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「ケンタロウ。一緒に帰ろう」
 泉 サヤが美術室に俺を呼びに来た。
 俺は目の前の石膏像から目をそらさずに応える。
「あ、うん。外でちょっと待ってて」

 俺は女子部員の冷たい視線を背中に感じながら、イーゼルや絵の道具を片付けた。
 こそこそと何か悪口を言っているのが聞こえた。
 俺が、泉みたいな超美人と付き合ってることが許せないようだ。

「泉は香川のどこがいいんだか。キモヲタじゃん」
「そそそ、あんなピザデブ、死ねばいいのに」

 たぶんウチの高校の裏掲示板で、さんざんな事が書き込まれているに違いない。
 だけど見る気もないし、正直どうでもいい。

「そうだよ! あんなのよりユウジ君、来ないかなぁ」
「ホント。でもユウジさんもアレと仲いいのが解んないけどさー」

 豊山 ユウジはイケメンで絵の才能もある、俺の親友。
 俺が誘った美術部員だけど、あんまり部活には来ない。
 いつもタバコを吸って、原付を乗り回してる。
 今日も学校に来てたのかどうかさえ怪しい。とりあえず、教室じゃ見掛けなったしな。
 まあ、基本的にあんまマトモじゃないんだ。

 俺は彼女たちに背を向けて外に出た。
 文庫本を読んで待っていた泉に声を掛ける。
「じゃあ帰ろう」
「んむ」
 校舎を出ると夕闇が迫っていた。
 俺たちは校門の前まで歩いた。

 泉が聞いてくる。
「豊山君は?」
「ああ、いつものサボりだと思うよ」
「ふむ。しょうがない男だな。君のように真面目にやればきっと伸びるのに」
「あ、ああ。そうだな……」
 でも、あんまりヤツに真面目に絵を描かれると、その才能に嫉妬する俺がいる。
 いっそ、このままサボり続けて欲しいとさえ思う。俺にはそんな黒い思いがあった。

 校門から俺たちは駅に向かった。
 緩い坂を登り、橋のある交差点でしばらく信号を待つ。
 橋の下には自然の残るきれいで広い川がある。
 まわりには高いビルもなく、開けていた。
 どこにでもある片田舎の住宅街だ。

 泉はきれいな黒髪を風になびかせた。
 顔に掛かるそれを手で押さえる。
「まだ、寒いな」
 夕日を浴びて、山吹色に輝くその横顔はヴィーナスのようだ。セーラー戦士的意味でなく。
「ケンタロウ、ヴィーナスが見えるぞ」
 俺はドキッとして少し慌てた。
「え、えーと?」
 彼女の指さす先に山の峰が見える。その上の低いところに、きらりと光る星があった。
「あ、あれがそうなんだ」
「んむ。宵の明星だな。明けの明星も同じ金星なんだぞ」
 そう言ってほんの少し微笑む彼女に、俺は萌えた。

「いよう! ケンタロ、泉ぃー!」
 俺は声のしたほうを見た。
 ユウジがバイクで川沿いを上ってきていた。
「『クラッシュ シスターズ』買えたぞ! サボった甲斐があったぜ」
 ヤツはバイクのカゴから、その新作ゲームソフトを取って掲げた。
 俺はそばに止まったヤツからソフトをもぎ取るようにしてパッケージを見回した。
「おお! いいな! また、やりに行くよ! 今日はちょっと、あの、アレだけど」
 ユウジが俺の肩を組んで囁く。
「解ってるって。これから泉を送りオオカミすんだろ」
「誰がオオカミだ!」
「おまえ」
「即答かよ!」
「だから今日は見逃す。でもその代わり、このゲームを遊びに来る時は泉と、そのお友達も誘えよ」
「え、お友達? って誰だ」
「ニブイな。二対一じゃ気まずいだろうがよ。それで泉にも別の女の子を呼んでもらうのさ」
「ユウジは、でも泉のこと、まだ……」
「バッカ! 泉は俺を評価してそれでケンタロを選んだんだ。もうスッパリ諦めたよ。だから、お友達狙いなんじゃねぇか!」
「うっわー、なんという策士。孔明の罠じゃん」
「うっせぇよ! とにかく、頼んだからな!」

