[SHINOBI-COOL!! 四] 華加編

其ノ壱


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 あたしは、お父さんの顔は覚えていない。
 大好きだったお母さんのことでさえ、ほとんど記憶にない。
 あの凄惨な現場以外で、ただひとつ覚えているのは。

 スポットライトを浴びて輝くお母さんと、そのキラキラした衣装。
 そして。
 美しい歌声。
 子守歌。
 それを舞台の袖で、見つめていたこと。
 ずっと。ずっと……。

 ある春の日。お山にお館サマが来た。
「華(はな)。おまえの上須義を始めとする各企業の動向を探った報告を読んだ。ご苦労じゃった」
「はい。ありがとうございます」
「それで、わしは信人(のぶひと)に対する、より一層の警護が必要じゃと思い立った」
「はい」
 お館サマは、そこでしばらくの間(ま)を取った。
 ゆっくり、あたしの目を覗き込む。まるで、あたしの心を読もうとしているかのように。
 やがて、お館サマは、告げた。
「今日からお前は、信人の身辺警護に付いてくれ」
 あたしは抗議しようとした。でも、お館サマは手で制した。
「解っておる。空(くう)のほうが適任だ、と言いたいのじゃろう? なにせ、苦無衆(くないしゅう)の歴史の中で最年少の頭(かしら)になった技量の持ち主じゃからな。だが、空は朱音(あかね)の裏切りと失踪で、今は精神的に参っておるじゃろう。志願して朱音の消息を追ったにも関わらず、その足取りも掴めないままじゃしのう……」

 確かにそれはその通りだ、とは思う。
 でも、空ちゃんは……本当は若サマを守るためだけにずっと修行してるんだけどね。
 お館サマはそういうとこ、鈍いなぁ。

「空には、お前の任務をつがせる。お前は学校へ行け」
 お館サマは、若サマの通う高校の制服と生徒手帳を突き出した。
 生徒手帳の中には、黒く重い髪を真ん中辺で適当に分けた、地味な女の子の合成写真が貼ってある。
 名前は“伊達 華加(だて はなか)”。
 さらにメモが挟んであった。簡単に性格や行動について書いてある。
 お館サマの直筆。忍者っぽい。なんとなくだけど。
 『目立つ言動はしない。あくまで普通に。他人の話はいつもニコニコして、曖昧に受け流すべし。また、信人以外は友達を作らない』か。
 なるほど。普通に、ね。
 あたしは、ゴスロリ服のポケットからライターを取り出し、メモに火を付けた。
 マグネシウムが練り込んである特殊紙だから、一瞬で灰になる。
 それを見て、お館サマは話を続けた。
「ちょうど学年が変わっての転入になる。引退した比芽(ひめ)も先生として赴任しておるから、何かと相談に乗ってくれるじゃろう。解ったら、行け」
「はい」
 あたしは、さっそく出立の準備をした。

 まあ、あたしも、確かに若サマってどんな人なのか、興味はあった。
 だって、あの空ちゃんが好きになった人だもん。
 せっかくだから会って話してみたい。
 お館サマの命令には逆らえないしね。
 ごめんね、空ちゃん。

 数日後の始業式。
 あたしは二年B組の教室にいた。
 あの写真とそっくりに変装して。
 担任によって、みんなは出席順に指名され、簡単な自己紹介をしていた。
「次は、武田君。武田 信人君」
 あ、若サマだ。
 あたしは興味を持って、その姿を見た。
「武田 信人です。ちょっとワケがあってひとり暮らししてます。よろしく」
 へぇ。あれが。
 背丈は、やや高いかな。声は低いけど、嫌な感じじゃない。
 顔はちょっと細くて、鼻が高い。目は涼しげで、二重。どことなくお館サマに似ている。さすがに孫ね。
 髪型は分け目の見えないよう、手櫛で整えたオシャレな感じ。
 全体としては和やかで、優しそう。でもちょっと、かげりがある雰囲気だな。
 去年、本家がイヤで飛び出してから、それなりに苦労してるのかな。

 そんな風に彼を観察している内に、自己紹介の順番が回ってきた。
「伊達 華加です。ちょうど今日から転校してきました。よろしくお願いします」
 大多数の生徒が名前と簡単な挨拶だけだったので、当然、目立たないように同じような自己紹介をした。

 放課後。
 彼が友達に挨拶して、教室を出た。
 それを見計らって、話しかける。
「武田君! あたし、転校してきたばっかだから、学校案内してくれる?」
 彼は戸惑った。
「え、俺? なんで……てか、えーと、伊達さん、だっけ」
「うん。伊達。伊達華加」
「ごめん。俺、これからバイトあるんだけど」
 あたしは食い下がった。ちょっと上目遣いで、可愛く見せてみる。
「えー、武田君、ケチだー」
彼は、困ったように笑う。
「いや、ケチとかそんなんじゃなくてさ。ほんと、ごめん。また、明日にでも」
 そう言って、走り去った。
 うーん、やっぱりあたしの今のビジュアルじゃあ、一緒にいるのは、それなりに時間掛けないと難しいか。
 しかたない。尾行に移ろう。

