[ホワイト・バースディ] 01
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「ん……やっぱ、美味いな」
 彼……明信君は、それをまた一粒、つまんで口に入れた。
 わたしがヴァレンタインのときに作ったチョコだ。

 わたしは、その彼のいつも優しい横顔を見つめる。
「ふむ。それは良かった」
 彼はわたしと目を合わせることなく、やや頬を染めた。

 わたしと彼、明信君は学年末テストの対策を行っていた。
 つまり、今回もわたしの家で勉強会を開いていたのだ。
 一学期に引き続き、二学期も中間及び期末に勉強会を行った。
 わたしはもちろんだが、特に彼の結果は上々でその成績の上昇は目覚ましかった。

 彼はそういう意味ではとても変わったと思う。
 しかし、性格は全く変わっていない。
 いつも優しく、柔らかにわたしに接してくれる。

 見た目は確かに、やや頼りないかも知れない。
 だが、見る目のある人が見ると、やはり光っているのだろう。
 現に、安藤先輩のように気持ちを告白する人までいたのだから。

 あのヴァレンタインの日。
 安藤先輩はわたしのせいで傷ついただろう。

 わたしは正々堂々と戦おうとしていたはずだ。
 だが、いざとなると、どうしても自分を抑えられなかった。

 冷静になろうとしても、気持ちが身体に変化を及ぼしてしまう。
 わたしは、彼が安藤先輩のチョコを口にしようとしたとき、泣きそうになってしまったのだ。

 わたしは卑怯者だ。
 例え、わたしと彼の間に別ち難い強い『絆』があったとしても、それは許されない。
 あの場で、わたしは自分を抑え切るべきだった。

 わたしは謝りたい。
 今更、遅いかもしれないがそれでも、わたしは謝罪したい。

 しかし、安藤先輩はあの一件以降、現れない。
 三年には学年末テストはない。
 だから、もう卒業式まで登校しないだろう。
 できることなら、それまでに謝意を表明しておきたいと思うのだけど……。

「でさ、このYなんだけど……って、どうしたの?」
 彼の言葉で、我に返る。
「ん? ああ。いや……」
 わたしは、彼の横に顔を寄せて、その設問を見た。

「ふむ、これか。これは公式を使えば簡単に……」
 彼が近づけたわたしの耳元で話す。
「なにか考え事?」
 彼の息が耳に掛かり、くすぐったい。
「ん……ちょっとな」
「もし、安藤先輩のことなら、言っておかないといけないことがあるんだ」

 彼には、わたしの心が解っていた。
 彼のことが、わたしに解るように。

 だが、その口ぶりに何か言い知れない不穏なものを感じて、動揺した。
 わたしはできるだけ静かに、聞き返す。
「言っておかないといけないこと、とは?」

 彼は少し頭を掻いてから、口を開いた。
「実は先輩、うちの店で働き出したんだ」

 彼のいう“うちの店”。
 それは彼がアルバイトをしている、喫茶とスィーツの店『スーヴェニール』の事だろう。

 そこで、あの安藤先輩が働き出したと言う。
 それはつまり、まだ彼の事を諦めていないと言う事なのだろうか。
 だとしたら、彼女こそ嘘吐きだ。

 彼の言葉が続く。
「あ、別に俺のことでってワケじゃないんだって」
 わたしは肩透かしをされた気分になった。
 どういう事だ。
「先輩は以前から純粋においしい店だから、バイトできる時期になったら働きたいって思ってたそうなんだ」

 なるほど。
 うちの学校は原則、アルバイト禁止だから、大体は三年で卒業間近にならないと許可されない。
 明信君のように、お父さんの友達が店長をやっていて信用がある、というような特殊な場合を除いては。

 わたしは安心すると同時に、少し不安も覚えた。
「だが、いずれにせよ、わたしの知らない時間に安藤先輩が君のそばにいるという事だな」
 彼は笑って首を振った。
「確かにそうだけど、でも大丈夫だよ」
 わたしは怪訝な顔をしつつ、彼を見つめた。
「先輩はさ。俺のこと、キッパリ諦めたって言い切ってくれたんだ」

 わたしは自分が恥ずかしくなった。
 やはり、わたしは明信君の事では、すっかり理性が感情に負けてしまうようだ。
 だが、先輩は違う。
 あれほど強い想いを明信君に持っていたにも関わらず、ちゃんと気持ちを切り替えられたのだ。

「そうか……。強い人、だな」
 彼も頷いた。
「うん。そうだね。……そ、それでさ……」
「ん?」
「俺は、俺自身は、そんなに強くないと思うんだよね」

 そうなのだろうか。
 そう言えば、そういった観点で彼を見た事がなかった気がする。

「で、でもさ」
「ふむ?」
 彼の顔が急速に赤みを帯びていく。
「りょ、委員長がいてくれると俺、すっげぇ強くなれる気がしてて……」
 彼の鼓動が伝わってくるようだ。
「りょ、委員長は、ど、どうなのかなって思ってさ」

 りょ委員長。
 彼の話の内容とは関係なく、つい、その言葉に引っかかってしまう。

 たぶんそれはわたしの名前『涼夏』と言いかけて、言い直しているのだろう。
 最近、彼はよくそれをする。
 たぶん、心の中ではもう呼び捨てになっているに違いない。
 彼のそんな気の遣い方がとても可愛いと思う。

