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 泉サヤは朗らかな声の調子で、猪俣カズミに告げた。
「そういうわけで、カズミ。君はわたしたちと一緒に明日、豊山君の家に行く事になっている」
 猪俣は半笑いで呆れたように、眼鏡を直した。
「はぁ? サヤ、なに言ってんの」
 泉はその返答にきょとん、とした。
 俺は苦笑いを浮かべた。

 金曜日の放課後すぐ。
 泉は、マンガ部に行こうとする猪俣を引き止めた。
 俺の親友、豊山ユウジの家へ新作のパーティゲームをやりに行く計画を話すためだ。
 で、それが猪俣の呆れた原因になった。
 泉は答える。
「何を言っているも何も、そうなっているからそうなっていると言ったんだが」
「あたし、初耳だよ!」
「ふむ。だが、今聞いただろう」
 猪俣は、その秀でたおでこを真っ赤にした。まるで、やかんだ。
「そーじゃなくて! えと、んと、あううう! うっきー!」
 ばたばたと手を振り回し、地団太を踏む。
 どうやら、理路整然と話すのが苦手らしい。
 それを見ていた泉が冷静に、そして純粋に疑問を投げかけた。
「ん? 奇声を発していては解らない。何が言いたいんだ」
 俺は猪俣に助け舟を出した。
「猪俣の予定もあるかもしれないし、先に相談してくれってことさ」
 猪俣はコクコクと頷いた。
 泉は顎に人差し指を当てて、いつもの考えるポーズ。
「ふむ。確かに。カズミの予定も聞くべきだったな。済まない」
 手を前で重ね、素直に頭を下げて謝った。

 頭を上げると、爽やかな声の調子で聞いた。
「それでは改めて聞こう。カズミ、明日の予定は何かあるか?」
「……ちょっと確かめるわ。明日、土曜よね……」
 と、モノトーンのトートバッグから手帳を取り出して、俺たちに背を向けた。
 パラパラと手帳をめくる。
 ちらっと目に入ったそのページには『コミック都会67締め切り』とか『戦国カブキオンリー』などと大きく書かれている。
 同人イベント関係の日程か。それなりに忙しいみたいだ。
 ん? あ、明日もなんか書いてあるような……。

 猪俣は顔を上げて手帳を閉じた。
 くるりとこちらを振り向く。
「うん。大丈夫。せっかくだから行くよ」
 泉に向かってにこり、と笑う。
「そうか。良かった。では、わたしは生徒会の仕事に行く。カズミ、引き止めて悪かったな」
 猪俣は首を横に振った。
 泉は俺に目を向けると、微笑んだ。
「ケンタロウ、後でな」
 ぎゅっ。
 唐突に俺に抱きついて、離れた。
「じゃあ」
 軽く手を振って教室を出て行った。
 猪俣が今なぜか急にズレた眼鏡を直し、つぶやいた。
「……あんたたち、ホント、バカップルよね」
 俺は真っ赤になりながら、押し黙った。

 気が付くと教室からは俺と猪俣以外、誰もいなくなっていた。
 俺は自分のカバンを取って教室を出ようとしながらも立ち止まった。
 猪俣のほうに向かって話し掛ける。
「あのさ、猪俣さん。明日、ホントに良かったの?」
「ん? ……なに、まさかあんた、さっきあたしの手帳、覗いたの?」
 ギロリと睨み付ける猪俣。
「え、いや。見るつもりはなかったんだけど、その、目に入ったてか……」
「このメタボ野郎!」
 どすっ!
 彼女は一瞬にして間合いを詰め、その肘が俺のストマック、つまり胃を捉えた。
 これってヴァーチャル対戦格ゲーの技……?

