[其ノ一]
夕暮れの縁側。
庭に、雪が積もっている。
俺は、足をぶらぶらさせながら、子供用の竹刀を弄んでいた。
「こらこら、危ないぞ」
親父が、優しく微笑みながら、俺をひざに乗せる。
いつも和服で、髪はキッチリ七三分け。
俺はその整髪料の匂いが、嫌いではなかった。
お袋は病弱で、俺が生まれて、ほどなく他界した。
ばあさんと同じだ。
だから、家族は男だけだった。
「信人(のぶひと)、おまえは剣道が好きか?」
「うん! 教えてくれるおじいちゃんはコワイけど、おもしろいよ」
そう答えると、親父は、少し寂しそうに笑った。
「おまえも、武田の血を引いてるなぁ」
親父は、夕日に染まる雲を見上げた。
「だが、武田は変わる。わたしの代で」
親父の息が、その見上げる雲と同じように見えた。
「もう、苦無衆の実行部隊などいらなくなる。まあ、もうすでに、無いに等しいけどな」
漠然と俺は、いつも道場で訓練をしている、黒いメイドたちのことだ、と思った。
「でも、それが存在すると言うだけでも、相手は怖がるものだ」
俺は本当に子供で、よく意味が解らなかった。
「わたしはね、信人。そんな暴力を使わず、誰も傷つけず、相手側との交渉を平和的に行いたい」
親父は、目を細めた。
「なんとかして、必ずそれを実行する。それがわたしの使命なんだ」
そう語るとき、親父は、いつもその目が輝いていたのを覚えている。
俺もなんだか、嬉しくなった。
そこに突然、こげ茶の集団が現れる。
全員同じ、白い仮面に、迷彩服。
親父が叫ぶ。
「逃げろ! 信人!」
俺は、何が起きたのか解らなかった。
ふいに、その茶色の集団と対峙するように、全身黒いメイドたちが現れた。
みんな、手に手に武器を持っているが、震えていた。
俺と親父を守るように囲む。
その中に、そのときの俺と同じくらいの子がいた。
メイドの一人が、その子に命令した。
「あなたは、坊ちゃまを連れて行きなさい! 早く!」
彼女は無言で、俺をじいさんの部屋のほうへ連れて行こうとした。
「いやだ! ぼくもお父さんを助ける!」
親父のほうを振り返る。
だが、目の前には、こげ茶色の男がいた。
大きな曲がった刃物を何の躊躇もなく、振りかぶった。
「うわぁっ」
俺は驚いて足がすくんだ。
「信人ぉッ!」
横から、親父が飛び出して来た。
振り下ろされる刃。
次の瞬間。
俺の目の前で。
夕日より赤い親父の血が、散乱した。
「坊ちゃま、逃げてください!」
メイドの言うことを無視し、泣きすがる。
「お父さん! おとうさぁぁぁぁん!!」
そんな俺に、白面の男はまた、刃物を振り下ろす。
今度は、さっきの女の子が横から飛び出した。
次の刹那。
彼女は相手のあごを、見事にかかとで蹴り抜いた。
男は、不安定に頭を揺らしながら、どさりと倒れこむ。
女の子はきれいに着地し、初めて口を開いた。
「逃げてください」
俺は、どうすれば良いのか、まるで判断できなかった。
「逃げて!」
彼女の激しい口調が、俺を動かした。
俺は、逃げた。
縁側から続く、廊下を走る。
じいさんの部屋に向かって。
曲がり角で、ちらりと庭のほうを見ると、彼女を含めてメイドたちが戦っていた。
だが、ほとんどが一矢も報いることなく、切り裂かれ、倒れていくのが見えた。
ただ、一番小さい彼女だけが、互角に渡り合っていた。
じいさんの部屋に飛び込む。
通称、翁の間。
ここは、じいさんが特別に呼ばない限り、網膜チェックをしないと誰も入れない。
しかも、それは隠しカメラでチェックされ、コンピュータが一瞬で判断して、ドアを開ける。
その頃はそんな事は知らなくて、ただ、じいさんがいるから安全なのだと思っていた。
だが、じいさんの趣味で彩られた部屋には、誰も居なかった。
ドアが自動で閉まる。
俺は押入れに隠れ、震えて泣いた。
気が付くと俺は、庭にいた。
夕日に照らされる白い雪の上に、黒いメイドたちとその鮮血が、無造作に散らばっている。
その惨状の中。
俺はただ、同じように血まみれの親父のそばで。
うずくまって泣いた。
動かなくなった親父に、わずかに残っていた体温は、雪と外気によって急速に失われていった。
そばで、じいさんとあの少女が俺を見下ろしていた。
「信秀(のぶひで)……」
じいさんが喉の奥から声を絞り出し、親父の名を呼んだ。
「おまえは、優しい男じゃった……優し、過ぎたんじゃなぁ……っ!」
じいさんが、大声で泣き出した。
俺はまだ、慟哭、と言う言葉を知らなかったが、それはまさに慟哭だった。
少女が、そっと俺を背中から抱いてくる。
「仇は必ず、討つ、から」
そう、囁いた。
ほの暗い竹林。
あの少女が、ゴスロリ調の服を着込み、クナイを手にしている。
向かってくる白面の男たちを、次々に斬り捨てていく。
激しく飛び散る血しぶき。
やつらの上げる、断末魔の叫び。
逃げ出す者もいる。
だが、彼女は容赦なく、背中から袈裟懸けに斬り付ける。
「やめろ……」
俺の声。
だが、彼女には届かない。
「やめてくれ」
俺の目の前に、血まみれの男が転がる。
びくびくと、痙攣している。
「やめてくれぇぇぇっ!」
彼女は、目の前の白面を真正面から切り捨てる。
その血を頭から浴びながら。
ゆっくり、振り向いた。
「なぜ? あなたのためにやっているのに」
口元が、恐ろしい形に歪んでいる。
その瞳は赤く、邪神を思わせた。
「あなたが、望んだから、こうなった。なのに、なにが不満なの」
風のように、俺に近づく。
震える声で、答えた。
「俺は、望んでない! こんなこと、望んでないんだ! 俺の、俺の望みは……!」
女が、クナイに付いた血を舐めた。
「そう、死にたいの……じゃあ、殺してあげる」
その刃物を振り上げる。
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
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