[マーメイド・カフェ]

その一


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「あーあ。今日も普通に仕事して、普通に帰って、テレビ見て寝るだけか……。つまんねー毎日だよな」
 ひとり愚痴をこぼしていると、いつも汗をかいている太った先輩がすり寄ってきた。
 にやにや、でれでれしてる。ちょっとキモイ。
「小西ぃ、今日の帰り、ちょっと寄っていかないかぁ、むふぅー」
 最新の風俗情報誌を片手に、猫なで声を掛ける。
 まったく……。先輩の風俗好きは度を超している。困ったもんだ。
 俺は今まで何度も誘われているが、断り続けていた。
 しかし俺も男だ。いつも一応、どんなトコかくらいは聞いてみる。
「今度はどんな店なんスか?」
「それがこの記事によると、かーなり斬新なんだよなぁ、むふぅー」
 斬新。
 この歩く風俗辞典が斬新と言うのだから、よほど見たことがないようなモノなんだろう。
 かなり興味が湧いた。
 まあ、しょせん俺も独り者で彼女いない歴と年齢がイコール、しかも趣味もない。
 俺は財布を覗く。風俗に使う金くらいはある。
 足りなければキャッシュカードだって持ってる。
 ちょうど刺激も欲しかったところだ。俺は初めて先輩の誘いに乗った。

 退社後、俺たちは夜の繁華街に向かう。
 先輩は風俗誌の地図を見ながら、お目当ての店を探す。
「えーと……あ、あった、ここだ、ここ、ここ、むふぅー」
 店名には“マーメイドカフェ 倶楽部アリエル”とある。
 ん? マーメイド? メイドカフェじゃないよな。
 そんなもう下火のとこに風俗最前線で戦う先輩が連れてくるはずはない。
 いったいマーメイドってどういうことだ? 人魚?
 俺は疑問に思いながら先輩の後に続いて、地下に向かう階段を降りていった。
 どこからか塩素の匂いがした。

「こんにちわ。部長の早瀬です。見学ですね、どうぞこちらへ」
 出迎えたのはスクール水着の女の子だった。
 もちろん胸には、大きく名前を書いた白布を張っている。
 勧められた客席は全て巨大水槽の前だった。その中ではスクール水着の女の子達が泳いでいる。
 新しい客が来たことを何らかの合図で知ったのだろう、俺たちの前にみんな集まってきて両手を振った。
 なるほど、マーメイドね。風俗店は本当に次から次へと色々考えるものだ。
 ……
 ちくしょう、萌えるじゃねぇか! うほぅおおおー!
 一瞬、この設備から“超高級ソープ”と言う言葉が浮かんだが、そんなものは、この萌えの前には無力だった。
 うぉおぉッ! このッ! 初めてのビッグウェーブにッ!
 乗ってやるぜぇぇッ!
 などと激しく萌えていると、先輩が先ほどの店員、早瀬部長を呼んだ。
「入部します!むふぅー」
「はい、ありがとうございます。だれに指導してもらいますか?」
「あの、右から2番目のエミちゃんを、むふぅー」
 店員はにこやかに彼を個室に案内する。
 先輩は俺に敬礼をして去っていった。
 そういうシステムね。
 俺はとりあえず、後で、と言って部長を帰した。
 