 ユウジは俺からソフトを取り返して、俺の背中を押した。
 俺は泉に向かって、おどおどと言った。
「あ、えと今度、あのゲームやりに泉もユウジのウチに遊びに行かないか? 泉の友達も誘ってさ」
 ユウジがすかさず、にこやかにフォロー。
「これさ、人数が多いほど面白いゲームなんだよな。せっかくだからさ」
 彼女は俺とユウジの顔を見比べて、ほんの少し苦笑した。
「ん。そうだな。考えておこう」
「よしゃ! 絶対だぜ? じゃーなー!」
 そう言って、ユウジはニコニコとバイクを走らせて帰っていった。

 俺たちはそれを見送った。
「泉、無理ならその、別に良いんだけど」
 彼女は俺を振り返って小首をかしげた。
「ん? いや、無理じゃない。むしろ楽しみだ。しかし、友達か。ふーむ……誰が良いかな」
 そう言えば、泉の友達って誰だろう。
 やっぱ、生徒会役員の人なんだろうか。
 それとも最近、急に泉とよく話すようになった猪俣さんかな。

 信号が変わった。俺たちは橋を渡る。
 そこからすぐ近くにある神社前に行った。
 横の見えにくい位置に細い路地がある。駅への近道だがあまり知られていない。
 泉が感心した。
「こんな道があったのか。知らなかった」
 ここの足元は整備されておらず、土や岩肌が剥き出しだった。
「あ、歩きにくいから気を付けてね」
 彼女は顎に人差し指をあてた。何かを考えるときのクセだ。
「ふむ。じゃあこうしよう」
 ふいに彼女は俺の腕を抱きしめる。
 彼女の胸が、豊満な巨乳がぎゅっと変形した感触を腕に伝えた。
 なんというリアル。
「え、あ、ちょ」
「これで安心して歩ける」
 いや、どっちかというと歩きにくくなった気もするんだけど。
 俺の個人的局所的な意味も含めてさ。
「ん? 何か問題でも?」
「い、いや。なんでもない」
 とりあえず、俺たちはその体勢のまま歩き出した。

 左右には所々壊れている古めかしい瓦屋根の土壁があり、上のほうには竹が覆い茂っている。
 街灯は曲がり角にひとつだけしかない寂しい道だ。
 そんなに長くはない。なのに、だんだん汗をかいてきた。
 ただでさえ、メタボの俺は汗をかきやすいんだ。
 それに加えてこの状況。
 ああ、体臭とか気になるー。

「ケンタロウ、君は温かいな」
 いや、すでに相当暑くなってます。
「なんだか安心する」
 肩に頭が乗った。
 ますます歩きにくい事になってきた。
 腰を引いて、がに股気味にしないとヤバイです。
「どうした。すごい汗だぞ」
 彼女は俺の顔を見て、スカートのポケットからハンカチを取り出した。
 それを惜しげもなく、俺の顔に当てて汗を拭き取る。
 ハンカチからは今まで嗅いだこともない、柔らかい優しい花のような香りがした。
「ん、これでいい」
「あ、ありがとう」
 俺はそう言いつつも、至近距離にある彼女の顔から目を背けた。
 恥ずかしくてまともに顔が見られない。
「ん? どうした。言いたいことがあるなら言ってくれ。恋人同士なんだからな」
 彼女から放たれている、いわゆる女の子の匂いと温もりで俺はクラクラして倒れそうだった。

 モニター画面からはそんなの伝わらないからなぁ。
 二次元に魂を捧げたつもりの俺。だが、ここまで三次元で迫られると、やっぱり反応してしまう。
 これがいわゆる本能なんだろうな。

「息も荒いぞ」
 はっ! こ、口臭が! 体臭に続いて口臭が気になる!
 俺は急いで口を押さえて、腕を振りほどいた。壁に寄りかかる。
「ごめん! 俺なんか汗も口もくさいダメなブタなんだよ! だから無理しなくていいよ!」
 泉はきょとんとしている。
「話が見えないが……何も無理はしてないぞ」
 彼女はカバンをそっと地面に置いた。
「君に口臭はないし、それに君の汗の匂いも好きだ」
 俺に一歩近づく。
「もっと嗅がせてくれないか」
 彼女は腕を延ばし、俺の脇から背中に回して抱きしめる。
 俺の分厚い胸だか首だか解らないところに顔を埋めた。
「すーこー……」
 なんだか深呼吸してる。
「ああ、落ち着く……」
 うっとりとした声でつぶやいた。