「がはっ!」
 有名な世紀末拳法マンガに出てきた悪役みたいに、脂肪で拳を防げるならどんなに便利か。
 俺は自分のヒットポイントの激減によろけながらも、気になったことを聞いてみた。
「よ、予定があるのに、それをキャンセルしてまで、俺たちに付き合うって事は、猪俣さん、もしかしてユウジの事……」
 彼女は赤一色になって、今度は俺に爪先蹴りを喰らわす。
 その正確無比なスカッドミサイルの攻撃目標は、俺の未来を育む大事な黄金の施設。
 やべっ!
 俺は思わず、今まさに放たれたミサイルの軌道を司る足首を上から掴んだ。
 爪先は、そこに食い込む寸前で止まった。
 その素早さに自分でも驚いた。まるで古いマンガの太った高校生忍者みたいだ。

 猪俣が動揺した。
「う? は、放しなさいよ! このヘンタイ!」
 このまま手をもうちょっと上げると、猪俣の短めのスカートの中が見えるかも……。
 さらに上げてバランスを崩して倒れそうになったところで、放して欲しかったら言うことを聞け、とか言ってみたりして……。
 などと、変態と罵られても当然のエロゲー妄想をしつつ、手を放す。

 猪俣は足を戻すと、睨み付けて来る。
「……ふん! 別にユウジ君なんかBLネタでしかないもんね!」
 腕を組んで、そっぽを向く。てか、BLネタかよ!
「あたしは『クラッシュ シスターズ』のミンクがどんな感じか見たいだけなんだから!」
 猪俣は明日、遊ぼうと言っているゲームのタイトルを口にした。
 確かにそのメーカーの有名キャラが全部集まってるゲームだから、ミンクもいる。
 BL好き、てかショタ系が好きな腐女子は萌えるキャラだ。
 でも……。
 俺は彼女の肩を叩いた。
 ちら、と振り向く。
「猪俣さん。解ったよ。明日は立派なミンク使いになってくれ。ユウジに教わりながらな!」
 生暖かい眼差しで親指を立てた。
 猪俣の顔がまた、茹で上がる。
「ち、違うって言ってるっしょ! な、何よ! その眼は!」
 また、そっぽを向いてしまう。
 うーん、見事なツンデレ具合だ。

「でさ、話し変わるけど、BLネタのユウジの相手って誰? もしかして俺?」
 妙にその話に興味が湧いていた俺だった。
 猪俣はまた俺を振り返った。今度はものすごく嫌そうな顔だった。
「ないない!」
 俺の目の前で手を仰ぐように振った。
「確かにあんた、ユウジ君と仲良さそうだけど……ダメだったよ、うん」
「ダメだったって、一度は妄想したって事かよ! 猪俣さん……恐ろしい子……!」
 なにやら目を瞑って、そのおでこに人差し指を当てた。
「んー。そうねぇ……」

 しばし沈黙。再度、妄想しているようだ。

 やがて目を開けた。
「……やっぱダメ。あんたとのカップリングは無理」
「そ、そうか」
 なんというか、ほっとしたような、がっかりなような。
「あれ?」
 ふと、猪俣が教室の出入り口に目をやった。
「今、誰かいたような」
 彼女は教室の外に出て、きょろきょろと見回した。
「むー? 気のせいか。んじゃま、あたしは部活に行くよー」
「ああ。じゃ明日な」
「んー」
 猪俣は足取り軽く、去っていった。

「俺も行こっと」
 カバンを背負うと教室を出た。

 美術室に着くと、ユウジが来ていた。
 同じクラスなのに、今日初めて顔を見た。
 ちょっと目の垂れた微妙にイタリアンなその顔。
 年取れば、ちょいワルオヤジそのものになりそうだ。

 今日もヤツは女子に取り囲まれている。
 その中の一人の手を取りながら、木炭の持ち方を教えていた。
 教えられている一年の女子は、もうポーッとなっていた。
 ったく、こいつは。

「よ、ケンタロ。明日の件、どうなった?」
 ヤツは俺に気づくと、ニコニコと声を掛けてきた。
「んー。ま、いちおうな」
 俺は道具を棚から持ち出し、自分の席に座る。
 ヤツは女子に笑顔を振り撒いて、こっちに来た。
 がっ! と俺の肩に手を回す。
「誰だ?」
「猪俣さんだよ」
「……あー、あのでこ眼鏡で小さい……。可愛い系だな。でも、あいつ腐じゃなかったか?」
 腐、とは当然、腐女子の略だ。
 ちなみに腐女子とは、いつどんなときでも男同士のエロ、すなわちボーイズラブ、略してBL妄想を繰り広げている女子の事だ。
 なお、これが大人になって結婚してもそのままだったりすると、有名なポケットクリーチャーみたいに“貴腐人”へと進化を遂げる。

