[SHINOBI-COOL!! ]五  空編

 其ノ四


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 その掃討戦の後。
 わたしたちは敵地から離れたところにとめておいたマイクロバスへ戻った。
 初めての“仕事”から解放されたという安堵から来る強い疲労感のせいか、みんなは押し黙っていた。朱音を除いて。
 姉だけはいつもより興奮して饒舌だった。
 もしかすると、黙々と着替えるみんなの態度は、その異様さのせいもあったのかも知れない。

 この作戦行動で、もっとも多くの敵を倒したのは朱音であった。
 わたしにそのようすを得意気に延々と話していた。
 その時、わたしが脱いだ雨と血の染み込んだゴシックロリータの服は異常に重く感じられた。
 彼女に対して芽生えた不審がその感覚をより一層、強くしていた。

 姫の運転で山中を夜通し、村へ向かってひた走った。
 みんなはすっかり寝息を立てていた。
 雨は移動と共に上がり、冴え冴えとした下弦の月が山間に昇っていた。

 夜が明けた頃、村に戻った。
 応接棟で報告を終えて、わたしと朱音は部屋へ向かった。
 土間に入ると、ふいに朱音が弾けるような声で話しかけてきた。
「さ、クーロエ! 一緒にお風呂入ろ?」

 応接棟には温泉があった。
 広さは本家ほどではないが、それでもみんなで入れるほどではあった。
 だが、朱音は徹底的に嫌がった。
 わたしたちが住んでいる部屋でわたしと二人きりで入りたいとだだをこねた。
 しかたなく、わたしは彼女を連れ帰ったのだった。

 しばらく、湯が沸くのを待った。
 姉はゴロゴロとふとんの上を転がったり、枕を投げたり、上機嫌だった。
 その無邪気さは、あまりにもいつもと変わらない。
 昨日の夜に、初めてたくさんの人を殺(あや)めた者とは誰も思わないだろう。

 いや。本当に初めて、だったのだろうか。
 わたしたちの両親や使用人たちが死んでいったのは……単なる事故ではなく、朱音の偽装ではなかったのか。
 しかし、だとしても理由が解らない。いや、認めたくないのだ。本当は……解っている。
 姉は、朱音は――わたしを愛しているのだ。
 それも妄執と言っても良いほどに。

「ふふふ、なぁに?クーロエ。お姉ちゃんのことずっと見ちゃって」
 普通の十二歳の女の子……いや、それ以上にやはり子供っぽい、無垢ともいえる笑顔。
 その笑顔がわたしには薄ら寒いものに思えた。

 お風呂が沸いた。
 わたしはその考えを否定するように立ち上がる。
 お風呂場の前に作った簡単で狭い囲いの中で長袖で紺のTシャツと七分丈のアーミーパンツを脱いだ。
 姉もほぼ同じ服を脱いだ。姉のTシャツは燃えるような赤だった。

 姉が前も隠さず、先に入った。
 シャワーの水を出し、お湯になったところで頭から浴びる。
「あー……!」
 ぱっと髪を掻き上げて、軽く身体全体を流すとすぐ湯船に飛び込んだ。
「あっ……ついけど、気持ちいいー」

 わたしは身体をシャワーで流すと、石けんをボディブラシに擦りつけた。
 泡だったブラシで身体を洗う。
「うっ」
 ふいに肩に痛みが走った。見るとかすり傷があった。
「クーロエ……染みるの?」
 姉が湯船から出て、そばに来た。
「あ、ああ。でもたいした傷じゃない」
 わたしはその部分をシャワーで流した。
 朱音が妖しく笑った。
「ふーん?」
 次の瞬間、彼女はわたしを抱きすくめるようにして、その傷を舐めた。
「う……っ」
「クーロエの味がする、よ?」
 その舌はすーっと粘液を残しながら、なめくじのように這い上がってきた。
 そして、ついにはわたしの唇に達しようとした。
 わたしは振り払った。
「やめてくれ」
 ほんの少し、朱音は離れたがそれでもわたしの腕は掴んだままだった。
「クーロエはお姉ちゃんのこと、嫌い?」
 哀しげな瞳で見つめる。
 その時、わたしの頭には若の顔が浮かんでいた。
「いや、嫌いじゃない。だが、わたしたちは姉妹で女同士じゃないか。その、そういうのはおかしいと思う」
 彼女はまくし立てた。
「えなにそれじゃ、わたしが他人で男なら良かったっていうのっ! ねえっ!」
 そう言い切った刹那、彼女は急に何かに気付いた。
 一気にその眼は冷えていく。冷えるほどに朱音の双眸は暗い赤になった。
「他人で男……そう言うこと、ね」
 朱音は喉の奥でくくっと笑うとわたしから離れ、湯船に戻る。向こうを向いたままつぶやいた。
「クーロエ……あなたはわたしが守るから。あたしだけのクーロエだから」
 それがその時、どういう意味なのかわたしにはよく解らなかった。
 今考えると、なぜわたしはその真意に気付かなかったのか、と自分を責める気持ちでいっぱいになる。

