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 次の日。
 俺は物理的だけじゃなく精神的にも重い身体をなんとか引きずって電車に乗り、中央公園駅で降りた。
 今回も待ち合わせ場所は中央公園だ。それも気が重い原因の一つだった。
 だが、ユウジとの約束は破りたくなかった。

 約束の時間よりずいぶん早い。寝てないからだ。
 ベンチにぐったりと倒れ込んで、仰向いた。
 バカみたいに晴れ渡った冬空を見上げる。
 人から見ると、まるで酔っぱらいだ。

「うごー、眠い……」
 当然、テンションは最低。
 昨日の晩はそりゃあ、ひどい状態だった。
 ウトウトしちゃ、泉のことを思い出して落ち込んで。
 またウトウトしちゃ、自分の涙で目を覚ます。
 そんなことを一晩中、繰り返してたんだから。

「泉……」
 かすれた声が出た。
 もう何度、その名字を口にしたのか。
 のどもガラガラだ。

 見上げる目の前の空は本当に泣きたいほど青い。
 空はなんであんなに蒼くて高いんだろう。
 『空』って漢字、『から』って読めるよな。
 からっぽの『から』だ。
 はぁ……
 こんな気持ちの時は、ユウジみたいにタバコでも吸えば落ち着くのかな。
 溜息をタバコの煙に隠して吐いて……。

「……がわ! 香川! 起きなさい! 起きろってのよ、この万年脂肪肝!」
 どすっ!
 俺の胃よりやや左、そう俺の脂肪肝が何者かに攻撃された。
「ぐほっ!」
 痛みに目を覚ました。
「んぁ? 俺、寝てた……? お、猪俣さん……か?」
「か? ってなによ! この痴豚(ちとん)!」
「痴豚とか言うな! いや、だってその格好、いつもと全然違うからさ」

 彼女の私服は予想の斜め上だった。
 首から上はいつものおさげで、黒縁眼鏡。だが、その首から下がイメージに合わない。
 首にはトゲのあるチョーカー。
 上着は黒い革ジャンで安全ピンが胸の辺りから下へ、ずらりと付いている。
 中の服はコウモリをあしらったハイネックの長そでティーシャツ。
 下半身は破れたようなジーンズのホットパンツに白黒ボーダーのタイツ。
 靴も革のいわゆる安全靴。

 正直、丸顔でおでこの猪俣にパンク系は全っ然、似合わねえええ――ッ!
 まだゴスのほうがマシだ。
 てかそこまでするなら、髪型とか眼鏡とかもどうにかしろよ!
 だが、んなこた言えない。空気読んだ俺は別の視点から発言した。

「……それ、勝負服、なのかな?」
 猪俣は真っ赤になった。
「しょ、勝負もなにも、フツーよ! フツー! なんで勝負しなきゃなんないのよ!」
 ぷいっと横を向いた。
 よし、ツンデレモード発動。とりあえず、この場は凌いだようだ。
 と、思ったんだけど。
「てかさ、サヤはどうしたのよ? バカップルが片割れだけってヘンじゃん」
「うぐ」
 いきなり核心を突かれて、言葉に詰まる。
 猪俣はじっとりと俺を観察した。
「んー? 目ぇ腫れてない?」
「み、見ないで! 見ちゃ嫌ぁあ!」
 慌てて顔を手で覆った。
 その指の隙間から猪俣を見ると、悪魔の笑みを浮かべている。
「へっへっへっ! 口ではそう言っても身体は正直だのう」
 なに言ってるんだ、こいつ。
 俺の手を無理矢理、顔から引き剥がした。
「いやー!」
「ええい、観念しろ! ……ん、完璧に腫れてる。泣いてたな? それも一晩中!」
 猪俣は人差し指を、その秀でたおでこに当てて目を閉じた。
「んー……」
 人差し指の先をグリグリと回し始める。
 ポクポクポク……。どこからか木魚の音が聞こえてきた。