 俺は答えた。
「ああ。おまえと誰かの妄想してるらしいぜ」
 ユウジは吹いた。
「て、まさか、ケンタロとか!?」
「いや、俺はダメらしい」
「そ、そうか」
 びみょーな空気が漂った。

 ユウジは頷いた。
「うん。ま、腐ならアニメとかゲームとかの話も通じるし、友達から始めるのもラクそうだ。俺、腐だからって、そんなに抵抗も無いしな」
 俺はそのニヤニヤとした横顔を見て、疑問が湧いた。
「なあ、ユウジ。その、それって……本気、なのか?」
 ヤツは怪訝な顔をする。
「ん? いや、まだ始まってもないのに、本気もなにもないだろ」
「そ、そうなんだけど……そうじゃなくて、その巧く言えないけど、本当に、こ、恋人っていうか、そういうのが欲しいのかなって」
 ヤツは半分笑って言った。
「そりゃそーだろう! おまえにあんな彼女が出来てさ、俺も焦るじゃん」
「……でも、それってなんか違わね? 焦るから、とか、ラクそうだから、とかさ」
 ユウジは、ややふて腐れた口調で俺から離れた。
「なんだよ、その上から目線はよ! ああ、ああ。おまえは選ばれし勇者だよ! はいはい」
「いや、そういうんじゃなくて」
 ユウジは俺を睨んだ。
「これは俺の問題だ。口、挟むな」
 俺は何も言えなくなった。
 そして、猪俣の気持ちを伝える機会をなくした。

 俺は石膏像を一心不乱に鉛筆で描いた。
 線に線が重なり、淡い濃淡を紡ぎ出していく。
 それが集まって面が表現され、三次元の立体物が紙の上に写し取られる。
「ふぅ……」
 ある程度の形になったときに部屋の時計を見た。
「あれ、もうこんな時間か……」
 ユウジが、ふいに後ろから声を掛けた。
「ふーん。まだもうちょっと硬い感じだな」
「うわ、びびった! いつからそこにいたんだよ」
「けっこう前からいたっての」
 さっき、ちょっとケンカしたみたいな感じになったけど、もう普通に話せる。
 そのへんが、親友ってものなのかもしれない。

「てか、泉、遅いな。ケンカでもしたか?」
「いんや。ご機嫌で……生徒会の仕事に行ったけどな」
 抱きつかれた事を思い出して、ドキドキした。
「そか。でも、さすがにこの時間なら生徒会の仕事も終わってるだろうに」
「まあなあ……」
 と、ふいに俺のケータイが鳴った。
 メールだ。
 俺は発信元を確認した。
「泉だ」
 ケータイを開き、メールの内容を読んだ。

『件名 帰る
 内容 済まない。今日は一人で帰る。明日の予定も無理かもしれない』

「なんだよ、これ……」
 俺は力なくつぶやいた。
 凄まじい虚脱感に襲われる。
 なんなんだ……。

 ユウジが何かを察知したように、優しげな声を掛けてくれる。
「ん? なんかあったか。ま、嫌なら言わなくてもいいけどよ。……おまえの問題だしな」
 俺は、ユウジにあいまいな返事をした。
 それから、ふらりと立ち上がって……。
 どうしたのか、覚えていない。
 気が付くと、俺は自分のベッドで泣いていた。

 ある程度、落ち着いてきたときに俺はごろりと仰向いた。
 見るともなしに部屋を見渡す。
 六畳の部屋に、ずらりと並んだフィギュアと積みあがったプラモの箱。
 それらは暗い部屋でなんの輝きも放っていなかった。
 俺はその闇の底にどんどん沈んでいくような錯覚に囚われた。
「泉……」
 その声は深海からの泡のように、天井のほうへ浮き上がって消えていく。
 メールを返そうか。
 でも、なんて?
 解らない。
 もう全てが解らない。

 あれは夢だったのか……。
 考えがまとまらない。
 もう一度、俺は彼女の名を呼んだ、と思う。
 だがそれさえもハッキリしないまま、俺の意識は闇にまぎれていった。

(つづく)


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