 しばらくして、白面たちの残党がいる事が分った。
 どうやら、彼らの内の何人かは本部におらず、偵察で別に動いていたらしい。
 応接棟にあるお館様の部屋に招集されたメンバーの中で、朱音が率先して手を上げた。
「わたしが行きます。そんなのわたしひとりで充分ですよ」
 お館様はあごひげを撫でながら、頷いた。
「ふむ。よし。じゃが、おまえ一人と言うわけにはいかん。そうじゃな、槇(まき)。一緒に行ってやれ」
「はい! よろしくお願いします! 朱音さん!」
 槇はさっと立ち上がると、細い筋肉質の身体をくの字に曲げ、跳ねるようにお辞儀をした。
 髪を短く刈り込んだ男の子みたいな後輩だった。彼女もまた、親の蒸発という不幸な境遇に翻弄されてここに来た一人だった。
 朱音は屈託無く笑って槇に返答した。
「ん。よろしく」
 お館様はまた、頷くと号令を発した。
「では、今度こそ奴らを滅して来い! 残党狩りじゃ!」
「はっ!」
 朱音と槇は同時に返事をして、その場から消え去った。

 その後、現場では何があったのか解らない。
 リョウコさんに後で聞いた話によると、その後すぐにリョウコさんは本家から二人の後を追っていたという。
 なぜなら、若を護衛していた本家の苦無衆が倒され、若がさらわれていたからだ。
 苦無衆を倒せるのは、苦無衆だけ。
 だとしたら、それは誰かが裏切ったに違いない。
 リョウコさんにとって、その時動いていた人間で最も怪しく思えるのは朱音だった。

 リョウコさんは竹林の中を駆けていた。
 すると、その元に槇から特殊な式神が飛んできたという。それは白く細くしなやかな矢のようなものであった。
 それは槇の秘術だった。汎用的な苦無式ではなく、超高速移動専用の特別な式を操る“梢(こずえ)”だ。
 そもそもは攻撃用の梢を連絡に使うという時点で、リョウコさんは何かあったと直感した。
 その式が運んできた手紙を読んで、リョウコさんはさらに足を速めたという。
 そこにはこう書かれていた。
『朱音、裏切』

 朱音を発見したリョウコさんは、そのあまりに凄惨な場所に一瞬、怯んだ。
 おびただしい血が緑の竹に飛び散っていた。
 白面の男たちがお互いを刃物で突き刺し、傷付け合っている。
 その中を楽しむように、ひとりひとり斬り裂き、惨殺する朱音。
 そばには槇が自らの秘術によって串刺しになって、こと切れていた。
 そして。それらを震えながら見ている、若――信人様がいた。

 リョウコさんはクナイを手にして朱音に飛びかかった。
「なぜ裏切った!」
 次の瞬間、鈍い肉を切る音がした。
 朱音が死んだ白面の男を盾にしたのだ。
「はっ! 裏切ってなど!」
 どさりと男の死体が崩れ落ちると同時に、朱音の眼が燃えた。
 リョウコさんはそれをまともに見てしまった。
「うっ! これは“傀儡(くぐつ)”……!」
 そう思った時にはもう身体の自由が奪われていたという。
 朱音はにやりと嗤って、若に近づく。
 白面の男の一人がハッとして、ふいに踵を返し逃げ出そうとした。
「あら。やっぱりまだ一気に掛けると早く解けるのがいるのね」
 朱音は躊躇なく、その背中を袈裟懸けにクナイで切り裂いた。
 断末魔の叫びを上げ、若の前に転がる血まみれの男。
 びくびくと、痙攣している。
 若が叫ぶ。
「やめてくれぇぇぇっ!」
 血を浴びた朱音は平然と答える。
「なぜ? あなたのためにやっているのに。あなたが望んだから、こうなった。なのに、なにが不満なの」

