[SHINOBI-COOL!! 四] 華加編

其ノ参


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 数日後。
 土曜の昼下がり。
 あたしは駅前広場にある、花時計の前にいた。
 姉キャラに変身して若サマを待っているのだ。
 今日は、ちょうどあの新月の日。
 もちろん、仲間もいるけど。でも一番ヤバい日だから、あたしも彼のバイトが始まる時間まで守るんだ。
 そんな事を考えていると、ふいに背中から若サマの声がした。
「お、お待たせしました」
 顔をほんのり赤らめて、緊張気味の挨拶。
 ちょっと可愛いかも知れない。

 彼の服装はヒッコリーのジャケットに、白いタートルネックシャツ。下は普通のジーンズ、靴は白い布地のスポーツシューズ。
 オシャレってほどでもないけど、充分、イイ感じだ。
 物凄くキメられても、ちょっと引くしね。

 あたしは、柔らかく微笑んで応えた。
「いいえ。こっちこそ今日しか空いてなくてごめんなさいね。武田君、今日、夜はバイトなんでしょう?」
 彼は頭を掻くようにして、笑った。
「あ、いや、そんな。全然。気にしないでくださいよ」
 デレデレしてるなぁ。なんかちょっと可笑しい。
「それで……華加(はなか)から聞いたけど、なぁに? あたしに話って」
 小首をかしげて、彼の目を覗き込む。
「えっ……と、その……なんて言うか……」
 小悪魔風に問いかけてみる。
「んん? なにかなぁ」
 彼の顔がみるみる紅潮する。だが、言葉はどんどん出なくなる。
 しょうがないなぁ。
「デート、する?」
「はひ?!」
 若サマは、驚いてヘンな声を上げた。
「話って、そういうこと……でしょう?」
 石のように固まっている彼の腕に、あたしの腕を絡める。
 ちょうど肘があたしの胸に当たるように。
「さ、どこに行こっか」
 とりあえず強引に、ファッションビルなんかがあるほうへ引っ張る。
「え、ちょ、ちょっとお姉さん!」
 不意に立ち止まって、さも今、思いついたように言う。
「あ、そう言えば名前、言ってなかったね。あたし、秀香(ひでか)」
 若サマがその名前に、ぴくり、と反応した。
「もしかして、秀でる、って書きます?」
「そうだけど?」
「僕の親父の名前にも、その字あるんです。奇遇、ですね」
 奇遇でも何でもない。そこから取った偽名なんだから。
 でも、そんなことは顔に出さない。
 笑顔で受け答える。少し、華加に似せて。
「へぇ、そうなんだぁ」
 あたしの返答を聞いて、彼はちょっと笑う。
「今の言い方、やっぱり、伊達さんとは姉妹なんだなって思いました」
「妹に似てた?」
「うん」
 爽やかな微笑み。
 よし。彼の返事は『はい』ではなく『うん』だった。つまり、これで彼の心は、かなり掴んだということだ。
 でも。
 よく解らない感情が、あたしの使う毒針のようにチクチクと心を突いた。
 なんだろう、これは。
 あたしは華加と彼を仲良くさせて、あたしの任務を遂行するために、得意の芝居をアドリブで演じている。
 あたしの悪戯心のせいで、ちょっぴりややこしくなってるけど。
 でも、これを、この舞台を巧く演じれば、より早く華加としての任務を全うできる。
 だけど……。

 とりあえず、よく解らないものは解らないので、放置して。
 あたしたちはファッションビルで、あちらこちらを見て回り、はしゃいだ。
「ね、これ、似合うかなぁ」
「どれです……って、水着じゃないですか! まだ、早過ぎ! てか、もう売ってるってどういうことだよ!」
「えー、最近は春から、もう売ってるよ」
「マジで?! 知らなかった……。てか、女の子の水着なんて見に来ないしなぁ」
「彼女、いないの?」
 真っ赤になる彼。
「い、いないッスよ! いるように見えますか」
 茶目っ気たっぷりに応えるあたし。
「見えるなぁ」
 さらに赤くなって顔を背ける。
「からかわないでください!」

 そんな他愛もない、でも、楽しい会話を続けながら。
 時間は、あっという間に流れた。
 もう、夕暮れ時を過ぎて街には明りが灯っている。
「もうこんな時間か……。えと、俺、バイトに行くんで、そろそろ……」
 あたしは彼の目を、潤んだ瞳で見上げる。
「あのコンビニだよね。始まるまで一緒にいちゃ、ダメかな」
 彼はポカン、と思考を停止した。
 すぐ次の瞬間、我に返って一気に赤くなる。これで何度目だろう。ホント、純情だなぁ。
「え、えええ?!」
 あたしは彼の腕にすがりついて、胸を押しつける。
「ね、ダメ?」
 少し眉をひそめて、小首をかしげる。
「お・ね・が・い」
 これで落ちない男はいない。……らしい。

 お館サマはいつも言っていた。
『くノ一の術はあらゆる男に対して無敵!』
 でも、頭では解っているが、ここまで実践したのは初めてだ。
 これから先のことも知っては、いるが……それは、彼の死を意味する。
 例え守らないといけない対象でも、くノ一の術をやり遂げることは相手を殺すことだ。
 なぜなら、わたしたちは人殺しの集団だから。
 術も技も、全て相手を殺すための手段に過ぎない。
 そして、あたしたちはそれ以外の生きる術を知らない。

 若サマは、困ったように笑って。
 うなづいた。
「解りました。じゃあ、バイト先まで、歩いていきますか」
 あたしは、ぎゅっと彼の腕を抱き寄せた。
「ふふふ、ありがと!」
 あたしたちは、彼のバイト先に向かって歩き出した。