 チーン!
 猪俣は、カッ! と目を見開いて叫んだ。
「真実はいつもひとつ! 魔豚ブゥ、おまえはサヤにフられたな!」
 もはやツッコむ気力もない。
「あー……そうですよ。このブ豚はね、フられたんですよ。ええ。昨日のメールで、今日は来ないかも、ってさ」
「げ」
 猪俣がカエルみたいな声を出して、やってもーた、という顔をする。
 そんなはずはないと、思い込んでいたらしい。
 あるんだよ、そう言うことも。

 ふいに、男の声が聞こえた。
「マジでか」
 ユウジだ。ヤツが驚いた顔で俺と猪俣を見つめていた。
 猪俣がまた、真っ赤なニンジン娘になる。
「あっ、ゆ、ユウジ、くん。あー、えー、き、聞いてたなら話は早いわ。この飛べない豚、なんとかしてやってよ」
 ユウジはベンチに座る俺の前に来て、怒った。
「バッカ! なにやってんだよ! 理由は? メール返したんだろ!」
 肩を揺さぶられる。
「い、いや……なんて返していいか分かんねーし……」
「はぁ? んなもん、単純になんでなのか聞きゃあいいじゃねーか!」
「いや、でも、どーせ俺なんか……あれはなんかの間違いなんだよ。きっとそうさ」
「てめ……っ」
 ユウジの目が怒りに燃えた。
 殴られる、そう思った。
 だが。
「情けねぇ……マジ情けねぇよ! う、うう……」
 ヤツは泣いていた。
 俺の肩に手を置いて、震えていた。
「ケンタロ、お、おまえ、泉に選ばれたんだぜ? それはホントなんだぞ。分かるか? リアルなんだよ」

 リアル。
 その言葉が、じわりと俺の心の中に広がっていった。
 そう、泉の体重。柔らかさ。温もり。香り。
 初めて触れた、本当の女の子。

「そっか……リアル、なんだ」
 俺はつぶやくと、ユウジの目を真っ直ぐ見た。
「分かったよ、今。ありがとう」
 俺はユウジの手に手を重ねて、頷いた。

 俺は立ち上がると、軽く屈伸をした。腹が邪魔だが仕方がない。
 ユウジが問い掛ける。
「どうするつもりだ?」
「分かんないけど、とにかく泉がいつも降りる駅に行ってみる。そこからそのへんを探してみるよ」
 腕を組んで俺を見ていた猪俣が、眼鏡を直した。
「電話とかメールじゃダメ……みたいね。その顔は」
 軽く溜息を吐いて続ける。
「確かサヤの家は駅の北側にある、チョコレート色のでっかいマンションって言ってたわ」
 俺は頷いた。
「ありがとう、猪俣さん。じゃ行ってくる」
 俺は走り出した。

「はぁっ、はぁっ、ぐはぁ……っ」
 線路沿いのフェンスが延々と続く、ほとんど人がいない歩道。
 俺はとにかく走った。
 彼女に会いたい、会って話がしたい、そう思った。

 中央公園駅は、泉のいつも降りる駅にかなり近い。
 それもあって、電車を待つのを惜しんで走った。
 でも、この蓄積された脂肪は燃焼するよりも早く、乳酸を溜め込んできていた。

 くっ! 負けねぇ! 赤身の少ない俺のもも肉よ! 上がれ! 上がれぇ!
「ふんごおおお!」
 自分でもどこから出ているのか分からない声を発して、更に肉体に鞭を入れた。

 足を一歩踏み出すたびに、どしどしと自分の重さが踵から膝、腰へと負担を掛ける。
「はひ、はぁ、ひ……」
 意識が薄らいでくる。そうだ、俺、寝てないんだった。
「あっ?!」
 ふいに、足がもつれてよろけた。
 マズイ。
 そう思ったが、もう遅かった。
 俺は硬い歩道に思いっ切り、身を投げて出してしまった。
 まず、腹の肉が内臓を圧迫する。
 次に手のひら、それから順に肘、膝、顎、頬が地面を擦った。
 俺は地に身体を伏したまま、しばらく動けなかった。