 リョウコさんはその応酬を聞いて思ったという。
 父親であった信秀様が白面の男たちによって殺害された若の中には、彼らに対して復讐心のようなものがあったのかも知れない。
 だが、根の優しい若にはそんな気持ちは否定すべきものだったのではないか。
 それを言葉巧みに朱音は突いてきたのだ、と。

 若は肩で息をしながらなんとか応える。
「俺は望んでない! こんなこと望んでないんだ! 俺の、俺の望みは……!」
 朱音はふわりと若に近づいた。
「あなたの望みは何?」
 若は震えながらも気丈に答えた。
「お、俺の望みは……!」
 朱音は最後まで聞かずに頷いた。
「そう、死にたいの……じゃあ、殺してあげる」
 クナイを振り上げる朱音。
「あの子はわたしだけのもの!」
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
「若様ぁッ!」
 リョウコさんはそう叫んだつもりだった。だが、声にならなかった。
 その刹那、身体が勝手に秘術を発動させていた。“迅舞(じんぶ)”である。
 迅舞とは、瞬間移動のことだ。十メートル以内なら苦無衆の誰よりも速く移動できる。
 短い距離を断続的に移動し、敵を倒す姿がまるで何人もの人間が舞い踊るように見えることから名付けられたという。
 リョウコさんは若の目の前に、その身体を投げ出す形になっていた。
 朱音のクナイがリョウコさんの胸に突き立った。
 だが、リョウコさんのクナイは回避されていた。
「ちっ! さすがに先輩は槇なんかと違ってやるもんね。自力で傀儡を解くなんて」
 リョウコさんはそのまま、竹の葉が積もる地面に倒れ込んだ。
「ま、槇を使って若様を誘拐した、のね……な、なんでこんなこと……」
 朱音はそれには応えず、一歩下がって竹林に跳んだ。
「とりあえず今はこれでいいや。それじゃあまた、どこかで」
 そんなあまりにも軽い言葉だけを残し、朱音は失踪したのだった。

 リョウコさんは瀕死の状態で苦無式を飛ばした。
 若はその時には茫然自失であった。
 そして、その一件のせいでリョウコさんは忍からの引退を余儀なくされ、若のその時の記憶は、お館様によって封印された。

「うっ! うがぁぁあっ!」
 若のうなり声にハッとした。
 やはり目覚めても傀儡は解けていない。
 そう、これはあのリョウコさんの言った、竹林での残党狩りへ誘拐され連れ出された時に仕掛けられていたに違いないのだ。
 それにしても、朱音はわたしを愛していながらなぜ、失踪したのか。
 リョウコさんは知らなかったが、朱音はわたしが若に思いを寄せていることに気付いて、残党狩りを傘に若を殺そうとしたのだろう。
 罪は全て、槇に着せるつもりだったと考えるのが自然だ。
 だが、リョウコさんがそれを阻止した。
 朱音の性格ならば逃げることはせずに、村でわたしと戦ってでも、わたし自身を奪いに来るようなことがあっても不思議ではない。
 もちろん、朱音がわたしに実力では勝てないし、傷付けたくないと思って逃げた、とも考えられるが……。

