[其ノ二]
「若! どうされました!」
「若サマ?! 寝ぼけてる?」
左右からそれぞれ、女の子の声が響く。
右側の目鼻立ちがハッキリした女の子が、くだけた口調でふとんから出てきた。
「汗びっしょりじゃなぁい、さぁ脱いで脱いで!」
息が整わない俺のTシャツを、脱がしに掛かった。
「え、わ、おい!」
俺は慌てて、立ち上がった。
「若、ご免」
今度は左に寝ていた青い瞳の女の子が、冷静に俺のパンツをずり下げた。
「えええー?!」
必死にTシャツで、股間を隠す。
惜しい、と彼女が言ったのは、聞こえなかったことにする。
パンツをトカゲの尻尾のように捨ておいて、部屋を逃げ回る。
「空、華! やめてくれ!」
そうだ、目が覚めた。
ここは武田の本家。
俺の実家だ。
今はじいさんが用意した、俺と彼女たちの離れに住んでいる。
「てか、なに勝手に俺の部屋で寝てんだよ!」
俺たちには、各人に十畳ほどの部屋が与えられ、そこで寝起きすることになっていたはずだ。
「そりゃあ、もっちろん」
「若をお守りするためです」
なに、そのナイスコンビネーション。
「とにかく! 着替えるから出てってくれ!」
空がその青い瞳に、わずかな感情……決意にも似たものを見せて、聞いた。
「御意……ですが、若。ひとつだけよろしいですか」
澄んで落ち着いた声の中に、やや硬さがある。
俺は、何を言うのか気になって、それを承諾した。
「ああ。なんだ?」
彼女は目だけそのままで、少し、うつむいた。
睨む、と言うより探るような瞳。
「若の望みは、なんですか?」
「え……?」
意味が解らないのと同時に、何かいやな気持ちになった。
「わたしは、若の望みならば、どんなことでもします」
華も、頷く。
「あなたがもし……死を望んだとしても」
俺はぎくり、となった。
「ば、ばかなこと、言うなよ! なんでそんなこと……」
華が口を挟む。
「若サマが、寝言で言ってたの。殺してくれ、って」
血の気が引く思いがした。
「うう……それは……ちょっと、いやな夢を見ただけだ」
少し、沈黙があった。
「解りました。では、失礼します」
「じゃあ、着替えたら呼んでくださいねー、若サマ」
ふたりは、俺の部屋を後にした。
「だから、呼ばねぇよ!」
外で華の屈託ない笑い声が聞こえた。
ったく……。
俺は、簡素なタンスの前に行きながら、汗で重いTシャツを脱ぐ。
「やっぱり……忘れられるもんじゃないよな……」
今までも、時々見ていた、あの赤い夢。
親父が、殺される、夢。
じいさんが、ほんの少し出掛けていたあの日。
苦無衆も、すっかり弱体化して、普通のメイドのように働いていた頃。
訓練だけはやっていたが、実戦経験はなかったのだろう。
だから、みんなやられた。
だが、あの時。
ひとりだけ、生き残った少女がいた。
奴らと互角に戦い、助けてくれた、あの子。
あれは、誰だったのか。
俺は不意に、空か華のどちらかではないか、と思った。
……いや、あり得ない。
今の苦無衆は、じいさんが信用できる者だけを集めて、親父の復讐を遂げるため、組織したものだ。
その中に彼女たちは、まだいなかった。
その時、配属されたのは、みんな俺から見て、年上の女性ばかりだった。たぶん、リンダ姫もその頃、来たのだろう。
空と華は、その復讐戦が終わってから……俺がちょうどその事実を知って、家から飛び出た頃、やってきたと聞いた。
でも、それじゃあ竹林での一件に矛盾する。
俺は復讐戦に関して、後からじいさんに聞かされただけで、実際には見ていないはずだ。
だが、俺はあの赤い目の少女が、親父を殺した白面の男たちを容赦なく斬り捨てるようすを、鮮明に記憶している。
なぜだ?
俺が単に馬鹿なだけで、復讐戦に参加したことを忘れている。
彼女たちのどちらかは、親父が殺された後、屋敷を離れ、どこかで修行かなにかしていた。
そして、あの復讐戦の時、いったん戻ってきていて、俺の命令で、俺を殺そうとする。
だが、なんらかの要因で、失敗する。
さらに、俺が出て行った後、今度は正式に配属された。
そう考えると、つじつまが合う気がした。
……いやいや。まず、俺の記憶違いと言う線がかなり強引だし、それ以外も相当、無理がある。
それに空も華も、この前、初めて会った風だった。
「うーん……あれは誰だったんだ……」
空か華のどちらかかも知れないと思ったが、考えれば、考えるほど、違う気がしてきた。
俺はタンスから、きれいに畳まれたTシャツとパンツを手に取った。
適当に、突っ込んでおいたハズのものだ。
「……これもあいつらのどっちかだな。メイドには触るなって言ってあるし」
溜息をひとつ吐いて、とりあえず、着替えた。
俺は、着ていた服を持って、洗濯場に行こうと思った。
だが、身体がベタベタして気持ち悪い。
「ついでに、ひと風呂浴びよう……」
風呂道具も一緒に持って、部屋を出た。
こういうときばかりは、本家も悪くない、と思う。
まるで温泉旅館のような風呂に、二十四時間、いつでも入ることができる。
但し、母屋まで行かないといけないが。
離れからの渡り廊下を歩いていると、音もなく左右から、ふたりの女の影。
「お供します」
「あたしもー」
振り返って見ると。
ふたりともちゃっかり、浴衣を着込み、風呂道具を持っている。
呆れて、もう、追い払う気力もない。
がっくりうなだれて、母屋に向かって踵を返した。
「好きにしろ。でも、一緒に入る、とかは無しな」
華が嘆く。
「ええー! そんなぁ」
空もぼそり、とつぶやく。
「若くらいの年代は、性欲を持てあます、と聞いたんですが」
ぶふぉっ!
思わず、なにもないのにコケそうになる。
「誰に聞いたんだよ! てか、どういう意味なんだよ!」
ツッコミを入れつつ、右に曲がる。
母屋に入り、そのまま、風呂場へと続く廊下を行く。
空は律儀に返答した。
「聞いたのは、お館様からです。意味は、わたしと性行為を」
俺がツッコミを入れるより早く、華が実力行使に出た。
風呂桶から、クナイを取り出し、襲いかかる。
空は、それをわずかな動きで回避した。
ちょっとよろける華。
体勢を立て直し、振り返った。
「わたしだって、若サマと……! その! ソレ……を……」
真っ赤になって口ごもる。
俺もすでに真っ赤になっていた。
ちょうど、そのとき風呂場の入り口に到着した。
「ああ、もう! ほれ、ふたりとも、そっちの女湯に行け!」
俺は彼女たちを手で追いやると、“男湯”と書かれたほうの風呂場に飛び込んだ。
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