[クール・デカ]
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「落ち着きなさい、ね?」
 俺はその時、高校の屋上にいた。
 夏休みなのだろう。ここまで上がってくる途中の教室には、誰もいなかった。
 静かに太陽が照りつける。暑い。
 そう言えば、もうすぐ昼だ。腹が減ってきていた。
 だが、今はそんな場合じゃない。
「こっちに戻っておいで」
 数メートル先のフェンス。その外側、つまり屋上の端に。
 少女が、いる。
 背が低くく少し目のつり上がった、幼さが残る顔立ち。
 茶色い髪を真ん中からふたつに分けて、左右を高い位置にゴムでくくっている。
 ポニーテールがふたつで、ツインテール、と、どこかで聞いた髪型だ。
 そのやわらかそうな馬のしっぽは、わずかな風にも揺れる。
 フェンスを掴む手が心細い。突風でも吹くとすぐさま落ちそうだ。
 少女が叫ぶ。
「アンタ、だれよ!?」
 俺はちょっと、むっとした。思ったより気の強い子のようだ。
 しかし、問われたからには答えねばなるまい。
「俺? 俺の名は、陣内 隆史(じんない たかふみ)。通称……」
 胸ポケットに素早く手を入れ、中から警察手帳を取り出し開く!
「ク――ルデカさッ!」
 警察手帳を右斜め26度に傾けて突き出す、俺のオリジナル決めポーズ。
 どうだ、決まっただろ! カッコイイだろ!

 ……
 下の校庭から、セミの鳴き声だけが聞こえる。
 少女は呆れ果てた顔だった。
「ようするに、バカ?」
 その容赦のない言葉が俺の繊細なハートをズタズタにしたが、俺はクールデカ。
 何食わぬ顔で手帳を胸ポケットにしまう。
 ふ……クールだ、クールに……表情も声も……
「ムキーッ! いいからこっちに戻ってこい!」
 思わず叫んでいらだちの表情で歯ぎしりしてしまう。
 しまった、クールにしろ、俺。
「うっさい! アタシを止めたかったら、ユウジを呼んでよ!」
 あーあーはいはい! ったくガキの恋愛だな!
 そう思ったがそこは、クールデカ。そんなことは口に出さない。
 なぜなら彼女をよけい興奮させるだけだからだ。

 俺は軽く息を整え、落ち着きを取り戻した。
 なるべく低い声で告げる。
「ユウジ君か。その彼がどうしたんだ? 俺で良ければ聞くぞ」
 ナイス交渉術、俺。やればできるじゃん。
 だが少女は即答した。
「バカになんか言いたくない! んべっ!」
 舌を出す。
 俺は頭に血が上った。
「ウキーッ! バカバカ言いやがって! いっそ捕まえてやる!」
 思わず走り出しそうになったとき、前を遮る腕が現れた。
「死にたいのなら、これを使ったらどうだ?」
 少女に呼びかける、その凛とした声に見上げるとデカい女がいた。
 背もデカけりゃ胸も尻もデカい。ついでに態度もデカい。
 そでのないタートルネックの黒いサマーセーターに、ピッチリしたデニムパンツ。
 髪をアップにし、縁なしの眼鏡を掛けたそいつは大人の女の色香をまとっていた。
 高く挙げた手には、丸く黒い金属球。それは……たぶん、爆弾。
 そうなのだ。この女は俺の同僚で爆弾のエキスパート。
 破耶摩 久宇(はやま くう)だ。

「破耶摩! んなもの、どっから持ってきたんだよ!」
 彼女は俺の言葉を無視した。
「受け取れ!」
 破耶摩は少女に向かって突然、その爆弾を投げた。
 俺は慌ててそれを追おうとしたが遅かった。
 破耶摩は振り向くと同時に出していた長い足で、俺の足を払う。
「すまん!」
 俺は、その言葉の意味を掴む間もなく、まるでカンフー映画のように大げさに背中から落ちた。
 下に木のテーブルがあれば、確実にぶっ壊れただろう。
「ぐはっ!」 
 激しく背中が痛む。起き上がれない。
 だが、とにかく頭だけは上げることができた。
 球のゆくえを目で追う。

