[SHINOBI-COOL!! ]五  空編

 其ノ二


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  昨晩の内に降り積もった雪がそこかしこに残っている木々の間を、わたしは走っていた。
 村へ戻り、武田家に行く支度をするためだ。

 お館様の部屋がある応接棟を出たところで、華が何も言わず、ただ笑って手を振ってくれた。
 それだけで、なぜかわたしの心は熱くなった。

 村の中は、まるで迷路のようだった。
 深い森にあり、道も明りもない。
 それぞれの部屋の場所は不規則で、どの建物も同じ形だった。
 しかも季節ごとに移動日があり、全員が一斉に住んでいる部屋を変えた。
 これらも全て、危険を回避するための施策であった。

「碧眼(へきがん)の空(くう)……か」
 碧眼とはわたしの眼が蒼いから付けられた、あだ名だ。
 わたしたち姉妹の母はフランス人と日本人のハーフだった。
 隔世遺伝なのか、わたしたちは母よりも白人寄りの顔立ちだ。

 姉の瞳の色はわたしと違い、父に似ていた。
 いわゆる鳶色(とびいろ)、暗く赤に近いブラウンだった。
 わたしたちは目の色以外、本当に良く似ていた。

 自室に到着すると、すぐに身辺整理を始める。
 各個人に割り当てられている部屋の設備は町にあるアパートと同じレベルだ。
 六畳一間にキッチンとユニットバス付きの和室。
 机やふとんなど基本的な家具も最初から全て揃っていた。

 それらの部屋は木造平屋建てで、独立している。家といってもいいだろう。
 だが、誰も家とは言わなかったし、わたしも抵抗があった。
 家はどちらかというと、応接棟のほうだった。
 道場も校舎も近いし、いくつかの寝泊まりが出来る部屋もある。

 幼い者は村に行ける年齢になるまで、そこで先輩たちに養育されるきまりだった。
 わたしたちも例外ではなかった。ただ、姉はいつまでも先輩たちには馴染まなかった。
 わたしにだけ、心を開いていた。

 朱音はいつもそばにいた。
 わたしは、それをずっとわたしのためだと思っていたが、本当は違うのではないかと思い始めていた。

「クーロエ。本家に行くのね。この姉を置いて」
 ふいに姉……朱音が土間に現れた。気配はなかった。
 姉も腕を上げていた。最近は、お館様から秘術を授かったとも聞いている。

 秘術とは、成績がある一定以上の優秀な者にのみ与えられる恩賞のようなものだ。
 個人個人の性格や傾向に合わせて、お館様が武田家に伝わる幾多の奥義の中からひとつだけ伝承してくれる。

 わたしは彼女を振り返らずに、準備を進めた。
「お館様の命令に逆らってはならない。それが絶対の掟。朱音も知ってるだろう」
 朱音は、鼻先で嗤った。
「まあ、ね。でも、あなたじゃなくても……諒でもいいじゃないの。実力はほとんど同じなんだし」
 わたしは用意の調った少ない荷物を手に、朱音の横に立つ。
「それでも、わたしはお館様に選ばれたんだ。さよなら、姉さん」
 白い息と共に玄関を開けて立ち去ろうとしたとき、ふいにわたしの腕が掴まれた。

 姉が震えながら、つぶやく。寒さからではない事はすぐに解った。
「……行かないで」
 なんという哀しい声だろう。その時、わたしは姉の弱い心を初めて聞いた。
「ね、空。逃げよ? お姉ちゃんと一緒に」
 わたしは驚いて姉を見つめた。
「なにを言ってるんだ、姉さん。ここを勝手に抜けるのは死を意味する事くらい解るだろう」
 姉は一瞬、悔しそうな顔をした。
 わたしにはその表情があまりにも子供っぽく見えて、切なくなった。
「姉さん。今までそばにいてくれて、ありがとう。でも、これからはわたしひとりの力でやっていくから、大丈夫だ」
 その言葉を聞いた姉は何かを決意したように、わたしを睨んだ。
 その瞬間、彼女の眼が燃えるように赤く輝く。
 わたしは冷静にそれを見つめ返した。
「無駄だ。わたしには姉さんの傀儡(くぐつ)の術は効かない。それがわたしの空(くう)の術だ」
 姉は驚くと同時に、泣いた。泣き崩れた。

 姉が知らなかったのも無理はない。空の術こそが、お館様から与えられたわたしの秘術だったからだ。
 精神に作用する術を全て無効化する秘術。
 もちろん、姉の傀儡の術も秘術だったため、わたしもその時、初めて知った。