 あたしは学校を出る前に、トイレで素早く“お水”な感じに変装した。
 派手目な化粧で、髪も茶髪でゆるく巻く。
 服装はピンクのチューブトップに短いスカート。ファーの付いたジャケットも羽織る。
 そんな出で立ちで、近所の商店街を行く若サマの後ろを、十メートル離れてついていく。

 やがて、彼はその一角にあるコンビニに入った。
「あれがバイト先ね」
 あたしは、携帯の画面を見ながら、つぶやいた。
 そこには若サマの行動パターンが暗号で表示されている。
 あたしは向かいの喫茶店に入った。
 そこから、ある程度の時間、彼を監視するためだ。
 身辺警護は、二部隊の三交代制で行われる。
 この時間のもうひとりは、彼のいる店内に入り、男装して立ち読みをしている。
 長時間、立ち読みをする女性はほとんどいないからだ。
「てか、なんでウチはみんな、女ばっかりなんだろ……お館サマの趣味?」
 考えれば考えるほど、マジでそんな気がする。うーん。

 二時間が経過した。
 特に不審なお客も入って来ないようだ。
 あたしは、喫茶店を出て、コンビニに向かった。
 立ち読みしている仲間と連絡を取るためだ。

「いらっしゃいませー」
 若サマはあたしとは気付かずに、挨拶した。
 当然よね。あたしは苦無衆じゃ《顔無しの華》と呼ばれる、変装の達人なんだから。
 あたしは軽く会釈して、通り過ぎた。
 立ち読みしている仲間の後ろへ行き、商品を選ぶフリをする。
 背中越しに小声で話す。
「どう?」
「異常なし」
「だよね。じゃあ出て」
 それだけ言って、あたしは奥にある飲み物のコーナーに行く。
 仲間は本を置き、店を後にした。

 飲み物を選んでいると、若サマが掃除しながらチラチラと、あたしを見ていた。
 もしかして、バレた? だとしたら、あなどれない。さすがにお館サマの孫だ。
 あたしはそそくさと、適当な飲み物を選んで、レジに行く。
 すると、すかさず若サマが戻ってきて、挨拶した。
「いらっしゃいませ!」
 手慣れた手つきで、缶ジュースのバーコードを読み取らせる。
「はい、百二十円になります!」
 なんてニコニコ顔よ。
 こりゃあ、バレてないな。
 単に、こういうビジュアルに弱いだけみたい。
 あたしはホッとすると同時に、ちょっと、からかってみたくなる。
 彼の手を取って、両手で挟み込むようにお金を渡した。
 彼は、その瞬間、桜色にほほを染めた。
「あ、ありがとうございます、ちょ、ちょうどいただきます」
 そう言って、お金をレジに入れようとしたが、失敗した。
 硬貨が軽い金属音を上げて、散らばった。
 慌ててる、慌ててる。おもしろい。
 あたしは、それを拾いながら、彼からちょうど胸の谷間が見える姿勢になる。
 くくく、チラ見してる、してる。
 あたしは拾ったお金をまた、手を握るように渡した。
「あ、ありがとうございます、すっすみません」
 あたしは閃いた。これは使える。華加に興味を待たせるのに役立つじゃん。
「あら、あなた、武田 信人君? さっき、妹の華加が帰って来た途端、あなたのことばっかり話してねぇ。こんな近くで働いてたのねぇ。ご迷惑を掛けると思うけど、妹をよ・ろ・し・く・ねぇ」
 柔らかく微笑んで真っ直ぐ目を見ながら、小首をかしげ、胸を強調する。
 くノ一の術の基本中の基本。
「あ、は、はい。華加さんには今日会ったばっかりですけど、その、迷惑だなんて、そんな。こちらこそ、お世話になります! よろしくお願いします! はい」
 簡単に騙された。
 ああ。ホントに普通の、いい人なんだな……。
 これじゃ、本家に居られないのも解る気がする。
 あたしたちみたいな……非合法な集団を育成して、雇ってるようなところだもんね。
 彼の照れている顔が、妙にまぶしかった。

「それじゃあ、またね。信人君」
 あたしは、華加の姉、という勝手に作ったキャラクターを意識して、努めて軽く、色っぽく、ひらひらと手を振り店を後にした。
「ありがとうございました!」
 その、なんてことないはずの彼のお礼の言葉が、なんだか心に染みた。


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