 ゆっくり顔を上げて、俺を見つめる。
 街灯の光が彼女の白い顔を半分だけ闇に浮かび上がらせた。
 その上目遣いの瞳は潤み、頬は桜色になっていた。きれいだ。

「わたしだって、こんな特殊な女だぞ。……拒絶、するか?」
 その眼には、不安と期待が入り交じって揺れていた。
「いや、しない。拒絶なんかしない!」
 思わず俺も彼女を抱きしめ返す。
 ふんわりと柔らかで、重い。これも物凄くリアルだった。
 お互いの早い鼓動が重なる。

「ん……ケンタロウの、陰茎が、お腹を突いてるんだが」
 俺は慌てて離れた。
「ご、ごめん! その……」
 彼女は頷いて、微笑んだ。
「いや、良い。わたしを欲しいという気持ちの表れだからな。嬉しいぞ。……だが」
 人差し指を立てて、先生が注意するように言った。
「まだ今は性行為は止めておこう。こういう事は順番が大事だし、いきなり野外でと言うのはいかがなものかと思うからな」
 俺は叱られてるワケでもないのに、しょんぼりと頷く。
「は、はい……」
 彼女は満足気に眼鏡を直した。
「うむ。では駅に向かおう」
 地面に置いていたカバンを手に取ると、駅のほうへ向かった。

 俺たちは駅前の改札口で電車を待っていた。
 電車に乗るのは彼女だけで、俺はここから自宅まで歩く。
 いつもの名残惜しい時間。
 明日また逢えるのに、やっぱり一時でも離ればなれになるのは寂しい。

 そんなことを思いながらも、和やかに話していると、ふいに彼女が真顔で頼んできた。
「ときに、ケンタロウ」
「ん」
「同人誌を見せてくれないか」
 俺は吹き出した。彼女は続ける。
「もしかして持っていないのか? 友達は君ならきっと持っていると言っていたんだが」
「てか誰、友達って! もしかして猪俣さん?」
「ご名答。彼女だ」
 やっぱりか!
 猪俣 カズミ。小さくてデコ眉眼鏡のクラス委員長。
 ツンデレでマンガ部で腐女子。キャラがベタ過ぎるヤツだ。

「そうそう、それで豊山君の家に連れて行くには彼女が適任だと思っているんだが、どうだろう」
「あ、うん。良いんじゃないかなー」
 豊山が気に入るかどうかは分かんないけど、まあ可愛いからな。
「で、その同人誌だけど、俺、BLとか持ってないし、その、内容は、なんていうか……」
「ん? びぃえる、とはなんだ?」
 純粋な瞳で俺に疑問を投げかける。
 てか、猪俣! まだ説明してないのかよ! おまえの分野だろうが!
「あーえー、俺の持ってるのとは違うタイプっていうか、女性向け、かなァー」
「ほほう。そういうジェンダーが存在するのか。なかなかに奥が深そうだな」
 ますます目が輝く。
 ああ、いたたまれない。
「とりあえずは君の持っている物で良いから、今度持ってきてくれないか。もちろん校則違反だから、こっそりな」
 ちょっといたずらっ子のように笑う。
 可愛いな、もう!
「し、仕方ないな、解ったよ。持ってくるけど……見ても引かないでくれよ」
「ん? そんな内容なのか」
「んー、ま、まあ、その……」
「ふむ。覚悟しておこう」
 覚悟完了させちゃったけど、いいのかなぁ……てか、待て。
 これって、俺史上最大のピンチかも知れないぞ。
 んー。できるだけソフトな一般向けっぽいのを選んでおこう。うん。

 電車が来た。
「む。じゃあ、また……」
 あまり表情には出ないけれど、でも声の調子が寂しそうだ。
 俺も、ややうつむき加減で応えた。
「あ、うん。また明日」
 ふいに彼女は、一歩前に出た。
 そして、俺の頬にキス。
「えっ!?」
 驚く俺に、さらに畳み掛けるように言った。
「好きだぞ、大好きだ」
 俺はまた頭に血が上って、めまいがしそうだった。
「じゃあ、また明日。同人誌、よろしく頼んだぞ」
 彼女は踵を返すと、改札を抜けて電車に向かっていった。
 いつも落ち着いている彼女が、その時はまるで子馬が跳ねるようだった。


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