 姉は術を使って――わたしを人形のように操ってまで、引き留めようとした。
 だが、わたしはそれを破る術を持っていた。

 お館様もまさか、こんな形でわたしたちの秘術が使われるとは思っていなかっただろう。
 このお互いの哀しい因縁めいたものはなんなのか。
 答えの出ないまま、わたしは村をあとにした。

 わたしとお館様は武田の本家に向かった。
 だが、お館様は携帯電話で急に本社のほうへ呼び出され、結果、わたしだけが本家に到着した。
 わたしは巨大な正門そばの勝手口の前でしばらく待った。しかし、いっこうに開く気配がない。
 日は傾き、冬の寒さが身に染みてくる。
 連絡はしてあるはずなのにおかしい、と思っていると遠くで悲鳴が聞こえた。
 わたしは何かが起きているのを直感し、塀を飛び越え、中に入った。
 複数の女性の叫びが裏庭から聞こえる。即座に向かう。

 庭に着いたとき、そこは修羅場だった。
 本家のお庭番衆であるメイドたちが血を流し倒れている。
 メイドたちは明らかに訓練不足だった。

「逃げろ! 信人(のぶひと)!」
 秀信(ひでのぶ)様の声が響く。あの優しい
 そちらを見ると、白い異様な面を被った迷彩服の集団と、メイドたちが対峙していた。
 メイドたちは秀信様と、もうひとり、その時のわたしと同じくらいの男の子を守るように取り囲んでいた。
 それが信人様――若との出会いだった。

 わたしは急いでメイドたちの中に入った。
 メイドのひとりが一瞬、わたしを見て戸惑った。
 だが、すぐにわたしが何者なのか気付いて、頼んできた。
「あなたは、坊っちゃまを連れて行きなさい! 早く!」
 わたしは頷くと無言で若の腕を引っ張った。
 お館様の部屋ならば安全だろう。
 そう思って、頭に入れてきた本家屋敷の図面を思い浮かべ、そちらに連れて行こうとした。
「いやだ! ぼくもお父さんを助ける!」
 真っ直ぐな瞳でわたしを見つめた。
 そのあまりにきれいな眼が、まだ未熟者だったわたしを動揺させた。
 彼が信秀様のほうを向いたとき、その目の前に白面の男が迫っていた。
 大きな曲がった西洋刀が振りかぶられる。
「うわぁっ」
 しまった、と思った。
 その刹那。
「信人ぉッ!」
 わたしが動くより早く、信秀様がその刃に身を挺した。
 まるでこの世界全てが、赤い夕日に溶けて消えてしまうような錯覚に襲われ、呆然とした。

 遠くで、さっきのメイドが大声を出した。
「坊ちゃま、逃げてください!」
 だが若はメイドの言うことを無視し、泣きすがる。
「お父さん! おとうさぁぁぁぁん!!」
 そんな彼に、白面の男はまた刃物を振り下ろした。
 わたしは激しい衝動に突き動かされ、瞬時にその白面を倒していた。
「逃げて下さい」
 わたしは若にそれだけ言った。
 だが、彼はまだ自分を取り戻していなかった。
「逃げて!」
 わたし自身でも驚くほど、強く言った。
 彼はハッとして廊下に昇り、走り出した。お館様の部屋の方向だ。
 わたしは彼を背にするようにして、白面たちへ向かっていった。

 しばらく白面たちは楽しむようにメイドたちを斬り刻んでいた。
 わたしは何人か倒したが、それでも敵はまだたくさんいた。
 その上、わたし自身も実戦は初めてだったのと子供だったため、かなり疲弊していた。
 実際、わたしの身体には傷が徐々に増えていた。
 白面たち全員を倒さねば、信秀様の敵を討ったことにはならないのに……ここまでなのか……!

 ふいに白面のリーダーらしい者がなにかひと音だけ、声を発した。
 すると、白面たち全員が一斉にそれまでの殺戮行為をやめ、バラバラの方向へと逃げ去った。
 正直に告白するなら、そのとき、わたしはホッとした。
 そしてそんな自分が死ぬより悔しかったのだ。

 夕日によって、悲痛な色に染まる裏庭。
 屍となったメイドたちの凄惨な黒と赤のコントラスト。
 みまかられた信秀様にすがる若とお館様。
 そんな煉獄のような景色の中で、わたしは若に約束した。
「仇は必ず、討つ、から」


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