 わたしはなぜだか、その“りょ委員長”にツッコミを入れたくなった。
 明信君が坂本君や、ふゆなちゃんにするのを見て覚えた技だ。
 円滑に会話を進めるのに役立つ。

「りょ委員長とはなんだ?」
 彼の顔が燃え上がるように一段と赤くなった。
「なにそれツッコミ? それともボケなの? てか、俺の話、ちゃんと聞いてた?」

 む、しまった。どうやら失敗したようだ。
 ツッコミ技は諸刃の剣といったところか。

「いや、これは済まない。許してくれ」
「ちぇッ!もういいよ。なんだよ。あーあ!」
 彼は不貞腐れて、ごろりと向こうを向いて寝転がってしまった。
 これはまずい。
 どうしたものだろうか。

「明信君、本当に済まない」
 わたしは彼のほうへ四つんばいで近寄って、その顔を覗き込んだ。

「……」
 無言だ。
 どう見ても怒っている。
 こんな明信君を今まで見た事はない。
 わたしはすっかり困惑してしまう。

 どうすれば良いのか。
 どうすれば……。

 そのわたしを拒絶するような横顔を見ていると、だんだん涙が込み上げて来た。
「わたしは……わたしは以前より弱くなった気がする」
 言葉がその雫と共に溢れる。
「君と出会って、君を好きになって、君と付き合って……」
 声が吐息混じりになって、震えた。
「もう君がいなくては、何もできないんだ。だから……」
 彼に覆い被さるようにして、強引とも言えるキスをした。
「んん!?」
 彼は驚いた。
 だが、わたしはキスをやめない。
 彼の唇を舐めるようにしながら、言葉を紡ぐ。
「……だから」
 もうほとんど身体を預けるようにして、彼の唇を求め続ける。
「だから、わたしを……嫌いにならないで、くれ」

 どのくらいそうしていただろうか。
 彼はもう、仰向けになってしまっていた。

 その彼の唇に重ねていた、わたしの唇をゆっくりと離す。
「っはぁぁ……」
 二人の間から、ため息にも似た呼吸が起きた。
 わたしは身体をずらし、彼の胸板に頭を乗せる。
 彼の早かった鼓動が徐々に緩やかになっていった。

 わたしは、まだ哀しい気持ちでつぶやいた。
「明信君……好きだ。愛しているんだ。だから……」
 彼はわたしの髪を優しく撫でてくれる。
「大丈夫。嫌いになんかならないって」
 その言葉に、まるで子供のように反応してしまう。
「本当に?」
「うん。本当さ」
 彼の声の響きに、わたしは安堵した。
 その中に嘘は感じなかったからだ。

 彼は少し自嘲気味に続ける。
「さっきのは、なんて言うか、ちょっと拗ねてみただけだよ」
「……そうだったのか」
 彼の両腕が柔らかに、わたしを包んだ。
「本当に、ごめんな。その、委員長をそんなに追い込むなんて思わなくて」
 彼の温かな腕の中で、目を閉じる。
「こちらこそ、済まない。君の態度にすっかり気が動転してしまった」
「うん。……ごめん」

 ほっとしたせいか、泣いてしまったせいか、それとも温もりのせいなのか……いや、全てが原因なのだろう。
 わたしは、だんだんと眠くなってくる。
 そもそもわたしは最近、彼と部屋にいると必ず眠くなるのだ。

「でも、意外だったよ。委員長が俺と付き合って弱くなったって思ってるなんて」
「いや……それは相対的に強くなった部分も、あるという、ことで……」

 ん?
 わたしは急に意識がハッキリしてきた。
 下腹部に異物感がある。
 わたしが脚を掛けているそのちょうど中間に、むくむくと隆起するものがあるせいだ。
 これは……

「君の陰茎が勃起しているようだが」
 わたしは彼の上で上半身を起こした。
「「う! あ、それはその、どうしようもないって言うか」
 彼はあたふたとする。
 ああ、いつもの彼だ。

 わたしは、少し気分が高揚した。
 下半身を動かし、敢えて跨るようにしてみる。
 わたしのスカートが彼の腰を覆った。

「てか、なにまたがってんだよ! それ、マズイって」
 彼の陰茎を、わたしの股間が感じる。
 熱くて、硬くて……太い。
 これが、彼の男の部分か……。

 以前、朝勃ちを見たときには、なにやら憎らしい気もした。
 だが、こうしてわたしの下にあるとなぜか可愛い感じだ。

「あ、あのさ」
「ん」
「俺、これ以上このままだと、その、我慢できなくなるけど……いいのか?」
 彼の低い声に、ハッとした。
 その声の奥底には畏怖すべき獣の臭いがした。

 そうだ。
 男の中には制御し切れない野獣が棲むという。
 特に若い男子高校生なら、もはやそれは猛り狂う魔獣にも勝るだろう。

 それを彼はここまでされても我慢しているのだ。
 それはまさしく奇跡といっても良いかも知れない。

「す、済まない。調子に乗り過ぎたようだ」
 わたしは、おずおずと彼から降りて自分の定位置に戻った。
 彼も体を起こして、勉強をするような姿勢に戻る。

 だが、わたしたちは無言でうつむいたまま、何もしなかった。
 いや、できなかった。
 とにかく物凄く気まずかった。


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