 商店街へは、ここからだと線路脇を辿るのが早道だ。
 だがそれは、かなり寂しい高架沿いになる。街灯もまばらだ。
 やはり都会とは言え、新月は危ないようだ。用心しておいて良かった。

 あたしが若サマをデートに連れ出したおかげで、たぶん敵は混乱したはずだ。
 でも、すぐさま、あたしの素性を調べて新しい作戦行動に出ているだろう。
 だから、気を抜くわけにはいかない。

 ふいに道沿いの公園から、怪しい男達が近づいてきた。
 バタフライナイフを持ったドレッドヘアの男が、いやらしく顔を歪めて笑う。
「いい女、連れてるじゃんよぉ」
「な、なんだよ」
 若サマが、あたしをかばうように前に出た。
 足が震えてるじゃん。無理しちゃって。
 でも。
 あれ? なんだろ、今、心臓が一瞬、止まったような感じがした。
 いやいや。
 あたしは、すぐ気を取り直して状況を把握しようとした。

 ドレッド男を含めて五人。態度から考えて明らかにプロじゃない。
 敵企業に雇われたか、単なる暇な連中。
 敵だとしたら、苦無衆もずいぶん甘く見られたものね。それとも、単に作戦が間に合わなかったのかな。
 そんなことはまあいいや。
 こいつらみんな、武器持ってるなぁ。いずれにせよ、若サマがヤバイ。
 作戦通りに動こう。

「信人君……」
 あたしは、彼の背中に隠れる。
 若サマが前を向いたまま言った。
「秀香さんは逃げて下さい! 早く!」
 言い終わらない内に、ドレッド男が襲ってきた。
 ナイフを振りかぶって、怒号を上げている。
 チャンス到来。
 あたしはスカートの裏から、即効性の麻酔針を取り出して、若サマに打った。
「う……?」
 あたしは、ぐったりした若サマを支えるようにしゃがんだ。
 ドレッド男のナイフが宙を切る。
 よろける男。
「っと、なんだ、のびちまったかぁ!」
 振り向いて叫んだ男に、あたしは容赦なく針を投げた。
 男は、静かに崩れた。
 しゃがんだまま、ゆっくり他の男達を見回す。
 彼らは、戦闘意欲が削がれているようだ。
 だが、金属バットを持っている男だけは奇声を発して、殴りかかってきた。
 呆れながら、もう一度、針を放つ。
 バット男は勢いのまま、前のめりに倒れた。
 あたしは、残りの男達に言い放った。
「次は誰が死にたいの」
 男達は、悲鳴を上げて逃げ去った。

 あたしは、左手の小指にある指輪に、口を付けて吹いた。忍笛だ。人の耳には聞こえない周波数の音が出る。
 あたしたちのピアスは、これの音を受信すると振動するのだ。
 ゴスロリ服の仲間達が、音もなく現れた。
「若サマをちょっとお願い」
 その内のひとりに彼を預け、倒れた男達の針を抜き去った。
 しばらくしたら、元に戻るだろう。
 こんなヤツらでも、一般人だ。あたしたちは、一般人を殺したりはしない。ちょっと麻痺してもらっただけだ。
 もちろん、目も耳も、全身なんだけどね。
 あたしは仲間から若サマを返して貰うと、彼を背負って彼の家に向かって跳んだ。

「それにしても、なんもない部屋ねぇ……」
 あたしは彼の部屋で開口一番、そう言った。
 六畳一間の安アパート。
 家具と言えば机と小さな本棚、それに洋服タンスだけ。しかも、それも押入に入っている。
 あたしは布団を引っ張り出して、彼を寝かせた。
 先にポケットから取り出していた、彼の携帯電話からバイト先に掛けた。
 あたしは若サマの声色を完璧に真似する。
「はい、すみません……ちょっと風邪がひどくて……はい、ありがとうございます。失礼します」
 店長にすごく信頼されてるみたいだったなぁ。

 携帯電話をポケットに戻しながら寝顔を覗き見る。
「う……ん」
 寝返りを打った拍子にその腕が、あたしの手に当たった。
 あれっ? またなんか心臓がドキッとした……。

“恋ってそういうものよ”

 突然、お母さんのセリフが頭をよぎった。
 え、これ、この気持ちが……?
 若サマはうなされている。
「ううん、秀香さん、にげ、て……」
 その言葉があたしの気持ちをハッキリさせた。
 同時に、涙が溢れてきた。
 そっか。これが。

 あたしは、でもまだ自分が信じられなかった。
 そこで自分を試すことにした。
 彼の唇に、あたしの唇を近づけてみる。
 くノ一の術として考えるなら、キスなんて出来て当然だ。うん。
 ゆっくり、近づける。

 ドキドキ……。
 あと十センチ。

 クラクラ……。
 あと五センチ。

 プルプル……。
 あと一センチ。

「うわー! ダメだぁ!」
 あたしは後ろに転がって、手足をばたばたした。
 ひとしきり暴れて、一息吐く。
「これが恋、なのね」
 やっと、解った。
 なんで、秀香が褒められるとやな感じだったのか。
 単純に秀香が気に入らなかったんだ。
 即興で尾行用に作った秀香は、あたし自身から程遠い。
 でも華加は、ビジュアルはおいといて、遙かに本当のあたしに近い。

 うん。そうだ。この秀香は、居ない方がいい。
 こんな小細工しないで、華加で若サマにアタックしよう。
 それが任務を遂行することになるなら、一石二鳥じゃん。

 あたしは、書き置きをすることにした。


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