「う、う……っ痛ぇ……」
 ゆっくりと身を起こす。
「うがっ!」
 足首に激痛が走った。
 どうやら、ねじったようだ。
「くぅ……」
 痛みをこらえながら、地面に擦ったところを確認する。
 フード付の白いジャンパーは、腹の所が破れそうになっていた。
 ジーンズも膝が同じような状態で、さらに赤いものが染み出していた。
 手のひらからも血が滲んでいる。

「ちっくしょ……う……」
 俺はフェンスを支えに、立ち上がろうとした。
 だが、足首を中心に痛みが全身を駆け抜けた。
「ぐあああ……っ」
 崩れ落ちそうになった。
 でも、なんとか耐えた。耐えきった。

 ひねっていないほうの足を一歩、前に出す。
 地面に踵が付くと、膝が痛い。でも、歩けないわけじゃない。
 もうかたほうの足を地面に降ろすと激痛が走る。それでもフェンスにしがみつくようにして耐えた。
「おし……まだ、いける」
 俺はフェンスに身体を半分預けるようにして、進んだ。

 泉の駅にようやく着いた頃には、もう、昼過ぎだった。
 俺の息は上がっている。もうヘトヘトだ。腹も減っている。
 本当に最後の力を振り絞るように、駅前のベンチに座り込んだ。
 また、俺は酔っぱらいだ。それも今度はケンカでもして、ボロボロにやられたヤツ。

「泉……」
 もう声が出ているのかどうかさえ分からない。
「いずみ……さや……」
 太陽がまぶしい。
「さや……あいた、かった……」
 目の前が暗くなった。
「ケンタロウ。わたしもだ」
 どこかで聞いた美しい声がした。
 ふいに俺の顔が暖かさに包まれた。
 良い香りがする。柔らかい。
 熱い水みたいな物が、ぽろぽろと頬にかかった。

 それが、サヤの涙だったと分かったのは、彼女の家で目が覚めたときだった。
「起きたか、ケンタロウ」
 サヤが俺の顔を覗き込んで、優しく微笑んだ。
 その頬には、涙の跡があった。
「泉……俺、あ、会いたくて、話が、したくて……」
 サヤは頷きながら、俺の頭を撫でた。まるで子供をあやすように。
 彼女の後ろのから、聞き慣れた男の声がした。
「ったく、重いったらありゃしねぇ。俺とカズミが来なかったら、泉だけじゃここまで運べなかったぜ」
 ユウジだ。猪俣の声も聞こえた。
「ホントだわ。もうちょっと痩せなさいよね!」
「それは困る」
 サヤが猪俣のほうへ向かって唐突に反発した。猪俣は呆れた声を出した。
「てか、サヤ。あんたホント、ヘンタイよね……」
「うむ。それは認めよう」
「なに堂々と認めてんのよ!」
 俺は思わず、吹き出した。
 サヤが俺のほうへ顔を戻し、また笑みをくれる。
「ん。笑う元気が出たか。では用意してあるマッシュルームスープを飲んでくれ。さ、身体を起こして」
 彼女が俺の腕を肩に回して、上半身を起こしてくれる。
 ベッド脇にカートに乗っている保温ポットからカップにスープを注いで、俺に渡してくれた。
「あ、ありがとう……」
 彼女はまたちょっと笑うと、ユウジと猪俣にもスープを勧めた。
 何をさせても手際がいいな。てか、これってメイド?
 思わず、メイドコスのサヤを想像してしまう。
 ……うーん、萌える。

