[ひなたの夏休み] 1

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 昼休みの教室。
 期末試験も終わって、全体的に浮ついた空気に包み込まれている。

 夏休みどうするよ?
 やっぱ海には行きたいねー。

 俺は引きこもってネットゲーだな!
 ま、まあ、それはそれでいいかもな。

 夏休みまでに彼氏出来なかったー!
 あたしもー! もう一緒にどっか行こっか!

 自転車で日本一周! それこそが男の浪漫!
 マジでー?

 そんな高揚感を伴った会話があちこちから聞こえてくる。
 もちろん、俺もそんな空気に浸っていた。

 俺は、涼夏と夏休みについて話しながら、弁当を食べようと思い立って机を離れた。
 そのとき、急に脇からバカが話しかけてきた。
「なあザミ。おまえ夏休みはやっぱり委員長とこれかぁぁぁ?! おお、どうなんだどうなんだにょぉぉ?!」
 親指を人差し指と中指の間に入れた形を両手で作り、びしびしとパンチのように突き出す。

 坂本 欣司(さかもと きんじ)だ。
 見た目はかなりのイケメン。背も俺より高いし、茶髪でモテそうだ。だけど、あらゆる意味でバカ。
 空気は読めないし、成績も当然、いつもヒドイ。テストのときは後で必ず補習を受けてる。
 きっとこの夏休みの半分は補習だろう。二年になれるか心配だ。
 さらにいうなら要領も悪くドジときてる。おまけにヘンなトラウマも持ってるしなぁ。
 もちろん、女にも縁がない。
 あだ名は、トキン。“さかもときんじ”の真ん中を取っているのもあるが、本当は違う意味だ。
 将棋の駒の基本である“歩(ふ)”が、相手の陣地に入ったとき、裏返って“金”と同じ働きをする。
 その状態の時、裏側に書いてある文字が“と”に似ていることから“と金”という。
 つまり、見た目はピカピカの金メッキでも中身はやっぱりしょせん、歩。そんな意味で俺が勝手に付けた。
 だが、ヤツはけっこう気に入ってるようだ。
 それまで誰にもあだ名を付けられたことがなかったからだという。寂しいヤツだ。

「ちょっとトキンちゃん! なんですか、そのセクハラ行為は! 訴えますよ!」
 俺はわざとていねいな口調でツッコミをいれた。
 ヤツは眼をカッと開いて応える。
「なぁんだとぉぉぉ! きさまこそ、我らが委員長にエロエロな行為をおこないかつ、おこなってらっしゃるんじゃぁないですかぁぁぁ?!」
 その発言に、真っ赤になりながらも抗議しようとしたとき、ヤツの後ろに音もなく眼鏡の女子が立った。
 片手にモノトーンの小さくシンプルなポーチを持っている。彼女らしい持ち物だ。
 彼女こそウチのクラスの委員長で俺の彼女――花鳥 涼夏(はなとり りょうか)だ。
「坂本君」
「ふひっ!」
 トキンは鼻息のような声で飛び上がる。
 びびりながら彼女のほうを、まるで人形のようにぎぎぎと向いた。
 彼女はいつもと同じクールフェイスだ。人によっては怒っているようにも見えるだろう。
 だが、解る。俺には彼女の表情が解るんだ。
 今は全然怒ってない。むしろ、ちょっとしょんぼりしている。

 彼女はレンズの上下を人差し指と親指で軽く挟んで、眼鏡を直した。
「残念ながら君の憶測は、はずれだ。今のところ、わたしの事情でやむなく拒否させて貰っているからな」
「ふほっ?!」
 トキンはまた、おかしな息だけの返事をして、俺のほうを振り返った。
 急にもじもじとし出した。顔を赤くしている。
「ザミちゃん、あたしのお尻でよかったら使う……?」
「使わねぇぇぇっ!」
 涼夏がトキンの肩を叩いた。
「それは困る。彼の童貞はわたしの処女まぐ」
 俺は慌てて彼女の口に手を当てて塞いだ。
 いつもいきなり、とんでもないこと言い出すんだから!
 俺は照れ怒りで彼女の目をみつめた。
「委員長ぉぉぉ? 今日は俺、弁当ふたつ作ってきたから一緒に食べようぜぇぇぇ」
 彼女の目が微妙に見開かれた。
 こくこくとうなずく。
 手を離すと、また眼鏡を直した。
 顔の血色がわずかに良くなっている。喜んでいるようだ。
「それはありがとう。とても嬉しい」
 彼女が俺の手を握った。
「では、さっそく中庭の木陰まで行こう。あそこは気持ちいいからな」
 トキンがまた赤くなって、くねくねし出した。
「アソコ気持ちイイのぉぉぉ?!」
 俺は無言でヤツのすねを蹴った。
「ぐほぅっ!」
 すねを押さえてぴょんぴょん飛び跳ねる。
 そこでずっと跳ねてろ! それが俺の望む永遠だ。
 あ、そうだ。ついでに聞いておこう。
「トキン、そもそもなんなんだ。おまえのいう俺のあだ名のザミって」
 ヤツは痛みをこらえながら、応えた。
「風光(かざみつ)、だから、あいだを、取って、ザミ、だよ! くっそ! てめぇ覚えてろ! ザミのくせに!」
 トキンは跳ねながら泣きながら、教室から出ようとして、机の角にぶつかってこけた。
 そのとき、勢いで前にいた怖い感じの男子のズボンを引きずり下ろしてしまい、ボコられそうになった。
「あーもう。手の掛かる……」

