嫌そうに目を逸らす。
 トキンを視界に入れたくないようにしながら、マリリンの顔を真っ直ぐ見て答えた。
「阿部さん、そのとおりだ。これから我が愛しい彼に、この愛が本物である事を伝えるのだ」
 瞬間的に佐藤さんを見て、珍しく言い淀む。
「それで……その後の展開についてだな、えー、“その道”の大先輩である佐藤さんに、ご教授を賜っていたんだ」
 佐藤さんと悠さんは二人とも顔が赤くなる。
 俺たち四人も、顔が一様に上気した。みんな“その道”の意味が解ったんだろう。
 てか、佐藤さんはどんなアドバイスしてたんだろ。ちょっと気になる。

 涼夏が、こほん、とわざと咳をして悠さんの顔を見つめた。
「そうか。がんばってくれ。良い結果を期待している。但し、無理はするな」
 悠さんは涼夏を見つめ返して、頷いた。
「うむ。ありがとう、涼夏。だが、愛しているならば、無理だと思う世界から一歩踏み出す勇気も必要だぞ」
 横で佐藤さんが、大きく頭を縦に振る。
 涼夏も微かに頷く。
「なるほど。確かに実践しないと解らない事はあるな」
 涼夏は俺を一瞬だけ見て、目を戻す。
「ありがとう。悠を激励するつもりが逆に助言をもらってしまったな。済まない。では気をつけて」
「いや、良い。こちらこそ要らぬお節介だったかも知れぬ。済まない。ありがとう。では失礼する」
 そういって一礼した。涼夏も返礼して、二人を見送った。
 しかし内容は別にして、悠さんと涼夏の会話は、やっぱりどう聞いても普通の女子高生のもんじゃねーよな。

 俺たちは調理実習室に着いた。
「あ、やっと来たー。おっそいよ、お兄ちゃん」
「はぁ? なんでおまえがここにいるんだよ!」
 そこにいたのは、俺の妹、ふゆなだった。
「ちょ、ちょっと寄ってみただけよ! 料理部ってどんなとこかなーって」
 一緒に居た安藤先輩がにっこりと笑って付け加えた。
「でも、せっかくバレンタインだから、ついでにお兄ちゃんにチョコあげようかなーって事よね」
 ふゆなは口を尖らせて、軽く頷く。俺とは目を合わさない。
 先輩がさらににんまりと笑って続けた。
「あれ、“ついで”は、お兄ちゃんのほうだっけ?」
 ふゆなが真っ赤になって、ぴょこんと飛び上がるように立つ。
「な! いや、それはその、ど、どっちも“ついで”です!」
 俺は疑問に思ったことを口にした。
「どっちも? ってどういうことだ」
 ふゆなは、その問いかけを無視するように、きっ! と強く睨む。
 手に小さいオシャレな紙袋を二つ持って、ドカドカと大股で歩いてきた。
「ほら! 受け取りなさいよ!」
 紙袋のいっぽうを突き出す。
「もうお兄ちゃんには涼夏お姉ちゃんがいるし、あげなくてもいいんだけどさ! お父さんにもあげるし、いちおーね!」
 そう言って、ぷい、と横を向いてしまった。
「じゃあ、いちおー、もらうわ。ありがと」
 わざと口調を真似して受け取る。
「しっかし、おまえさ、毎年、どんどん可愛気がなくなるな。それじゃ彼氏できねーぞ」
 俺を振り返ると、また険しい顔で睨みつけた。
「ふん!」
 すぐに視線を外して、今度はトキンの前に行く。
 背の高いトキンを、なんだか泣きそうな顔で見上げてもう一つのほうを差し出した。
「さ、坂本さんにはいつも、お兄ちゃんがお世話になってますから、その、お礼の意味を込めて、さしあがぇまふ」
 あ、噛んだ。
 ふゆなは、まるで古いアニメみたいに首下から急激に顔を赤くした。
 そりゃ、恥ずかしいよな。
 戸惑うトキンの手に、ぐいっと紙袋を押し付ける。
「あ。え、オレに? ありがとう……」
 その言葉を聞き終えたとたん。
「うわーん!」
 半分情けないような、でも、半分笑ったような複雑な顔をして、泣きながら走り去った。
 俺は呆然とそれを見送った。
「なんだ、あれ」
 安藤先輩がニコニコしている。
「さあねー。てか、とりあえずイヌキンはあの子のあとを追いなさい!」
 安藤先輩はトキンのことをイヌキンと呼んでいる。
「あえ? なんで?」
「なんでもよ! ほら行け! しっしっ!」
 まるでホントの犬を追い出すみたいなしぐさをした。
「はい、じゃあ行きますけども……」
 もうひとつ飲み込めないようすで頭をかしげながら、実習室を出て行った。
 てか、俺も飲み込めてないんだけど。
 安藤先輩は困ったような笑みを浮かべた。
「全く、イヌキンは。だからモテないんだっての」
 んん?
 よく解んねぇなぁ。

