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 俺とヤツは親友だ。
 本当は俺がヤツに憧れていたんだけど。

 ヤツ――俺と同じ高校の豊山 ユウジ。
 ヤツは俺にないものをたくさん持っていた。
 背も高くて、ちょっとイタリア人みたいな顔。片耳にピアス、短いあごひげ。
 タバコ吸って原付を乗り回してる、けっこう悪い感じ。
 そのくせ、絵がうまかったりして、それが俺との接点だ。

 以前、俺は美術部唯一の男子だった。
 だからといって、オタクで内向的、さらには太っている俺がモテるワケは無かった。
 女子たちは俺のことなんかまるで無視して、ろくに絵も描かず、楽しそうなお茶会で毎日の部活を流していた。
 俺はただ毎日、押し黙って石膏像と向かい合っていた。

 そんなある日、美術部顧問の先生が市の絵画コンクールの応募を勧めてくれた。
 俺はがんばった。
 俺の取り柄は本当にそれだけだったから。

 その甲斐あって、俺は入選した。だが、その知らせを職員室で聞いていたのは俺だけじゃなかった。
 ヤツがいたんだ。
 ヤツは自分で適当に応募して、それで入選したという。
 先生はヤツをしきりに美術部に入部させようとしていた。

 ヤツは何を思ったのか、俺に話を振ってきた。
「なあ、おまえ……香川だっけ、おまえさ、俺に美術部に入って欲しいか?」
 俺は迷った。確かに男子部員が増えるのは俺としても気が楽になるし、嬉しい。
 だが、ヤツはどうみてもあんまりマトモとは思えなかった。
 さんざん考えた。それで結局、
「まあ、実力もあるみたいだし、男、俺だけだしな。入ってくれるならちょっとは助かるかもな」
 などと、ツンデレな答えを返した。
 ヤツはにやりとして頷いた。

 それから、俺たちは二人で石膏像に向かうことになった。
 ヤツは最初の印象通り、部活はサボりがちだった。
 しかし、たまに来ては描いているものを見ると、やはり見事なデッサンだった。
 天才、とはこういうヤツのことなんだと思って打ちひしがれたりした。

 それまで俺なんかには見向きもしなかった女子たちは、完全にヤツのとりこになった。
 たまに来るヤツは王子様だった。
 取り巻く女子の輪は、絵を描くフリをしながらヤツの顔ばかり見ている。
 いっそ、ヤツをモデルにしろよ、と思ったがそれは言えなかった。
 俺の劣等感と憧れが同時にヤツに向けられた。

 そうこうしているうちに、下校も一緒にするようになって、ヤツもけっこうオタクだと言うことが分った。
 勉強のレベルも俺とヤツは似たようなものだった。
 なんとなく嬉しかった。

 二年になったとき、俺とヤツは同じクラスになった。
 そして、彼女――泉 サヤとも。

 彼女は以前から目立つ存在だった。
 涼しげな目、白い肌、長身で肩よりやや長いさらさらの黒髪。
 成績も良く、生徒会役員だ。

 それが同じ教室、しかもすぐ隣の席になったのは奇跡だと思った。
 その横顔を何度か、こっそりノートにデッサンした。
 モデルにしたいくらいに、きれいだったんだからしかたない。
 俺は身の程を知らずに、彼女をどんどん好きになっていた。

「なあ、ユウジ。あのさぁ……泉、どう思う?」
 俺はユウジと休日を自分の部屋でだらだら、マンガなんかを読みながら過ごしていた。
「ああ? あー、いい女だな。うん」
 返事をしたほうを見ると、ユウジはケータイをいじくっていた。
 俺はマンガに目を戻した。
「だよなぁ」
「んー? なんだ、ケンタロ。おまえ、好きなのか? 泉のこと」
 俺は真っ赤になって言葉に詰まってしまう。
 それはしかし、イエスと言ったのと同じだった。
「そっか。んじゃ俺が言ってやろうか? どうせおまえ、言えないだろ」
 俺はちょっとムッとした。
「こういうのは本人から言わねーとダメだろ」
 ヤツは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ほおう? じゃ俺も好きだったらどうする?」
「え?」
「今日三時に中央公園に呼び出してあるんだ」
「ちょ、おまえ……!」
 俺はマンガを投げ捨て、ヤツに食ってかかった。
 ユウジの胸ぐらを掴んだ。
 俺を見上げるユウジの目は真剣だった。
 ヤツはぽつりとつぶやく。
「ケンタロ、勝負だ」
 俺は下唇を噛んだ。
 勝てるわけがない。そう思った。
 俺は彼のえり元を離し、目を落とした。
「……ユウジだけ行けばいいだろ」
 今度はユウジが俺の胸ぐらを掴む。
「ああ? なに逃げてんだ。絵、描くときのおまえはどこいったんだよ」
「絵とは全然違うじゃんか!」
「バッカ、全然違くねーよ!」
「はぁ? ワケわかんねぇよ!」
 ユウジはやや落ち着いた声になった。
「あのな、ケンタロ。俺はおまえが絵、描いてるときのマジの目が欲しいっていつも思ってんだよ」
 沈痛な面持ちになった。
「俺なんて……何がやりたいのかわかんねぇんだ。美術部だっておまえが入ってくれって言わなきゃ入らなかった」
 顔がどんどん暗くなる。
「他人の評価が怖いんだ。だから他人にバカにされないように、なんでもできるようにしてきたんだ」
 ついには手を離して、座り込んだ。
「でも俺は空っぽなんだよ。ケンタロ、おまえが羨ましいんだ。まっすぐ食いつけるもんがあってさ」
 ユウジがそんなことを考えていたなんて、思いも寄らなかった。
 俺は声を掛けようと思ったが、考えは言葉にならなかった。
 ユウジはうなだれたまま、続けた。
「泉は……他の女と違ってた。ずっと俺になんか全然興味ねぇって顔してた。俺はあいつに評価されたいって思ったんだ」
 確かに泉は、ユウジに対しても他の男子同様、クールな対応だった。
 さらに俺に対しては、クールを通り越して凍てつく視線だった。
 他の女子は無視するだけだったが、彼女はコカトリスかメデューサみたいな眼差しを向ける。
 俺はそれを思い出して、身震いした。本当に石になるような気がした。
 でも、気持ちは変わらなかった。
 俺は泉が好きだ。嫌われているとしても。
 ある意味、すでに心は彼女のせいで石になっているのかもしれない。