 俺はそこに行ってトキンのかわりに謝った。
「ごめんごめん。コイツ、バカだから許してやってくれ」
「まあ、バカならしかたねぇな」
「うごおおお! ちっくしょおおお――っ!」
 トキンが号泣・アンド・ダッシュで教室を出て行った。
「あ、おい! トキン!」
 ちぇっ。せっかく助けてやったのに、礼もなしかよ。ったく。
 涼夏が俺のそばに来て、つぶやいた。
「ふむ。彼は悪い男ではないが、良い男でもないな」
 涼夏は優しいな。もっとぐぐっと評価下げてもいいと思うよ?

 俺は涼夏と一緒に校舎を出た。
 校舎の影は濃く、短くなっている。
 俺たちは、教室からずっと手を繋いでいた。
「えーと。あのさ、悪いんだけど、その、恥ずかしいからさ、手を離して欲しいんだ」
 彼女は、ちら、と俺を見た。
 怒ったのか、悲しいのか……さすがにその一瞬の表情は読めなかった。
「そうか」
 いつもの冷静な顔に戻り、繋いでいた手をすっと離した。

 俺たちは、中庭に向かう途中の自販機で飲み物を買った。
 涼夏はいつもどおり、野菜ジュースのパック。
 俺はペットボトルのお茶。いつものミニペットボトルじゃなくて、五百ミリリットル入り。
 ふふふ。涼夏も飲むかも知れないからな。いや、飲んでもらおう。
 さりげなく差し出せば、きっと飲んでくれるハズだ。

 そう。そこには間接キスを狙う姑息な俺がいた。
 そんなに回数はないけど、それでも一応何度か直接のキスをしてるのに、それとはまたなんか感覚が違うんだよな。間接キスってさ。
 直接じゃないのが、こう、なんていうの? 萌えっていうヤツ?
 そんな感じなんだよな。うん。

 中庭に近づくと、そこに生えている木々の爽やかな香りを、まだ涼しい風が運んでくる。
 だが太陽はもう夏色を帯びて、まぶしい。
 枝葉のさざめきに合わせて、きらきらと光が跳ねる。
 その中に、彼女がいる。

 たおやかに美しく、だが姿勢良く軽やかに歩みを進める。
 どこかで見たことのある、レディー養成特訓のひとつを思い出した。
 それは頭に本を乗せて、落とさないように歩くというものだった。
 たぶん、涼夏ならそんなことなど軽々とクリアしてしまうだろう。
 俺は、ただ彼女が歩いているという、それだけのことに見とれてしまっていた。

「何をしている? 明信君。手を繋がないと寂しいのか」
 振り返って、俺に話しかける涼夏。
 はっと我に返った。
「ち、違うよ」
 ただ、涼夏がキレイで見とれてたんだ……なんて言えるわけない!
「それは……その、おまえだろ!」
 照れが入って、ちょっとぶっきらぼうに言ってしまう。
 うん。今、思いつきで苦し紛れに言ったけど、たぶん、正解だ。
 俺が手を離してくれと言ったときの彼女の表情は、寂しそう、だったんだと思う。

 彼女は一瞬、きょとんとして、すぐに微笑んだ。
「そうだな。わたしは、君に手を繋いでもらわないと寂しい」
 そう言って、お姫様のように優雅に手を差し出してくる。
 俺はドキドキしながら、その手を取った。
 ふわっと柔らかい。
「し、しかたねぇな」
 心の中で軽くガッツポーズ。

 そうやって俺たちは手を繋いで、緑の輝く中庭に向かったのだった。


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