[ひなたの夏休み] 3

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 マリリンが突然、半泣きで叫んだ。
「涼夏様が風光君の家に泊まるなら、あたしも泊まる!」
「はぇ?!」
 俺はヘンな声を出して驚いた。
「それは無茶だろ、常識的に考えて……」
 涼夏も俺から離れてマリリンを見た。軽く頭を下げる。
「すまないが諦めてくれ」
 うぐぐ、と口ごもるマリリン。

 ふいに俺は誰かに肩を叩かれた。
 振り返ると安藤先輩だった。立ち直ったようだ。
「あ、先輩。大丈夫ですか?」
 彼女はにっこりといつものように笑う。
「うん! もう大丈夫! でもあの坂本君? だっけ。アレさ、放課後、調理実習室に呼び出しといて」
「え、あ、それはいいですけど……なんでまた?」
「ふふふ……美味しーく料理してあげようと思ってねぇ……」
 にぃぃっと歯を出して、もの凄い笑い方をする先輩。
 怖い。怖すぎる。
 ああ、これでトキンの命運は尽きたな……かわいそうに。

「それで? なんかみんなでアキ君とこに泊まるとか?」
 安藤先輩は今の笑いと全く違う、愉しそうな満面の笑みで問いかけてきた。
「だったら当然あたしも泊まるよ?」
 俺は困って嫌な汗を流しながら返答した。
「いや、だからみんなじゃなくてですね。そもそもウチ、狭いから無理ですって」
 俺はなんだか喉が渇いて、ペットボトルのお茶を手にとって飲んだ。
 ふと横をみると涼夏が顎に手を当て、なにか考えて込んでいる。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ。みんな聞いて欲しい。わたしは明信君の家に泊まりに行きたい、という気持ちが一番強い。しかし、安藤先輩や阿部さんたちも含めて、みんなで一緒に過ごすのも楽しそうだとも思う。そこで提案がある」
 んん? 何を言い出すつもりなんだ?

 涼夏が告げる。
「夏休みの前半は、彼の家にわたしだけが泊まる。他の二人は遠慮して欲しい」
 安藤先輩とマリリンが、目を見合わせる。
 二人は渋々頷いて、それで? という顔。
 涼夏も頷くと、さらりと言い放った。
「後半は、みんなでわたしの家に泊まろう」

 その瞬間、涼夏以外のみんなが驚いた。
 涼夏は淡々と計画を話す。
「うちなら使っていない部屋もあるし、そうでなくとも充分に広い。うちは普段、大人が居ないが、母のお盆休みに合わせれば、保護者もいるという事になる」

 しばらく呆気にとられるみんな。
 先輩が困ったように笑いながら涼夏に話しかける。
「さっきはアキ君とこに当然泊まるよ、なんて言ったけど、ホントはちょっと気になってたんだよねぇ」
 涼夏は小首をかしげて先輩を真っ直ぐ見た。
 先輩もそれを溜息混じりで、見つめ返す。
「あたし、リョウちゃんのライバルだよ? ホントにそれでもいいの?」
 涼夏は軽く頷いた。
「はい。しかし、それはそれです。わたしは先輩を嫌ってはいません。物怖じしないハキハキした態度と、いつも笑顔を絶やさない強さは、むしろ好きです。ですから、ご招待します。もちろん、明信君には手を出させませんが」
 挑むように微笑んだ。
 先輩も同じような笑みを返す。
「そう。んじゃぜひ、行かせてもらうよ」

 マリリンは嬉し泣きをしていた。
「ありがとうございます、涼夏様ぁ……」
 涼夏はまた、彼女の髪を撫でた。
「うむ。わたしはあなたも嫌いじゃない。世の中にはあれこれ悩んで何もできない人が多いが、あなたは不器用だけれど、目標のためにはとにかく行動できる人だからな」
 マリリンは涼夏の胸にすがって泣いた。
「はうう! 涼夏様ぁ……!」
「あ、こら、だから胸を揉むな、ああっ……」

 二人の背後に百合が咲いていく幻影を見ながら、俺は頬を掻いて苦笑していた。
 涼夏はやっぱり、色んな意味ですげえ。

「明信君」
「はぇ?」
 涼夏に突然呼ばれて、俺はまた間抜けな返事をしてしまう。
 涼夏はマリリンを離して俺のそばにきた。
 すっと頭を下げる。
 キレイな長い髪が、肩から流れるように落ちた。
「君のご両親にはいずれにせよ、ご迷惑を掛けてしまうが状況の説明をよろしく頼む」
「頭上げろよ。任せとけ。気にすんな」
 笑いながら手をひらひらさせる。俺のクセだ。
 涼夏はそれを見て、頭を上げる。
 柔らかい微笑みを返してきた。
「ありがとう。そう言えば、ふゆなちゃんにもひさしぶりに会えるな。メールは頻繁にしているんだが……」
 ふゆなのヤツめ。涼夏とメールたくさんしてるんだ。
 俺なんか、ほとんどしてないのに。
 まあ、俺は学校で逢えるからってのもあるし、いいんだけどね。
 だいたい、なんてーか、なに書いていいか分かんねぇんだよなぁ。