 少女のほうにフェンスを越えて飛んでいく金属球。
 よく見るとそれは、不思議な形状だった。
 普通、爆弾には付いているはずのピンも取っ手もなく、本当にただ黒く丸いだけなのだ。
 少女はそれを、ただポカーンと見ていた。
 俺たちのやりとりには気付いていないようすだ。 
 少女は我に返った。その金属球が何かヤバイものだと理解したらしい。
 慌てて受け止める。
「ちょ、これなによ?」
 破耶摩は優雅にあごに手をやる。いつものクセだ。
「ふむ……解らないのも無理はないな。それは爆弾だ」
 少女は一瞬、短い悲鳴を上げ、それを取り落としそうになった。
「そう、足もとに落とせば今すぐ死ねるぞ」
 少女は慌てて持ち直した。今度はしっかり手に包み込む。
 そのようすを破耶摩は冷淡な目で見つめながら、説明を始める。
「それは特殊なチップを積んだ信管を内蔵しているんだ」
 声がことさら低くなる。
「振動の種類をチップが分析して、それが地面など固い物に当たった衝撃だと判断すると、すぐさま爆発する」
 少女は爆弾を見つめて、固まっている。
「マ、マジ……?」
 異口同音。俺も同時に同じ言葉を口にした。
「破耶摩! 何考えて……っ!」
 叫ぶと背中の痛みで一瞬、呼吸が止まる。
 破耶摩はそんな俺の声を全く無視して、静かに一歩だけ彼女に近づいた。
「死にたいんだろう?」
 冷静な……死に神のような声。それに答える少女の声は震えていた。
「え、いや、でも、これ……」
 さらに破耶摩は、距離をゆっくり縮めていく。
「落とせば楽になるぞ? 彼のことで、そんなに悩まなくて済む」
 ここから見ても、少女の顔色が青ざめていくのが解った。
 破耶摩は、確実に接近している。
「さあ、どうした……?」
 少女は手の中を凝視し、肩で息をしている。口がわずかに動いた。
「い、いや……」
 破耶摩は、少女の至近距離にいた。
「ん? 何か言ったか」
 その言葉に促されるように少女は泣き叫んだ。
「いやぁーっ! 死にたくないよーっ!」
 その瞬間、少女が足もとのバランスを崩した。
 身体が大きく傾き、金属球はその手から転がり落ちる。
「くっ!」
 俺が痛みを振り払って少女の元にダッシュしたとき、すでに破耶摩が動いていた。
 フェンスの隙間に腕を突っ込み、少女の手首を掴む。
 破耶摩の腕からは、フェンスで擦ったせいで血が滲んでいる。
 少女は無事確保、爆弾は?! そう思ってフェンス越しに下を確認した。
 そこには。

 かなり広く分厚いエアマットがあった。そのまわりから警官たちが見上げている。
 その内のひとりだけ、へたり込んで目をパチクリしてるヤツがいる。
 彼の足もとには先ほどの金属球が転がっていた。
 
「ちっ……今度は、破耶摩のフェイクか……」
 俺はなぜか、言葉とは裏腹に少しニヤついていた。

 少女がこの高さから落ちれば、いくらエアマットがあるとは言え、相当なショックを受けるだろう。
 ヘタすれば、肩の一つも脱臼するかも知れない。
 破耶摩はあのエアマットを最後の切り札にしながら、爆弾に見せかけた金属球を使い、少女を説得しようとしたんだ。
 俺も結果的に迫真の演技をさせられた。
「ったく……強引すぎるぜ」
 だが、破耶摩らしいやりかただ……
 そう思いながらすぐ、手助けのために破耶摩のそばに行った。

