[V.A.(バレンタイン・アンビバレント)]

03.ディズ・レイター


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 あれから一週間。
 先輩の姿を見かけない。
 部活にも顔を出さないし……。
 普通は入試も最後の大詰めのはずだから、それで正しいんだけど。

 でも。
 本当にあれで良かったんだろうか。
 あんな決着で。

 いや、だからって俺は涼夏を裏切れないし、そんな気持ちもない。
 ただ、もう少し――なにか言えたんじゃないか。
 そう思う。

「――のぶ君。明信君。聞いているのか」
「あ、ああ。ごめん。なんだっけ」
 俺は放課後の教室で、校庭を見ながらぼんやりしていた。
 ここんとこ、いつもそんな感じだ。
 俺は、隣の席を借りて座っている涼夏のほうを向いた。
 彼女は軽い溜息をつく。
「来週から学年末テストだから、またうちに勉強に来ないか、と言っているんだ」
 ドキリとした。
 したけど、どこかにチクリと痛みもあった。
「あ、ああ。そうだな。うん。行くよ」
 涼夏がなにかを察知したのか、中腰になってまじまじと俺の顔を覗き込んでくる。
 だーもう! 近いって!
「む。今、初めて目を逸らしたな」
 ほんの少し、彼女の顔にかげりが見て取れた。
 お尻を椅子に戻すと腕を組む。
「安藤先輩のことを気にしているのか」
 俺は軽く笑った。
「さすがになんでもお見通しだなぁ、委員長は」
「それは、君のことだからな。だいたい解る。――それで?」
 うつむいて、溜息をつく俺。
「んにゃ、別に。ただ、本当にあれで良かったのかなって思うだけさ」

 静かな教室に遠くから街のノイズが聞こえる。
 車の走る音や鳥の声。
 寒さも緩んだとは言え、まだ春じゃない。

 ふいに涼夏が立ち上がった。
「君は優しいな。優し過ぎる」
 一、二歩進んできたかと思うと俺の頭を抱いた。
 涼夏のお腹に顔が埋まる。
 立ちのぼる甘やかな香り。
 制服の上からでも解る、お腹の柔らかな感触。
 それは決して無駄な脂肪があるのではなく、必要充分といった感じだ。

 涼夏の静かな声が聞こえた。
「こうなることは必然だったんだ」
 優しく俺の髪を撫でる。
「ちょうど先輩が言ったように、わたしたちの間には他人の入る隙間はないのだから」
 その声には、わずかな憂いが込められている。
 それが彼女の先輩への想いなのだろう。

 俺は目を閉じた。
「そう、だな。うん……」
 バカップルと言われようとなんと言われようと、俺と涼夏の間にはもう、揺るぎない関係が出来ていた。

「あっ! もうまたイチャコラしてる!」
「ったく、よくやるよ」
 ふいにマリリンとトキンが入ってきた。
「あ、いや、これはその!」
 俺は慌てて離れようとしたが、涼夏は俺の頭をがっちりとロックしていた。

「涼夏様、バレンタインの日には先輩のこととかあって渡せなかったんですけど……これ」
 マリリンは涼夏の横に来て、可愛いラッピングの箱を差し出した。
 俺の頭の斜め上だ。

 涼夏は顔だけをマリリンに向けて聞く。
「阿部さん。確認の意味で言うが、君の気持ちを受け取るつもりはないぞ」
「やだな、解ってますって! これは例の味見ですよ。もう風光君にも別れろ、なんて言いません」
 なんだかサバサバした感じだ。
「だって先輩には悪いですけど、今度のことでホントに二人の間に入るのは無理だって気付きましたから」

 そっか……。
 マリリンもマリリンで色々考えてるんだ。
 そりゃそうだよな。

「ふむ。だったら頂いておこう。ありがとう」
「はい」
 涼夏は微笑んで受け取った。
 と、マリリンの脇をすり抜けて、トキンがぬっと顔を出す。
 しゃがんだ姿勢で前進してくるとは器用なヤツ。

 俺は笑い掛けた。
「おまえ良かったよな。あんなヤツの義理とは言え、チョコ貰えて」

 トキンは俺の妹、ふゆなにチョコをもらった。
 だけど、ふゆなは渡すとき言葉を噛んでしまい、恥ずかしさのあまり飛び出した。
 それをトキンは部長の命令で追いかけていったんだ。

「まだ聞いてなかったけど、あの後、フォローしてやったのか? あれはあれで傷つきやすいヤツだからな」
「ああ。全然気にしてないって言っておいた」
 トキンは、ややうかない顔になる。
「それでさ。お返しとか三倍っていうじゃない? 何をどうすればいいのか……」
 そうか。初めてもらったんだっけ。