 スープを飲んで人心地付いた俺は、改めて部屋を見渡した。
 広い。俺の部屋の倍は確実にある。床はフローリング。
 落ち着いた淡いベージュの壁に囲まれ、きれいに整理整頓された家具類。
 どれもシンプルで、しかし高級そうだ。
 部屋の中央には、簡単なテーブルと椅子があって、そこにユウジと猪俣がいる。
 サヤは俺のいるベッドに腰掛けていた。
 彼女は、やっぱりイメージ通りのお嬢様なんだな。
 それに比べて俺は……。

「さて、ケンタロウ。事情を簡単に説明しよう」
「あ、え、ああ。うん」
 落ち込みかけていた俺は、サヤの言葉で我に返った。
 彼女は立ち上がると、深々と頭を下げた。
「全てはわたしの勘違いだったんだ。申し訳ない」
 腰を九十度曲げた姿勢で、ぴたりと止まる。
「そ、そうなの?」
「うむ」
 そう返事をすると、頭を上げた。
「以上だ」
 俺はベッドの上で器用にコケそうになった。
 猪俣が遠くからツッコミを入れる。
「簡単にも程があるでしょ!」
「む、そうか。では、もう少し詳しく言おう。まず、昨日の放課後……」

 今度は詳し過ぎたので、要約するとこうなる。
 昨日の放課後、サヤが生徒会に行ってから俺と猪俣はしばらく教室で漫才みたいなことをしていた。
 そこにサヤが珍しく忘れ物を取りに教室に戻った。
 その時、教室の外で俺と猪俣の、あのBL談義を一部だけ聞いちゃったんだそうだ。

『んー。そうねぇ……』
(しばしの間)
『……やっぱダメ。あんたとのカップリングは無理』
『そ、そうか』

 つまり、俺が猪俣に告白していたと思ったワケだ。
 付き合うのにカップリングって言葉、おかしいだろ、普通。
 でも、サヤは素直にその言葉の意味通り、受け取ったんだな。

 で、サヤはとにかくどうしていいのか解らなくて、とりあえず、会わずに考えようとした。
 それがあのメールだったんだ。

 それで、今日。
 ユウジの言葉のおかげで気が付いた俺は、駅まで走った。
 その間に猪俣が、ひょっとして昨日の教室の外にいたのはサヤじゃないかって思い出して、サヤに電話したんだそうな。
 それで、誤解が解けてサヤが駅前まで来ていたときに、俺がボロボロで現れた……。

「ケンタロウ、本当に済まない。だが君も悪いんだぞ」
 サヤはほんの少しすねるような口調で言った。
「なぜなら、まだ君の口から一度も、わたしを愛している、と聞いていないのだから」
 サヤ以外の三人が一瞬にして、茹で上がった。
 猪俣がすっ飛んできて、ツッコミを入れる。
「そそんなの二人っきりのときに言うもんでしょ! 今は、あたしやユウジがいるんだから遠慮しなさいよ!」
「む、そうか。確かに。親しき仲にも礼儀あり、だな」
 サヤは俺に上目遣いで微笑んだ。
「では、また二人きりのときにはよろしく頼む」
 ちぇっ、かなわないなぁ。もう。
 血行が良くなって健康になりそうなくらい、ドキドキしっぱなしだぜ。

 結局、その日は当初の予定だったゲーム大会もせずに、というか出来ずに解散した。
 また今度、俺の足が治ったらやろうって約束して。

 俺はサヤの家にあったおじいさんの松葉杖を借りて電車で帰った。
 これも、治ったら返すっていう約束。

 ユウジと猪俣は、その仲が微妙に進展しているようだった。
 お互い、いつの間にか呼び捨てになってたもんな。
 それも、約束だよな。

 おっとそう言えば、サヤに同人誌を見せるってのもあったな。
 そんな未来への大切な約束をひとつひとつ、果たしてはまた作って。
 そうやって俺たちは大人になっていけるといいな。

 ま、今一番大切な約束は――サヤに、愛してるって言う、ってことだ。

《END》


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