 部屋を見回すと華はいつの間にか、いなかった。
 たぶん彼女には薬の切れる時間が解っていて、それでお館様を呼びに行ったのだろう。
 わたしは若に目を戻した。
「ぐうううっ!」
 金属の猿ぐつわを思い切り噛みしめ、動かない身体を無理に使おうとしている。
 それがあまりにも哀れで心が痛んだ。
「若……」
 わたしは彼の頭を両手で挟むようにして、その額にキスをした。
 するとどうしたことか、おとなしくなった。
 わたしの空の術は、わたし自身に精神攻撃系の術が効かないというだけで、他人には効果がないはずだ。
 だが、現に暴れることはなくなっている。不思議だ。
 ただ、術が完全に解けた状態ではないようだ。
 彼のその双眸は焦点が合わず、ぼんやりと天井を見つめているだけだった。
 わたしはとりあえず彼の頭を膝に乗せて、棒状の猿ぐつわを外してみた。
 特に変化はない。安心した。
 口周りがよだれだらけだったので、持ってきておいたタオルで拭き取る。
「ん、すごい汗だな」
 額には玉の汗が浮かんでいた。
 わたしはこの際だからと思って、拘束衣を脱がせに掛かった。
 彼の身体を横向きにして、背中側にある袖を固定するベルトを外す。
 これで腕が自由になった。
 そうやって、全部を脱がせると彼はパンツ一枚だった。
「むう。これはどうしたものか。このままでは彼の身体が冷え切ってしまう」
 そうつぶやきながらも、わたしは彼のきれいな身体を見ていた。
 ふいに彼が暴れていたとき、華が言った言葉を思い出した。
『いやーん、若サマのアレが……』
 このパンツの中にアレが……あの時は彼を止める事しか考えていなかったので、気に留めなかったが……。
 もう一度、しっかり見ておきたい気もしたが、それよりも彼の身体を温めることのほうが先決だと思い、留まった。

 押入れから、ふとんを出して敷く。
「さすがに男は重いな」
 そこに若を移動して寝かせた。
「うむ。これでよし、と。あとは掛けぶとんを」
 掛けようと思って彼に触れると、やたらに冷たい。これはまずい。
 そうだ。なにかの本で読んだことがある。人肌で温めるのだ。そうしよう。
 わたしはいそいそと、苦無衆の制服とも言えるゴシックロリータの服を脱ぎ出した。

「あーっ! 空ちゃん、抜け駆けー!」
 わたしは久々に驚くという行為をした。そう、飛び上がるほどドキリとしたのだ。
 振り返ると、華とお館様がいた。
 華が怒った顔で、ずかずかとふとんの反対側にやってきた。わたしの正面で止まると、彼女も服を脱ぎ出す。
 それを見たお館様が吹き出した。
「待て待て、わしも男じゃぞ。恥ずかしくないのか」
 わたしたちは顔を見合わせて、同時にお館様に言った。
「お館様はお館様ですから」
 お館様はなんとも納得のいかない様子で、むうと、うなった。
「恥じらいにこそ、萌えがあるというのに……ま、ええわい。とりあえずは信人の術を解いてからじゃ。後は好きにするが良い」
 お館様もやってきて、彼のそばに座る。
「ふむ? 空。信人になにかしたか?」
 わたしは素直に白状した。
「はい。額にキスをしました」
 華が顔を真っ赤にして、怒った。
「もう、空ちゃんは!」
 お館様は苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔になった。
「空。これは新しい技が産まれるかも知れんぞ……おい、信人! 起きろ!」
 そう言って、普通に彼を起こした。
 すると、彼は目をパチパチとさせた。
「あ、あれ? じいさん? えーと……」
 わたしたち三人はわっと歓声を上げて、喜んだ。
 彼だけがきょとんとしていた。
 お館様は立ち上がると、どこかで聞いたような言葉をおどけて言った。
「それじゃあ、あとはお若い人たちだけで」
 わたしと華は少し笑った。
 お館様の言った新しい技、と言う言葉も気になったが今はそれよりも若を温めてあげたかった。
 お館様がやれやれ、と言いながら去った後、わたしと華はまた目を見合わせて、若に告げた。
「若、それではいましばらく」
「あたしたちが温めましょう」
 彼の両手をそれぞれが抱くようにして、掛けぶとんを被る。
「って、なんで俺たちみんな下着だけなんだよ! 誰か説明してくれ!」
 わたしたちは無視して、彼に添い寝した。

 朱音の望みはわたしといることだろう。
 彼の望みは解らない。
 だが、わたしの望みはハッキリしていた。
 華には済まないが、こうやって彼のそばで彼を助けたい。
 彼と共に生きたい。いつまでもずっと……。

《end》


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