 しばらくカフェらしく紅茶を飲みながら、水槽で泳ぐ女の子達を眺めていた。
 和むし、癒される。実際、それだけで帰る客も多いと言う。
 もちろん紅茶一杯にしては法外とも言える値段だが、それでもまだ、風俗と考えるなら安い。
 俺は当然、そのまま帰る気など全くなかった。
 脱童貞、脱童貞、脱童貞……
 念仏のように唱えながら目を皿のようにして、品定めをした。
 女の子達はみんな媚びを売るように、にっこりと手を振ったり、立ち泳ぎをしたりしている。
 そんな中。客に媚びず、真面目に背泳ぎを続けている女の子がいた。
 スタイルは良さそうに見える。きれいな形の尻だ。
 お、泳ぎをクロールに変えたぞ。
 て、眼鏡?
 眼鏡掛けて泳いでるのかよ! しかも今時、黒縁だぜ!
 その眼鏡と奥に光る真剣なまなざしが、俺の心を打った。打ちまくった。
 部長を呼ぶ。
「えと、にゅ、入部します。あの、向こうでクロールしてる眼鏡の、えーと、クゥちゃんに指導して欲しいっです!」
 うーわ、焦ってるよ、俺、キモイ。
 部長は少し戸惑って応えた。
「ああ、あの子ですかぁ。でも、あの子はエッチなことは一切NGですよ?」
「あ、そうなんですか……」
俺は、かなりガッカリした。だが、気に入ってしまったものは気に入ったんだから仕方ない。
「いや、でも、話しをしてみたいのでお願いします」
「解りました。それでは、こちらへ」

 通された個室は、また変わっていた。
 部屋自体は四畳ほど。だが、目の前には異様なモノがあった。
 プールのコース。
 それがまるまる一つ、部屋にくっついていたのだ。
 幅は2メートルくらいか。広い。左右は壁で仕切られている。
 向こうとこっちの端に、よくプールで見る金属パイプのはしごが付いている。
 長さは25メートルはある。本格的だ。
 よく見ると他の備品も変わっていた。
 床全面に花柄のポリエチレンマット。風呂場に入れるような、分厚く水はけの良いものだ。足下がふわふわする。
 すみに脱衣箱。男性用の水着が用意してある。それ以外はなにもない。ベッドもない。
 俺が先輩から聞いていたこういう場所のイメージとは、まるで違う。

 俺はあまりの不思議空間に、ぽかーんとしていた。
 すると、コースの向こう側にある飛び込み台に女の子が立った。俺が指名した子だ。
「2年B組、カワイ クゥ、いきます!」
 さっと手を挙げて、すぐ飛び込みの姿勢になる。
 ……
 ずっとそのままだ。
 俺はぼんやり見つめていた。
 すると、クゥは俺に静かに言い聞かせた。
「新入生、なにをしてる?号令を忘れたか」
 あ、そういう設定だっけ。部長が言ってたな。
 “高校の水泳部に入部したての新入生。それがあなたです”
 俺は恥ずかしい気持ちを抑えて、返答した。
「はい、すみません! せーの!」
 俺は大きく手を鳴らした。同時にクゥが見事に飛び込む。水しぶきがほとんど立たない。
 しばらく潜水した後、顔を出したクゥは素晴らしいクロールのフォームで泳いできた。
 部屋に繋がる部分にタッチし、顔を上げた。
 銀色のはしごを上りながらクールに言い放つ。
「君は、ぼんやりしすぎだ」
 その切れ長の瞳は俺を責めているように感じた。
 しかし、それよりも俺は彼女の抜群のスタイルに見とれていた。
 濡れたスクール水着。ちょうどいい大きさのおっぱい。なだらかな腰つき。
 股間からぽたぽたと雫が垂れている。
 いい。すげぇいいよ。
 彼女は俺の視線を気にするようすもなく、脱衣箱のある壁にもたれ掛かった。
「とりあえず、着替えてくれ。指導はそれからだ」

 俺は言われるがままに、着替えようとした。
 だが、彼女が俺の横からじっと見ている。恥ずかしい。
「えと、なんで見てるんですか」
「見たいからだが。なにか問題でもあるのか」
「いえ、ないですけど」
 こんな経験は初めてだ。ドキドキしてきた。
 同時に俺の若竹がにょきにょきと伸びてくる。
 クゥがひとこと、つぶやく。
「ふむ……そっちの反応は、ぼんやりしていないようだな」
 ぐはー!すごく興奮する。俺ってMの気があったのかな。顔が火照る。
 彼女は無表情のようだが、俺には仄かに笑っているように思えた。
 見下したりそういう感じではなく優しい感じで……。


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