 あれ、そういえば……
「あの魔乳のお姉さんからはもらってないのか?」
 トキンは顔をしかめた。
「誰がもらってやるかっての!」
 なんと、もったいない。

「まあ、ふゆなのことだから、てきとーに可愛いものでもやっとけば喜ぶんじゃね?」
「うーん……可愛いものなぁ……」
 トキンは思案顔で立ち上がった。

 俺は涼夏に照れ笑いで言った。
「委員長。あの、そろそろ離して欲しいんだけど。首が凝ってきたし……」
「ん。ああ。済まない。つい心地良くてな」
 そりゃ俺だってずっとこうしていたいけど、今日はバイトもあるしな。

 俺は身体を起こして、涼夏のお腹から頭を離す。
「さて、俺はバイトに行くよ」
 カバンを手に立ち上がった。
「ふむ。名残惜しいが、我々は部活動に行くとしよう」
 俺たちはぞろぞろと教室の出口に行く。

 涼夏が手を軽く上げた。
「では、また明日。勉強会の件も明日からということにしよう」
「ん。オッケー。んじゃー」
 俺はいつものように手をひらひらと振って、バイトに向かった。

 学校から徒歩十分。
 喫茶とスィーツの店『スーヴェニール』に着いた。
「ちわーす」
 俺は従業員用の裏口から店に入る。
 事務室の横のロッカー室で手早く着替えて厨房に出た。
 タイムカードを打っていると、店長がやってくる。
「やぁ風光君、お疲れ様。そうだ、紹介しよう。今日から入ったウェイトレスの子がいるんでね」
 店長は意味ありげに微笑んで、カウンターに立っていた女の子を呼んだ。
「君。ちょっとこっちへ来てくれないかな」
「はい。なんですか……あ!」
「せ、先輩! なんで?」
 それはまぎれもなく安藤 奈津子先輩、その人だった。
 店長は意地悪そうに、にやにやしてその場を離れた。

 先輩が困ったように笑う。
「いや実はね、前からここで働きたいなって思っててさ。今日、入試終わったから、さっそく来たんだ」
「その……もしかして、それって……」
「あー、ううん。アキ君がいるからじゃなくて、純粋においしいからだよ」
 ちょっとおどけるように付け加えた。
「まあ、結局、いくつかはアキ君が作ったものだったわけだから、意味は一緒だったんだけどねー」
 にしし、と歯を見せた。
 俺は、あいまいに笑い返す。
「あ、はは……」

 先輩はちょっと目線を落として、落ち着いた声で話した。
「――色々迷惑掛けてごめんね」
「あ、いえ。こちらこそ、俺がハッキリしないばっかりに……」

 先輩は強い人だ。
 いつも笑顔を絶やさない。
 その先輩が一度だけ涙を見せたあの夏の日。
 本当はあのとき、先輩は諦めていたのかも知れない。
 でも、それでもたぶん俺のそばにいたくて……。

「その、傷付けちゃって……すみませんでした」
 先輩は背筋を伸ばして、腕を組んだ。
 また困ったような笑顔になる。
「ホントだよ。アキ君は優し過ぎ!」
 俺も困惑混じりの笑い。
「はは……。それ、委員長にも言われました」
「あはは。やっぱりねー」
 先輩は腕を降ろし、真顔になる。
「アキ君」
「は、はい?」
 彼女は深く頭を下げた。
 そのままの姿勢で、話しかけてくる。
「未練がないなんて言わない。でも、あたしはちゃんと吹っ切ったからね。大丈夫だよ」

 俺はどう答えて良いか解らない。
 でも、なにか言わなくちゃダメだと思った。
「……はい、解りました。先輩の気持ち、嬉しかったです」
 先輩はほんの少し、早口で答えた。
「ふふ、ありがと」
 上半身を起こして、明るい笑顔で手を差し出す。
「んじゃ、握手。改めて、同僚、ってことでよろしくね!」
「は、はい。よろしく」
 俺はその手を握った。

 店長が戻ってきて、パンパンと手を叩いた。
「そろそろ、仕事に戻ってくれるかな。もうすぐ忙しい時間帯になるからね」
「はい」
「解りました」
 俺と先輩は笑みを交わして、それぞれの持ち場に戻った。

 俺は、強くなれるだろうか。
 先輩のように。
 いつも笑顔で前向きで……。

 たぶん、難しいだろう。
 だから俺には涼夏が必要なんだと思う。
 彼女は俺を強くしてくれる存在だ。

 涼夏も俺といることで強くなったんだろうか。
 変わった、とは思うけど。
 今度、勉強会のときにでも聞いてみよう。
 きっと真っ直ぐに答えてくれる。
 彼女らしく。

 今の俺と涼夏の揺るぎない関係。
 それは、お互いが時間を掛けて、ゆっくりと気持ちを深め合ってきたから、生まれたんだと思う。
 きっと、それが『絆』ってヤツなんだ。
 俺はこの『絆』を大切にしたい。
 そう思った。

《end》 


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