 ユウジは、ゆっくり顔を上げた。
「ケンタロ、もう一度言う。勝負だ。俺と」
「……分った」
 俺は承諾した。
 勝ち目はなくても、それでも俺の気持ちを泉に伝えるにはこの機会しかないと思った。

 そして、その時が来た。
 三時ちょうどに中央公園の時計の下に着くと、彼女がいた。
 温かそうなふわふわのついた黒いダウンジャケットを着込んでいる。
 俺たちの目には、その私服が新鮮に映った。
 美人は何を着ても似合うな、と思った。

 泉は俺たちに気付くと、いつもの涼しそうな面持ちで会釈した。
 俺とユウジが真向かいに並ぶ。
 彼女が口を開いた。
「豊山君。君の呼び出しだったはずだが、なぜ、香川君もいるんだ?」
 俺はなんだか、やっちゃった感に襲われてユウジの後ろに隠れたくなった。
 ユウジは軽く息を吸い込むと、答える。
「同じ用事が泉、おまえにあるからさ」
 彼女がいぶかしげな顔をする。
 ユウジはそんな泉にハッキリ言った。
「俺はおまえが好きだ」
 彼女はやや目を見開いた。
「ほら、おまえも言えよ」
 俺はユウジに促されて、おどおどしながらも言った。
「お、俺も、その、泉、サヤさんのことが、す、好き、なんだ、けど」
 彼女はさらに大きく目を開く。
 その切れ長の目がこれほど丸くなるのは初めて見たぞ。

 しばらくして、孔雀の羽が閉じるようにその目は元に戻った。
「ふむ。一瞬、からかわれているのかと思ったが、どうやら二人とも真剣なようだな」
 俺たちは頷いた。
 どうしよう、覚悟はしてきたつもりだけど、脚がガクガクする。
 彼女は顎に人差し指を当て、考えた。
「うーむ。では、私もハッキリ言おう」
 来た! うわあぁ……。逃げ出したい。聞きたいけど聞きたくない。すでに泣きそうだ。
「私は香川君が好きだ。香川ケンタロウ君が好きだぞ」
 やっぱりなー……って、え、今、俺? 俺の名前呼んだ?
 とっさに俺はユウジの顔を見た。
 石になっていた。

「香川君。いや交際は始まったから、下の名前で呼ぼうか。ではケンタロウ。今から、そうだな、買い物にでも付き合ってくれ」
 そう言いながら、俺の腕を掴んでくる。
「え、ちょ、えええ!」
 俺は疑問を口にした。
「ずっと俺のこと睨んでたじゃないか! あれは何だったんだ?!」
 泉が俺をちら、と見てすぐ視線を外した。
「……睨んでいたのではない。熱い視線、と言うヤツだ」
 彼女の白い頬がほんのりと桜色に染まった。

 その時、やっとユウジが石から人に戻った。
「泉! ひとつだけ聞かせてくれ! その、俺の何がダメだったんだ?」
 泉はユウジを振り返ると、ほんの少し困ったように笑う。
「すまない。君のせいではない。確かにケンタロウのほうが君より真面目で真っ直ぐな男だ。自分のやりたいことには徹底的に突き進んでゆく強さもある。それは授業中にもかかわらず、私の顔をノートに描いていた事でも解る」
 バレバレだし! 俺は顔が赤くなった。
 彼女は続ける。
「だが、決定的な事実は私自身の特殊性にある」
「どういうこと?」
 俺とユウジが同時に聞いた。
 泉は、ふむ、と息をついて言葉を継いだ。
「私は太った男が好きなんだ」
 ユウジは再び、石化した。

 その後。ユウジとは今でも親友だ。
 でもその件以来、ヤツは真面目に絵に打ち込むようになった。
 それと……少し太ってきたのだった。


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