 安藤先輩はその件には区切りをつけるように涼夏を見た。
「ま、あれはあれとして。こっちはこっちの勝負と行きますか」
 う、来た。
 涼夏に目をやると、いつの間にか三角巾とエプロンを着けており、すっかり準備は整っていた。
「はい。では取り掛かりましょう」

 涼夏は冷蔵庫から調理用の金属トレイに乗ったチョコを取り出す。
 それを同じ大きさに切り、手で丸めていく。
 先輩のほうは冷蔵庫を開けず、先に別のチョコを刻んだ。
 それに湯煎に掛けながら、バターを混ぜていく。
 二人とも見事な手際の良さだ。
 てか、ウチの店でも即戦力になるかも知れない。

「おお! さすが二人ともすごーい!」
 真帆さんは自分の作った小粒のチョコをパクパク食べながら、驚いている。
 一応、ハート型にはなってるけど、やっぱりあげる人いないんだ。

 俺の後ろにいたマリリンが、急に思い出したように冷蔵庫に向かった。
「あたしも、やらなくちゃ!」
 冷蔵庫からなんだか、でかい板チョコを出した。
 それを温めた包丁で切る。
 そうか。以前、先輩の言ったとおりに基本的なものを作っているようだ。
 だがマリリンは困った声を上げた。
「あぅー」
 見ると、大きさがバラバラになっている。
 うーん。

 そうこうしているうちに、涼夏と先輩のチョコが仕上がった。
「ふむ、完成だ」
「よし! できた!」
 二人はほぼ同時に作り上げた。

 俺の目の前に、それぞれのチョコが並べられる。
 涼夏のチョコは、抹茶とココアの二色のトリュフだった。
 先輩のものは、ホワイトチョコとビターチョコのガナッシュカップ。
 さすがにどっちも旨そうに出来ている。

 先輩は涼夏に笑いかける。
「今回はリョウちゃんも作ったんだし、彼にあたしのを食べさせないってのは無しよ」
 涼夏はほんの少し、唇を噛んだ。
「ええ。解っています」
 俺をやや哀しげな目で見つめた。
「明信君。ではまず、先輩のほうから食べてくれ」
「あ、ああ。じゃあ頂きます」
 俺の指先の動きを追う、二人の視線。
 先輩のガナッシュカップをつまみ、ゆっくり口に運ぶ。
 それを口の中に入れようとしたとき、涼夏が息を呑んだ。
 その瞳が潤み、今にも泣きそうだ。
 俺の手が止まる。

 そのまま、俺はしばらく動けなかった。
 安藤先輩が、苦笑いをしながら大きな溜息を吐いた。
「はぁぁぁぁ……」
 なんと言うか怒ったような、投げやりなような、そんな口調で続けた。
「もう! 解った。解りました! あたしの負け! 負け負け! ずっと前から解ってたけどさ!」
 先輩は俺の手からチョコを取り上げると、自分の口に放り込んだ。
「ん、おいしく出来てる。すっごくおいしい……ふふ」
 哀しげに笑ったが、すぐに気を取り直したように元気に言った。
「じゃあ、後はお若い二人に任せて、あたしは退散するよ」
 俺たちはなんと言っていいのか解らず、とにかく詫びた。
「すみません」
「申し訳ありません」
 先輩は顔を横に振りながら、苦笑いする。
「いや、もういいって。根本的に無理だったんだよ。あんたたちバカップルの間には他人が入る隙間はない!」
 そう言いながら自分の作ったチョコを、ちょっとした箱の中にキレイに並べて簡単にラッピングした。
 俺が不思議そうな顔をしていると、先輩はそれに気づいた。
「ああ。もう、これはウチのチビたちにあげようと思って。有効利用しなきゃもったいないもんね」
 先輩は自分のカバンとそのチョコを持って、実習室のドアを開けた。
 そこでふいに立ち止まると、くるりと振り返る。
 明るい笑顔を俺たちに向けた。
「じゃ、元気でね! 他のみんなにもよろしく! ありがと!」
 ペコリとお辞儀をする。俺たちもそれを真似た。
 先輩は頭を上げて、ドアのほうに向き直る。
 それから、ひょいっと手を上げて、ひらひらと振った。
 それは俺のクセだった。
「バイバイ!」
 そう明るく言って、先輩は実習室をあとにした。
 俺たちは思わず実習室から出て、その後姿を見つめた。
 すっかり太陽が傾き、真っ赤な夕日に包まれた廊下。
 そこをいつもと変わらず、大股で風みたいにかっこよく歩く先輩。
 それに対して俺たちはもう一度、深くお辞儀をした。


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