 やがて、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「お」
 先輩は音のする方向の空を見上げる。
 その抜けるような青い空には、もう入道雲が湧いていた。
 それはこれから来る夏本番を予感させた。
 先輩はまぶしそうに太陽を見て、楽し気に笑った。
「あはは! なんだか分かんないんだけどさ、なんかいいよね!」
 そう言った彼女の横顔は、すがすがしい。
 俺たちに振り返ると、今日、最初に現れたときと同じように敬礼みたいな挨拶した。
「じゃあ楽しみにしてるよ、夏休み合宿・イン・リョウちゃん家! あ、それと入部届はバカップル専用って書いて用意しとくから、いつでも来てね! まぁたねー!」
 そう言って、校舎のほうへ元気に駆け出して行った。
 ホントに口さえ悪くなけりゃ、気持ちの良い人なんだけどなぁ。

「では涼夏様、あたしもその、ちょっと用があるのでお先に失礼します」
 マリリンが顔を赤らめて、もじもじとしながら言った。
 いったん深く頭を下げて、さっと上げると、かなりのダッシュで一番近い出入り口から校舎に入った。
 うーん……トイレかな。なんて、バカな想像をしてしまう。

 俺と涼夏は二人きりに戻って、中庭から教室に向かった。
 しばらく無言で緑陰を歩く。
 俺は、ふと間接キスのことを思い出した。
 そうだった! よし! とりあえず何気なーく、普通の話を振ろう。
「えと……なんか、急に静かになった気がするな」
 涼夏はいつものように、冷静に応える。
「そうだな……色々あったせいか、喉が渇いた。君のお茶をくれないか」
 ドキッとした。
 俺から言い出す予定だったけど、これはチャンスだ! 逃す手はない。
「あ、ああ、い、いいよ」
 俺は震える手でフタを取り、ペットボトルを差し出した。
 彼女はそれを受け取ると、あっさりと口を付けた。
「え……っ」
 俺はちょっと驚いて、彼女を見入ってしまう。
 きれいな唇が変形し、突き出すような形になる。
 その唇は、俺が最初に口を付けたペットボトルの先を、ついばむように塞いでいた。
 白く艶めかしい指がペットボトルを軽く握っている。
 彼女の顎が上がり、瞳は閉じられた。
「ん……ん……ふ……」
 鼻から漏れる吐息。
 ごくごくと飲み込まれていく、お茶。

 涼夏が何のリアクションもなく、口を付けちゃったのはちょっと残念だったけど!
 この、禁断のエロースはとてつもなくエロい!
 ああ、そりゃエロスはエロいさ! あれ?!
 もう気持ちが高ぶって、なに考えてんのかわかんねぇぜ!

 はっ! しまったぁ!
 ヨーグルト味かなんかの白い飲み物にしておくんだった!
 そうすればスーパー・マキシマム・エロースだったのに! のに! のにー!

「ん……ふぅ。ありがとう。美味しかった」
 涼夏が微笑んで、ペットボトルを返してきた。
「あ、ああ、うん。よかった」
 俺は興奮で真っ赤になりながら、ぎこちなく受け取る。
 涼夏が俺をまじまじと見つめた。
 彼女を見ると、彼女もなぜか頬に赤みがさしていた。
「それで……君の顔が赤いのは、もしかして今のが……間接キスだったからか?」
 俺は目を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。
「あ、ああ、そうだよ……」
 んだよ、気付いてたんならもうちょっとなんか、こうさー……。
 涼夏が、やや目を伏せて前を向いた。
「やはりそうか。すまない。わたしは飲んでいる途中で気が付いたんだ」
 あ、なんだ。やけにあっさり口を付けたわけだ。この天然ちゃんめ。
「そ、そうだったんだ。いや、いいよ、うん」

 お互い、しばし無言で木陰に佇む。
 俺は真相を知ってホッとしたせいか、よけいに頭に血が上っている気がする。
 涼夏が前を向いたまま、口を開いた。
「そうやって君が照れていると、わたしまで恥ずかしくなってくるな。不思議だ」
 彼女の表情には特に大きな変化はないが、その熱そうな頬に手を当てる仕草が今の心境を映し出していた。
 ああもう、可愛いな!
 俺は俺自身がさらに照れてしまうのを隠すように、彼女の手をちょっと強引に握った。
「あっ」
「ほら、早く行かないと本鈴が鳴るぞ」
 いつもとは逆の立場で、俺は涼夏を引っ張る。
 木陰から、ひなたの道に飛び出した。
 涼夏が日射しに目を細めた。
「もうこんなに暑いのか……来たときは気付かなかった」
 ふいに、彼女は笑った。
「ふふ……安藤先輩が言っていた事が少し解った気がする」
 なんだか分からないけど、なんかいい。
 そんな感じ。
「うん。俺もだよ」
 そんなふうに俺たちは、太陽が照らし出す小道を戻っていった。
 夏休みまで、あとほんの少し……。


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