放課後。
わたしは帰りに風光を誘おう、そう心に決めていた。
だが、そんなときに限って、先生の用事を手伝う羽目になる。
わたしは彼に、待っていてくれるようには頼めなかった。
勇気がなかった。
そのまま、彼はいつものように、軽く手を振って帰っていった。
がんばれよ、と言い残して。
先生と一緒にプリントを教室から職員室へ運ぶ。
途中、校門のほうを見ると、ちょうど彼の背中が見えた。
厚底のちょっとくたびれたスニーカーを、早くもなく、遅くもなく、微妙な速度で動かして。
良過ぎもせず、悪過ぎもしない姿勢で、歩いている。
それがなんとも彼らしい、と思った。
彼がふいに手を上げた。
誰か、校門にいるようだ。先のほうを見ると、その相手がいた。
女子だ。
あの制服は、このあたりの中学生か。
高い位置のポニーテイル。やや小さい。
表情はよく見えないが、大げさに怒りのしぐさをしている。
彼は、歩く速度を変えることなく、彼女に近づいていく。
彼がそばまで行くと、彼女はかなり強引に腕を組んだ。
はしゃいでいる。
彼はそれをなんとかほどこうとしながら、しかし、まんざらでもないようすで去って行った。
「どうしたの? 委員長」
先生の声で我に返った。
「いえ、何でも、ない、です」
それから後は、記憶が曖昧だ。
学校を出て、街を歩いた。
いつの間にか、雨が降っていた。
昼休みには、あんなに晴れていたのに。
風光に返してもらった傘は、さす気になれなかった。
気が付くと、ここにいた。
ここ。
巨大な家電量販店の二階にある、オープンスペース。
わたしは、そこから街を見下ろしていた。
駅からの人の波が、寄せては帰す。
信号によって色とりどりの傘が、不思議なクラゲのように流れたり、止まったりしている。
この辺りも変わったな。
あの頃、ここはスーパーだった。大型量販店なんかなかった。
なんの変哲もない、どこにでもあるような駅前商店街の出入り口だった。
三年も経てば、変わらないほうがおかしいか。
髪から、眼鏡に水滴が垂れた。
ああ、制服もずぶ濡れだ。
このまま、電車に乗ったのか。
そうだ、そこの目の前にある駅で降りたんだ。
自宅近くの、いつも通学に使っている、駅。
あの日以来、避けているこちら側の改札を出た。
なぜ、ここに来たのだろう。
なぜ、避けていたのだろう。
答えは解っていた。認めたくないだけだ。
あの日。
ここで、三年前。
最後に、彼を見たから。
彼……慶太君を。
わたしは、彼を、待っていた。
あれは偶然。
もう、二度と逢うはずはない、と知りながら。
そんな、弱い自分が嫌いだ、と思いながら。
俺はふゆなに連れられて、家からはちょっと離れたファッションビルに来ていた。
ヤツは上機嫌で、買いたい物を物色している。
「ねぇねぇ、あれなんかどぉかなぁ? 似合うかなぁ?」
ショウウィンドウのマネキンを指さして、興奮している。
「あー、いいんじゃねぇ?」
テキトーに答えると、耳を引っ張られた。
「痛っ! ちぎれ、ちぎれるって!」
そのまま、俺の耳の穴に向かって叫ぶ。
「もし、あたしがあのイーンチョーでも、そんな態度取るワケ?」
うるさいし、意味がよく解らない。
ふゆなは、ふゆなであって委員長じゃない。
俺は耳を押さえながらも、堂々と答えた。
「安心しろ。おまえは絶対、あんなふうには成れぬ! この兄が断言しよう!」
腹に光速の鉄拳制裁を喰らう。
「ぐふッ……」
我が生涯に一杯の悔いあり……。
「もうちょっと学習しようネ、おにいちゃん」
輝くような笑顔。
だが、目は笑っていない。
「承知致しました。お嬢様」
うやうやしく頭を下げた。
「解ればいいのよ。じゃ、次のお店にゴー!」
俺は、すごすごとヤツに引きずられるように付いていく。
俺の脳内では“ドナドナ”が流れていた。
駅の構内にある、窓の大きな喫茶店。
「ぐはぁ、疲れた……」
ふゆなの買った大荷物を左右にどっさりと置いて、一息吐いた。
当然のように俺ひとりが全部、持たされていた。
ふゆなは、素知らぬ顔で店員に注文をする。
「あたし、キャラメルマキアート。この生き物には、水だけで充分です」
俺は植物か。
「あたし、優しいでしょ? これで、ここの支払い、ひとり分になったじゃん」
ひどい仕打ちだ。だがもはや、言い返す気力もなかった。
もう、姫様がご機嫌麗しいならばそれでいいです。はい。
ふゆなは荷物の袋を目で確認した。
「今日はまあ、そこそこ収穫はあったかな」
ふーん。これだけ買って、そこそこなんだー。あははー。
涙目を窓のほうに向けると、雨が降っていた。
「傘……委員長に返して、ちょうど良かったな」
道路を一本挟んで向こうには、最近出来たと言う家電の大型量販店がある。
二階には洒落たオープンスペースがあった。
奥にエレベータ、その脇にはエスカレータがある。
「ん?」
見知った顔が、スペースの手すりから下をぼんやり眺めているのが目に留まった。
「あれは……委員長?」
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