 やがて、少女は落ち着いた。フェンスを越え、屋上の内側に戻ってくる。
 もちろん俺は目をつむった。スカートを覗こうなんてしてない。
 改めて破耶摩の腕を見た少女は、息を飲んだ。
 ぽろぽろと、大粒の涙を流し出す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 破耶摩は優しく微笑んだ。
「そう、そんな風にこれからは素直に生きると良い。自分にも他人にも」

 警官とともに優しそうな男子がやってきた。
 少女はパッと顔を輝かせる。
「ユウジ!」
 彼の元に走って行き、抱きついた。
「ごめん。俺、おまえのこと何にもわかってなくて……」
「ううん、こっちこそ……あたし、もっと素直になるよ、ごめんね」
「うん……あれ、この髪型は……」
「べ、別にユウジが好きだって言ってたからしたワケじゃ……ううん、好きだって言ったから、したの」
「そうなんだ……ありがとう」
 彼は少女を、ぎゅっと抱きしめた。

 そんな甘い空気を見つめる破耶摩の瞳は、優しさに満ちていた。
 俺はその綺麗な横顔にちょっとドキッとした。
 心拍数が上がっているのが解った。
 ちぇっ、少しは気の利いたことでもしてやるか、そう思った。
 だが、なぜか俺の言動にはトゲがあった。
 無愛想に絆創膏を数枚、差し出す。
「ほら。これでも貼っとけ」
 破耶摩は片ほうの眉を上げて、ゆっくり俺のほうを向く。
 俺は目をそらしてしまう。
「ふん、ガキの恋愛なんて興味ねぇな」
 破耶摩をちらっと見ると、俺の差し出した絆創膏をその白くしなやかな指でつまみ上げていた。
 それを見つめながら、あごに別の手を当てる。
「ふむ……」

 しばらくして、微笑みながら感謝すると腕の傷に貼った。
 涼やかな風が出てきた。
 破耶摩は髪留めを取り、髪を風に流す。
 下ろされた髪からは爽やかな香りが広がった。
「陣内。さっきは足払いをかけて、すまなかった」
 素直な謝罪。俺は目が合うのが恥ずかしくてよそを向いた。
「いや、いい。あの子をおまえなりに助けたかったんだろ」
 それを聞いた彼女をまた、ちらりと見る。
 デカい胸の下でそれを強調するかのように腕を組む。
 軽く首をかしげ、少し目を細める。
 その姿は妖艶、と言う言葉がふさわしい。
「大人の恋愛、しないか? 童・貞・君」
 俺はたぶん耳まで真っ赤になったと思う。
「ッ! まだ、そんな気にゃなんねぇよバカ! それと童貞言うな!」
 破耶摩を置いて、そそくさと屋上から階段に出た。
 後ろから聞こえた含み笑いは無視した。
「さっさと来い、これだから女は……」
「ああ、ハイハイ」
「ハイは、一回でいいって、おばあちゃんに習わなかったか」
「ハーイ」
「伸ばすな」
 そんな掛け合いをしながら階段を降りていく。
 踊り場に差し込む光の束はまぶしく強かった。
 改めて夏だな、と思う。

 ふいに破耶摩が問いかける。
「陣内、昼はもう食べたか」
「いや、まだだが」
「なら、ここの近所に、おいしい冷やし中華のある店を見つけたんだが」
「ああ、あそこだろ。知ってるぜ……」
 俺はふいに思いついた言葉を言おうとしたが、少ししためらった。
 だが、ぶっきらぼうに告げた。
「……一緒に、食うか?」
「うむ、一緒に食べよう」
 まるで待っていたかのように即答だった。
「急ごう! 売り切れたら困るからな!」
 破耶摩は微笑んで走り出した。
「あ、おい! 待てよ!」
 俺たちは夏の階段を駆け降りていった。

 


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